第14話

「歩行者天国で助かったね」


「そうね。信号を気にせず道路を渡れるのは助かるわ」


 慣れない秋葉原の地をマップを確認しながら走る俺と黒星さん。昼間ともなれば日差しが暖かく走れば体が熱くなる。ハァハァと息を切らす黒星さんが妙に色っぽい。


「私の顔に何か付いてる?」


「い、いや。なんでも」


 いつも教室で見ている涼しげな横顔とのギャップに胸が高鳴る。


「ここで『君の顔に見惚れてたんだ』の一言が出ないなんて、良平はこれまで何を学んでいたんかなあ」


「今の声、白兎さん?」


「か、かな?」


 おそらく本体はまだ駅に居るはずだ。神の力で遠くからでも俺達の様子を配信して、それに実況を付けている。ご丁寧に俺達にだけ聞こえるようにだ。


「どこにも見当たらないけど」


「きっとうまく隠れてるんだよ。この前の体育館裏みたいに」


「そう……なのね」


 黒星さんは完全に今の状況を疑っている。神様云々の話はともかく怪しげな能力者であることはバレてしまうのではないだろうか。


「とにかく急ごう。このビルの七階だよ。エレベーターが来てくれるといいけど」


「最悪階段ね。その方が確実だわ」


「え。マジ?」


「デラレンのためよ。普段階段を降りてばかりなんだからたまにはいいじゃない」


「黒星さんって最果て洞窟とかクリア後ダンジョン専門?」


「地頭くんは違うのかしら?」


「うん。デスクマウンテンの縛りプレイとかも結構好き」


「そう。なら階段を登るのはお手の物じゃないかしら」


「降りてばかりじゃないから別に登らなくてもって言いたかったんだけどなあ」


「ふふ。デラレンファンにとって階段はどんなレアアイテムよりも嬉しい存在よ。六階分も登れるなんて光栄じゃない」


 俺の前ではいつも冷たい態度の黒星さんの表情がちょっとだけ柔らかくなったように見えた。

 陽キャ集団の中心に居る時とも違う、オタク同士にしか通じない細かい小ボケをかましたような、まるで鈴原と過ごしている時のリラックスした雰囲気に包まれる。


「さあ、行くわよ!」


 すっかりスイッチが入ってしまったらしい黒星さんは迷うことなく階段ルートを選んだ。ちらりと見た感じエレベーター待ちの人はいなかった。


「あらあら~。どうやら二人で階段を登るようですね~。人目に付きにくい階段でナニかするのでしょうか~」


「白兎さん、どこかの壁にでも隠れているのかしら。まるでパンプキングね」


 パンプキングとはゴースト系のモンスターで壁をすり抜けてプレイヤーに近付くいやらしいモンスターだ。何が嫌って、相手は壁の中から攻撃できるのに、こちらは壁の中に居るパンプキングに攻撃できないところ。

 うまく立ち回ってパンプキングを壁の中から移動させる必要がある。


「まあパンプキングみたいなもんかもね。結構神出鬼没だし」


 神様だけに。という言葉を飲み込んで黒星さんのボケに乗っかった。


「地頭くんって白兎さんと仲が良いわよね。あまり女子と……それどころかクラスでもあまり話さないタイプなのに珍しい」


「俺と白兎さんは本当に何でもないよ。それこそ交通事故みたいな確率で実況される羽目に…ははは」


「そう。まあ、興味ないのだけど」


 自分から聞いておいて興味ないとはこれいかに。デラレンの話題が出ている時は可愛らしい一面も垣間見えるけど基本的には俺に対して冷たい。いっそこのままデラレンの話題だけで今日という日を乗り切りたいくらいだ。


「あらあら~。恋愛経験のない良平は全然気付いてないみたいやな~。これじゃあいつまでも進展せえへんで」


「はぁ……はぁ……気付いてない……って、なんだよ」


 運動習慣のない帰宅部に階段登りは辛い。息も絶え絶えでツッコミを入れるのすら面倒臭い。だけど気付いていないとか言われるとちょっとカチンと来るので反応してしまう。白兎さんは煽るのがうまい。


「いややわ~。それを言わせます? 言わせちゃいます? ええんかなあ? ねえ黒星?」


「なぜ急に私に振るのかしら?」


 黒星さんはまだ体力に余裕がありそうな様子で白兎さんの実況に返事をした。そう言えば白兎さんって転入早々に黒星さんから俺と同じく塩対応をされてたような。クラスの中心で面倒見の良いタイプの黒星さんにしては珍しい。

 やっぱりいきなり呼び捨てで距離を詰めるタイプとは仲良くなれないんだろうか。黒星さん、フワフワちゃんみたいなヨーチューバーは苦手そうだしな。


「それは黒星の反応がおもしろいからやで~。ツンツン美少女はいつの世も人気なんやな~」


「誰がツンツン美少女よ」


 日頃から褒められ慣れているせいか美少女という単語に照れもせしない。その美貌の上にあぐらをかくこともなく、さも当然のように美しい自分を存在させる姿はカッコよくもあった。


「ほら、地頭くんも頑張って。もう少しだから」


「う……うん」


「ええなええな~。たまに見せる優しさに男子はコロッと落ちるんやで~」


「私は白兎さんを地に落としたいと思っているわ」


「いややわ~。恐い恐い」


 黒星さんに応援されて視線を上げると7Fという表示が見えた。

 ただ階段を登っただけなのにダンジョンの最終階層にたどり着いたような達成感がある。俺達以外の客はみんなエレベーターで七階まで来たらしく、解放された扉の向こうからガヤガヤとデラレンの声が聞こえてきた。


「ほっほっほ。デラレンファンにとって階段は良い思い出になったかな?」


「うわっ!」


「白兎さん、どこから」


 黒星さんはいぶかしげに白兎さんを見つめる。パンプキングみたいに壁の中をすり抜けていたなんて本気で考えていないだろうし、俺の元にワープしてきたなんて絶対に思い至らないはずだ。

 それにずっと俺達の様子を煽るように実況していたし、どこかで隠れながら監視していたと考えるのが普通だ。


「ほっほっほ。細かいことは気にするな。せっかくのコラボカフェが台無しになってしまうぞ」


「それは白兎さんのせいじゃ……」


「まもなく受付を締め切ります。まだの方はお急ぎくださーい」


「あ、急がないと」


 黒星さんと白兎さんがバチバチと火花を散らし始めそうなタイミングでアナウンスをしてくれたスタッフさんには感謝しかない。

 せっかくの初アキバでコラボカフェなんだし、実況されるのも差し引いても楽しみな気持ちの方が大きい。


「すみません。三人で予約してる地頭なんですが」


「はい。三名様でご予約の地頭様ですね。テーブル番号は八番になります」


「ありがとうございます」


 予約画面を表示したスマホを見せると受付はすぐに完了した。そして手渡されたのは三枚のチケット……いや、これは!


「すごい! サイズは小さいけど巻物だ」


「聖域の巻物って大きく聖域って書かれてるのね。うっかり声に出して読まないように気を付けないと」


「もしかして何種類かあるのかな。俺は大部屋だった」


「泥棒するのにいいじゃない」


「ははは。一番シンプルな泥棒だね。実況を見てるといろんな泥棒が紹介されてるけどなかなか条件を揃えるのが難しくて。もっとテクニカルな泥棒に挑戦したいんだけど」


「飛びつきルート開拓なんて燃えるわよね。つるはしで道を作って、湧き出る番犬を回避する快感が堪らないわ」


「へー。黒星さんも泥棒とかするんだ」


「ゲームの中だけよ」


「わかってるって」


「共通の話題で盛り上がってますね=。いやはや、なんだか見ていて微笑ましいわ~」


 デラレンネタでちょっと良い雰囲気で会話のキャッチボールができていたところに白兎さんの実況で水を差されてしまった。

 場が持たない時に備えて白兎さんに付いてきてもらったけど、このままデラレンの話で盛り上がる分にはかえって邪魔になってしまう気がしてきた。


「白兎さん、実況はちょっと控えめにしてもらえると」


「むぅ……良平がそう言うのなら。ただし、おもしろい映像を頼むぞ」

 案外素直にお願いを聞いてくれたものの妙にニヤニヤしているのが気になる。実況はしないけど代わりに何かする気じゃないだろうな。

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