第13話

「ここが秋葉原……っ!」


 オタクにとっての聖地とも言われるこの地に初めて降り立った。アニメのキャラクターが全面にプリントされたフルグラTシャツを着ていたりエッチなイラストのタオルをマントのように羽織る濃いオタクはもちろん、一見するとアキバとは縁のなさそうなオシャレなお姉さんも歩いている。何の変哲もないチェックのワイシャツにジーンズ、その上に学校にも着て行っている紺のダウンというスタイルはオタクでもオシャレでもない中途半端に感じた。


「みなさん、おはよ~ございま~す。初めての秋葉原、初めてのデート、良平は緊張を隠せないようです~」


 そんな俺の心情を勝手に実況するのは見るだけで寒くなりそうなミニスカートと垂れたウサ耳のような白いツインテールの白兎さんだ。

 口調はのろみんさんをマネしているが本人のサイズ感から子供っぽさが溢れていて大人の色気みたいなものは皆無だ。むしろゆっくりとした喋りが煽っているように聞こえる。


「白兎さん本当に付いてくるの?」


「黒星と二人きりで場が持つならわたしはおいとまさせていただきます~」


「……ぜひデラレンの世界を満喫してください」


 どうせ実況しに付いてくるなら三人目の参加者になってほしい。そうお願いしたのは他ならぬ俺自身だ。学校と違って周りの目を気にしなくていいからデラレンの話題でいくらでも会話が続くと考えていたけど、今日という日が近付く度にだんだん自信がなくなっていった。


 白兎さんが実況することでトラブルが起きれば俺はそれに対してツッコミを入れれば間が持つ。そういう打算もあり実況を許可した。


「デートに同伴するのは初めてなのでわたしもドキドキです~」


「だからデートではないって! 俺は友達二人とコラボカフェに行くだけ」


「ほっほっほ。照れるな照れるな。美女二人とカフェに行けるなんて良平は幸せ者だぞ」


 さらっと自分自身を美女に含める白兎さん。たしかに可愛いとは思う。だけど美女というよりはマスコット的な方面の親しみやすさしか感じていないことは黙っておいた。


「おおっと! ここで良平が恋焦がれる黒星がやってきたで~」


 白兎さんはのろみんさん風の実況と素の会話を織り交ぜる。


「良平。わたしの存在は気にしなくていいぞ。ピンチの時は助けるが、イチャイチャ空間を邪魔するような無粋なマネはしない。なぜなら恋愛の神様だからだぞ」


 俺に耳打ちすると白兎さんは柱の裏に隠れてしまった。普通なら死角に入って実況どころではないはずなんだろうけど神の力とやらで俺達の様子は筒抜けに違いない。

 友達とコラボカフェに行くだけだけど変な姿を晒さないように気を付けなくては。あまり浮かれないように自分自身にしっかりと釘を刺した。


「おはよう。黒星さん」


「おはよう。早いのね」


 黒星さんはもふもふの白いコートに身を包んでいる。雪のような透明感のある白が黒星さんの髪を引き立てていた。


「相手を待たせるなって白兎さんに、げふっ!」


 ウサギのような素早さで俺の脇腹にパンチを入れたあと白兎さんは再び柱の裏に戻っていった。


「意中の相手と二人きりの時に他の女の子の名前を出すなんて最低やな~」


「白兎さん? そこにいるの?」


「ああ、うん。最近は関西弁風で実況するのにハマってるんだって」


「うちのことは気にせんと二人で楽しんでな~」


「……なんだか変わった趣味ね」


「ちょっと恥ずかしいくらいで実害はないから安心して」


「恥ずかしいのは十分に害だと思うのだけど」


 黒星さんは柱の裏に隠れる白兎さんに冷たい視線を向けた。当の本人はそんなことを意に介さず実況を続ける。


「照れ隠しでなんかな~。ツンツンとした黒髪美少女がデレる瞬間を想像したら……思わずニヤけちゃいますね~」


「デ、デレるってなによ!」


「そんなことよりはよせんと。予約制なんやろ~?」


 スマホで時間を確認すると予約の二十分前だった。十分前までには受付を済ませないとキャンセルになるシステムらしいので残された時間は少ない。


「急ごう黒星さん。カフェはビルの七階だからたどり着くまでに時間が掛かるらしい」


「え、ええ」


「ここで黒星の手を引けないのがヘタレやね~」


「うっさい! 白兎さんも走るよ」


「ほっほっほ。ここは若い二人の時間を楽しむといいぞ」


「まさか……」


 絶対に頃合いを見計らって俺の所までワープする気だ。だけどそんなことをツッコんだら黒星さんに変なやつだと思われてしまう。

 どうせ突然ワープで姿を現しても怪しまれるのは白兎さんだけだ。せっかくデラレンのコラボカフェに行けるんだから今日はそれを思いきり楽しみたい。


「わかった。じゃああとで」


「いいの? 予約は三人なんじゃ……」


「大丈夫。白兎さんは足が速いんだ」


「それなら先に白兎さんに行ってもらった方が」


「と、とにかく急ごう!」


 成績優秀なだけあって切羽詰まった状況でも黒星さんの判断力は適格だった。俺が発した咄嗟の言い訳を信じるなら、足が速い白兎さんに先に行ってもらって受付を済ませるのが一番合理的だ。だけどその足の速さは俺の位置情報に依存している。

 黒星さん、世の中には人知を超えているのに他人に依存している力が存在しているんだよ。


「こうして良平と黒星は目的地に向かっていきました~。わたしはあとでゆっくりワープするとして、二人の様子は気になりますよね? そんなみなさんの期待にお応えして、上空からの映像を実況付きでお届けします~」

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