第4話

 一颯が愛梨と“絶交”した日の……夕食でのこと。


「一颯、最近……勉強の方はどうかしら?」

「別に特に変わらないよ」


 母親の問いに対し、一颯は淡泊に返した。

 一颯の淡泊な回答に対し、彼の母は特に怒ることなく……


 むしろ嬉しそうに、満足そうに頷いた。


「そうなの。それは良かったわ」


 一颯の勉学における成績は悪くない。

 というよりは、むしろ良い方だ。


 通う高校は一颯たちの住む地域では名門とされる高校。

 学年での総合順位では首席の常連であり、悪くても三位以下を取ったことはなく、苦手教科でも五位以下を取ったことがない。


 そういうわけで学業に於ける問題は全くない。

 だから“特に変わらない”は、一颯の母にとってはとても素晴らしいことなのだ。


「じゃあ、愛梨ちゃんとはどうかしら」

「……」


 一颯の箸が一瞬だけ、止まる。


「……別に特に変わらないよ」

「それは困ったわね」


 そう言って一颯の母はため息をついた。


「何がどう、困るんだ」

「だって、あなたたち……いつまで経っても進展がないじゃない。しょっちゅう、喧嘩しているし……まあ、喧嘩の内容は微笑ましいし、見てて楽しいけれど……」

「……」


 今日も下らないことで喧嘩したばかりである一颯は、何も言い返せない。

 なので、聞いていないフリをしながら、箸を進める。


「母親としては、もっと、こう……具体的な進展を聞きたいわ。デートに行ったとか、キスをしたとか……」

「……」

「やだ、この子。聞いてないフリしちゃって……ほら、あなたからも何か言ってよ」


 一颯の母は、自分の夫――一颯の父――に話を振った。

 一颯の父は苦笑する。


「変わらず仲良しなのは良いことじゃないか」

「でも進展がないのは心配じゃない。愛梨ちゃん可愛いし……このままじゃ、取られちゃうわよ?」

「だからといって、俺たちがどうこう言えることでもないだろう」

「でもほら、相談には乗れるじゃない?」

「これくらいの年頃の子は、恥ずかしくて親に恋愛相談なんてできないだろう」

「そういうものかしらね?」

「そうだよ。俺たちは暖かい目で見守ってやればいい。それにほら……あと一年半後には卒業だろう? 一颯もそろそろ、危機感を覚えるはずさ」

「そうだといいけど……」

「案外、卒業と同時に告白を考えているかもしれない」

「あら、いいわね、それ。ロマンティックで! お母さん、応援しているからね! 一颯!」

「俺も応援してるぞ!」


 一颯は無言で立ち上がった。

 台所からトレーを持ってきて、自分の食事を乗せる。


 そしてそのまま自室へと向かう。


「あら、拗ねちゃった。食べ終わったら、すぐに持ってきてね!」

「……分かってるよ」


 一颯は低い声でそう返事をすると、自室に入った。

 そして机の上にトレーを乗せ……

 

 それからベッドの上に身を投げ出した。


「あぁー! うざい! 何なんだよ……もう……」


 年頃の子は恥ずかしがる。

 と、そこまで分かっているならば、何故本人がいるところでそんな話をするのだろうか?


 一颯には理解ができなかった。


「……こういうのは一度、怒鳴ったりした方が良いのだろうか?」


 などと、考える。

 もちろん、考えるだけだ。

 

 何だかんだで育ちの良い風見一颯君にそんな真似はできない。


「……愛梨はただの、幼馴染だぞ」


 確かに愛梨は可愛い、そして美人だ。

 一颯は愛梨以上に美しい女性を見たことがないし、想像もできない。


 ついでに意外と胸も大きかったりする。


「もっとも、恋愛対象ではないけれど……」


 一颯にとって、愛梨はどちらかと言えば姉弟(兄妹)や双子のような存在だ。

 魅力的な女の子であることは否定しないが、しかしだからと言って恋慕の対象にはなりえない。


 別に愛梨のことなど、好きではない。


 そして一颯はため息をつく。


「……そもそも、あいつは俺のこと……好きでもなんでもないだろうに」


 一颯にとって愛梨は……どちらかと言えば、姉のような存在だ。

 彼女の前では、“俺が兄でお前が妹”と言い張ってはいるが、実際のところ一颯は愛梨に対してどうしても強く出れないところがある。


 愛梨の頼みは断り辛いし、何をされても最後には許してしまう。


 幼少期に刻み込まれた立場関係を――愛梨には散々、泣かされたのだ――、一颯は今でも引き摺っている。


 だからこそ、思ってしまう。

 愛梨はきっと、自分など眼中にないと。


 少なくとも恋愛対象としては見られていない。

 

 自分を恋愛対象として見ているなら……

 少なくとも、今日のような悪ふざけはやらないだろうと、そう思ってしまう。


 だが……



「……別にいいじゃないか。今のままで。楽しいし」


 そして一颯は途中で思考をやめる。

 そんなことはあり得ないのだから、考えるのは無駄だと、思考に蓋をする。


 今の状態に満足していると、重しを置く。




 ――もしも……実は愛梨が、一颯のことを少しでも憎からず思っていたら?

 ――愛梨が本気で一颯に好きと、そう言って来たら?




 そんなことを考える必要はない、と。

 

 




 考えた分だけ、辛くなると。






______________________________________




面白いと思って頂けたら、フォロー・評価(☆☆☆を★★★に)して頂けると

励みになります


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る