第四章 絶対絶命絶交編

第1話

 真夜中。

 一人の女の子が夜道を歩いていた。

 この地域では名門とされる公立高校のセーラー服を身に纏っていることから、女子高生であることが分かる。

 すでに下校時間も過ぎていることを考えると、塾帰りだろうか。

 

 街頭に照らされた髪が、金色に輝いている。


 さて、帰り道を歩いていた少女だが……ふと、気付く。

 後ろに誰か、付けてきている。


 たまたま、偶然だろう。

 進路が同じだけ。

 次の曲がり角で曲がれば、きっと大丈夫。


 そして……曲がり角に差し掛かり、少女はいつも通りにそこを曲がる。

 だが……背後の気配は変わらない。


 それどころか、徐々に距離を詰めているようにも感じる。


 ドクドクドクと、少女の心臓が激しく鼓動する。


 もしかしたら、お化けかもしれない。

 それとも不審者だろうか?

 夜道を女の子が一人で歩いていたら、邪な考えを持つ者はチャンスだと思うのかもしれない。


 どちらにせよ、良い物ではない。


 少女は走り出したい衝動に駆られた。

 しかし走り出して、もし追って来たら……

 本当にお化けか、不審者ということになる。


 逃げ切れるかも分からない。

 怖い、逃げたい、でも逃げる勇気もない。


(謝ってれば……待ってれば、良かった……)


 少女が一人なのは、普段は一緒に帰っている幼馴染と些細なことで喧嘩をしたからだ。

 今日も途中までは幼馴染と一緒だった。

 しかし幼馴染は忘れ物に気付いて、元来た道を引きかえし……

 少女は喧嘩中ということもあり、幼馴染と一緒に戻ることもなく、そして幼馴染を待たずに、一人で帰ることにしたのだ。


 幼馴染を困らせるために。


 そしてこの結果が……これだ。


(私が悪かったから……助けてよぉ……)

 

 恐怖と後悔の中、夜道を歩く。

 背後の何かは少しずつ、距離を詰めてくる。


 そして……








 時はしばらく遡る。

 とある予備校の休憩室に、四人の高校生たちが集まっていた。

 男子と女子、それぞれ二人ずつ……

 仲良くトランプでババ抜きをしているらしい。


 さて、そのうちの男子生徒の一人……風見一颯は言った。


「俺は上がりだ」


 それからすぐに金髪の女子生徒……神代愛梨も言う。


「私も上がり!」


 それから二人揃って、いぇーい、などと言いながらハイタッチをする。

 そんな仲良しの二人に対し、苦々しそうな表情でもう一人の少年は呟いた。


「夫婦そろって上がりかよ」 

 

 どこかチャラチャラとした雰囲気を感じさせる茶髪の少年。

 名前は葛原蒼汰(くずはら そうた)。

 なお、彼の茶髪は地毛である。


「相変わらず、仲が宜しいですねぇ」


 少し派手な印象を受ける、明るい茶髪の少女。

 名前は葉月陽菜(はづき ひな)

 なお、彼女の茶髪は染めたものだ。


 この四人はクラスこそ違うものの、同じ中学校の出身で、高校も同じだ。

 そして今でも通う予備校が同じということもあり、仲良くしている。


「その夫婦ってのやめてくれないか?」

「私たち、恋人じゃないし。……最近、そういう気持ちは全くないって、はっきりしたの」


 一颯と愛梨が揃ってそういうと、葛原と葉月は揃って目を見開いた。

 

「別れたのか?」

「その割には以前と変わらないように見えますけどね」


 首を傾げる二人。


「別れたも何も、そもそも最初から恋人じゃない……という話は何度もしているはずだが」

「……まあ、いろいろあって、私たちも関係を見つめ直してみることがあったのよ。結果として、そういう気持ちは全くないと、再確認できたの」


 一颯と愛梨は淡々とそう言った。

 一方で葛原と葉月は顔を見合わせながら……思った。


 あぁ、いつものやつか。

 と。


「……その割にはお前ら、仲が良いように見えるけどな」

「友達の割には距離が近すぎません?」


 葛原と葉月は苦笑しながら指摘する。

 しかし一颯と愛梨は「だって幼馴染だし」と口を揃えて言った。


「まあ、男女で仲が良ければ恋人同士という認識なら、それはそれで良いが……」

「それだと私は葛原君とも、恋人同士ということになってしまうんじゃないかしらね?」

「……それはそれで俺は大歓迎だな」

「いや……その、ごめんなさい。今のは、その、そういう意味では……」

「おい、待て。そんなガチな感じで断るな」

「「あはははははは!!」」

「笑いすぎだろ!」


 手を叩いて大笑いする一颯と葉月。

 冗談のつもりだったのに、真剣な表情でフラれた葛原は心外だと言わんばかりに表情を歪めた。


「でも、ただ仲が良いだけで恋人同士にはならないというお二人の意見は納得です。やっぱり、大事なのは性的興奮の有無ですよ。……ちなみにそういうのは無いんですか?」


 葉月の問いに一颯と愛梨はそれぞれ顔を見合わせた。

 そして首を傾げる。


「一颯君の顔を見ても……それなりにカッコいいとは思うけど? でも、親の顔より見た顔というか……」

「もっと親の顔を見ろよ。……と言っても、俺もお前の顔を見ても、実家のような安心感しか感じないが」

「もっと実家に帰って」

「実家にいる時間よりもお前と一緒にいる時間の方が長いしな……」

「……私も親よりも一颯君と一緒にいる時間の方が長いし」


 基本的に一颯も愛梨も、お互いを異性として尊重することはあっても、意識することは、あまりない。

 ……たまにはあるのだが、それは二人にとって例外事項だ。


「距離が近すぎってやつなのかね?」

「本当に興奮しないなら、本当に恋人というわけでもなさそうですね。本当なら」


 半信半疑という様子の葛原と葉月。

 仲の良い二人はきっと恋人だろうと、そう思い込んできただけにその認識をそう簡単に変えることは難しいようだった。


「しかしまあ、言われてみればお前らがキスしているところとか、見たことないしな」

「キスができないなら、その先もないですし、恋人同士じゃないですよね」


 しかし考えてみると二人が“恋人らしい”行為をしていたり、そういう雰囲気になっているところは見たことがない……

 と、葛原と葉月は最終的に納得の表情を浮かべた。


 しかし……


「……いや、まあ、キスの有無はそこまで、関係があるとは思えないけどな」

「キスできたからと言って恋人ということには……ならないんじゃない?」


 一颯と愛梨は少し動揺した様子でそんな反応をした。

 葉月はそんな二人の動揺を見逃さなかった。


「え? あるんですか? キスしたこと」


 葉月の問いに一颯と愛梨は揃って頷く。


「一度だけ、な?」

「……ものの試しでね。興味本位というか……ほら、興奮したら、そういうことじゃない? まあ、少なくとも私は、何ともなかったけどね?」


 少なくとも私は全然普通、余裕だった……というように語る愛梨。

 一颯は思わず突っ込みを入れたくなってしまった。


「いや、お前はめちゃくちゃ照れてたじゃん」


 思わぬ一颯からの指摘に、愛梨は顔を僅かに赤くした。


「は、はぁ? 照れてないし! ちょっと、そういう嘘言うのやめてもらえないかしら」

「まともに目も合わせられなかったくせに、よく言えるな。少し前も冗談でキスしようって言ったら、きょどりまくってたし……」

「きょ、きょどってたのは一颯君でしょ?……あ、分かった! 本当はしたかったんでしょ? 強がりで効いてないフリしてるんでしょ? ……前も勘違いしてたしね?」

「なっ! お、お前!! あの時のあれは……」

「まあ、私は可愛いし、魅力的だからね。童貞の一颯君がそうなっちゃうのは仕方がないから、別に責めるつもりはないわよ? そういうお年頃だものね?」

「そりゃあ……あれだけ顔を真っ赤にして、腰まで砕けてちゃなぁー……本当はしたかったのは、お前じゃないか?」

「うわっ、これがナルシスト勘違い男かぁー」

「でも、お前はナルシスト勘違い女に加えて、ぶりっ子でムッツリでメンヘラじゃん。うわっ、お前、地雷女じゃん。関わるのやめようかな」

「あぁーあ、そういうこと言うんだぁー。いいよ、分かった。じゃあ、もう話しかけないから、話しかけてこないでね。絶交だから!」


 くだらないことで喧嘩を始める一颯と愛梨。

 そんな二人を見て、葛原と葉月は揃って顔を見合わせ……


「蓋を開けてみたら、倦怠期夫婦の痴話喧嘩だったな」

「つまり、いつものやつですね。心配して損しました」


 肩を竦めるのだった。

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