第3話
担任の足利先生はとても美人だ。スラっとした長身に似合う長い黒髪とスーツの上からでもわかる大きな膨らみ。パッと見の印象だと厳しそうに感じるシュっとした顔とは対照的に言動はとてもドジでそのギャップに恋する男子は多い。
始めはその作られたような天然ぶりが女子からの反感を買っていたようだが、女子高生と同じテンションで恋バナに参加して相談に乗ってくれる姿が人気を集め、今では男女問わず足利先生になっている。
一部では下の名前で織姫先生と呼ばれているくらいだ。
「みんなおはよう。中にはもう知ってる人もいるかもしれないけど、実は今日、転入生がやってきます。かなり半端な時期で彼女も」
「彼女! つまり女子ですか?」
「マジ!」
「うおおおおおおおお!」
足利先生の彼女発言にクラスの陽キャがお腹を空かせた鯉のごとく食い付いた。俺も心の中では鈴原と話したような展開を期待した。だけどあんな風に大っぴらに感情を表に出せない。
バカバカしいと見下しつつ、心のどこかで憧れている自分もいた。
「はいはい静かに。高校生はバカな男子よりも知的な男子がモテるのよ。転入生におバカな姿を見られなくてよかったわね」
足利先生は恋愛脳なので何でもかんでも恋愛に結び付けたがる。一学期の最初の頃はそのノリに付いていけない雰囲気があったけど、夏休みを経て俺が知らない間にオトナの階段を登った一部のリア充を筆頭に少しず受け入れられていった。
現に今の足利先生の発言に女子はクスクスと笑っている。同性からも好かれる美人教師。まるで二次元の住人みたいだ。
「それじゃあ紹介するわ。入ってきて」
クラス中の視線がドアに集まる。
窓側から二列目の最後尾という教室全体を見渡せる位置に座る俺はこの光景が少しおもしろかった。授業中だってこんなに全員が一点に集中することはないからだ。
ドアがガラっと勢いよく開けられた。この開け方から察するに恐らく陽キャだ。陰キャはこういう時に恐る恐るドアを開けるものだ。
だけど、その勢いとは反対に俺は転入生の姿を捉えることができなかった。
前方の席がざわついているのでドアだけが開いたというホラー展開ではなさそうだ。きっと転入生は小柄なんだろう。
「さ、こっちで自己紹介して」
カツカツと教壇を歩く足音が聞こえる。微かに見えた頭頂部は俺の見間違いではなければ光の加減によっては銀色にも見える白色。
染色とは思えないその美しさはどこかで見た記憶があった。だけどそんなはずはない。あの子は小学生。よくて中学生くらいだった。
もしかしたら姉妹なのかもしれない。ハーフなのかな。そんな風に考えていた矢先のことだ。
「わたしは白兎出雲。このクラスに良平がいると聞いて転入したぞ」
「ああああああ!!!!」
「おっ! 良平。探したぞ」
転入生。白兎出雲と名乗る小学生にしか見えない女の子に集まっていた視線が俺に移る。
普段目立たない俺が突然大声を発すればそうなるよな。恥ずかしさで死にそうだ。
「白兎さん今、良平って」
「もしかして知り合い?」
「転入先の高校で再開とかドラマじゃん」
ざわつく教室の中で俺と白兎さんに関する様々な憶測が飛び交い、その全てが俺の耳にちゃんと届く。自分に関する噂話をちゃんと認識できる現象をカクテルパーティ効果と言うらしい。
そんな豆知識はともかく、転入生は間違いなく神社で会った自称・恋愛の神様だ。
子供のような外見なのに妙に偉そうで堂々としている。だけど神様なんて言われてもとても信じられない。こうして高校に転入してくるんだから中身はちゃんと高校生なんだろうけどにわかに信じがたい。
「みんな静かに。白兎さん、地頭くんと知り合いなの?」
「うむ。わたしは良平の恋愛を成就させるべくこの学校に来た。わたしが来たからには大船に乗ったつもりで安心していいぞ」
「それなら白兎さんの席は地頭くんの隣に……と言いたいところだけど、一番後ろだと不便よね。白兎さんは窓側の一番前でいいかしら。ごめん。窓側の人は一つずつ後ろに下がってもらえるかしら?」
足利先生が指示すると窓側の人達は机を一人分ずつ後ろに移動した。今まで空いていた左隣にはクラスで、いや学年で一番の美少女と言っても過言ではない黒星雅さんがやってきた。
ほどほどの身長に夏服の時に確認できた大きな膨らみ。そして長い黒髪という俺の理想を体現したような存在。だけどオタク文化とは無縁そうで、なんなら嫌っていそうな雰囲気まである。たまに俺のことを睨みつけているのがその証拠だ。
黒星さんの斜め後ろという位置でもかなり威圧感があったのに、左隣になったら緊張で死ぬかもしれない。
あとは男子の嫉妬ね。窓側の一番後ろの座席って前、右隣、右斜め前しか隣接する席がないじゃん? その貴重な三マスのうち最も距離が近い横の席を俺みたいな陰キャが取ってしまう。
今までは俺の一つ前に座る陽キャの西山くん経由でコミュニケーションを取っていた連中にとって俺はかなり邪魔な存在だ。
「…………」
黒星さんは無言で俺の隣に座った。うん。やっぱり俺に対する好感度はゼロに等しいね。ゼロならまだマシなくらいで下手したらマイナスだ。
「協力ありがとう。白兎さんは一番前に机を置いてね」
「良平の隣じゃないのは不満だが……仕方ない。休み時間になったらたくさん話すぞ」
白兎さんはすでに俺と仲良しみたいなテンションで微笑む。一度会っただけなのにこの距離の詰め方は一体なんなんだ。
「なあ地頭。白兎さんとどういう関係なん?」
「あ、え、えーっと」
「はいはい。気になることはあるだろけどすぐに一限目の現国よ。このまま授業に入るわね。白兎さん教科書は持っているんだっけ? この会社のなんだけど」
足利先生が教科書の表紙を見せると白兎さんはカバンから教科書を取り出し表紙を見せ返した。
「現国は同じ教科書だったのね。もう三学期だし一年生の教科書を買うのはもったいないから、他の科目で違う教科書だったら見せてあげてね」
「はい!」
椅子から立ち上がり元気な返事をしたのは俺の列の一番前。白兎さんの右隣の席になった大野くんだ。野球部で活躍しているらしく女子からの人気も高い。が、俺と同じく女子への免疫が弱いらしく恋愛方面では空回り気味なんだそうな。
そんな姿も可愛いと高評価を得ているのが俺との圧倒的な違いだな。
「それじゃあ先週の続きから」
足利先生の現国の授業は個人的にかなり気に入っている。透き通った声で読まれる文章はとても耳障りが良いし、解説もわかりやすい。男女関係の解説になるとちょっと熱が入りすぎている感じもあるけどそれはそれでおもしろい。
先生が板書をしている間、俺はなんとなく窓の外を見るクセが付いてしまっている。
五十分間も集中力は続かないので一瞬の休憩タイムだ。左隣に誰も居なかったこそできるリラックス法だったのが、今日から黒星さんが鎮座している。
目が合った。
まるで黒星さんがずっと俺の方を見ていたみたいに、左を向いたら目が合ってしまった。恥ずかしい。
家族や鈴原以外とはちゃんと人の目を見て話せない俺にとって黒星さんと視線が絡み合うことは嬉しさよりもまず羞恥心が上回った。
一瞬目が合っただけなのに顔が熱い。たぶん耳まで真っ赤になっている。童貞臭い反応だとわかっていても自分ではどうにもならない。
きっとこの後、黒星さんを中心としたグループ内でネタにされるんだろうな。
そう考えるとちょっとずつ血の気が引いて熱も納まった気がする。
「地頭くん、そっちに黒板はありませんよ」
「は、はい」
いつもなら先生がこちらを向く前に気分転換を終えて真面目に授業を受ける姿勢に戻っているのに、黒星さんの不意打ちのせいで戻るのが遅れてしまった。
教室の各所からクスクスという笑い声が聞こえる。普段は目立たない陰キャが転入生と接点があるっぽくて浮かれている。そんな印象を持たれているに違いない。
ああ、嫌だなあ。目立ちたくないなあ。このまま授業だけで学校生活が終わればいいのに。そんな願いは絶対に叶うことなく休み時間はやってきた
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