第11話

「なんで地頭くんがいるのかしら?」


「あはは。ですよねえ」


 帰りのホームルームが終わってすぐに教室を飛び出して黒星さんよりも先に体育館裏で待機していた。先客が居たらどうしようとか心配事はいろいろあったけどそれは杞憂に終わり、結局一番の問題は白兎さんに呼び出されたのになぜか俺が居たという事実だ。

 クラスでは俺にしか見せないような冷たい視線がさらに敵意を増して向けられている。


「いやー。実は黒星さんにお話がありまして。白兎さんに協力してもらったといいますか」


「随分と仲が良いのね。中学の時の知り合いなの?」


 よほど俺と一緒に居るところを見られたくないのか黒星さんから早く帰りたいオーラをひしひしと感じる。例え本当に黒星さんがデラレンのガチファンでも友達になれる雰囲気ではない。


「俺も出会って間もないんだけどさ、白兎さんって人と仲良くなるのがうまいよね」


「そうね。地頭くんと白兎さんの関係になんて興味ないけど」


 手足がしびれるように冷たくなっているのは冬の寒さのせいだけじゃない。俺は今、確実に黒星さんの覇気に気圧されている。


「本当は気になって気になって仕方がないのにツンツンした態度を取ってしまう黒星であった」


「は?」


 どこからともなく聞こえる白兎さんの煽るような実況に黒星さんが眉間にシワを寄せた。

 これも神の力だろうか。辺りを見回しても白兎さんの姿は見当たらない。それなのに声はハッキリと聞こえる。


「もしかしたら地頭くんはデラレンのファンかもしれない。友達になってデラレンについて語りたい。だけど私にはクラスでのキャラがある。ああ、地頭くんがいつもクラスの隅にいる陰キャじゃなければこんな風に悩まずに済むのに」


「おい! 実況で俺をディスのはやめろ!」


「実況?」


「あーえーっと……とにかく白兎さんの悪ふざけみたいなものなんだ」


「悪ふざけとは失敬な! わたしは真剣なんだぞ」


 実況の時は普通に話せるくせに素になると語尾が『だぞ』に戻っている。おかげで公私の区別がしやすから助かってはいる。


「地頭くんはその悪ふざけに私を巻き込むために呼び出したの?」


「それは違う! ほら、さっき白兎さんも言ってたじゃない。デラレンが好きだって」


「……ゲームになんて興味ないわ」


「なんでデラレンがゲームって知ってるの?」


「そ、それは……地頭くんみたいな陰キャが好きなものって言ったらアニメかゲームでしょ? 私はその二択に勝ったのよ」


 俺の指摘に怯むことなく黒星さんはもっともらしい反論をした。一か八かの二択。俺は絶対に負けるけど、黒星さんみたいな人なら勝ってしまうんだろと思う。


「どうやら黒星はうまく切り返したつもりのようです。しかし本当にそうでしょうか? ゲームに興味がない人間がデラレンとだけ聞いてゲームを思い浮かべるのは難しい気がします」


「う、うるさいわね! ちょっとゲームのタイトルを知ってたくらいで何だって言うのよ」


 白兎さんの実況に煽られてゲームタイトルであることを知っていたと自白してしまった。実況がアシストになっているような気もするし、かえって黒星さんを怒らせているようにも見える。プラスマイナスゼロというのが正直な感想だ。


「ほら、黒星さんさ、昨日このストラップを見てたからさ。もしかしてデラレンを知ってるのかなって。一見ただのおにぎりだけどデラレンファンならグッズってわかるから」


「そうね。たしかに海苔が星型なのは珍しいわね」


 あくまで黒星さんは白を切るつもりなのかデラレンの名前を口にせず『珍しい』と表現してお茶を濁した。


「さああと一押しです。果たして良平はこのまま押し倒……押し切ることができるのでしょうか⁉」


「さっきから白兎さんは何を言っているのかしら」


「あはは。何なんだろうねマジで」


 恋愛の神様が生活費を稼ぐために俺の恋愛模様を実況していて黒星さんはそれに巻き込まれていますと説明されてもきっと納得してくれない。

 この説明で納得してくれるのなら俺は黒星さんに告白して成功できる気がする。それくらいぶっ飛んだ話だ。


「もう行っていいかしら。私これから部活があるんだけど」


「あっ! ま、待って」


「まだ何か?」


「ええっと……」


 この冷え冷えの空気の中、どうやって切り出せば黒星さんとデラレン繋がりの友達になれるんだろう。いや、いっそここで友達にすらなれなければ今後実況されることもないのか?

 愛の告白だと何度もチャレンジさせられそうだけど、友達の段階で門前払いされたら完全に可能性が消滅する。


 だからさっさと言葉にして玉砕されよう。そして家に帰って今日はのろみんさんの生配信を見るんだ。明日は鈴原と感想戦だな。

 そう心に決めたはずなのに言葉が出てこない。デラレンをプレイしている時にピンチに追い込まれて、失敗を前提に動くのと同じはずなのに。ちゃんと失敗した場合の打開策も用意しているのに。ひとまずこの状況においては完璧なプレイングなはずなのに。

 それなのに、俺は心のどこかで絶対に失敗したくないと思っていた。


「二人を冷たい空気が包みます。さあ、時間が経てば経つほど状況は悪くなるぞお!」


 白兎さんの言う通りだ。部活に急ぐ黒星さんをいつまでも引き止めているのはかなり印象が悪い。そういう意味では今の実況は俺を鼓舞するためのものだと思う。


「部活の前にあまり体を冷やしたくないの」


 長い黒髪をさらりとなびかせて黒星さんはこの場を立ち去っていく。


「あ……」


 だけど俺の言葉は続かない。ここで引き止めて、俺は彼女にどう伝えればいいんだろう。デラレンみたいに積み上げた経験がないからわからない。ただ漠然とモテたいと神頼みするような男にいきなりの実践は無理だったんだ。


「ああ! もう! じれったいぞ! さっさと言えこのボケが!」


「っ⁉」


 まるでおこう先生のキレる白兎さんの声に黒星さんがビクッと振り返る。いくら俺に興味がなくてもこの声には反射的に足を止めてしまったようだ。

 これは白兎さんが作ってくれた最後のチャンス。


 きっとそんな意図はなくて、生活費が掛かった彼女の本音が漏れただけなんだろうけど、感情を丸出しにした実況はやっぱりおもしろい。

 口は悪いけど視聴している神様達も同じ気持ちだったに違いない。まったく。神様の期待に応えるんだからちゃんと俺をモテる男にしてくれよな。


「黒星さん、デラレンが好きなら友達になろう!」


 とてもシンプルで色気の欠片もない。まるで小学生みたいな言葉。

 だって、俺と黒星さんはまだ友達ですらないんだから。だから恋愛経験の有無なんて関係ない。まずは女友達と過ごす経験を積もう。


 もしも黒星さんとデラレンについて語れる友達になれたら俺の青春は何かが変わるかもしれない。俺と黒星さんが恋人繋ぎをしたり腕を組んで歩く姿は想像できないけど、ライーンでデラレンについて語るくらいなら夢見てもいいじゃないか。


「まさかの友達になろう宣言! さすがに初手で愛の告白という博打は打たなかった!」


「あ、愛の告白⁉ まさか地頭くん私のことを……」


「違うんだ! これは白兎さんが勝手に盛り上がってるだけで」


「……違うんだ」


「違うっていうのは違くて。ああ! とにかく俺はデラレンについて熱く語れる友達が欲しいんだ。ネット越しじゃなくてリアルで」


「良平の熱い告白に黒星はどう応える⁉ 友達からスタートするのか。はたまたここでチャンスが途絶えてしまうのか⁉」


 姿の見えない白兎さんが煽る煽る。もし黒星さんがこの様子を神様達が見てると知ったらどう反応するだろう。肖像権の侵害とかで俺を訴えるのかな。その時はいよいよ神頼みで助けてもらおう。


「……わかったわ。私だってリアルでデラレンの話ができる友達がいたら嬉しいし」


「それじゃあ!」


「ただし。教室ではダメ。ライーンのIDを教えるから基本やり取りはこっちで」


「う、うん!」


 お互いにスマホを取り出しQRコードで友達追加をする。一応クラスのグループには入っているので黒星さんのアイコンは見たことがある。どうやって撮影したのか、とても儚げな自撮り……ってこれ、黒星さんがデラレンファンだと知った上で見ると。


「もしかしてこれ、デラレン2のパッケージを意識してる?」


「今日まで気が付かないなんてデラレンファンとしてまだまだね」


「いや、まさか黒星さんがデラレンを知ってるなんて思わないから」


「やっぱり私がゲームをしてるのって変かしら……」


「そんなことはないよ。デラレンは誰が遊んだって構わない」


「わかってるじゃない。そう、デラレンは老若男女問わず全人類が遊べる神ゲー。千回どころか一生遊べるわ」


 デラレンについて語る口調は落ち着いているのにどこか熱がこもっている。オタク特有の早口を意識して抑えた結果、その熱量が言葉の一つ一つに宿っている感じだ。


「こうしてめでたく良平と黒星は友達になった。しかし二人の関係はクラスメイトには秘密。その秘められた関係が二人の間で愛の炎を灯していくのだった」


「おい。白兎さん。変な実況を付けるな」


「そ、そうよ。同じゲームが好きなだけで恋人になったら全人類が恋人になってしまうわ」


 どうやら黒星さんの中では本当に全人類がデラレンをプレイする世界が来るようだ。そうなれば実況配信も盛り上がるだろうから俺は大歓迎だ。


「ほっほっほ。こうしてデラレンファンの友達ができたことだし、ここは一つコラボカフェにでも行くといいんだぞ」


 どこから実況していたのかと思えば体育館の縁の下からぬるりと白兎さんが現れた。こんな場所にどうやって侵入したのかと言えばきっと神の力だろう。この辺はもうあまりツッコミを入れたくない。


「コラボカフェ……」


 実況ではない白兎さん個人の発言に黒星さんが興味を示した。たしかにデラレンのコラボカフェが開催中だ。そういう場所に縁がないと思っていたの記憶から消し飛んでいた。デラレンファンとして恥ずかしい。


「私は……行ってもいいわよ。一人だと行きにくいと思っていたから地頭くんが一緒だと嬉しい……かも」


 今まで露骨にツンツンしていた態度なのに急に柔らかくなって戸惑うくらいだ。俺に対しては冷徹な美女みたいな雰囲気を醸し出していたけど他のクラスメイトには対してはわりと明るくて親しみやすい印象を持っている。

 その片鱗を俺にも見せてくれたのは大きな進歩だと思う。これも他のクラスメイトが居ない今だから……って、ちょっと待て。


「黒星さん。白兎さんはいいの? 白兎さんだってクラスメイトだけど」


「さっきからずっと実況? してたんでしょう? それに私がデラレンを好きだって見抜いていたし隠す必要はないわ。ただし」


 ギロリと白兎さんを睨みつけた。


「もし私がデラレンファンだってバラしたら……どうなるかわかるわよね?」


「う、うむ。口外はしないぞ」


 すげー! 黒星さん神様を威圧した。これは絶対に白兎さんが恋愛の神様だってバラさない方がいいな。神様より強いという自信を持ったら黒星さんがますます遠い存在になってしまう。


「ああ、でもごめんなさい。もう部活に行かないと。続きはライーンで送るから」


 黒髪が風に流れると同時に良い香りが漂ってくる。隣の席に座っている時には感じなかったのに、どうしてだろうか。


「ほっほっほ。自分の気持ちを包み隠さず爆発させるというのはいいものだぞ」


「はは。たしかに。白兎さんが煽ってくれたおかげで黒星さんと友達になれたよ」


「もっともっと感謝し敬っていいんだぞ」


「でも、やっぱりおこう先生式の実況はマズいって。声が大きすぎる」


「うむ。視聴者からも驚きの声が寄せられていたぞ……」


 ヘッドホンしてる時の絶叫はもはや音平気だからな。俺もおこう先生の配信を見るときはスピーカーにして音量を絞って対策してる。

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