「キスなんてできないでしょ?」と挑発する生意気な幼馴染をわからせてやったら、予想以上にデレた~無自覚カップルがおしどり夫婦になるまで~【第一巻GA文庫様より4/15発売!!】

桜木桜

第一章 わからせファーストキス編

第1話


 夕暮れ時。

 とある学校の教室の一部屋に、二人の人影があった。


 一人はどこか落ち着いた、しかしキリっとした顔立ちをした少年。

 もう一人は幼さと妖艶さが混じり合ったような、まるで“妖精”のように愛らしい容姿の少女だ。


 美しい金色の髪が夕日の光を受け、輝いている。


「なら、試してみる?」

「……試すって、何を?」


 少年の問いに対し、少女は少し考えたような素振りを見せてから……

 小さく笑みを浮かべた。


「……そうね」


 少女はゆっくりと、少年へと近づき、歩を進めていく。

 一方で少年は少し困惑した表情を浮かべていた。

 

「な、何だ?」


 少年は困惑の声を上げる。

 すると少女は椅子に座る少年の顔を覗き込む。

 美しいサファイヤのような瞳の中に、少年の顔が移り込む。


 夕日に照らされ、少女の顔が赤く染まる。

 少年が眉を顰めると……







「試しに……キスしてみない?」


 少女は自分の唇に触れながら、妖艶な笑みを浮かべた。







 時は遡ること……早朝。

 登校の時間。

 生徒たちは思い思いにおしゃべりをしたり、挨拶をしながら校門を潜っていた。


 そんな日常の風景の中……

 ある一人の女の子が姿を現した時、僅かに空気が変わった。


「相変わらず、可愛いなぁ……神代さん」

「そうだな。学校でも断トツだ」


 髪は美しい金髪、瞳は碧眼。

 やや幼さの残る可愛らしさと、大人びた美しさが混在した顔立ち。

 肌は白く滑らかで、手足はスラっと延びている。

 少し小柄で細い体付きではあるものの、制服の上から女性らしい凹凸がしっかりとあることが確認できる。


 神代愛梨(かみしろ あいり)。

 一部の男子生徒たちからは“妖精”と称されるほどの、絶世の美貌を持つ美少女だ。


「……お付き合い、できないかな? 告白したら、案外、オーケー出たりして……」

「ないない、無理だから。絶対に無理。諦めろよ」


 ある者は見惚れ、ある者は羨望の眼差しを向け、ある者は情欲の篭った視線を少女に突き刺し、ある者はこそこそと噂話をする。


「いや、難しいのは分かるけど……絶対にってことはないだろ。まずは友達から初めて、ゆくゆくは恋人に……」

「いいや、無理だ。もう、いるからな」

「いる? ……彼氏が?」

「そうだよ。隣を見ろ、歩いてるだろ。お前よりもいい顔した男が」


 なるほど、確かに愛梨の隣には一人の少年が歩いていた。

 身長はやや高め、どこか物静かな雰囲気を感じる少年だ。


 愛梨は先程からずっと、その少年と楽しそうに会話をしながら歩いていた。

 まるで他の男など、眼中にないかのように。


「……あいつが? 本当に? 彼氏!?」

「そうだよ。……本当に知らなかったのか? 有名だろ、あのバカップル夫婦」

「もう、取られてたのか……くそ、もっと早く告白してれば……! 入学式の時から、俺が先に好きだったのに……」

「残念、幼馴染だそうだ。同じ日に同じ病院で生まれたんだってさ」

「く、くそ……狡いだろ、そんなの……勝てねぇよ……」


 さて、一方“バカップル夫婦”と評された二人のうち一人――愛梨――は少し恥ずかしそうに顔を俯かせながら、呟いた。


「ただの幼馴染だって言ってるのに……どうしてこうも勘違いされるのかしら?」


 それから少し不満そうに唇を尖らせた。

 どうやら周囲の認識――バカップル夫婦という綽名――に対して、不満があるようだった。


「そりゃあ、毎朝、一緒に登校しているからだろう。……お前がわざわざ、迎えに来るから悪い」

「だって一颯君。私と一緒じゃないと、学校、いけないでしょ?」

「いつの話をしているんだ、いつの話を……」


 小学生の頃の話を蒸し返され、一颯は不愉快そうに眉を顰めた。

 当たり前だが、高校生になった今は一人でも登校できる。

 ……一人で登校したことは、数えるほどしかなかったりするが。


「登校だけじゃなくて、下校も一緒なのがダメなんじゃないかと思うの」

「それは仕方がないだろ。……お前、夜、一人で歩けないだろ?」

「……今は別に一人でも大丈夫よ。それに今の季節は、暗くないでしょう?」


 小学生の頃の話を蒸し返された愛梨は、一颯に対して反論する。


「それを抜きにしても……お前の親御さんから、愛梨を頼むと言われてる」

「私だって……一颯君のご両親から、よろしくって言われてるもの」


 二人は立ち止まり、互いに睨み合う。

 和やかな雰囲気が一転し、険悪になる。


「……大きなお節介だ。俺はお前の弟じゃない」

「それはこちらの台詞よ。私は一颯君の妹でも何でもないの」


 途端に二人は言い争いを始めた。

 「また痴話喧嘩か」、「我が校の名物が始まったぞ」などと野次馬がこそこそと噂話を始めるが、既に“二人だけの世界”に入っている二人は、気付かない。

 そんな二人に対して……同級生が近づいてきて、声を掛けた。


「お、今日も痴話喧嘩か?」

「相変わらず、見せつけてきますねぇー」


 すると一颯と愛梨は揃って、振り向いた。


「「恋人じゃない(わ)! ただの幼馴染だ(よ)」」


 

 



 ――風見一颯と神代愛梨は幼馴染である。

 二人が出会ったのは、病院の新生児室だ。


 両親は互いに親友同士であり、そして家は隣近所にあった。

 どちらか片方の両親が忙しい時は、もう片方の家に預けられることもあった。

 そんな時、二人は同じベビーベッドの中で過ごした。


 少し体が成長してからも同じ。

 互いの家で、庭で、公園で……

 積み木、泥遊び、おままごと、あらゆる遊びを一緒にした。


 当然、幼稚園も、小学校も、ずっと同じだった。

 

 二次性徴を迎え、それぞれの体が男性らしく、女性らしく変化した後も同様だ。

 もちろん身体的接触は控えるようになったし、かつてのように一緒にお風呂に入るということはなくなったが……

 それでも二人の関係に大きな変化はなかった。


 中学生、高校生になっても……仲良し幼馴染のままだった。

 変わったのは周囲からの視線と認識だ。


 距離感が近く、毎日のように一緒にいる男女を、周囲はただの親友同士、幼馴染とは看做さなかった。

 小学生の高学年の頃から、二人は関係を揶揄われるようになった。

 中学生の頃になると、恋人同士だと思われるようになり……

 そして高校生になった時には、それは揺るぎない物へと変わっていた。


 しかし……二人の認識と、周囲の認識は異なる。


 一颯にとって、愛梨にとって、愛梨は、一颯は……

 親友であり、家族であり、兄妹姉弟(きょうだい)であり、そして体の一部のようなものだ。


 妹や弟が、ましてや自分の体の一部が、性愛の対象になるはずがない。

 恋人同士など、あり得ない。


 恋愛感情などない。


 相手のことを世界の誰よりも信頼している。

 自らも相手のことを誰よりも知っているという自負もある。

 何より、一緒にいて楽しい。

 いろいろと言い訳をしながら、一緒に登下校をするくらいには、相手と一緒にいたいと思っている。


 互いのことを女性として、男性として魅力的に思うことはある。

 普段はそこまで意識したりはしないが、ふとした拍子に、相手に対してドキドキしてしまうこともある。


 しかし恋愛感情は全くない。

 ……少なくとも、二人はそう思っている。


 そう、思っていた。





 そんな“無自覚カップル”の関係に変化が訪れたのは……

 売り言葉に買い言葉から、思わず愛梨が放った一言が原因だった。





 ――試しに……キスしてみない?―― 

 

 



______________________________________



デレ度:ゼロ%





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