第6話
「白兎さんどこだ。出てこい」
「ほっほっほ。よくぞわたしの存在に気付いた」
「あれだけデカい声で話してたらわかるだろ」
「およ? 聞こえてきたか」
「しっかり聞こえてたよ! 絶対黒星さんにも聞こえてた」
「して、その黒星はどこだ? せっかく同じ趣味を持つ良平と引き合わせてやったのに」
「待て待て。同じ趣味ってなんだよ。俺と黒星さんは住む世界が違い過ぎて趣味なんて合わないから」
「人間から見ればそうだろうな。だがわたしは恋愛の神様。相性や趣味などお見通しなんだぞ」
えっへん! と褒めてくれと言わんばかりに胸を張る白兎さん。こうしてボディラインを強調するポーズを取るとやっぱり小学生にしか見えない。むしろ小学生の方が発育が良さそうに思える。
「モテたいと願う陰キャの願いを早くも叶える白兎出雲。やはり恋愛の神としての実力が一味違う。期待の新星。この格差カップルを成立させられるのは彼女しかいない!」
「おい。なに自分で自分を実況してるんだ。しかもめちゃくちゃ盛ってるし」
「盛っていない。配信を盛り上げるための方便だぞ」
「……配信?」
「わたしがただ実況してるだけではただの独り言だぞ。良平の恋愛模様はわたしの実況と共に
「……かみかい?」
話が突飛すぎてキーワードを繰り返すことでしか意志を表明できない俺がいた。配信はまだわかる、勝手に配信されてるのだとしたら猛抗議したいけど配信の意味くらいはわかる。ただ問題はその後に出来てきたワードだ。
「かみかいってなんだ。歴史に残る名作アニメのことか?」
「ほっほっほ。そんな神回もいずれは誕生するんだぞ。なぜならこのわたしが実況するんだからな。だけどさっき言った神界はちょっと違う。文字通り神の世界。わたしみたいな神様が暮らす世界だぞ」
「そっかそっか。お友達がたくさんいるんだな」
「お友達ではない! むしろライバルというか目の上のたんこぶというか……って、今の発言は配信されてないよな!」
白兎さんは急に天井に向かって慌ただしく手を振りだした。まるで空の上に俺達の様子を見ている人がいて、その人達に向かって「今のは違う」とオーバーリアクションで言い訳しているように見える。
「白兎さんは設定を作り込んでるね。俺も中学生だったら全乗っかりしてたと思う」
「設定言うな! わたしは本当に恋愛の神様で、今の模様も神界で配信されてたんだぞ」
「マジ?」
「マジだぞ。ほれ」
彼女が取り出したスマホにはヨーチューブ……とはちょっと違う画面が映しだされていた。
画面の右側には他の動画のサムネイルが並んでいて中央には俺と白兎さんの姿が映っている。
「えーっと……これを撮っているのは?」
「神の視点というやつだな。わたし視点で配信することもあれば、こうして第三者の視点でわたし自身も配信に映れるんだぞ」
そう、白兎さんのスマホに映る俺達の姿は完全に第三者視点なのだ。内側カメラでは絶対にありえない。しっかりと俺と白兎さんの全身が並んでいる。
「この角度から映してるならカメラは……」
背景は廊下の突き当りになっている。この画角で撮るにはカメラは廊下のどこかに設置されていなければならない。
だけどカメラどころかスマホすら見当たらない。ドローンやラジコンの類もない。
「マジ……なのか」
「ほっほっほ。ようやく信じる気になったか。あとはこの恋愛の神様を信じて実況されるがいいんだぞ」
「この映像は百歩譲って信じるとして実況される理由はなんだ!」
隠し撮りされるのだって本当は嫌だ。しかも謎の技術によってカメラの位置は掴めない。
それなら俺の高校生活がどれだけ恋愛と無縁で華がないかをわからせてやらればいいだけのことだ。かなり寂しい映像を神界とやらに配信されてしまうのは恥ずかしいが、撮れ高を期待できないとわかれば白兎さんだって諦めるに違いない。だから実況する理由だけは納得いく返事を得たかった。
「うむ。実はな……」
元から寒い廊下の空気が一段と静まり返る。
「神界でも実況配信が流行っているんだぞ」
「はい?」
「神の力で意中の相手とくっ付けるだけでは盛り上がらない。数々の困難や障害を乗り越えていく過程を第三者であるわたしのような神が実況する。それが今の神界のトレンドなんだぞ」
「いや、そんな流行ってるならあちこちでカップルの実況をする頭のおかしいやつを見掛けてるはずだろ? いくら俺がインドア派だからって一度も見たことない」
「それは普通の神は自分の力で姿を隠して実況するからだぞ」
「じゃあ白兎さんもそうすればいいじゃないか」
「それができないからこうして同じ学校に転入してやったんだぞ」
「…………もしかして白兎さんってポンk」
「わたしは他の神と違ってより臨場感のある実況をお届けするタイプなんだぞ。あえて人間と同じ立場になることで人気を集めるニュージェネレーション」
「そっか」
俺がポンコツと言い掛けたところで必死に弁明をする白兎さんがあまりにも哀れに見えて、あえてツッコミを入れなかった。
そういうことにしておいてあげるのが大人の対応というものだ。白兎さんとは同級生だけど外見のせいで年下に見える。俺はロリコンじゃないけど小さい子には優しく接するべきだ。
「良平よ。今ものすごく失礼なことを考えてないか?」
「いえいえ。神様に対して無礼はしませんよ」
「その態度があやしいんだぞ!」
顔を真っ赤にしてほっぺを膨らませるといよいよ子供にしか見えない。神様かどうかは保留するにしてもスマホに映し出された映像は間違いなく謎の技術力が関わっている。
一応、白兎さんが近くにいる時は世界のどこかに配信されていると考えて行動した方が良さそうだ。
「して良平。あの黒星は完全にお前の好みに合致するんだぞ。あとはわかっているな?」
「わかってるって何が?」
「はあああああ。だからお前はモテないんだぞ。だが、そういうやつの恋愛を成就させた方が評価がたk……げふんげふん」
「今、評価がどうとか言ってなかったか?」
「言ってない言ってない。わたしは恋愛の神様として良平の幸せを心から願っているだけだぞ」
「…………」
「本当だぞ! ほら、コメントでも応援されてる」
白兎さんが見せてくれたスマホの画面には
『いいから黒髪巨乳を映せ』
『この冴えない男が思いっきりフラれるところを想像すると興奮する』
『出雲が実況する恋愛はいつもめちゃくちゃだから今回も期待』
などなど、とても応援されているようには感じられなかった。
「白兎さん、いつもめちゃくちゃなんだ? なんとなく察してるけどさ」
「ほっほっほ。言っただろう? わたしはニュージェネレーションだと。神としてはあまりにも斬新な実況スタイルがそう評価されているんだぞ」
「俺がフラれるのを期待する声もあるけど?」
「人々の願いを叶える神だからこそ、時には人の不幸を望んでしまう。そんな神の意外な一面を見られたのは貴重な体験だぞ」
「シンプルに黒星さんを見たいという声は?」
「それは良平冴えないせいだぞ。美男美女の実況をするとそれぞれにファンが付いて、二人の仲が深まっていくと低評価。反対にケンカをすると高評価が付くんだぞ」
神様って結構酷いやつらなんだな。
このコメントをしてるのが神様と決まったわけじゃないけど、白兎さんがまだ善良に見えてくるレベルだ。
「まさか自分を良く見せるためにあえて変なコメントを俺に見せてるんじゃないよな?」
「そんなダシに使うようなマネできないんだんぞ! 視聴者様は文字通りの神様。わたしのような配信者は視聴者様の求める実況をお届けするだけ」
どうやら白兎さんはこの配信の視聴者に頭が上がらないらしい。媚を売ってるとかではなく、本当に先輩や上司、あるいはもっと上位の存在みたいだ。
「それで、白兎さんの実況はどうなれば終わるの?」
「配信に協力してくれるんだな⁉ さすが良平。わたしを頼ってきただけのことはある」
「いや、できれば協力したくないよ? なんで生き恥を配信されなきゃいけないのさ。でも白兎さん断っても絶対に付きまとってきそうだから終了の条件を聞いておきたいなって」
「ほっほっほ。照れるな照れるな。わたしが絶対に良平と黒星の仲を取り持ってみせるぞ」
実況が終わる条件を聞いているのに白兎さんは問いを無視して一人張り切っている。
この手の女子は人の話を聞かずにどんどん事を進めるタイプだ。これまでの学校生活で痛いほど痛感している。俺みたいな陰キャはその方針に黙って従うしか生きる道はない。
「ああ、そうだ。せっかくだからわたしの神らしいところを一つ見せてやろう」
「はいはい。すごいすごい」
「まだ何もしてないんだぞ! いいから黙ってそこで待ってろ」
そう言い残して白兎さんはスタスタと理科実験室の前から立ち去っていった。
再びぼっちに戻ると廊下の冷たい空気に身震いする。どれくらい待てばいいのかもわからないので動画を再生するわけにもいかず、とりあえず掲示物に目を通す。
「ほー。共通テストってこんな問題が出るのか」
このまま順調に進級できれば二年後には共通テストを受けているはずだ。まだまだ先のように感じていたけど問題と解説を目の当たりにすると今の段階でも解けそうなものもあって、着実に受験に向けて動いていることを実感する。
「このまま勉強とゲームと実況で終わるのかな」
決して悪くない高校生活だとは思う。鈴原とゲームやアニメの話で盛り上がるのは楽しいし、成績も上位なので勉強もやりがいがある。
だけどやっぱりモテたい。ラブコメみたいなハーレムじゃなくていい。誰か一人でもいいから俺のことを好きになってくれる女子がいて、俺もその子を好きになれたらどんなに学校生活が色鮮やかになるだろう。
「……もしかして白兎さんにからかわれてるのかな」
スマホで時間を確認すると待機を命じられてから五分程が経過していた。教室までそれなりに距離があるのでそろそろ戻らないと午後の授業に間に合わない。
だからと言って白兎さんとの約束……というか一方的に待つように言われただけだけど、それを無視して自分だけ戻るのもどうにも落ち着かない。
「あと三分だけ待つか」
ギリギリ午後の授業に間に合う時間まで待つことを決めた。それにしても神様らしいところを見せるって一体何をするつもりなんだろう。
白兎さんが歩いていった廊下の先を見ても何もない。黒星さんの時は動画に夢中で気が付かなったけど基本的には誰かが来れば足音でわかる。
今、この空間は静寂に支配されている。白兎さんはどこかへ行ってしまったか、かくれんぼのように身を潜めている。
そんな相手を黙って待ち続ける俺は一体なんなんだろう。もし今も神界とやらに向けて配信されていたら俺の姿を見て笑っているのだろうか。
残念ながら俺はゲームの腕もトーク力もイマイチだから実況配信には向かないんだぜ。そのつまらなさに恐れおののくがいい!
「ほっほっほ。これが神の力だぞ」
「うわあっ!」
突如背後から白兎さんに声を掛けられて腰を抜かしてしまった。もしかして今はドッキリ配信をしてるんですか?
「え、ちょっと。いつの間に。俺の前を通った?」
「いいや。人間なら良平の視界に入らず背後に回ることは不可能だぞ。しかしわたしは神。神ゆえに神出鬼没」
「……ワープしたってこと?」
「簡単に言えばそういうことだぞ。もっとも、今は良平の元に移動することしかできないがな」
「なにそれ。めっちゃ半端じゃん」
「失敬な! 瞬間移動なんて人間にはできないんだぞ。せっかくわたしが直々に神らしいところを見せてやったというのに」
白兎さんは頭から湯気でも出そうな勢いでぷんぷんと怒りを露わにしている。ちょっと考え事をしていた隙に俺の背後に回りこんだ可能性はまだ捨てきれない。
もしかしたら五分くらい俺を放置したのも心理の隙を付くための準備たった可能性もある。
「いきなり背後に現れたくらいで神様気取りされてもなあ」
「な、なにを! ならば今夜目にモノを見せてくれる。覚悟しろ」
「はいはい。って、ヤバい。急がないと午後の授業に間に合わない」
「なんと! 転入初日に不良のイメージを持たれるわけにはいかん。良平、急ぐんだぞ」
「言われなくても」
白兎さんと一緒に教室に戻ったらまたあらぬ誤解を生みかねない。
何も言わずに白兎さんを放置するのには抵抗があったけど、ちゃんと再開できたのならもう関係ない。俺は誰もいない廊下をダッシュした。
チラリと後ろを振り返ると彼女の姿は見えない。俺も足が速いわけではないけど、さすがにあんな小柄な女子には負けない自信がある。
チャイムが鳴るギリギリに教室に戻ったことで質問攻めからは逃れることができた。
自分の抱える問題が解決すると多少は他人にも気を回せるようになるもので白兎さんのことがちょっと心配になった。
だけど彼女は息一つ切らさず余裕の表情で教室に入ってきた。それこそワープでもしたかのように
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