第5話
「ふう。ぼっち飯なんて久しぶりだな」
休み時間に入る度に即効で教室を飛び出てチャイムが鳴ったら席に戻るを繰り返してどうにか午前中を乗り切った。
そしてやってきたのは一時間の昼休み。十分休憩くらいならトイレに閉じこもってやりすごせばいいけど、さすがに昼ともなればお腹が空くし母さんが作ってくれた弁当を残すのは忍びない。そうなれば必然的に人が寄り付かない場所でのぼっち飯になるわけだ。
「一学期以来かな。懐かしい」
一応鈴原とは友達と呼べるような仲にはなっていたけど、今ほど深い仲でもなかった一学期。
そこそこクラス内でうまく立ち振る舞う鈴原は他のグループにも顔を出したりして、その結果俺だけがぼっちになるという日が何度かあった。
完全にぼっちなら割り切って教室でぼっち飯を決められたけど、鈴原を取られた気がしてなんとなく教室には居ずらなかった。
そんな時に発見したのが理科実験室の前だった。
教室ではなく完全に廊下なんだけど昼休みには化学や生物の先生すらも寄り付かない。
廊下の奥にあるので人目に付きにくく、周辺も静かなので誰かが来れば足音が反響してすぐにわかる。教室前の掲示板には化学系の掲示物が貼られているから、それを見て勉強している風を装えるという完璧な立地条件なのだ。
「つめたっ!」
人通りのない冬の廊下は想像以上に冷たくて思わず声を上げてしまった。座っているうちに温まってくるだろけどこれだったらまだ立ち食いの方がマシだ。
座ることは諦めて立ったまま弁当を食べる。思い返せば一学期は暖かかったことを実感する。夏は暑かっただろうし、鈴原と友達になれたことは本当に感謝すべきことだと思う。
一人で黙々と食べるので普段よりも早く食事を終えてしまった。だけど心配することはない。
元来のぼっち属性で培ってきた時間潰しの方法が俺には備わっている。
データ通信量が気になるところではあるが背に腹は代えられない。スマホを取り出すとすぐさまヨーチューブのアプリを起動する。さすがに平日の昼間に生配信をしている実況者さんはいないけど、昨夜のアーカイブは公開されていた。
鈴原と違ってパソコンとスマホで同時に生配信を見るという器用な芸当はできないので暇を見つけてはアーカイブで補完するのが俺のスタイルだ。
「おこう先生とのろみんさんか。いきなり発狂ボイスが流れたら困るからのろみんさんにしておくか」
実況者にはいろいろなタイプがいて、ゲームの腕前自体が全国大会に出るレベルの人もいれば下手だけどトークで盛り上げる人もいる。
今から見るのろみんさんは俺好みの黒髪巨乳でしかもはんなりとした関西弁を話すお姉さんだ。3Dのアバターを介しているので中の人……もとい、魂の実年齢はわからない。だけど高校生ということはないだろうしきっと俺よりはお姉さんだ。
「みなさ~ん。おばんです~。のろみんの部屋にようこそ~」
のろみんさんが挨拶をしただけでチャット欄には大量のコメントが流れていく。中にはお金を払って別枠に表示されるスーパーチャットと呼ばれる投げ銭のようなものを送る人がいる。
スパチャを送ると配信の最後のお礼タイムで名前を呼ばれるのが通例だ。のろみんさんの声で名前を呼ばれるのは正直羨ましい。ヘッドホンをすれば耳元で名前をささやいてもらえるシチュエーションを再現できる。
だけど、バイトをしていない俺には最低金額の610円すら高いんだ。610円で幸せな時間を買えるのなら安いと頭ではわかっているのに購入確認の画面を見ると尻込みしてしまう。
「今夜は風来のデラレンに挑戦します~。アイテム持ち込み可のダンジョンにあえて裸で挑みますよ~」
のろみんさんの裸発言にコメントがさらに盛り上がる。別にのろみんさんが裸になるわけではなくゲーム内のキャラが無装備でダンジョンに入るだけだ。
「臨場感を出すためにうちも脱いでいきます~」
「はっ⁉」
のろみんさんのアバター自体は何も変わらない。フリフリした着物みたいな衣装をまとったまま画面に表示されている。
だけど確実に衣擦れの音は聞こえてくる。本当に服を脱いでいるかはわからない。それでも俺達はこの音に妄想を膨らませざるをえない。もはやコメントを目で追うことはできなくなっていた。高額のスパチャもどんどん投稿されていてもはや固定化の意味を成していない。
「うわあ。のろみんさんの配信こんな祭になってたんだ。リアタイすればよかった」
こういうのはリアルタイムで見るとより臨場感を楽しめる。
もしかしたら俺のコメントがたまたま拾われてより過激な配信になる可能性もあった。昨日見た別の配信も楽しかったけどちょっとだけ後悔の念に駆られた。
「今全裸になりました~。装備を拾ったら着るので良い装備が出るように祈ってくださいね~。暖房付けてるんですけどちょっと寒いです~」
のろみんさんの発言を受けてチャット欄は「装備出るな」で一致団結していた。全国、もしかしたら全世界の散らばる顔も知らないオタク達が同じコメントをする。
なんだか不思議な光景だし、自分は一人じゃないって実感できる。
「誰かいるの?」
透き通るような綺麗な声が誰もいない廊下に響き渡る。
正確には俺しかいないはずの廊下。他に誰かがくれば足音でわかるはずのこの場所に別の人間がいる。自分は一人じゃないと実感できるってそういう意味じゃないのに。
「く、黒星さん?」
「こんなところで何をしているの?」
長い黒髪と自信に満ち溢れた目は俺にとっては眩しすぎるし冷たすぎる。同じクラスなのに住んでる世界があまりにも違う。
俺は大人しくゲームに勤しむので黒星さんはリア充の頂点として輝きを放っていてほしい。俺は遠くからそれを見つめるだけで十分なんです。こんな風に二人きりで話すなんて無理!
「あ、カタナを拾いました~。武器で服を着るのはナシですか~」
スマホからはのろみんさんの甘い声が漏れ続ける。服を着るとか着ないとか事情を知らなければゲーム実況ではなくいかがわしい配信だと思われてしまいそうだ。
「……ごめんなさい。でも、学校でそういうのを見るのはちょっと……せめてトイレに」
「違うんだ! これはゲーム実況で」
「だったらなんで服を着るとか言ってるのかしら」
「えーっと。風来のデラレンってゲームで」
「デラレン?」
冷ややかな視線を向ける黒星さんの表情が一瞬だけピクリと緩んだ気がした。
たぶん謎のマイナーゲームに必死になる俺の姿がおかしかったんだろう。黒星さんゲームとか興味なさそうだし。
「……って、こんなところから説明しても仕方ないよね。とにかくゲームの世界に合わせて裸になったんだ」
こんな説明をしたところで黒星さんにドン引きされる運命は変わらなない。
「そう……」
黒星さんは興味なさげにつぶやいた。
教室でクラスの中心になっている時の彼女はもっと輝いていて俺には眩しすぎるくらいなのに今は陰キャに呆れて光を失っている。
大きすぎる闇は光を飲み込んでしまうらしい。一見すると俺の勝利のようだが人生的には完全に敗北していた。
「ところで黒星さんはなんでこんな所に?」
「白兎さんに頼まれて地頭くんを探しに来たのよ。どうしても居場所を知りたいからって。結局白兎さんもどこかに行ってしまったけど」
「そうなんだ」
「とにかく白兎さんが地頭くんを探してることは伝えたから」
「ああ、うん。ありがとう」
白兎さんが俺に用があるとすれば例のモテたいと願った件に違いない。
もう二度と会わないと思ってあの場から立ち去ったのに、まさか転入までして俺を追ってくるとは思ってもみなかった。
恋愛の神様という話は半分くらいに聞くとして、ひとまずあの馴れ馴れしい態度を改めてもらわないとクラスメイトに誤解されたままになってしまう。
黒星さんの話だと白兎さんはさっきまで一緒にいたみたいだからこの辺にいるんだろう。できれば誰もいない場所で話を付けたいので好都合だ。昼休み中に片を付けなくては。
「えっと……黒星さん他に何がご用が?」
あくまで俺に用事があるのは白兎さんで黒星さんは巻き込まれて道案内を頼まれただけだ。
当の白兎さんはせっかく案内してもらったのにまるで小学生のようにどこかへ行ってしまったようだけど。
「そのストラップ……」
「ああ、これ? さっき話したデラレンに出てくるんだ。海苔で星を作ってる以外はただのおにぎりだからあんまりグッズって感じはしないんだけどね」
黒星さんはデラレンのおにぎりストラップをジッと見つめている。そこまで奇抜なデザインでもなければ限定グッズでもない。
普段ゲームをしなかったり、スマホのソシャゲーしかやらない層にとってはデラレンはマイナーかもしれない。だけど不思議なダンジョン系のシリーズをプレイした経験がある人ならデラレンは一度は耳にするタイトルだ。
「もしかして黒星さんもデラレンが好きなの?」
この一言を発せられた俺の高校生活が何か変わるかもしれない。もしこれがデラレンの世界なら俺が動くまで黒星さんは絶対に動かない。だけど人生はターン制じゃない。
俺がうだうだと考えているうちに黒星さんは冷たく言い放った。
「興味ないわ」
「だよね。黒星さんゲームとかやらなそうだし」
「……っ」
黒星さんはなぜか俺を睨みつけた。ゲームやらなそうって言ったのがそんなに気に入らなかったのか? それともゲーム自体が嫌いでゲームという単語を耳にするのもイヤとか?
今までの人生において女子との交流がなさすぎて女心が全く理解できない。
「私は戻るから。ちゃんと白兎さんと会っておいてね」
「あ、うん」
黒い髪をサラサラとなびかせると花畑のような香りが空間を支配した。
ちょっと動いただけでこんなにもフローラルになるなんてやっぱり女子は不思議な生き物だ。
「今まで接点のなかった男子との意外な共通点を発見し胸を高鳴らせる黒星。しかし、クラス内での身分の差からどうしっていいかわからずこの場を立ち去ってしまう。せっかく同じ趣味を持つ男子と出会えたのに」
どこからともかく子供みたいな可愛いらしい声が聞こえてくる。俺が考えていることでもなく、きっと黒星さんの脳内でもない。
こんな悪趣味な実況をするやつはあいつしかない。
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