終章そして物語は続く
3月7日 9:16
アロイスは《菊》の慣熟飛行と称して黒き森に向かって飛んでいた。
菊は燃料エンジンの強度と性能に問題を抱えていて、グズりだすと停止したりもする。
しかし、搭乗者生残率を重視する魁の後継機とあって緊急脱出装置などを備えていていた。
(連邦遊撃騎士団の野営地は5箇所だと聞いたが、ライゾーはわざと見逃しているのが1箇所だけある)
つまりメイフェリアとPSWが使っている野営地だ。
マリーベルが遺棄したことにしたが、支援要員たちも残っている。
「あった」
アロイスは発見と墜落を怖れて低空飛行を続けていて野営地に気づいた。
上空からの確認で偽装シートのかけられたPSWもあるので間違いない。
菊を着陸体勢用に変形させ、アロイスは野営地に降り立った。
「メイフェリア、いるんだろっ!」
《菊》はハポネス帝国軍色なので連邦兵士たちはそれが皇国軍機だとは思わなかった。
アロイスのパイロットスーツもハポネス仕様となっている。
「貴様、何者だっ!」
連邦軍哨戒兵にアロイスは怒鳴った。
「ボクはアロイス・ハルマイト中尉だ。ハルマイトからの援軍として新型機でウェリントン防衛戦を戦う予定だ。メイフェリアとも旧知の仲だ」
ハルマイトと聞いてアロイスの人相を確認した連邦哨戒兵は慌てて敬礼した。
メイフェリアは仮眠中だったが外の騒がしい様子に慌てて起きた。
野営地の中央に見慣れぬ塗装の機体があり、見知った顔があった。
「アロイスっ!」
メイフェリアの変わらぬ様子にアロイスはほっとした顔を見せた。
「メイフェリア、コイツがファンダール改零番機改である《菊》。菊一文字という通称だ」
ファンダール改というのに連邦兵士たちは固まっている。
鹵獲したのかそれとも・・・。
「自慢する為に、わざわざ見せに来たわけじゃないわよね」
メイフェリアは悪戯っぽく笑う。
「当たり前だ。コイツの墜落偽装を手伝って貰おうと思ってね」
墜落偽装というのにメイフェリアは表情を強ばらせた。
「この機体って単独で飛べるの?」
アロイスは黙って頷いた。
「ライゾーを出し抜く。ライゾーの計画は確かにラムダの野郎をぶっ殺すには十分だ。だが、もう一人確実にあの世に行って貰わないといけないヤツがいる。カルローゼ・フェラリオだ。ボクから全て奪ったアイツも殺す」
連邦兵士たちはアロイスの名乗ったハルマイトというのがそれで本当なのだと理解した。
「どうやって?」
アロイスは元々マリーベルの作戦司令所だったテントを指し示した。
「他の皆も協力して欲しい。カルローゼ・フェラリオも殺さないと、この戦争の落とし前はつかない。メイフェリアの戦いもこの戦争の亡霊伝説になるだけだ。カルローゼを殺してなにもかも終わらせるにはPSWと菊一文字が必要だ」
作戦司令所に入ったアロイスはメイフェリア以外の皆にも「マクデルバーグの戦い」の概要とラジリアの謀略を説明し、菊一文字の役割がティアローテを牽引して上空から落とす役なのだと説明した。
「なるほど、滑空能力のあるティアローテの航続飛行距離を稼ぎ出すのが菊一文字ってことなのね?」
メイフェリアの適切な指摘にメンテナンサーたちも感心している。
「そうだメイフェリア。だが、菊一文字は完成機であって未完成なんだ」
メイフェリアにはすぐにピンときた。
「飛行エンジンね」
飛行エンジンの開発はランツァー工房でも行われたことがある。
だが燃料供給などの課題が多く一企業では賄いきれないと断念した。
「そう、飛行エンジン自体はまだ万全だとは言い難い。だから墜落の危険性もある。それを逆手にとる」
他のカネミツ型に装備された緊急脱出用の射出装置はもともと《疾風》の開発時に考え出されたもので、正式採用後に全機体に装備されていた。
「そうか、作戦中にエンジンが不調に陥ったことにして墜落を偽装しようというのね?」
アロイスは大きく頷いた。
「ああ、誰のでもいいからボクと似た体格の死体はないかい?」
メイフェリアは「死体」というのには面食らったが、そんなものは山ほどある。
「PSWで仕留めた騎士の死体ならあるわ。二重遭難を避けるために皇国軍ではまだ遺体を回収していない。それに空から見たなら分かるでしょうけれど、黒き森にはまだ沢山雪が残っているから腐敗は進んでいないわ」
アロイスは口許に手をやってしばらく考え込んだ。
「取り敢えずその死体を焼く。焼いてしまえば骨格だけでボクとは判別できない。それに飛行型を扱うボクとラトルバにはコイツが渡されている」
万一、墜落死亡時に遺体を判別するためのいわゆるドッグタグだった。
アロイスは誰のものか分からない遺体にドッグタグを付けて焼き自分の身代わりの遺体を捏造しようというのだ。
「だけど墜落させた菊一文字はどうするの?」
アロイスは即座に答えた。
「ほんのちょっとだけ騙し通せればいい。つまり、キミが倒したファンダールとティアローテでニセモノを作って空から落として燃料で爆発炎上したと見せればいい。実際に菊一文字のパーツも交換しちまう。脚部や腕部はティアローテなら代用可能だろう?だからもともとの菊一文字のパーツも混ぜておけばニセモノもそれらしく見える筈だ」
まあ、タイラー・カルメンタス技術大尉に見られたら一発でバレる。
あの技術バカは一片の塗料から製造会社まで割り出す筋金入りだ。
「ちょっと時間くれる」
メイフェリアは席を立って菊一文字をじっくりと確認した。
「腕部、脚部、翼はファンダールとティアローテから代用パーツを作れると思うわ。この数ヶ月ファンダールを狩ってきたから構造や材質はわかっている」
アロイスはやはりメイフェリアを頼って正解だったと実感していた。
「よし、菊一文字はそれでいいとしてプリンセススノーホワイトについてだ。ライゾーはキミに指一本触れないと言った。では指一本触れずにどうやって倒す?」
父ユベールの用意した専用スーツの仕様で気になったのはラバー加工だ。
「そうか電気っ!だから《雷》なのね」
カネミツ型はタイプが異なり、名はそのまま機体の特性を示している。
だから、雪の多い冬期には電気兵器は使えなかったのだ。
迂闊に使えば自分にそのまま返ってくる。
「そう《雷光剣》は直接当てる必要はない。切っ先が触れただけで高圧電気が流し込まれ、複雑な構造のほとんどで電気で使っているであろうPSWをライゾーは無力化出来ると考えたし、絶縁用のスーツをわざわざキミの手に渡るようにしたのも、操縦者のキミが感電しないための措置」
メイフェリアは即座にアイデアを捻り出す。
「電気攻撃に対する対策としては絶縁部位を外部に備えるか・・・いや、そうじゃないわ。操縦系の一部に通電させない。八本足の6本あれば稼働は十分ね。そうか人型形態の脚部にだけ通電させないでおく。そうすれば圧縮空気式のアンカーでの離脱後に再度通電させれば元通りに使える」
クモ型で戦い《雷光剣》を受けたら電気を使用していない圧縮空気式のアンカーで離脱して人型に戻す。
戻してから歩いてこの野営地に帰還すればいい。
「自爆用の爆薬も外しておこう。万一、引火したら事だ」
機体離脱後に外部から自爆出来る仕様にしていた。
だがそれも電気式だ。
「それに菊一文字を墜落させず、痕跡を残さないで着地する方法はあるわ。PSWのワイヤーネット。空から確認出来るよう目印をつけておくし、場所は此処からそう遠くない場所に設置しておく」
なるほどとアロイスは手を打った。
ワイヤーネットに菊一文字を落とし、その後、修理したPSWで回収して貰えばほぼ無傷だ。
「わかった。それでいこう」
アロイスはメイフェリアのそうした聡明さがたまらなく好きになっていた。
「ええ、飛行型だから相当軽量化されている。ファンダール3機を絡め取れるワイヤーネットに菊一文字を落下させ、電気系を修理回復させたPSWで回収する。最後の問題はカルローゼ・フェラリオの暗殺ね」
要人中の要人をどうやって暗殺するか。
「それに関してはPSWさえ完全なら問題ない。そして、誰の手にも渡ることのないように最後には・・・」
3月13日 12;00
ハイマン・ブロウリー中佐は予定通りにウェリントン爆撃を敢行すべくバリアントを発艦させていた。
艦長のおかしさにクルーは薄々気付いていた。
無線連絡でマクデルバーグ東征作戦中央司令部への奇襲強襲攻撃が伝えられるたびにハイマンの様子はおかしくなっていた。
連邦遊撃騎士団の野営地を空襲したのにその連邦遊撃騎士団が密かにマクデルバーグに接近していた。
誰かが空爆の情報を事前に急報したか、あるいはそもそも野営地の情報が周到に仕組まれた罠だったなら。
ハイマンとバリアントにそれほど非はなく、惜しむらくは5箇所を1日で爆撃してこいというラムダ・エゼルローテ中将の命令が無茶であり、誘爆で武器弾薬が置かれていたであろうという推測だけで地上部隊降下による確認調査作業を丁寧に行っていたなら日没までに作業は完了できなかった。
はっきり言えばラムダ・エゼルローテが楽観的すぎたのだ。
そして一番疑わしいのは黒騎士隊副隊長のマリオン・ウルフ中佐だ。
手柄を譲られた時点でなにかあるとハイマンは考えなければならなかった。
マリオン・ウルフは最近中佐になったばかりで、ハイマンは中将派に属していたのに階級が上がらなかった。
そもそもそうした基準で自分に従順な部下に戦果を与えてやるというラムダの人事査定基準が間違っていた。
だから、中佐として本当にその能力があるか疑わしいハイマンは責任の重さに耐えられなくなってしまった。
降伏勧告されたラムダは軍事法廷に堂々と臨むことなく自決した。
やましいことが沢山あったのだろう。
そんな《軍神》に今更義理立てする必要もないのにハイマンは命令を遵守しようとしている。
それに付き合わせられる方はたまったものではない。
皇国東部方面軍ははなから組織の在り方が間違っていたのだ。
制圧の目処も立っていないどころか、既に敗北しているのに悪あがきとしか思えない命令を実行しようとしている。
絨毯爆撃するならウェリントンでなく、黒騎士隊の連中を爆撃すりゃいい。
それに敗軍部隊撤収に飛空戦艦は欠かせないので、ウチの艦長はそれをやればいいのになぜこんな恥の上塗りのようなことを好んでしているのだろう。
発艦前にクルーたちは額を寄せ合ってそんなことを話し合っていた。
ただ、彼等は気の触れたハイマンを撃って宣告を撤回させるほどには艦長を憎んでいなかった。
アロイス・エルメロイは丁度良いなにかを探していた。
つまり、自分が戦死するに足る攻撃目標だ。
皇国の無線周波数帯で獲物を物色していたアロイスはバリアントがウェリントンに爆撃勧告を出したのを聞いた。
これは願ってもない獲物だ。
菊一文字でバリアントを撃墜するなど容易い。
なにせバリアントはウェリントンを絨毯爆撃するために爆装しているので菊一文字の機銃掃射で引火して吹っ飛ぶ。
そのときに対空砲火でも浴びた体でメイフェリアから貰った無線式自爆装置を作動させ、墜落を偽装する。
最初エンジンにと考えたものの、さすがのメイフェリアでもエンジンを直すのには時間が掛かるし出来るかだって怪しい。
翼下にでも取り付けておくかと判断して離陸前にセットしていた。
菊一文字でバリアントを轟沈させるなど容易かった。
そして、轟沈させると同時に自爆スイッチを押した。
翼下から火が出る。
火薬量を減らした自爆装置などその程度で、生き残るつもりがあるのなら機体を変形させ適当な場所に降りて消火する。
それとも緊急脱出装置を作動させて機体を捨てる。
実際は黒き森に向かいメイフェリアのつけた目印に落下させるだけだ。
火災発生させつつ徐々に高度と速度を落として黒き森に向かう。
周辺警戒していたら一番厄介なヤツに見つかった。
(この期に及んでもまだ邪魔する気かラトルバ)
《疾風》の機影を見て速度を上げるか下げるか考えていたら・・・。
「あれっ?」
《疾風》は菊一文字の逆方向に向けて飛んでいく、しばらくするとライゾーを呼びだしはじめた。
(なに考えてんだアイツ?)
それから始まったラトルバの悲痛な声とライゾーの無線通信にアロイスはおかしくなって声を出して笑っていた。
アイツってば本当にイイ奴だ。
そして、本当はアロイスに負けない位にひねくれている。
第二王子とかいう微妙な立場で鬱積しているのを《冥王》の称号のもとに晴らしている。
虫も殺さない温和な性格?アイツの何処が?
とんでもなく血に餓えた野獣だし、《冥王》ダイモスは物騒なことを平気で言い出す鬼だ。
だから嘘つきで卒の無いラトルバ・ヘイロー中尉という立場を徹底的に利用していた。
ラトルバの憂さ晴らしに付き合わされたアロイスこそいい迷惑だった。
そして他に候補のいないハルマイト家の嫡子というアロイスの立場をその実羨んでもいる。
振り捨てて自由にもなれるし、家を再興させたっていい。
アロイスはいっそ自由になろうと選んだ。
そういう選択肢があるアロイスを応援してやろうというラトルバの心意気。
(ある意味、ボクと一番立場が似通っていたもんなぁ。皇国王家の第二王子と次期連邦王の一人息子。どっちのが気楽だったんだろう?)
そんなことを考えながらメイフェリアの用意したワイヤーネットを発見し、機体変形させて着地していた。
メイフェリアの方でも上手くやったらしい。
最初に目にした人型のPSWがゆっくりと野営地に歩いてくるのが見える。
なんとか計画通りに事を運べたようだ。
「それにしてもさぶっ」
3月中旬なのに雪が残っていて高い所は風が吹き抜けるととても寒い。
着込んだハポネス仕様のパイロットスーツを抱くようにしていてゴワゴワした感触に違和感を感じた。
ポケットに航路図でも入れてたっけと確認してみて、ラトルバの不可解な行動と言動はコレだったかと失笑した。
「やられたぁ、またしてもアイツにしてやられたぁ」
ワイヤーネットに寝転がり大笑いするとなんだか気分がサッパリした。
見上げる空はとても青い。
だけど・・・と思う。
「コレは酷いよな」
ラトルバだかダイモスは手先が猛烈に不器用だった。
王子様だから自分の服の破れを繕ったこともないのだ。
縫い付けたというにはあまりにもぶきっちょで、今朝の発艦前に気付いていても良さそうなものだった。
その点、庭師の息子で慎ましく育ったアロイスの方がよっぽど器用だ。
不意に敬介さんの言葉が脳裏に蘇った。
『人間なんてみんなままならないもんさ。だから人を頼ることを覚えているヤツほど好かれる。昇進しようとするヤツほど思うように昇進しない。だが、部下を信頼し、仲間を信頼し、敵を理解し、人情を理解し、人の心を獲ろうというヤツほど勝手に階段を駆け上がっていく』
(それってライゾーじゃん)
それに比べて次期主力戦闘機を愛機として与えられたボク達と来たら。
なにが皇国第二王子の最後のオーダーだよ。
子供っぽいマウントの取り合いをまだやってる。
いや、違うなと思った。
恵まれていたのだ。
本当の孤独や不安を感じない程に家族に愛されていた。
祖国なのに異邦人として一人取り残され、等身大の友達一人いなかったライゾーの孤独。
同じ境遇のサトル・ヤマサキと馴れ合うことをしなかった。
アロイスとダイモスを見て二人は羨ましいとさえ感じていたかも知れない。
無邪気にじゃれあえる「友達」の存在。
アロイスに大人になれと言ったライゾーの真意はダイモスと別れ、それぞれの道を征けという意味だったのかも知れない。
永遠のライバルとして鎬を削り合う自分とヤマサキのようにと。
そして、アロイスは困ったことになっていた。
折角、自由の身となったのに無茶ぶり王子のオーダーでハポネスに行くと決まったようなものだ。
しかも、あのメイフェリアを連れて?
困ったことがあったらハポネスに来いといっていた敬介さん。
困ったことに、忠告通りにハポネスに行くと決まってしまった。
でも、人間生きていると困ったことになるし、困ったことを片付けることが生き甲斐なのかも知れない。
PSWの電気系統の修理を終えたメイフェリアが迎えに来た。
「さっ、菊一文字をおろして偽装工作に取り掛かるわよ」
幸いにして機体を落としたタイミングで野営地にいる仲間たちがPSWの予備の自爆用爆弾で墜落の偽装をやってくれていた。
菊一文字を地上に降ろして仮設ハンガーで分解作業をはじめるメイフェリアは見ていて惚れ惚れとするほどに鮮やかだ。
菊一文字本来の腕、翼、脚はティアローテやファンダールのそれと交換されていった。
ハポネス帝国軍用の塗料がないので色がチグハグだが、なんとか格好がついた。
早速、アロイスは乗り込んで動作確認し、低空飛行で飛ばしてみる。
(あれっ?前よりずっと快調に飛ぶじゃん)
そりゃメイフェリアはエウロペアの至宝と呼ばれるわけだ。
あの冬の悪魔PSWを一人で組み上げただけのことはある。
タイラー・カルメンタス技術大尉もまだまだ未熟だということだ。
その後、偽装工作の最終段階として取り外した菊一文字本来のパーツと彼の遺族にはお気の毒なことにアロイス・エルメロイの墓に入ることになってしまった皇国国家騎士にアロイスは自身のドッグタグを掛けた。
夕暮れを迎えたウェリントンでは戦勝を祝う花火が上がっていた。
「丁度いいですねコレ」
「ねっ、これなら爆薬を仕掛けて吹っ飛ばしても気付かれないかな」
野営地にある爆薬は残り少ない。
最後にPSWを吹っ飛ばすことを考えると爆薬は少量にして余った燃料でも掛けた方がいいかなとなった。
そうして菊一文字墜落偽装の最終幕に入った。
無線式自爆装置は最後にとっておきたいので燃料を撒いて導火線のかわりにした。
適度に距離をとって導火線替わりの燃料に火を放つ。
するすると燃え広がった炎は機体本体に仕掛けた爆弾に誘爆した。
ドンという音と共に菊一文字のパーツが飛んで来た。
「アロイスっ!」
メイフェリアは思わず口許に手をやっている。
飛散した部品の破片でアロイスの頬がザックリと切れて血が垂れていた。
アロイスの顔からサーッと血の気が引いた。
当たり所が悪かったら自分の遺体を作ろうとして自分が遺体になっていた。
幸い野営地に負傷者が少なかったので医薬品の備蓄はあり、それでアロイスの傷を応急処置をしてからその場に居る全員で「はぁ」と溜息をつく。
「予行演習だと思いましょう。PSWの自爆時は火薬の量が倍以上です」
手の込んだ偽装工作をやってる割には未熟者だと痛感する。
これじゃタイラーを笑えない。
「明日は菊一文字でゲンガーみたいに木こりやっとく。積み重ねた木材の壁なら、さっきより大きな破片が飛んできても怪我しないだろうしね」
折角、皆で生き残ったのに自爆で爆死とかシャレにならないと頷き合っていた。
3月15日 12;00
カルローゼ・フェラリオ連邦軍統括はご満悦だった。
ラムダ・エゼルローテ中将が勝手に戦死してくれ、その功績はマリーベル・ロイハンター“大佐”に渡ったが、真の英雄という栄誉はウェリントンを守り切った自分に与えられる。
これでもう口煩い親父にも何も言わせず、譲位を迫れる。
カルローゼ・フェラリオ新連邦王。
なんとも愉快で楽しい響きだ。
まずは華々しい戦勝パレードで民衆の祝福を味わおう。
車列の中央で笑顔で手を振り曲がり角に差し掛かったとき、逆光の中になにかが見えた気がした。
「アンカー射出」
次の瞬間、カルローゼ・フェラリオは空を舞っていた。
(なんだ?なにが起きたんだ)
思考は一瞬だった。
精密照準の射出式アンカーがカルローゼ・フェラリオの頭部を貫き、その体は釣り上げられたマグロのように、通りの片隅にあった横断幕にぶら下がっていた。
PSWがもう一つ得意としていた戦場。
それは建物が林のように乱立する都市戦だった。
何事が起きたかわからず人々の絶叫が響き渡るウェリントンを背に目的を果たしたPSWは悠々と退散していた。
「終わったわ」
軽い脱力感がPSWから降りたメイフェリアを襲っていた。
ウェリントンを難なく抜け出し、これから春が訪れようという黒き森の野営地に戻って改めて見回した。
以前と違うのはアロイスが木を切り倒して作り出した材木の壁があることだけだ。
考えてみたらプリンセススノーホワイトは本当に恐ろしい機体だった。
これがカルローゼの手に渡っていたならと考えるとゾッとする。
「それじゃ、いいね。メイフェリア」
アロイスの声にメイフェリアはコクンと頷いた。
「ええ、アロイス。やって頂戴」
メイフェリアが見渡すと野営地を守ってきた連邦兵士たちが一斉に敬礼していた。
涙を流している者もいる。
望み通りの戦勝がこんなにも空しいものだとメイフェリアは知らなかった。
アロイスは外部自爆装置のスイッチを押した。
(ゴメンね、白雪姫)
部品飛散対策用の急ごしらえの材木壁越しに白雪姫の断末魔を聞き、メイフェリアは止めどなく泣いていた。
自分の作ったプリンセススノーホワイトで沢山の命を奪い、誇りのためだとか復讐のためだとか息巻き、最後にライゾーを出し抜いてやったと嘯く気にもなれない。
ふと気が付くとアロイスが側に立っていた。
「ボクがなんのために機体炎上までさせて菊一文字を残したか、まだわからない?」
「?」
アロイスは「共犯者」となってくれた連邦支援部隊兵士たちに呼びかけた。
「みんなには分かるよね?みんなは家族のところに帰ればいい。だけど、ボクには母といちど女性として愛してしまった姉とその隣に立つライゾーしかいない。メイフェリアもハンノーファーにはもう戻れない」
「・・・・・・」
「やっと分かったんだ。もしどうしても困ることがあったならハポネスに来いっていう敬介さんの言葉の意味がね。ボク自身が今とても困っていることにも。そして、お節介なダイモスのヤツがこんなものをボクの軍服にコッソリ縫い付けていたのに、ワイヤーの上で時間潰していてやっと気づいたよ」
ハポネス行きの船のチケットが2枚と皇国発行の小切手。
皇国発行の小切手の裏には一文。
『皇国王子としての最後のオーダーを発令する。《零式》はハポネス帝国軍のものだ。アロイス・エルメロイ中尉に命じる。菊一文字とメイフェリア・ランツァー、《氷の貴公子》をミカドに献上せよ。これは報酬の前渡しだ』
泣き面だったメイフェリアは思わずクスっと笑ってしまった。
同じ飛行機体である《疾風》の搭乗者であるダイモス・グレイヒルには燃料消費と飛行時間で慣熟訓練と称したアロイスがその日何処に行き、なにをしたかすっかりバレていたということだ。
アロイス・エルメロイはハルマイトの貴公子であろうがなかろうが、黒騎士隊の皆から本当に愛されていたのだとそれ一つとってもわかる。
しかも、“誰のものにもならない”と嘯いたエウロペアの至宝たるメイフェリア・ランツァーを「だったらボクが貰っちゃうよ」とヘソ曲がりなアロイスなら言い出しかねないこともすっかりお見通しだったようだ。
まとめてミカドに献上したときに二人一緒でも構わないとハポネス行きの船便のチケットまでわざわざ2枚用意し、貨物輸送される菊一文字の輸送賃を払っても軽くお釣りが来るほど、ビックリするほどの金額の小切手だ。
考えてみたら、アロイスの父クレメンタインが身代わりになってくれたおかげでダイモスとその兄は愛する母親を喪わずに済んだのだから慰謝料分も入っている。
そして、《疾風》の慣熟飛行だとか言って、ダイモスは自分だってコッソリと皇国に里帰りし、兄のトルバドール・カロリック少将ことウィルバー皇太子に掛け合ったのだ。
結局のところ、アロイスは一度皇国に戻らないといけない。
皇国の銀行でしか小切手を換金出来ないし、ハポネス行きの船便だって皇国の港から出港するのだ。
父クレメンタインの復讐を自分の手でと無理に言い出さなかったのも、カルローゼ・フェラリオの顔も知らない自分よりも、戦争に翻弄され、地獄を見て、絶望に苦しめられたメイフェリアこそ相応しいと思ったからだ。
アロイスはやれやれとばかりに頭を搔いた。
「出し抜いたライゾーには勝ったかも知れない。だけど《冥王》ダイモス・グレイヒルにだけはとうとう勝てなかった」
アロイスの意気消沈ぶりに逆に皆の顔に笑顔が浮かぶ。
「でも勝たなくても良かったんだ。そして、アイツはボクの一番の友達で永遠のライバルだった」
アロイスはなにもかも失った割にはサッパリとしていた。
以前、メイフェリアが怒鳴りかけたメンテナンサーが笑顔でメイフェリアの手を取った。
「菊一文字の整備はエンジンを中心に万全にしておきました。燃料も満タンです」
「そっか」
メイフェリアはやっと満面の笑顔で野営地を守ってくれた連邦軍の戦友たちに向き直った。
「みんな本当に今までずっとありがとう」
それに対する反応は様々だった。
「ありがとうを言うのはこちらですよ」
「一緒に戦えてとても光栄です」
「支隊長になにか伝えることはないですか?」
メイフェリアは少し考えて答えた。
「可愛い子供達のお母さんになってねかな。世界の裏側でオバちゃんは見守ってるからって」
愛らしいメイフェリアがオバちゃんだとかいうのに一同は失笑した。
「だけど、私は死んだことにしてくれないかな?自爆させたプリンセススノーホワイトと運命を共にしたことにして」
その場にいた全員が怪訝な顔をした。
「だってファンダールを何機倒して皇国国家騎士を何人殺しても罪にはならないわ。戦争中の事だもの。だけど、連邦市民の私がカルローゼ・フェラリオを殺してしまった。それって立派な殺人罪じゃない?」
全員が呆気にとられた。
メイフェリアの言う通りだった。
戦争中に沢山人を殺したら勲章モノで終わってから殺したら牢屋行き。
絶対に間違っていると思う。
人殺しの評価ではなく戦争という価値観の異常さがだ。
「殺したことに後悔なんてしてないわ。連邦軍統括として無能の極みだったし、そのしわ寄せはみんな私たち連邦民やマリーベルたち連邦騎士の所に行った。挙げ句にラジリアの謀略とか私たちをバカにするにも程があるわよ。生きてるだけで迷惑だわ。それが新しい連邦王だとかなったら、皆が不幸になる。きっと気に入らない人はアロイスのお父さんみたいに殺すわ。だから私が成敗したってことでいいけど、私が逃げちゃったらマリベールの子供はずっと殺人犯の甥や姪になっちゃう。だから私も死にましたが一番いいでしょ」
その通りなのだが戦友達としてはなんとも納得しがたかった。
やっぱりドールマイスターは何処かぶっ壊れているとアロイスだけは思った。
だが、そのぶっ壊れぶりが堪らなく愛しい。
そして剣聖だってどこか変わり者だ。
だから、ライゾーは永久に剣聖にはなれない。
ライゾーはそもそも人を信じすぎている。
ほとんどの場合それで良いのだけれど、アロイスやメイフェリアのようにムキになって出し抜こうというヤツもいるのだ。
そして、二人ともしっかり生きてると知ってるのに多分絶対に教えないダイモスみたいなのもいる。
土方雷蔵は生涯そういうお人良しでいい。
変に疑り深いとラムダ・エゼルローテみたいになるし、シーラ姉ちゃんの旦那様は頭は抜群にいいのにちょっと抜けている人でいい。
そして自分が無類の人誑しなのだと自覚していない。
土方雷蔵を知ってる人は皆好きなのだ。
そしてアロイスとメイフェリアは大好きだから意地悪したくなるひねくれ者なのだ。
それにやっぱりアロイスは悔しいから、義兄と呼ぶのは断固拒否するのだ。
「それじゃ、そろそろ行きますか。夜間飛行は怖いからね」
アロイスに促され、メイフェリアは一番肝心な話をした。
「菊一文字って二人乗れるの?」
「あっ」と今更気づいたアロイスは目が泳いでいた。
メイフェリアは笑いながらアロイスをコツンとこづいた。
「15分待って。自分が座るとこぐらい自分で作るわよ」
完
エピローグ 鎮魂歌の真相
共和国暦52年 9月21日
マイオドール・ウルベイン学長は士官学校学生たちの去った教室を巡回していて読みかけで放置されていたその本に気づいた。
著者名を確認して頬が引きつる。
ベルカ・トライン。
その名に覚えのあるヤツは自分を含めて僅かしか残っていない。
それにマリオン・ウルフだとぉ。
その名には嫌な思い出しかない。
マイオドール・ウルベインは人生の一時期マリオン・ウルフだった。
そして、そんなふざけた真似をする人物には一人しか心当たりがなかった。
「シーナ、帰ったぞ」
ウルベイン邸に帰宅すると待っていたのは三人だ。
マイオドールの愛妻シーナ・ウルベイン。
もう“シーナ・サイエス”は引退して今は退役軍人の夫と孫たちの面倒を見るだけの品の良いお婆ちゃんだった。
若作りなので70には見えない。
「あら、早いわね。あなた。今夜は提督の家に寄ってエキュイムしてから帰ると言ってなかったかしら?」
提督こと退役したイアン・フューリー元大将との腐れ縁も大分長い。
秋の陽の暮れた士官学校の学長室から電話で、それどころではなく早急に確認したい本があると誘いを断った。
「残念だよ。今夜はトリエルも顔を出すというから久々に昔の仲間が集まると少し楽しみにしていたのだがな」
そういえばベルカ・トラインの名をよく知る人物はあの二人もだった。
「どうせ、俺達ジジイどもには暇だけは腐るほどある。トリエル元総理にも宜しく伝えておいてくれ。事と次第によっちゃあ、俺たちでディーンを締め上げなければならなくなると伝えるがいいさ。今度また行くよ」
電話口のイアンが面食らっている。
昔は居眠り大好きな食えない天才戦術家だったが、今は人の名前を思い出すにも時間がかかるほどに半分ボケている。
時間とは残酷ではあるがあのコンビはマイオより一回り上だし仕方ない。
「ディーン?また随分と懐かしい名を聞いたもんだ」
そりゃそうだろうよとマイオドールは内心舌打ちして受話器を置いた。
ディーンだけは昔の仲間の集まりには一切顔を見せない。
もうとっくに時効だろうに、まだ忙しいのだから仕方ない。
学長は学長でもマイオは共和国軍士官学校の学長でしかなく、ディーン・エクセイルはエウロペア一の名門エルシニエ大学の学長なのだから、抱えている学生たちの数と質とが桁違いだ。
マイオドールの周りは自分も含め“学長”だらけだ。
マイオもそうなら愛妻シーナも一昨年までエベロン女学院大学の学長だったし、その後を継いだのもマイオの長女というイリヤだったし、次女のターニャは故人となった祖父レオポルト学長を引き継いでエベロン教育大学の学長となっていた。
しかし、ディーン・エクセイル学長とて忙しい身だというのにどうしてこんな手の込んだ悪戯を思いつくのやら。
そして、忙しい身のマリエッタがマイオの帰宅を迎えた家族の二人目でその娘でまだ3つというメアリアンが三人目だった。
マリエッタは医者になってから仕事ばかりしていて結婚も出産も遅かった。
イリヤ、ターニャたちにもそれぞれ夫や子供がいて上の子たちは結婚もしてマイオドールには曾孫もいたが、家族で東部のアエリアに居るので長期休暇中にしか実家に帰省しない。
シーナ女子医科歯科大学病院外科部長という肩書きのマリエッタは自分の子メアリアンは母シーナに預けて、手術続きの疲れでソファーで爆睡中であり、母親の隣でメアリアンも小さなベッドでスウスウと寝息を立てている。
そして、マリエッタが居なかったら代わりにソファーで爆睡するのはマリエッタの夫ライベルト・バーンズ内科部長だ。
マイオ自身何度か世話になったことのあるジョセフ・バーンズ医師の三男で、エルシニエ大学医学部卒業後にシーナに招かれ、その名を冠する女子医科歯科大学病院の勤務医になっていてマリエッタと結婚した。
結婚後は一応、新居を用意しようとしたのだが、結局は夫婦子供揃ってウルベイン家に居着いてしまった。
シーナの生家だった旧公爵家の跡地にマイオドール・ウルベインは自分の俸給で屋敷を構えていた。
入り婿話は夫を尻に敷くマリエッタが拒否した。
何故なら医学界でバーンズといったら知らない人はおらず、医師と医学生たちの羨望の的であり、ジョセフ自身はベリア共和国のモナース医科歯科大学病院の初代院長から学長になった立志伝の人物だ。
ベリア共和国の国父ライザー・タッスルフォートに続いてジョセフ・バーンズも後を追うように亡くなっているので既に故人だ。
あの当時の中年世代で今も健在なのはイアンとトリエルぐらいだ。
夫婦別姓をしてもいいことになっているのにマリエッタはバーンズ姓を迷わず選択してマリエッタ・バーンズ外科部長となっている。
「シーナ、読書するんで軽食頼めるか?」
「あら珍しい。どんな本かしら」
シーナは学生時代のようにマイオの手から本をひったくりタイトルとカバーを確認する。
「ベルカ・トラインねぇ」
パラパラとやってそれが軍記物だとは確認したらしい。
「大昔のディーンの偽名だ」
「えっ、まさかディーンにいさんの本なの?」
正確に言うとシーナはディーンの従姉妹だ。
だが、誤解が解けて教え子になって以来、ずっとディーンをにいさん、ルイスをねえさんと呼び続けている。
「そうじゃねぇかと思うんだよ。なにしろベルカ・トライン著と来ていて内容がほぼ東征作戦中の俺達が主役だと来ている」
アイラス要塞でなくアイラーズとか変えてあるが黒騎士隊はそのまんまだ。
「それじゃもしかしてあなたも出てるんだ?」
シーナは純粋な少女のように目を輝かせている。
まっ、いい年した婆さんだが。
「あっ、やめとけよ。例の能力なんか使うな。読みたきゃ後で読ませる」
「そうするわ。最近はもうすぐ疲れちゃうし」
マイオドールが80過ぎだしコイツもそろそろ70半ばになる。
書斎に入り早速ページを繰り始める。
内容に関しては偽典史における東方戦争のそれがベースであるのだが、新世界仕様というかセナやハポン、インカも登場している。
マイオの故郷であるリベルタをロベルタリアと変えていたりはするが、シーラ・ファルメというのもモデルはウチの婆さんたるシーナだ。
途中、シーナがサンドイッチとコーヒーを持ってきたので、パクつきながら夢中になって読み進める。
これは確かに面白いし、軍属たちには是非にも読ませたい。
ベリア、ゼダ、フェリオは三つの共和国となっていたが、列強覇権主義の萌芽は芽生えている。
その警告の意味でも、ボンクラ参謀たちが現場を考えずに考えそうな作戦案についても、劇中の「自分」を通じて警告している。
トゥルーパーについては、マイオたちの使っていた《真戦兵》とは明らかに違うが、騎士ではない読者たちの想像通りだ。
電気系などとあるが、主動力源などは一切書いていない。
これを読む余人は真実と真相など知らなくていい。
そしてPSW・・・プリンセススノーホワイトとは正にアレのことだし、ヒロインのメイフェリア・ランツァーのモデルも耀紫苑元少佐だとすぐわかった。
実際にドールマイスターという人種は何処か狂っている。
そして、アロイス・エルメロイとは・・・。
物語のラストでまだ見ぬ東方世界を目指してアロイスとメイフェリアは菊一文字で飛び去ることを予感させて物語は終わっている。
(それはまさにお前たち自身じゃないのかよ、ディーン。ルイスと共に表舞台から死んだことにして歴史の影に埋没しておきながら偽物の歴史書たる偽典史編纂に半世紀をかけてきた。そして今もまだ《筺》の守り手だろうが)
読後の感想を様々に考えているうちに眠ってしまったマイオドールは翌朝シーナに叩き起こされた。
共和国暦52年 9月22日
訪れた朝で、マイオは学長として共和国士官学校へと向かわねばならない。
迎えの車中で秘書とスケジュールを確認していて、そういえばアイツも本屋だったと気づいた。
この本は学生に返すつもりだ。
勝手に持ち去ってしまったが、是非とも続きを読ませたい。
エウロペア軍人とは自国の事だけ考えれば良いわけではない。
シーナたちに読ませる本は別に購入する。
「儂は昼前に外出する。取り敢えずは学生に本を返却せねばな」
秘書官は珍しいこともあるものだと少しだけ驚いたが、元元帥が時々思いつきで行動することはたまにある。
行き先が王宮とかなることもあるので秘書としては唖然とさせられるばかりだ。
「運転手もそういうことだから頼むぞ」
運転手は予定のやり取りを聞いていたので、掃除の時間を後に回してなどと自分の予定も修正している様子だ。
「それで元帥学長、どちらに行かれるので?」
「ラファール書房だ。場所は分かるだろう大学通りの大きな本屋だ」
マイオドール・ウルベイン学長は朝の訓示をいつも通りに終えても壇上に残っていた。
「諸君等の中で昨日私物がなくなった者はいないか?“黒き森の鎮魂歌”という本だが」
少しだけざわめきだす。
元陸軍元帥のお叱りの言葉があるだろうと察したからだろう。
「それは自分です」
手を挙げて名乗り出たやや大柄の士官学生。
「名前は?」
「アロイーズ・セダン初等科5組生です」
セダンという姓を聞いてピンときた。
「お主の祖父はレウニッツ・セダン元陸軍大将であろう。亡くなったのは12年ほど前になるか」
アロイーズ少年は心底驚いて面食らっている様子だ。
「そうです、レウニッツは祖父です。しかし、学長がご存じでしたか?」
アロイーズ・セダンにはどことなくレウニッツの面影がある。
大柄で愛嬌のある顔立ち。
「元戦友だし現役時代はパルムとトレドに離れてはいたが、親しくしておった。彼も儂やリチャードには一歩及ばなかった。元帥と追贈されて良かったのだが、退役していて亡くなった者の階級を上げるのはあまり好ましい話ではないと見送ったのも儂らだ」
共和国軍の方針として戦死者の階級特進制度は残したが、除隊者死亡時の階級特進はただの感傷だとリチャードと話し合い見送った。
そのリチャード・アイゼン陸軍元帥も7年前に鬼籍に入っている。
「これを返しておく。座学中に読み耽るのはけしからんが、よく読み込んでおけ。そして、祖父と・・・」
アロイーズ・・・。
そうかやはり、レウニッツは・・・。
黒騎士隊の先輩であり、狸親父だったイシュタル・タリスマンを手本とした指揮官司令官の鑑だ。
「祖父の名付けに恥じぬ立派な軍人となれっ!お主の名の由来は共和国政府初代首相のものであろうよ。名とは家族の願いを指し示したるものだ。平和を守るもまた軍人のつとめである。学友たちはいずれは戦友かつ競争相手となる。絆結び、切磋琢磨せよっ!儂の目の黒いうちはお主をしっかと見ておると思えっ!」
「はっ!」
アロイーズ・セダンは立派に敬礼した。
(そうだろうよ、レウニッツ・セダン。お前の心からもアイツの影が消えなんだか)
朝の訓示に続いて雑事を終えたマイオドール・ウルベイン学長は予定通りに「ラファール書房」へと向かった。
「失礼する」
店内に入るとやはりその父親によく似た爺さんになったアイツが客をあしらっていた。
いらっしゃいと声を掛けかけて思わずその手を止める。
「マイオ、お前まだ士官学校で学長やってる筈じゃ?」
新刊書の販売はサイモンがやっていて、婆さんになったイセリアが古書販売を担当している。
進級新入学生の季節になるとマイオドール・ウルベイン自身が出向いて教科書を大量発注する。
そして、サイモンと昔話を語り合う。
長く流れた時間がかつては犬猿の仲だった二人をそのように変えていた。
二人の時間感覚ではついこの間来たばかりだ。
「本を買いにきた“黒き森の鎮魂歌”という本だが」
平積みに置かれていたであろう本の山がかなり低くなっていた。
(足りるかな)
贈る相手の一人はシーナ、そしてイアンとトリエル。
そして・・・。
「売れているのか“黒き森の鎮魂歌”は?」
聞くまでもなかった。
前の客も正に「黒き森の鎮魂歌」を手にしていた。
「ああ、おかげさんでね。評判はなかなかだ」
サイモン・ラファールはニヤっと笑う。
「読んだか?」
「いや、売り物に手を付けんよ」
ほんとにラファール家の連中はどこか抜けている。
売り物にしておいて著者名は確認しなかったらしい。
どいつもこいつもときている血の成せる業らしい。
「おいおい“おとうと”の本だぞ。まぁ、お前は出て来なかったがな」
剣聖たる《青狼》などが中将麾下にいたら話がおかしくなる。
「なにっ!」と言って販売コーナーに行き著者名を改めて確認したサイモンはギョっと立ち竦んでいる。
そして、振り返ってマイオを凝視していた。
「ほんじゃまぁ、二冊はお前達夫婦の分だ。儂が金は出すよ。一冊はシーナに読ませるので持ち帰る。あとはだな、イアン・フューリー、トリエル・シェンバッハ、それと王宮にも一冊贈っておいてくれ、後で豪華装丁版でも作者本人にサイン入りで送りつけさせろ。どうせ、アイツは女房のために書いたとかヌかすだろうし、推考作業にも付き合わせてるだろ」
サイモンは数を数えつつ、6冊を抱えてレジへと運んだ。
「なるほどな。軍記物ってぐらいは知ってたが、あのディーンが書いたとなると相当本格的だな。道理で売れるわけだ」
サイモンがブツブツ言いながらラファール書房の店名入りカバーをかける作業を見ていたマイオはハッと思い直した。
「一冊はキャンセルだ。イセリアが読んだら昔の悪い血が騒いで」
遅かった。
「アタシがなんだって、ちゅーさ。元帥だとかカッコつけちゃってるけど、アタシん中では今でもちゅーさだよ」
いつの間にかイセリア・ラファールが背後に立っていた。
しかし、今のイセリアとシーナを比べるのは些か酷だ。
すっかり貫禄というか贅肉が垂れていて10ほど違うシーナとは容姿がすっかり別人だ。
昔はとても似ていたというのに。
シーナは一昨年まで若い女学生たちの目に晒されていたせいか、スタイルや容姿は同性から毎日チェックされていたので、着る物も所作も化粧もそれなりに気を使っていた。
名実ともに“女性の手本”としてうら若い女学生たちにも一目置かれないと、という責任感みたいなものがあったせいか、やっと正常な夫婦生活が戻ってきてマイオとしては少し嬉しい。
イアンやトリエルからはシーナがパルムに戻ってからは付き合いが悪くなったとか嫌味を言われた。
そして、夫婦生活で一番苦労したのは結局オマエだったかと大笑いされた。
ジョセフィン・シェンバッハ夫人だって総理夫人だったこともあり、今でも何処か気品が漂うが流石に80も後半だから萎れている。
それと比べたらイセリアはすっかりババアだ。
まぁ、ルイスもルイスで太ったババアなので、どっこいどっこいだろう。
今でも絶技が使えるなら、それこそ妖怪の都市伝説になる。
「アタシにゃ読まれたくないときたか。さては・・・」
イセリアはパラパラと読み出す。
いきなり冒頭からマリオンとシーラが婚約しているという処を見つけてニヤっと笑った。
口許から歯が抜け落ちていて、昔を思い出すと些か気味が悪い。
「そりゃ、アタシにゃ読まれたくはないわな」
否定はしない。
大昔に、シーナとイセリアには恋の鞘当てがあり、当事者はマイオドールだった。
「サイモン、キャンセルをキャンセルだ。イセリア、じっくり読んだ後に、気に入らなかったなら、自分の処の古本屋で叩き売れ」
新刊本の販売がサイモンの、古書がイセリアの担当だったが、収益額はイセリアの古書店の方が桁違いだ。
もともとこの商売はディーンが退官後のサイモンの父、エイブにすすめ、やはり定年退官したサイモン夫婦が引き継いだ。
古書の方はイセリアの部下たちがエウロペア各地に散在しているものを買い集め、お得意様であるエルシニエ学長のディーンに売っている。
ものによってはとんでもない高額の書籍もあるというから古書店の売り上げが多いというのもソレだ。
さて、後は著作者を問い詰めるだけだ。
何故、今更こんなものを世に出そうと考えたのかだ。
「ラファール書房」を出てエルシニエ大学に行くには通りを一本渡るだけでいい。
運転手には端っからエルシニエ大学の駐車場を借りろと命じておいた。
年寄りというのはなんにでもすぐ感傷的になる。
かつて通った母校。
マイオドール・ウルベインを元帥に押し上げたのは学歴だった。
アイツに出来なかったことをかわりにやり、政経学部をどうにかこうにか卒業したことでマイオドールはかつてトゥドゥール・カロリファル副総帥がやった仕事を長年勤め上げた。
軍の予算交渉相手はアイツであり、アイツの後を受けて首相になったトリエル・シェンバッハだった。
昔馴染みであり、軍と政府要人として散々やりあった。
やり合ったその倍は飲んで語り明かした。
ディーンだけはそうしたかつての仲間たちと語り合うことを拒んでいた。
関係を絶ったとかではなく、会うことが自分の仕事の障りになると考えたのだ。
多分、それだけではない。
一番語り明かしたい友の不在に堪らない哀しさと孤独に耐えられなくなるからだ。
生きるということは生き残った者の責任なのだ。
そして、人は二度の死を迎える。
一度目は肉体の死、そして誰もがその記憶から忘れるという存在の死。
共和国初代首相としてのアイツは永遠に語り継がれる。
だが、その心にあったものを少しでも覚えている友たちは次々と鬼籍に入り、本当の存在としてのアイツは歴史の片隅に埋もれる。
マリオン・ウルフ少佐はマイオドールであり、そしてディーンだった。
自分たち二人の前歴や功績を足すと、所詮は物語の中の架空の若造に過ぎないマリオン・ウルフや、その父たる土方敬介ですら到底及ばない。
遠い昔は羨望の目で見、かつては自分も頭に乗せた藍色学帽の学生たちに混じり、マイオドール・ウルベインは守衛に用向きを伝えた。
守衛は少し慌てた様子だったが、学長室に電話して確認した後に案内に立つと言った。
「いや、結構だ。かつては儂もここの学生だったのだよ。今でもここの構造は頭に入っている。そうでもなくては、いまだ士官学校の学長などやってはいられんよ」
まだ若い守衛はマイオドールが現役当時は「パルムの番犬」と呼ばれていたことさえ知らなかったらしく唖然としている。
かつて学生結婚していたシーナと通った学び舎にマイオドールは呑み込まれそうになる。
若く瑞々しい学生たちに羨望も抱く。
だが、自分たちはその笑顔のために彼等とはそう変わらない年頃から命を賭けて戦ったのだ。
ディーンも、そして自分とイアン、トリエル、サイモン、ルイスに、ジョセフィン、イセリアはそれぞれ戦い抜いた結果として今では萎れた老人になっている。
死んでいった仲間たちの業をその背に生きて来た。
もうほどなく死に絶える。
おそらくは誰かの死により、耐えがたい孤独が生き残った誰かを殺すことになる。
同志たちの最後の一人になることの孤独については、90歳を過ぎて大往生したパトリック・リーナから聞いていた。
今際の際にあったかつての「鉄の睾丸」の死に立ち会ったのは彼の愛娘とその夫の友人たち、そしてパトリックの孫や曾孫たちだった。
「鉄の睾丸」から「財界の妖怪」と揶揄されたベルシティ銀行元総帥パトリック・リーナの死からマイオは大事な事を教わった。
俺達もいずれは、最後の一人が誰になったとしても先に逝った仲間たちが待っているだけだ。
この世界はそういう世界なんだという実感だ。
寂しさはない。
誰かが誰かにその席を譲り、産まれてきたから死ぬ。
そうして歴史は紡がれていくのだ。
あたかもなにもなかったが如く。
これからマイオが会おうとしているのは「真実の番人」であった。
ディーンは学長室の窓から中庭を眺めていた。
かつて若かりしディーンが見ていたのはにわか作りの雛壇とその上で拡声器を手に何事かを叫ぶ学生たちの集団だった。
場所も学長室などでなく、ヌシと呼ばれて半ば住み着いていた図書室だった。
激動の時代とその終わりにおいて役割を果たし、その他大勢として見届けた風を装い半世紀を経た。
革命騒動どころではなく、革命騒動を好きにやらせておく為に西で戦い続けた。
ノックの音で我に返る。
「ディーン、入るぞ。おっと此処では昔のようにエクセイル先生と呼んだ方が良かったか?」
マイオドール・ウルベインの皮肉にディーンは微笑んだ。
マイオの方がディーンよりも年上だが、実際に在学当時は「エクセイル助教授」または「エクセイル先生」と呼んでいた。
「なんだか、懐かしいね、マイオ。ボクは長らく歴史を扱ってきたせいか、過去と現在と未来とがごっちゃになることがあるよ」
窓辺に立つディーン・エクセイルは少し太って頭髪も薄くなっているが、その言葉には昔から少しも変わらない雰囲気が満ちていた。
愛用の黒縁眼鏡も相変わらずだ。
あの日からも容貌は変わったが、語り口は少しも変わらない。
「それで、昔を思い出してあんなものを書く気になったのか?」
マイオの指摘にディーンは「おやっ?」と思った様子だ。
「印刷所から届いた最初の一冊はレウニッツ・セダン大佐のお孫さんに進呈したのだけれどね。彼がお爺さまの書斎でボク宛の遺書を見つけたというので、開封はしていないから預かって欲しいと。そのときにお土産がわりに渡した」
マイオドールは心底驚いた。
レウニッツ・セダンは誰か宛の遺書を残すような人物だと思えなかったからだ。
豪放磊落で気が良くてバスラン要塞のムードメーカー役を笑い上戸だったアルバート・ベルレーヌ大佐としていた。
戦場に立つとその大声で全軍を励ましてヤツらと戦った。
ただ、孫にアロイーズと名付けたことでも、表には出さないだけで感傷的な年寄りになっていたのかも知れない。
ゼダ共和国軍トレド要塞の司令官として戦没者共同墓地の管理人も続けていた。
セダンは人知れず過去と共に生き続けていたのだ。
老いていく一人また一人と亡くなるかつての戦友たちと共に。
「遺書の内容は?」
マイオはディーンの答えが分かっていた上で聞いた。
アロイーズとの話でなんとなく察していた。
「ああ、どんなに心から消そうとしても二人の事が消えなかったとだけ、剣皇にはとても感謝してもいるし、恨んでいるとも。だから、自分の想いを受け継いで欲しいとね。そんな事は言われるまでもない話だろうがと最後にあった。とてもあの人らしいなと」
「そうか」とだけ言ってマイオは軍帽で目頭を隠した。
セダンの心から消えなかった二人とは誰のことかすぐわかった。
涙腺の緩いマイオはセダンが消えゆく命の中でなにを思ったかも、放浪子爵からの酒が届かなくなってから、かつての戦友たちが間引かれていく日々の中で鬱積していたのだろう。
ディーンはマイオドールらしい感傷を見てすべてを話そうと決意した。
「手慰みで書いていたつもりだったのに、セダン大佐と全く同じ想いだったよ。だから、アロイスなんてつけたんだなとね。せめて物語の中でだけでも、生きていて欲しくなったから結末を変えた。そうしたら、主人公側の主要登場人物の誰も死なない話なのに“鎮魂歌”とかいうタイトルになってしまったよ」
自戒か反省のようでいてそうじゃなかった。
レウニッツ・セダンの残した遺書との整合性に自分も感傷的だったと悟ったのだろう。
マイオは窓辺に立つディーンの隣に並んだ。
「そうじゃないかと思ったよ。そしてアロイスとメイフェリアが新天地に旅立つという結末。最初はアロイス・エルメロイを“アリオン・フェレメイフ”として相応しい場所で殺すつもりだった。それで国王陛下の無聊を慰めようとしたのだとね。戦士として戦場で死ねなかった。いや、死んだか。それでもそちらは語れない物語だし、俺達が生きているこちらが現実であって、あちらはまぁ幻想といったところか。それでも俺だけはどの物語の結末においても生きているんだな」
マイオドール・ウルベインは寂しそうに言う。
いつだって仲間たちに置いて行かれる。
本物の黒騎士隊士たちも、もう数人を残すだけだ。
あの誰も知ることのない戦いでもマイオだけは生き残った。
「解脱したのだろう?《神眼の剣聖》。ボクとルイスも解脱した。もう戦いは終わりにしたい。解脱してなお、イメージ体か奇跡でしかこの世に戻れないボク等にかわって見届け人になって欲しい。父さんはなれない。エドナにもミトラにも。消去法でキミとシーナしかないとなったんだ。《記憶の巫女》を永遠の妻とした真のモノノフとしての業だと思ってくれていいよ。だけど、憎まれても疎まれても、ボクらの戦いの結果を確認して見定めるのは《神眼》持つキミになるべきかな?ボクの嘘を暴く者と、《真実の鍵》の継承者にそれが渡るのを見届ける。《真実の鍵》の一部としてね」
マイオはフッと笑った。
実際に結婚生活を続けてみると、かえって側にいない方がいいのかとも思う。
離れていてもアイツはアイツで頑張っていると思えることが活力になったし、他の女性に気持ちが向くことはなかった。
「それじゃあ、今度の俺は解脱者としてシーナの不良亭主でもやるかな。愛と縁はそう簡単に変わらない。本質としての俺も最早“変われない”。俺は真面目に生き過ぎたことは少しだけ後悔している。もっと、言いたいことを言い、もっと自由に、そして少しだけ嫌なヤツになろうかな。結婚した娘にまで甘えられ溺愛される父親役はウンザリだ」
マイオドール・ウルベインの皮肉な冗談にいつもなら失笑するディーンは表情をひどく強ばらせた。
しばらく黙り込んだ後に、おもむろに、意を決したように話し出した。
「マリエッタはとても優秀な外科医らしいね。そして、とびきり口が堅い。だから、今もその胸に秘密を抱えたまま、キミとシーナの前で平静を装っている。ルイスはもう長くないよ。末期の乳癌なのだとマリエッタ・バーンズ医師から宣告された。あと半年保つか」
マイオドール・ウルベインは顔色を一変させた。
「そんな素振りは少しも・・・」
ディーンは少し寂しそうに微笑む。
「だから、マリエッタ・バーンズ医師は父親似で職業的矜持に長けた素晴らしい名医なんだ。きっと、《記憶の巫女》でルイスを実の姉のように慕い続けるシーナにも気づかれたくないと我慢を重ねている。もういいよと、真実を胸に秘め続ける苦しさはボクが一番良く知っている。マリエッタがライベルトに惚れ込んでいる理由を知っている?ライベルトも同じ事をしたんだ。クルトのときにね」
義父であるディーンの後継者と目されていたのに、クルト・L・エクセイルはディーンとルイスの娘エマリーや三人の子を残して50歳と少しで若くして逝った。
クルトから内々に体調悪化を相談されていたライベルト・バーンズ医師もマリエッタと同様に、家族たちにもクルトの抱えた病気をギリギリまで隠していた。
ライベルトの父ジョセフもまた守秘は徹底していた。
だから、アイツのときも真相を知っていたのは本人と家族、クルトを託されていた親友ディーンだけだった。
クルトは政治の名門一族の嫡子だったが、養父ディーンと同じ史家を選んだ。
父親がアイツで、母親が・・・なのにクルトは偉大な両親の名と比較されるより、困難な道を選ぶディーンを手伝おうとした。
クルトの死で未亡人となったエマリーはアルマスを引き払ってディーンやルイスと暮らしている。
子供たちも既に成人していた。
「そうか・・・。誰のための鎮魂歌かって・・・そういうことだったか」
フェリオ連邦共和国旧都ウェルリの北に広がる本物の「黒き森」とは真相と真実を知る者たちにとっては再生の象徴だった。
再生の象徴で奏でられるレクイエム。
マイオドールが感じていたタイトルへの違和感というのは、今のディーン・エクセイルの心情そのままだった。
世界の命運を託されていた三人への終わることのない鎮魂歌。
「ボクもね。ルイスを看取ったら此処を辞めることにしている。弟のピエールに後を譲るつもりでエリンシア大学に筋は通しているよ」
マイオドール・ウルベインは軍帽で顔を隠してはいたがとめどなく流れる涙を隠しきれなかった。
「そうか、そうだったかディーン・・・」
ルイスを喪い、やるべき事を終え、そしてディーンもまた。
共和国暦52年末 ルイス・エクセイル没。
共和国暦54年 ディーン・エクセイル没。
それから相次いで54年にイアン・フューリー、トリエル・シェンバッハ元首相没。
没後、国葬。
56年にシャナム・レオハート・ヴェローム前国王、イセリア・ラファール没。
英雄王シャナム没後、国葬。
ジョセフィン・シェンバッハ、サイモン・ラファールも相次いで逝った。
そして、マイオドール・ウルベインも戦友たちの死を看取り、89歳で没した。
こうして激動の時代を知る人物たちは相次いで他界していった。
彼等の物語は真実の物語は、別の機会に語ることになる。
(ゼダの紋章に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます