第3話

「……別に泣いてないから」

 

 目をゴシゴシとしてから、愛梨はそう言った。

 確かに泣いていたというよりは涙ぐんでいた――泣きかけて・・・いた――という意味では泣いていないと捉えることはできる。


 もっとも、愛梨が本当は号泣していたとしても、このタイミングで「いや、泣いてただろ」などと揶揄うほど一颯は愚かではない。


「そうか」

「……うん」

「その……愛梨」

「……何?」

「ふざけすぎた。……ごめん」

「……許して欲しい?」


 一颯の謝罪に対し、愛梨はそう問いかけた。

 顔はちょっぴり……笑っていた。


 少しだけ一颯は安心する。


「許して欲しい」

「何でもする?」

「何でもする」

「本当に?」

「本当に、本当だ」

「うーん……じゃあ……」


 愛梨はしばらく考えてから答えた。


「アイス、買って」

「分かった」

「……え、いいの?」


 何故か、提案した方が驚きの声を挙げた。

 どうやら冗談半分だったらしい。

 しかし一颯の方は本気だ。


「それで許してくれるなら」

「……高いのでもいい?」

「いいよ」


 一颯がそう答えると……


「……えへへ、得しちゃった」


 嬉しそうに愛梨は笑った。




 さて、その後、二人は元来た道を少し引き返し、コンビニに入った。

 そして愛梨が選んだ――容赦なく、一番高いものだった――アイスを購入する。


「あぁー、幼馴染が買ってくれたアイスは美味しいなぁー」


 駐車場に座りながら、愛梨は機嫌良さそうにアイスを食べる。

 気が付けば“絶交”の設定は無くなっていた。


 もっとも、一颯としてはこのまま全て水に流してくれるとありがたいのだが。


「早く食べ終えろよ」

「はいはい」


 そんな適当な返事をしてから、アイスを口に運ぶ。

 それからじっと、愛梨はアイスを見て、それから一颯の顔を見つめる。


「どうした?」

「えっと……」


 愛梨は少し言い淀んでから、一颯から目を逸らした。

 そして呟くように言った。


「……意地張ってごめんね」

「それは……まあ、俺も同じだ」

「じゃあ、お相子ということで」


 そう言ってから愛梨はアイスをスプーンで掬った。

 そして一颯を見上げて……


「一颯君」

「どうし……んっ」


 口を開いたところに、スプーンを捻じ込まれた。

 バニラの甘い香りが口の中に広がる。


「美味しい?」

「あ、あぁ……美味しい、けど……」


 どうして急に?

 と一颯が問う前に愛梨は答えた。


「お詫びの印ね」

「……俺の金で買ったんだけどな」


 一颯がそう言って苦笑すると、愛梨は「ふふん」と何故が自慢気な表情になった。


「私が受け取った時点で、私の物よ。……どこかおかしい?」

「いや、おっしゃる通りだ」


 二人は揃って笑った。


 そんなやり取りをしているうちに、愛梨はアイスを食べ終えた。

 コンビニのゴミ箱にゴミを捨ててから、あらためて二人で夜道を歩く。


「ねぇ、一颯君」

「何だ」

「いつも、ありがとうね」

「……急にどうした?」


 一颯が聞き返すと、愛梨はそっと一颯の手を握ってきた。

 小さな白い手の温もりが、じんわりと伝わってくる。


「いや、失って初めて分かる大切さみたいなものを、さっき知って」

「……」


 どうやら、少しの間とはいえ、一人で夜道を歩くのは心細かったらしい。

 お互いに謝った後とはいえ、一颯の心の中に罪悪感が燻る。


 しかし愛梨は一颯のことを責めたいわけではないらしい。 

 むしろ……


「だから、いつも……ありがとうね。これからもよろしく」

「あぁ、分かった」

「びっくりさせるのは無しね」

「……それは猛省している」

「結婚した後も、よろしくね」

「ああ、分か……」


 思わず頷きそうになる。


「……それは浮気を疑われるし、不味くないか?」

「あははは」


 すると愛梨は楽しそうに笑った。

 そして一颯の手を放し、少し進んで、クルっと向き直り……


「冗談」


 楽しそうに笑った。


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