第7話

『どないなっとんねんこのゲームはほんまに!』


 パソコンから怒号が飛び出す。チャット欄には大量の『草』というコメントが流れていってとてもではないが目で追えない。

 ゲームの腕前はそれなりにあってなおかつ強運の持ち主。だけど時折ものすごい低確率の不運を引いて暴言を吐く。そのマネしようと思ってもマネできない波の大きなプレイスタイルと感情を露わにする実況が人気を呼んでいるのがおこう先生だ。


 当時のことはよく知らないけど、十年くらい前から活動していしてその頃は厨モン狩り講座で有名になり先生と呼ばれるそうになったそうだ。

『はっはっはキマした。やっぱり運っていうのは悪い時もあれば良い時もある。経験値目当てで育てたモンスターが地雷で消し飛んだ時はどうしかと思いましたけど、今こうして最強の盾を拾ったわけです』


 おこう先生は超低確率でしかドロップしない盾を拾っていた。これがデラレンのおもしろいところだ。いつどこでレアアイテムを拾うかわからないドキドキを常に味わうことができる。

 自分でプレイするのはもちろん、他人がプレイするのを見るだけでもおもしろい。

 特におこう先生はなぜか運の上げ下げが激しいので本当に見ていて飽きない。先生の調子が良い配信を見ると自分にもラッキーなことが起こる気がしてくるし、反対に調子が悪い時は自分より不運な人がいて安心する。

 ある意味で俺の心の安定剤のような存在になっていた。


「せっかくフラグを立てられそうだったのにこの男と来たら……しかし。こんな男だからこそ一念発起した時におもしろい展開になると思いませんか?」


「は?」


 声の方向に振り替えると巫女装束に身を包んだ白兎さんが立っていた。二つ結びにした白い髪が垂れたウサ耳みたいでちょっと可愛いと思ってしまう。


「あの、なんでここに?」


 いくら俺がおこう先生の配信に夢中になっていたとはドアが開いたらさすがに気付く。それに気が付かなかったとしても玄関から入る時に母さんと対面するはずだ。

 巫女服を着たパッと見女子小学生が俺を訪ねてきたら絶対に事情を聞いてくるし聞いてほしい。母さん、あなたの息子は犯罪に手を染めてませんよ。


「さっき学校で見せただろう? わたしは良平の元にワープすることができるんだぞ」


「マジ?」


「これで三度目だぞ。いい加減信じろ」


「三度目?」


「理科実験室の前にワープしたのと、午後の授業が始まる直前に教室の前、それと今だぞ」


「俺があれだけダッシュしたのに白兎さんが息を切らしてなかったのは」


「良平に間に合うように走らせてわたしはその後にワープした。いやあ、思ってたよりは速くて助かったぞ」


 マジで言ってんのかコイツ。というのが俺の率直な感想だった。でも状況を考えるとワープしてきたとしか思えない。だいたい正月でもないのに巫女服の小学生が歩いてたら日本の優秀な警察官が絶対に声を掛けるはずだ。

 そういった治安維持部隊や母さんの目を潜り抜けて音もなく部屋に侵入する方法はただ一つ。


「白兎さんって本当に神様なんだ」


「何度も何度も言っているではないか。疑り深いと力を貸してやらんぞ」


「むしろ力を貸すのと実況をやめてほしいんだけど」


「それはできない相談だぞ。良平みたいな陰キャの恋愛を成就させる方が評価が高い」


 もはや本音を隠す気はさらさらないらしく堂々とない胸を張って宣言されてしまった。


「実況の評価が高いと白兎さんに何か得があるの?」


「うむ。再生数はそのまま収入に繋がるし高評価が多ければ神としてのランクがアップするぞ」


「ただのヨーチューバーじゃんそれ」


「神界は人間の流行に敏感……というか暇だから実況配信の文化を気に入ってしまったんだぞ」


「暇なのか。神様って」


「最近は神頼みをしなくても自力で願いを叶える人間が多いんだぞ。科学の進歩というやつだ」


「ああ、超常現象を起こさなくても科学で解決しちゃうのね」


「うむ。恋愛においても金欲や物欲で愛情の埋め合わせをする人間が増えて、見ていておもしろい恋愛が減ってしまったんだぞ」


 やれやれと白兎さんはため息を吐いた。神様の裏事情を聞かされた俺の方こそやれやれって感じなんだとその気持ちをグッと堪えた黙っておいた。


「ふむふむ。これが人間界で流行っている実況か。どれ、参考にわたしも一緒に見るぞ」


 パソコンからはおこう先生の実況というか絶叫が垂れ流され続いている。チャンネル登録者数は百万人を超えているし歴史もあるので流行っているのも間違いではない。


「白兎さんおこう先生を参考する気? あまりオススメしないよ」


「なぜ? こんなにコメントも流れているぞ」


「おこう先生はちょっと口が悪いっていうか、このキャラでここまで人気が出たのはある意味で神懸かり的な運の良さがあったというか」


「ふん! それはない問題ないぞ。なぜならわたしが神だからだ」


 白兎さんは興奮気味に鼻を鳴らした。俺はやんわりとおこう先生みたいな実況はやめてほしいと頼んだつもりだけどどうやら通じていないようだ。


『がっはっは! 攻撃三連続かわし。どんな強力な攻撃もね、当たらなければダメージはゼロなんですよ。覚えておいてください』

 白兎さんに気を取られている間におこう先生の配信は大いに盛り上がっていた。プレイヤーの攻撃は外れやすいのに敵の攻撃はよく当たる。一応確率は同じはずなのに理不尽な格差があるのもデラレンの魅力の一つだ。


 この運の不利さをプレイングでカバーしたり、常に悪い方を引き当てるのを前提に先を読んで行動して攻略していく。

 俺はこの辺のカバーが弱くて最難関ダンジョンの最下層まで到達できたことはない。時々コントローラーを投げたくなる時はあるけど根強くプレイできるのは実況者さんのおかげだ。


「ほっほっほ。この実況者はなかなかおもしろいぞ。感情を剥き出しにしてるところが好感がもてる。見ていて飽きないぞ」


「そうなんだ。おこう先生のファンは白兎さんと同じく感情丸出しの実況に惹かれてる」


「人間達はこれくらい素直になればいいんだぞ。好きな人には好きと言う。たったそれだけでわたしのような恋愛の神はもっと楽に……みんなの幸せを見守れるんだぞ」


「今さらっと楽になるって言い掛けたよね?」


「そんなことはないんだぞ。神の力で恋愛の手助けをするのはやぶさかではないが、やはり人間の持つ実力で恋愛を成就させてほしいという神の親心だぞ」


わかりやすく目が泳ぐ白兎さんを見ていると神様もノルマとかあるんだろうなと思った。恋愛の神様というのは胡散臭いが、こうしてワープして俺の部屋に侵入したのも事実。さすがにこの能力を見せられたら少なくとも神様であることは認めざるを得ない。


「それで白兎さんはなんで俺の部屋に来たの?」


「うむ。今後の作戦を練るためだぞ」


「作戦?」


 俺に神様であることをアピールするためだけにワープしたわけではないらしい。そして俺の実況をやめるつもりはさらさらないようだ。

 確実に白兎さんのペースに乗せられている自分にがっくりをうなだれた。


「あの黒星という女。まさに良平の好みそのものだぞ。趣味も合うみたいだしな」


「趣味が合う? 俺みたいなアニメとゲームが好きな陰キャとクラスの中心で輝く黒星さんの?」


「パッと見ではな。しかし、わたしはしっかりと見抜いているぞ。黒星もそのデラレンが好きだ。それも良平以上に」


「俺以上のデラレンファンはいるさ。例えば今配信してるおこう先生とか。好きじゃなきゃ何度も死ぬようなゲームの実況なんてできない」


「ほっほっほ。これだから恋愛初心者は」


 やれやれとため息をつきながら首を横に振る白兎さん。その仕草は妙に腹が立つ。

「良平のストラップを見た時の反応。あれは完全にそのデラレンというゲームのグッズだと認識していたぞ」


「まあ、俺も一瞬そうかと思ったよ。でも本人は興味ないって」


「ちゃんと聞いたのか?」


「え?」


「本人にデラレンは好きかと聞いたか? 照れ隠しで興味がないと言ったに違いないんだぞ」


「照れ隠しって、デラレン好きって知られるのが恥ずかしいって?」


「簡単に言えばそういうことだぞ。特に高校生くらいの人間は妙にレッテルにこだわる。良平が言うクラスの中心で輝く自分が陰キャと同じゲーム好きに分類されるのを嫌がったんだぞ」


 白兎さんの言葉に俺はちょっとだけ悲しくなった。ゲームなんてスマホでみんなやっている。毎日ログインして貯まった石で時々ガチャを引くゲームが良くて、何度も死んでプレイヤー自身が成長していくデラレンはダメ。

 陰キャなのはあくまで俺自身の問題であってデラレンには何の罪もないのに日陰者の趣味として見られていることが悔しかった。


「黒星さんはデラレンファンってことを隠したいんだろ? だったらどのみち俺との接点なんてないままじゃないか」


「そんなことはないぞ」


「同じクラスで席が隣ってか? そんなの席替えしたらすぐに終わる」


「ほっほっほ。その程度の共通点、席替えやクラス替え、卒業で簡単に終わるんだぞ。むしろデラレンは他の誰にもない良平だけの特権とも言える」


「遠回しにデラレンのプレイ人口が少ないって言ってないか?」


 たしかにそこまでメジャーではないけども! 鈴原も最近はそこまで熱を入れてプレイしてないけど根強いファンは多いんだからな!


「すまんすまん。同じクラスにもきっとデラレンファンはいるぞ。ただ、それを黒星は知っているか? 黒星がデラレンファンと認識している唯一の男子、それが良平だぞ」


「お、おう」


 黒星さんが俺をデラレンファンと認識してもそれは恋愛対象とは別なんじゃないか。真っ先に浮かんだ考えを口に出すのをグッと堪えて白兎さんの演説に耳を傾ける。


「黒星はきっかけを求めているぞ。自分がデラレンファンだとカミングアウトするきっかけをな」


「マジで言ってんのそれ? 黒星さんはデラレンファンってことを隠したいんじゃ」


「ぷーくすくす。これだから女心のわからんやつは」


 俺を嘲笑う白兎さん。相手が女子で神様でなければ殴っていた。


「もちろん黒星は他のクラスメイトにデラレンファンということを隠したいと思っているぞ。だがよく考えてみてほしい、それは寂しくないか?」


「たしかに」


 俺は力強く頷いた。ゲームやアニメは一人でも楽しめる趣味だ。SNSで感想を語り合ったり、こうして実況配信に募って全世界の知らない人と同じ時間を共有することもできる。

 だけどやっぱり鈴原と語り合う濃厚な時間には敵わない瞬間があるのも事実。俺が毎日登校するのは鈴原の存在が大きい。


「黒星は今の学校でのポジションに不満を抱いているわけではないぞ。でも、もしもデラレンを語れる存在が現れたら……」


 ニヤリと笑う白兎さんは神様というより悪魔に近い雰囲気をまとっている。それはきっと俺の恋愛を実況したいという悪い本音が漏れた結果なんだろうと思う。

『ああああああ!!! ほんまクソッ!!! 確率についてもう一度勉強し直せボケカス』


「うわっ! ビックリした」


 おこう先生がいつものように突然荒れだすと白兎さんはウサギのようにぴょんと飛び跳ねた。突然こんな大声を出されたら驚くのも無理はない。

たぶん命中率八割超えの攻撃を何回も連続で外して死亡してしまったんだろう。長いことデラレンで遊んでいればそんな日もある。ただ、おこう先生はそうなる確率が異常に高い。この運の乱高下が実況配信を盛り上げる一因なので本当に神に選ばれた才能だと思う。


「この男、実況でここまで熱くなれるのは天才だぞ。わたしも参考にしよう」


「この際実況するのは百歩譲って許すからおこう先生みたいに大声出すのは本当にやめて」


「ん? 実況はいいんだな?」


「しまった!」


 これはあれか。より酷い条件を出すことで本命の条件を飲ませるという心理テクニック。白兎さんの見た目が子供っぽいのとあまり神様らしい威厳がないから油断していた。


「さすががわたしが見込んだ男だぞ。良平なら快く実況させてくれると思っていた」


「全然快くねーよ。むしろフラれる姿を神様に見られるのかと思うと鬱になるわ」


「ほっほっほ。心配は無用だぞ。わたしは恋愛の神様。基本的には恋愛が成就するように手を貸すつもりだぞ」


「神様でも埋まらない格差がそこにあるんだよなあ」


 俺と黒星さんが並んで歩く姿を想像してみた。何をどう頑張っても地味な陰キャと長い黒髪をなびかせながらキラキラと輝く黒星さん。誰がどう見ても釣り合っていない。お金を払っているか脅迫していると思われるのがオチだ。


「その格差をわたしの実況で埋めるんだぞ。本来なら交わるはずのない二人がカップルになる過程は絶対にバズる!」


「俺の幸せじゃなくてバズるのが目的って口から出てるぞ」


「わたしはこのおこう先生のように自分の感情を表に出すと決めたんだぞ」


「おこう先生の実況は実生活でマネしちゃいけないタイプだ。今すぐ考えを改めろ」


「ほっほっほ。さすがにわかっているぞ。クラスでの会話は普通に、実況はおこう先生のように盛り上げる。このメリハリに気付くなんてさすがわたしだぞ」


「ああ、うん。俺が何を言っても無駄みたいね」


 女心すらよくわからないんだから女の神様が考えることなんてもっとよくわからない。俺は諦めて白兎さんに実況される運命を受け入れた

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