第15話 清楚系ビッチな妹友がお泊りにきた件。その②
(前回続き)
――「3年前、わたしがまだ事務所に落ち続けてた時。オーデション直前で泣いていたわたしに、声をかけてくれたのが……お兄さんでした」
◆◆◆
「……あの、泣いてたら、受かんないと思うよ?」
「……!」
同時に差し出されたのは、よくわからない広告の入ったポケットティッシュ。
「だれ?」
「……んと、キミが受けようとしてるオーディションを、たった今受けてるヤツの付き添い?……」
「……」
「……だからほら、せめて涙をふいてさ」
「……ッ、……ダメなの。何度やっても上手くいかなくて。……もう、全然自信なくて、怖くて……」
「ん、……じゃあ、いっそのこと、あきらめちゃえば?」
「……え?」
「……あきらめたら試合終了って言葉があるじゃない? 俺、あの言葉ウソだと思うんだ。……だって実はこの世の中、開始前から終了している試合なんていっぱいあるから」
「どういうこと?」
「そりゃー、実力差とか、経済格差とか、コネとか? 夢を壊すようでアレだけど、理不尽な世界だよねー? だからたまにはあきらめちゃうのも、全然悪い事じゃないと思うんだよー」
「 」
(……この人……)
「……でもさ」
「逆に言えば、どうせ決まってるかもしれないなら、緊張するだけ損じゃない?」
「……緊張するだけ、損……?」
「そうそう。キミが合格に値するほど頑張ってきたなら、もう結果は決まってる。コネな出来レースがあったとしても同じ。結果は決まってる。だったら……」
その時、ブー、とスマホが振動し、
「……なーんて、たった今、無事爆死したらしい妹には言えないよね。……はぁ」
「……え、あの?」
「ということで、俺、もう行くね。……オーディション、がんばってね?」
「え、ちょ、……ティッシュッ」
彼は顔だけ振り返り、そのまま手を振って去っていく。
一人残されたわたしは、ポケットティッシュで顔を拭い、
「……緊張するだけ、損」
「損なら、……いいか」
――重かった気持ちは、少しだけ晴れていた。
◇◇◇
「……いや、え? まさか……あの時のショートカットの!?」
「ハイ。……おかげであの後、オーディション突破して、無事、事務所に所属することができました」
「そう……だったんだ」
「わかりますかお兄さん。……今、子役、西川ほのかがいるのは、お兄さんのおかげなんです」
「そしてわたしは、変わるきっかけをくれたお兄さんのことを、ずっと……」
「……!」
「……お兄さん……」
西川さんが、ゆっくりと俺に向き直り、
「……知ってると思いますけど、今、お兄さんのご両親はいません。結衣ちゃんも眠っています。汚くないように、ちゃんとお風呂にも入りました」
一歩、また一歩と着実に距離を詰めて、
「え、ちょ、あのッ?」
「逸らさないで。ちゃんと見てください。わたしのこと、見て」
「……!」
至近距離で、清楚の権化たる子役、西川ほのかの潤んだ瞳が俺を見上げる。
「……千載一遇のチャンスなんです。ずっと、この時を夢見てました。この時のために、いっぱい勉強して、いろんな知識もつけて、お兄さんに可愛いと思ってもらえるように努力して、ようやくまた、こうして会うことができました……」
『……だから、お兄さん……?』
『……わたしの全部、もらってくれますか?』
◇◇◇
――『わたしの全部、もらってくれますか?』
「ちょちょ、ちょっと待った!」
「なんです?」
「手を出したら犯罪なんだが!」
「…………」
「……壁が大きいほど、欲望は燃えるというもの……」
「――いや別の壁に入っちゃうから、マジで!」
◇◇◇
「…………あの。……どうして西川さんが布団の中に?」
「どうしてだと思います?」
「……はぁぁ。……ホント懲りないね、キミも」
「……はい。……お兄さんが相手、ですから」
「……」
「……あのさ、そんなに焦らなきゃ、……ダメなのか?」
「……」
西川さんは何かを胸の中で反芻するようにして、
「……ダメです」
「……それじゃあまた、いつお兄さんがいなくなっちゃうか、わからないじゃないですか」
「……」
「お兄さんを見つけるまで、わたしがどれだけお兄さんのこと探してたのか、わかってますか?」
「……けど、今回は大丈夫じゃない?」
思い出す。先日の公園。西川さんが言ってくれた言葉。
「……『側にいる』んでしょ? いつでも……」
「……! それは……」
「……なら、俺だっていつも、西川さんの側にいるってことだ」
「……っ」
「……だからさ、無理しないでいこうよ、お互いに」
「……」
「……それに、誘惑なんかしなくても、キミは十分魅力的……というか……」
「……えっ」
「や、やっぱなんでもない……」
「…………」
「…………あの」
「なに……?」
「お兄さん、お兄さん」
「?」
ちょいちょい、と手招きされ、いつものように耳を傾ける。今までに何度もあったように西川さんの吐息が近づき、
『……………………すき』
「……………!」
――それは、これまで聞いたどんな言葉よりも熱く、耳が溶け落ちたかと錯覚するような、甘い衝動に満ちた囁きだった。
◆◆◆
……3年前、オーディションに受かった後。
――あの人にもう一度会いたくて。でも手がかりがなくて。藁をもすがる想いでティッシュに入っていた広告を検索した結果。
『~~~~っ!!!!////』
大量に表示された女性の裸。思わず顔を赤くなった。
(……うう、つまりあの人は、……こういう、えっちなことが好きなの……?)
正直強すぎる刺激に泣きたい気持ちでいっぱいだった。でも。
(……あの人がドキドキしてくれるなら、わたし……えっちな女の子になりたい)
ぎゅっと、大切にティッシュを胸に抱き、別れ際の手を振る彼の姿を思い起こす。
(……演技の仕事を頑張って、すごく有名になれたら。……また会えるのかな?)
――それから3年後、わたしは偶然遊びに行った同級生の家で、彼と再会する。ひとつ深呼吸をしてから、わたしは彼の前で、少しだけエッチな女の子になり……。
「……はじめまして、西川ほのかです。……『お兄さん』?」
了
妹の友達(小5)が『清楚系ビッチ系清楚』のくせに、誘惑してきて困る 或木あんた @anntas
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