第3話
「きゅ、急に何を言い出すんだ!?」
一颯は目を大きく見開き、叫ぶように言った。
一方で愛梨は勝ち誇った表情で笑みを浮かべる。
「キスしてみよう……そう提案したの。私に何の魅力も感じないと言うなら……余裕よね?」
相手に性的な魅力を感じないのであれば、ただ唇と唇を合わせるだけの行為でしかない。
特に恥ずかしく思うこともなく、照れることもなく、ましてや興奮することもなく……機械的に行えるはずだ。
……というのが愛梨の主張だった。
「い、いや……まあ、それはそうだが……しかしキスなんて……そんなに気軽にしていいものでもないだろ」
「別に私は気にしないわ。どうせ、赤ちゃんの頃に親にされてるだろうし。……それとも、一颯君は初恋の人までキスは大切に取っておきたい人なのかしら?」
意外とロマンチストなのねぇ。
小馬鹿にするように愛梨に言われ……一颯はイラっとした。
「なーんてね。そうよね、一颯君にキスなんてできるわけ、ないものね。照れ屋さんだし、キスした経験もないだろうし、童貞だし」
「……」(こいつ、俺がキスなんてできないと……高を括ってるな?)
お前の思い通りになるものか。
と、負けず嫌いを発揮した一颯は小さく笑みを浮かべる。
「まさか。いいよ、やろうか。確かめてみよう」
「……え?」
一颯の言葉に愛梨は困惑の表情を浮かべ、目を大きく見開いた。
やはり一颯が乗ってくることは想定外だったようだ。
「どうした? 愛梨。そんな驚いた顔をして」
「い、いや……そ、その……」
「あぁ……もしかして、ジョークだったか? いや、ジョークのつもりならいいんだ。別に俺はどちらでも構わないからな」
何の魅力も感じないのであれば、接吻程度、簡単にできるはず……最初にそう言ったのは愛梨だ。
そして愛梨に接吻など、できるはずがない。
一颯は勝ちを確信した。
しかし……
「……まさか、ジョークじゃないわ。やりましょうか」
愛梨は一颯を睨みながら、そう言った。
愛梨の思わぬ言葉に一颯は僅かにたじろぐ。
「……別に無理しなくていいんだぞ?」
「無理なんてしてないわよ? それとも……もしかして、さっきのは強がりだったのかしら?」
愛梨は不敵な笑みを浮かべてみせた。
一颯はそれが愛梨の強がりだということを分かっていたが……
しかしもはや、引くわけにはいかなかった。
「いいや、お前がいいならいいんだ。早速、やろうか」
一颯はそう言いながら立ち上がり、愛梨に向き直る。
そして意識をすると、どうしても愛梨がとても魅力的な女の子であることを意識してしまう。
美しい金髪、碧い瞳、妖精のように愛らしい容姿。
滑らかで白い肌、すらっと伸びた手足、女性らしい凹凸。
「ちょっと、そんなまじまじと……見ないでよね」
愛梨は眉を顰め、恥ずかしそうに目を伏せながら言った。
その頬は僅かに赤く染まっている。
愛梨を“女性として意識してしまった”ことを勘繰られたくなかった一颯は、努めて冷静な口調で言い返す。
「自意識過剰なやつだな。普通にしているだけだろ。……それで、どうする? どちらから、先にやる?」
「……まあ、言い出しっぺの私からが順当かしらね」
愛梨はそう言いながら……少し気まずそうに一颯から少し視線を下へ逸らした。
それから一歩ずつ、ゆっくりと近づいていき……一颯の肩に両手を置いた。
「その、するから。目を瞑って……」
「了解」
一颯は目を瞑り、じっと愛梨の唇を待つ。
ドクドクと心臓が激しく鼓動する。
不思議とその時間は永遠に感じられ……
「……愛梨」
「な、何!?」
「いや、その……結構時間が経ったけど……」
一颯は目を開けてそう言った。
幼馴染は顔を真っ赤にし、一颯の肩を強く握りしめながら、固まっていた。
長時間、つま先立ちを続けたせいか、足がぷるぷると震えているのが分かる。
「い、今、するところだったの!」
母親に怒られた子供のような主張だった。
要するにただの言い訳だ。
愛梨も照れているのだと分かった一颯は……少しだけ安心した。
すると途端に気持ちが落ち着き始める。
「……良かったら、俺からしようか? それとも、やめにするか?」
「えっ……そ、それは……」
余裕を取り戻した一颯の提案に、愛梨は目を泳がせた。
それから少し考え込んでから……
「じゃ、じゃあ……お願いしようかしら。え、えっと……私はどうすればいい?」
「そうだな……少し、顎を上げてみて」
「こ、こう……?」
愛梨は僅かに顎を上げ、上目遣いになる。
碧い瞳が潤ませながら愛梨は尋ねる。
「め、目は瞑った方がいい?」
「好きな方でいいぞ」
「じゃあ……開けたままにするわ」
愛梨は瞳をパチパチとさせた。
一颯はそんな彼女の肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づけていく。
すると愛梨は視線を逸らし、そして最後にはギュっと目を閉じた。
結局、目を閉じるのか。
一颯は他人事のようにそんなことを思いながら……
自分の唇を愛梨の唇へと、押し当てる。
まるで現実感がない。
ゲームの中のプレイヤーを操作しているように、一颯は感じた。
「はぅ……」
「お、おい……」
するとカクっと愛梨は体のバランスを崩し、一颯に倒れかかった。
一颯は慌てて自分の胸で愛梨を受け止める。
「だ、大丈夫……か?」
「え、えぇ……まあ……」
愛梨は熱い吐息を漏らしながら言った。
顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに一颯から顔を逸らしている。
「……どうということも、ないわね。やっぱり一颯君なんかに、興奮するわけないわ」
そう言いながら小さく鼻を鳴らした。
効いてない、とでも言いたそうだ。
「……一颯君は?」
「……俺も、まあ、普通、かな? やっぱり、お前相手に……幼馴染相手に、興奮するわけないな」
一颯は自分に言い聞かせるようにそう言った。
一颯は愛梨に対して恋心など、抱いていない。だから接吻などしても、何も感じるはずがない。
「ふーん……」
一方で愛梨は一颯の返答に対し、少し不満そうだった。
訝しむような目でこちらを見てくる。
「本当に何も感じなかったの?」
「特に何も」
「……なら、もう一度やってみる?」
「何度もやったところで、別に変らないような気もするが……」
「怖いの?」
挑発するように愛梨は言った。
一颯は思わずムッとして、言い返した。
「まさか。なら、やるだけ無駄だとは思うが、やってみようか。次はお前からしろよ」
「え、私から……?」
「できないのか? まあ、さっきはできなかったもんな」
「で、できるわよ!」
愛梨はそう叫ぶと、一颯の肩に両手を置いた。
それから一颯へ体重を預け、つま先立ちになった。
「……いくわよ」
「早くしろよ」
「……」
愛梨はギュッと目を瞑った。
そしてゆっくりと、一颯へと顔を近づけて……
唇を軽く、押し当てた。
柔らかい感触がした。
これが幼馴染の唇の感触なのだと考えると、一颯はこそばゆいような、気分が浮ついた気持ちになった。
二度目にして、一颯はようやく、自分が今、幼馴染と接吻をしているのだという現実を認識した。
緊張で心臓が激しく脈打つ。
体温が急速に上がり、体の奥から何かが溢れそうになる。
それは決して悪い気分ではなかった。
「……ふぅ」
「はぁ……」
気が付くと、お互いの唇は離れていた。
二人の吐息はマラソンをした後のように乱れている。
「……まあ、どうということもないな」
一颯は愛梨から少し目を逸らしながら、そう言った。
一方、愛梨は小さく笑みを浮かべる。
「本当に? その割には顔が赤いような気もするけど?」
「それはお前も同じじゃないか?」
二人の顔は赤かった。
それは夕日に照らされたから……だけではないことは、明白だった。
「わ、私のは……少し恥ずかしかっただけよ」
「それは俺も同じだ」
お互い、初めての経験だった。
だから変に緊張したり、気恥ずかしく思ったりしただけで……
お互い、異性として魅力を感じているわけでもないし、ましてや好きというわけではない。
「ま、まあ初めての経験だったし……少し緊張はしたけれどね? それだけよ」
「そ、そうだな。お互い、気分が浮ついていたというか……」
両者、痛み分けで有耶無耶にした方が良い。
二人はそう判断した。
「ま、まあ……いくら何も感じないとはいえ、キスなんて気軽にやるものでもないな」
「そ、そうね。風紀的にも良くないし、軽率だったわね」
二人は少し強引に話を終わらせた。
そしてしばらくの沈黙の後……
「……そろそろ、帰ろうか」
「……そうね」
帰路についた。
そして……
「じゃあ、また明日ね。一颯君」
「ああ、また明日」
玄関先で一颯と別れた愛梨は……
「……気のせい、よね」
自分の唇に触れながら、そう呟いた。
愛梨の顔は仄かに赤らんでいた。
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効いてて草
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