第2話
喧嘩するほど仲が良い。
それは一颯と愛梨の関係を評する言葉の一つとして、適切な物のうちの一つである。
事実、一颯と愛梨はよく喧嘩をする。
二人ともプライドが高く、負けず嫌いだからだ。
ちょっとした言い合いなら、毎日。
軽い喧嘩なら三日に一度。
大喧嘩なら週に一度。
絶交宣言は月に一度、している。
しかし……
「……あのさ、愛梨」
「……何?」
「今朝は……言い過ぎた。すまない」
喧嘩をしたその日の放課後。
一颯は愛梨に謝罪した。
「うん……私こそ、ごめんね」
そして愛梨も謝罪を返した。
このように二人の喧嘩は大抵、一日で終わる。
今日は仲直りまで半日ほど掛かったが、これはどちらかと言えば長い方だ。
普段は一時間もあれば仲直りをする。
二人にとって互いは己の半身のようなものだ。
故に喧嘩をしたままというのは、勝ち負け以上に耐えがたいものだ。
「……冷静に考えれば、外野が私たちのことを、どう定義しようが……関係ない、わよね」
「その通りだな。俺たちは俺たちだ。それを突き通せばいい」
周囲の目が気になるからと言って、定義付けやレッテルが不快だからといって、自分たちが今の関係を変化させるのは馬鹿らしい。
それが二人の結論だった。
「しかし……一緒に帰ったりしているだけで、どうして恋人同士に見えるのかしらね?」
「距離感が近いからじゃないか? 実際には真逆で、全く意識していないから距離感が近いだけだが」
「確かに。一颯君が男の子だということは知ってるけど……だからと言って、ね? 性愛の対象ではないし」
「愛梨相手に興奮しろというのも、無理な話だな」
「されても困るだけだけどね。応えようがないわ。一颯君に男性として魅力的な部分なんて、全く感じないもの」
「愛梨に興味なんて、欠片もないから、絶対にないけどな」
そして二人は同時に笑顔を引き攣らせた。
「……その言い方はいくら何でも、失礼じゃないかしら?」
「それはこちらの台詞だ」
相手の物言いに腹が立ったのだ。
二人はプライドが高い方である。
別に幼馴染から「異性として魅力がある」と言われても嬉しくも何ともないが……
しかし「異性として魅力が全くない」とまで言われれば、腹立たしい気持ちになる。
……自分は幼馴染に対して、たまに異性として意識してしまうことがあるのだから、尚更だ。
「私、こう見えてもモテる方だし、美人な方だと思っているのだけれど。……さすがに全く興味がないというのは嘘でしょ?」
――私だって、一颯君をかっこいいと思わないこともないんだから。
そんなことを考えながら、愛梨は一颯に問いただす。
「美人は三日で飽きるって言葉、知らないか? 俺とお前の付き合いは、十六年だぞ」
一颯の反論に対して、愛梨は納得したでも言いたそうに大きく頷いた。
「確かに長い付き合いだものね。……あら? でも、一颯君。前にプールに行った時は、目も合わせてくれなかったけど……どうしてかしら?」
「何だ、ジロジロ見て欲しかったのか? ……そういうお前は人の腕や背中をやたらと触ってきたよな。正直、気持ち悪かったが……興味があったのか?」
――俺だって少しは意識したんだから、愛梨だって意識していたはずだ。
一颯は内心でそう呟く。
「あ、あれは別にそういうんじゃ……そもそも、一颯君は気にし過ぎなの。……そう言えば、もう手を繋ぐのはやめようって言ってきたのは、一颯君が最初だったわね? 小学二年生の時。……あの時から、意識していたのかしら? おませさんなのね」
「それは……揶揄われるのが鬱陶しかったからだ! そう言うお前は……小学生の頃、シンデレラの劇で、まともに台詞も言えなかったよな? ――俺が王子で、お前がシンデレラ役だったっけ?」
「げ、劇と現実の話を一緒にしないでよ! あ、あれは別に……」
「どうした、愛梨。顔が赤いぞ?」
もしかして、図星だったか?
ニヤっと一颯は笑みを浮かべて言った。
「そ、それを言うなら! い、一颯君だって――」
「あの時、お前は――」
「最近だって――」
「そう言えば昨日――」
「幼稚園児の時――」
「おままごとで――」
何しろ、付き合いは長い。
幼稚園児の時から、つい最近まで……
「異性として少しは意識しているんじゃないか?」と相手に示せるエピソードには、事欠かなかった。
「とにかく! 私は一颯君なんか……これっぽっちも! ドキドキしたことも、ときめいたことだって、全くないわ!」
「俺だって! 何を見ようが、何をしようが、何をされようが……お前に興味なんて、全くない!」
そして……
「なら、試してみる?」
唐突に愛梨はそう言った。
思わず一颯は眉を顰める。
「……試すって、何を?」
「……そうね」
愛梨は少し考えた素振りを見せてから……小さく笑みを浮かべた。
そしてゆっくりと、一颯に近づく。
「な、何だ?」
愛梨は白く細い指で、自分の唇に触れながら……
――試しに……キスしてみない?――
言った。
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(自分の恋心に)鈍感系幼馴染
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