第12話

『みなさんおいでやす~』


 のろみんさんの配信はいつ見ても癒される。この挨拶を聞けただけでも時間に間に合わせた甲斐があったというものだ。


『今日はちょっとワイルドに泥棒に挑戦するで~』


 その大胆発言にチャット欄は一気に加速する。ダンジョン内に時々、店と呼ばれるフロアが出現する。大量のアイテムと店主が居て、お金を支払えばアイテムを入手できる。中にはなかなか落ちていないレアアイテムもあるので店の活用は攻略に欠かせない。


 その店で様々な手段を駆使して代金を支払わずに次の階へ移動するのが泥棒という行為だ。泥棒するとラスボスより強いと名高い店主が全力で襲い掛かってくる。しかし、次の階に移動すれば追ってこない。いかにして泥棒をするかもデラレンの魅力の一つだ。


『やっぱりな、最果て洞窟をクリアするには泥棒が必須だと思うんですよ。なので今日は泥棒テクニックを学んでいこうと思いま~す』


 脳がとろけるような甘い声で泥棒とか言うギャップが堪らない。リアルでは泥棒は犯罪なので堂々と悪いことができるのもゲームの面白いところだと思う。


『ではでは、張り切っていくで~』


 気合を入れるために座り直したのかのろみんさんのアバターが大きく動く。それと連動するように巨乳もしっかりと揺れた。


 まばたきから胸の揺れまでしっかりと連動する最新のカメラを使っているのものろみんさんが人気の理由だ。バーチャルとは言えおっぱいはおっぱい。おっぱいがきっかけで配信を見にきて、そのゲームプレイの腕前に腕前に惚れる人が多い。俺もそんな一人だ。


『ええ! これ詰み? なんか逆転の手ある?』


 アイテム画面を開いてのろみんさんがチャット欄に助けてを求めていた。自分が動かなければ相手も動かないターン制のゲームなのでじっくりと考えれば攻略の糸口が見えることもある。


 俺も画面をじっくりと観察してピンチを脱する方法を考えてみた。のろみんさんの今の状況は次の手でうまく立ち回らないと確実にゲームオーバーになる盤面だ。おこう先生ならあるいは強運で攻撃をかわしてしまうのかもしれない。だけど、のろみんさんはそういうタイプではない。視聴者からの情報を参考にしながら自身の腕前で攻略するタイプだ。


「これは無理じゃないか……」


 俺は早くも諦めモードに突入した。階層は序盤も序盤の二階。こんなに早い段階でレア武器を泥棒できれば先の攻略は楽になるのは間違いない。惜しい気持ちもわかるが仕切り直しても精神的な被害が少ない段階だ。自分なら諦めて次に行く。


『あ~ん。やっぱり厳しいか~』


 チャット欄に有用な攻略情報は現れず、のろみんさんも諦めモードに突入したようだ。


『あっ! じゃあ最後にこの未鑑定の草食べてみてもええ?』


 どうせ死ぬ運命なら最後は運要素に賭けた方がどう転んでも盛り上がる。のろみんさんは配信者として映えを選んだ。


『いくで~。おっ!』


 イタチの最後っ屁で使った草がまさかの効果を発揮してチャットが異常な速度で流れていく。なんとのろみんさんが使ったのはダンジョンのランダムな位置にワープする草だったのだ。しかもそれだけに留まらず次の階層へと繋がる階段の真横。周囲に敵は居ない。次の一手で階段の上に移動して次の階へ進む選択をすれば無事に泥棒成功だ。


「すげー。おこう先生みたいな強運だ」


 のろみんさんも自分の運の良さに興奮してぴょんぴょんとアバターが飛び跳ねている。つまり、魂であるのろみんさんの本体も子供のように飛び跳ねているのだ。おっぱいをばいんばいんと揺らしながら。


 チャット欄は『おめでとう』『運すげー』『この調子で泥棒王になろう』などゲーム内容についてのコメントしかない。決して誰もおっぱいに触れて言及しないのだ。

 たぶん心のどこかで全視聴者がのろみんさんとのワンチャンを夢見ている。だからセクハラになりそうな発言はしないし、うかつにおっぱいのことを指摘して胸揺れがなくなったら困る。全国に散らばる三千人近い顔も知らない視聴者同士が空気を読み合っているのだ。


「黒星と付き合ったらこの実況は浮気になるかもな」


「うわあっ!」


 俺がのろみんさんのおっぱいに見惚れていると背後に白兎さんが現れた。


「ワープする時は連絡してくれって言ったじゃん」


「何度も何度もライーンを送ったぞ。家に居るはずなのに既読すら付かないから心配で見に来てやったというのに」


 スマホを見ると大量の未読メッセージの通知が表示されていた。ロック画面にこんなに通知が出たのは初めてかもしれない。リア充って毎日こんな感じなのかな。


「そ、それは悪かった。でも既読が付かないくらいでいきなり来ないでくれ。ビックリするだろ」


「それについてはわたしも気を付けるぞ。うっかり良平が致している場面に遭遇したらいたたまれないからな」


「致すとか言うな!」


 中学生ならのろみんさんのおっぱいで達することができるかもしれない。しかし俺だってもう高校生だ。もう少し刺激的なものを求めてしまう。って、そういう話じゃない!


「ふむふむ。この配信者自身が魅力的というわけか。わたしにピッタリだぞ」


「は?」


「わたしもこの配信者のように自分の可愛さを押し出すぞ。ほっほっほ」


 長い白髪を頭の横で結ぶとひょこひょこを動かす。


「どうだ? ウサギみたいで可愛いだろう?」


「ああ、うん。そうだな」


「ハァ……もっと素直になれ。そんなことでは黒星との仲を深められないぞ」


 たしかに白兎さんは可愛い。俺が素直に褒められないのではく、単純にどう褒めていいかわからないんだ。ストレートに可愛いで合ってるのか?


「か、可愛いと思う」


「遅い遅い。それではかえって減点だぞ」


「くっ! 人が恥を忍んで褒めたというのに」


「黒星とのデート中じゃなくて良かったな。さすがはわたし。恋愛の神として予行練習に付き合うとは優秀すぎるぞ」


「自画自賛うぜえ」


 悪態を付きつつも内心では感謝していた。白兎さんの言う通り俺は素直じゃないのかもしれない。


「わたしは心が広いから多少の悪態は大目に見てやるぞ。ところで良平、週末に向けての準備はどうなんだ?」


「準備?」


「黒星とコラボカフェに行くんだろう? その準備だぞ」


「いや、特には……強いて言うなら財布にお金を入れるとか? あとは場所の確認」


「はああああああ~~~~~」


 これでもかというくらい大きなため息を吐く白兎さん。ドラゴンに変身できるタイプの神ならブレス攻撃ができそうなくらいだ。


「良平、一応聞くがデートの経験は?」


「ないに決まってるだろ。言わせんな恥ずかしい」


「人生で初のデートに準備もしないとは。良平がモテない理由がここに詰まっているぞ」


「デートったって友達としてデラレンのコラボカフェに行くだけだろ? むしろ気合を入れ過ぎたら引かれそう」


「そういうとこだぞ」


 ビシっと人差し指を突き付けられる。人を指差しちゃいけないんだぞ。神様にそのマナーが通用するか知らんけど。


『ああっ! あかん。間違って武器投げてもうた』


 パソコンからのろみんさんの悲痛な叫びが聞こえた。

 ちょっと目を離した間にずいぶんと深い階層まで進行していたようだけど、二階で泥棒して手に入れた強力なレア武器を間違えて敵に投げつけてしまったようだ。


『合成するために外そうとしたら投げる押してもうた~。なんで投げるなんて選択肢があるん? それか一回確認して~』


 悲しみの声を上げるのろみんさん。おこう先生は声で感情を表現するのに対して、のろみんさんは動きに現れる。特に今みたいなプレイミスをした時なんかは体を左右に揺らすのでおっぱいもそれはそれは大きく揺れ動く。


 プレイミスをしたのろみんさんこそがこの配信の真骨頂との呼び声も高いくらいだ。


「むむう。この配信者、自分の武器をよく理解しているぞ」


「違う! のろみんさんは天然なんだ。視聴者に媚びるための動きじゃないんだ!」


「良平……」


 なぜか俺を哀れむように見つめる白兎さん。


「いいか。今の良平には黒星がいる。手を伸ばせば触れられる生身の女の子だぞ?」


「言い方! それに黒星さんは友達だから」


「その友達から恋人に発展させるのがわたしの役目だぞ。ほっほっほ。この配信を見てわたしは閃いたぞ」


「どうせろくでもないことだろ」


「そんなことを言っていられるのも今のうちだぞ。デート当日、良平は必ずわたしに

感謝する。ほっほっほ。次の実況はきっとバズるぞ」


 笑い方からして不安しかない。そもそものろみんさんの配信を白兎さんが参考にするってどういうことなんだ。まず胸が全然違うじゃないか!


「良平、今とても失礼なことを考えてない~?」


 のろみんさんを意識したようなはんなりとした話し方で怒りを現れにする白兎さん。普通に怒られるよりも言葉の奥に秘められた怒りが滲み出ていて恐い。


「ナニモカンガエテナイヨ」


「ん~。あやしいな~。もっと素直になってくれたらとっておきのモテ技を教えてあげるで~」


「何がとっておきだ。そんなのがあるなら最初から教えてくれよ」


「ええんか? 良平に実践するで?」


「お、おい。なにを」


 目をとろんとさせた白兎さんははんなりとした口調と相まって普段は感じない色気が出ている。外見は巫女服を着た小学生のくせに!


「良平、好きやで」


 グッと背伸びをして俺の耳元でささやいた。白兎さんの胸に膨らみがあったら俺の体に触れてしまうくらいの至近距離。黒星さんとは違うミルクのような甘い香りが脳を溶かす。


「ふふ。どうだ。耳元でささやけばどんな相手もいちころだぞ」


「それはお互いに好き同士の場合だろ⁉ 俺がいきなり黒星さんにやったら通報されるわ!」


 ちなみに俺がドキドキしたのは不意打ちで女子に急接近されたからと、耳に息が掛かるという日常生活ではあまりない刺激が伝わったからだ。断じて白兎さんのことを好きだからではない。なぜなら俺はロリコンではないからだ。白兎さんと黒星さんなら間違いなく黒星さんの方がタイプ。うん。間違いない。


「ほっほっほ。隙あれば使ってみるといいぞ。黒星ほどの逸材ならいつ彼氏ができてもおかしくないからな」


「そうだよ。彼氏。黒星さんって彼氏いないの? そもそも論としてさ」


「いないぞ。すでに調査済だ。それに、さすがに恋愛の神としては浮気は推奨できないぞ。だから安心して当たって砕けろ!」


「だからなんで砕ける前提なんだよ。それに当たらん。俺と黒星さんは友達になれた。デラレンファンの友達ができただけで俺は満足だ」


「本当に? 黒星のおっぱいは良平が思っている以上のモノだぞ」


「んな⁉」


「同性の特権だぞ。あのレベルになると嫉妬ではなく崇拝になるぞ」


 反射的にごくりと唾を飲んだ。夏服の時に大きいなと気付いて鈴原と話題になったことがある。それから冬服になってからブレザーに隠されてしまったその大きさを確認できていない。つまり、そういうことか。成長……!


「露骨に目の色が変わったぞ。さすがにドン引きされるから本人の前では気を付けるようにな」


「ったり前だ! 友達をそんな目で見ちゃいかん」


 必死の弁明に対して白兎さんはまるで黒星さんのような冷たいジト目を向けた。白兎さんになら別に構わないけど黒星さんのは耐えられない。

 週末に向けて特に準備はしていなかったけど、白兎さんが現れてくれたおかげで重大なミスを犯す心配はなくなったかもしれない。


「まあ、その。本番でやらかさなくてすんだよ。ありがとな」


「ほっほっほ。わかっているなら良いぞ。わたしも良平の恋愛成就を願っているからな」


 さっき感じた色気はどこへやら、白兎さんはいつもの子供っぽい雰囲気へと戻る。ああいう大人びた感じよりもこっちの方が取っ付きやすくて助かる。


『あかん! モンスターに囲まれたあ』


 パソコンに視線を戻すとのろみんさんがモンスターに囲まれていた。体力は残り少ない。どんなに強力な攻撃も当たらなければゼロダメージだけど、これだけの数ともなれば相当な確率を乗り越えなければならない。

 今日ののろみんさんはわりと運が良さげとは言っても、さすがに厳しいと思う。


『お願いしたら攻撃外してくれへんかなあ。お願い。やめて。後生やから~』


 今にも泣きそうな声でモンスターに懇願するのろみんさんの声にチャットの流れが遅くなった。しかし視聴者数は減っていない。

 各自、録画しているデータを切り抜いて保存したり、いろいろと忙しいのだろう。今ののろみんさんの発言は男の妄想をかき立てる。エロ同人誌みたいに!


「良平。これから取り込みたい気持ちもわかるが、まずはでわたしを神社まで送ってほしいぞ」


「お、おう。そうだな。明日も学校だ。早く帰ろう」


「…………」


「なんだその目は! 俺は白兎さんのことを思ってだな」


「うんうん。恋愛の神はそういうことに寛容なんだぞ」


 全てを見抜いたような悟った目で見つめられると途端に恥ずかしくなってくる。や

めろ! それならストレートに指摘してくれた方が気持ちが楽だ。


「……今度からはちゃんと連絡してから来るぞ」


「その気遣いを実況でも活かしてくれな!」


 白兎さんを神社まで送り届けたあと、誰かが切り抜いてくれたさっきのシーンを何度も繰り返し見た

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