(後編)

 アロイス・エルメロイはまたしてもマリオンに先手を打たれた。

 やはり、アロイスはハルマイトの縁者であり、アロイスが黒騎士隊を抜け出してハルマイト侯爵領に行く意味もそれでなくなった。

「ライゾーはボクのこと全部知ってたのかよっ!」

 アロイスは血相を変えてマリオン・ウルフに迫った。

 しかし、マリオンはさして表情を変えずに受け流す。

「ああ、お前が俺を憎んでいることもその理由もな。だがシーラはやめとけ。シーラ・ファルメはお前の実の姉だ」

「!」

 シーラが実の姉だと言われてアロイスは戸惑いの表情を貼り付かせたまま絶句していた。

 マリオン・ウルフは耳の後ろを搔きながら、どこからどう伝えたものだろうかと思案しつつ、ゆっくりと話し出した。

「まぁ簡単に言うとだな、クレメンタイン・ハルマイト次期侯爵は皇国に留学していて、ファルメとの縁組でシーラを成していた。そして跡取りのお前が生まれたので二人だけで本国に帰還した。そのまま、ハルマイト侯爵に就任してからカミラおばさんも呼び寄せ、お前が次期侯爵になる手筈だった。それが突如として狂ったのは、カルローゼ・フェラリオ次期侯爵がクレメンタイン侯爵就任を妨害し、クレメンタインおじさんの従兄弟を次期侯爵に据えようと謀った。皇国寄りのクレメンタインおじさんはカルローゼには不都合な存在だと考えたわけだ。それで館を襲撃されてクレメンタインおじさんはお前を連れて再びロベルタリアに戻ったが、存在が知られると連邦側の刺客に消される。それでお前達親子は庭師とその息子をやってて、土方敬介は親子の庇護者だった」

 シーラ同様にアロイスが懐いていたカミラ・ファルメが実の母親だった。

 そしてクレメンタイン父さんはハルマイトの次期侯爵。

「・・・・・・」

 アロイスは頭の中で状況を整理するために黙り込んでいた。

「そしてこの戦争の本来の目的の一つがクレメンタイン・ハルマイト侯爵とその息子たる剣聖アロイス・ハルマイトの本国送還だった」

 マリオンの視線がやや逸れていること、「だった」という過去形にアロイスには嫌な予感しかしなかった。

「ライゾー、だったってどういうことだよっ!」

 マリオン・ウルフは視線を落として小さく溜息をついた。

「いつ言おうか迷っていたが、クレメンタインおじさんは亡くなられた。いや、はっきり言おう“殺された”。俺達黒騎士隊が出征してから半月ほど後のことだ。俺やお前の居ないロベルタリアでも安心出来ないから俺達の国で一番安全なところ、一番信頼出来る御方に預けられていた」

 アロイスは興奮に我を忘れてマリオンの襟首を摑んでいた。

「それって誰だよっ!そんな人が居たのになんで父さんは死なないといけなかったんだよっ!」

 ラトルバ・ヘイローが横合いからスッっと現れてアロイスの手首を掴んだ。

「ボクの母上。つまりは女王陛下とウィルバー皇太子兄さん。逆だったんだよ、アロイス。つまり宮殿で匿っていたキミの父上たるクレメンタイン卿はギュンター・アッテンボロー伯爵の凶刃から母さんを守ろうと盾になって死んだ。宮殿内でクーデターが起きたんだ」

 ラトルバがウィルバーから受け取っていたのは皇国の二人目の裏切り者がギュンターだという連絡だった。

 その時点ではまだ誰もクーデター事件の早期発生を予期してはいなかったので余裕があった。

 ラムダの軍事行動と連動するという読みが外れ、司直の手が回り証拠固めされていたギュンター・アッテンボローは焦って事を急き、年末の宮中晩餐会で事を起こした。

 そして、雪中行軍中に事件の一報がラトルバ宛でなく、イシュタール宛で届いていた。

 イシュタール・タリエル准将がいつになく真剣な顔をしてアロイスを睨んでいた。

「このクーデター事件発生については口外無用だ。ラムダも知っているだろうが、連邦に知られると足許をみられる」

 アロイスはイシュタールでなくかねてから不信感を向けていたラトルバに詰め寄った。

「ギュンター・アッテンボローって誰だよっ!」

 イシュタールがかわって答えた。

「貴族院議長だ。連邦のカルローゼと内通し、ラムダとも共謀して皇国王室排除のクーデターを画策していた。それが時期尚早にも露見しそうになったのでラトルバの母、すなわち女王陛下だけでも殺めて皇国内を混乱させようとした。それをお前の父が身を挺して止めた。異国人の、それも連邦の要人がだ。お前の父はそうした誇り高き高潔な人だった。常にエウロペアの未来に必要なのが誰かを考える御方だったし、だからロベルタリアの庭師に甘んじてでもお前を守ろうとしていた次期連邦王だった。そして女王陛下もまたご自分の最も信頼し、最も最強とされる男をお前に貼り付かせていた」

 連邦王国は世襲制でなく選王侯爵家が連邦貴族でも有力な国持ち侯爵に白羽の矢を立てて連邦王とする。

 つまりハルマイト侯爵領を持つクレメンタイン・ハルマイトは単に次期侯爵だけでなく、エルドネイユ・フェラリオ現連邦国王からも次期連邦国王として期待され、即位を支持されていた。

 だからエルドネイユの長子カルローゼ・フェラリオはあらゆる手段でクレメンタインを排斥しようとしていたのだ。

 アロイスは優しく聡明で、庭師なんかで収まらない父クレメンタインの死に泣いていた。

 泣きながらイシュタールの言葉を反芻し、話の中にあった引っかかりを糺した。

「ケイスケさんが居ない今、最強の男ってライゾー?ふざけんなよ」

 マリオン・ウルフは立ち上がって歩み寄り、アロイスの肩口を掴んだ。

「違うだろ。俺じゃない。お前が勝てなかった男がもう一人いただろ。お前と同い年で」

 黙り込んだアロイスの脳裏に浮かんだのは・・・。

 《冥王》ダイモス・グレイヒル?

 三人固まった位置にいたラトルバがすまなそうにアロイスを優しくハグしていた。

「ずっと騙していてゴメンよ、アロイス。僕がダイモス・グレイヒル少佐。正確にはダイモス・カロリック次期公爵だ。トルバドール・カロリック少将はウィルバー兄さんのさ。兄さんは母さんの後に皇国国王になる。今は皇太子だけど戦争中の今はトルバドール・カロリック少将であった方がなにかと好都合だったんだ」

 一応はダイモス・カロリックも皇太子だ。

 だが、兄を蹴落とそうなどとは考えない。

 むしろ、気安い立場で暗躍するのを愉しんでいた。

 それが黒騎士隊参番隊小隊長ラトルバ・ヘイロー中尉の真実だった。

「なんで、なんでボクはなんにも気づかなかったの?」

 アロイスは涙声で訴えかけた。

 黒騎士隊は確かに皇国最精鋭部隊であり中枢部隊だった。

 マリオンはアロイスの肩を抱いて語りかけた。

「エウロペアの至宝たるお前が真相を知ると色々と面倒だったからだよ。プライドの高いお前がラトルバに守られていると知られるのも面倒だし、理由はもっと面倒だ。お前達二人が18の年にエドラス杯でどちらか勝った方が土方敬介と手併せるという親父と女王陛下の約束があった。結果的にダイモスがお前に辛勝した。そしてダイモスは御前試合で親父と勝負して6時間の熱戦になったとされているが、実際は途中から次期トゥルーパー開発計画のためにティアローテの実戦性能解析をしていた。皇国王家は温厚な一族だし家族仲も円満だ。だからこそ、ハポネスでも行われている次期主力トゥルーパーの開発計画に親父は愛機たるが旧式機の魁カネミツを差し出した。それから7年がかりでようやく今のファンダール改カネミツ型が生まれた。そして、零改はハポネス帝国軍の次期主力機零式として、参番機である《疾風》が皇国軍次期主力機と内定したのさ。他の6機はオプション装備や支援機候補として兼光四郎次郎技術大尉が設計した。兼光大尉が俺の親父やお袋たちとハポネスに里帰りしたのはお前も見ていた通りだ」

 技術大尉として黒騎士隊に同伴して各機を調整していたのは、ハポネスの誇るドールマイスターたる兼光四郎次郎だった。

 兼光四郎次郎はサトルの父、山崎徹少尉らと共に土方敬介の派遣武官群に加わって皇国に来ていた。

 兼光技術大尉のファンダール改カネミツ型は模擬戦、実戦想定戦で次々と完成していった。

 そして、零改には菊一文字。

 つまりはミカドの紋入りの完成機体となった。

 《菊》と《疾風》が正式採用機になったのも、騎士たちの次の戦場が何処になるか分かった上でだ。

 もう一つの戦場は《獅子丸》や《明王》の後継機が担う。

 つまり、重火器搭載型の“機動変形戦車”として完成に到る。

 しかしまだ重火器とトゥルーパーの噛み合わせは上手く行っていなかった。

 操作系での発射や照準装置がまだ未完成だからだ。

 本来、対トゥルーパー徹甲弾を撃ち出す獅子丸には虚仮威しの音響兵器しか搭載されていない。

 あったらPSWは緒戦で撃破されていた。

「そしてだ。俺が敢えてメイフェリアに尋ねたエウロペアの現状についてだ。連邦ドールマイスターでエルドネイユ国王のお気に入りだというメイフェリア嬢はこの戦争の裏にある一端しか掴んでいない。つまり、お前達親子を連邦に戻そうというはからいの他に、もう一つ肝心な話が抜けていた。それが《ラジリアの謀略》だ」

 マリオンの指摘にアロイスは面食らった。

「ラジリアの謀略?なんだいそれ」

 マリオンは立ち上がって司令テント内の世界地図を示した。

「大西洋の先にあるインカロア帝国と西エウロペアのメルフェンヌ、ナタリアは歴史的に通商してきた。インカロアの農産物は痩せた土地でもよく育つので同じように土地の痩せた荒野の多いメルフェンヌ、ナタリアでは重宝してきたもんだ。まぁ、細々だが交流を続けてきたのもインカロア帝国のトゥルーパーたるクスカテも魁とタメ張る名機だった。簡単には武力侵攻が出来ないからとメルフェンヌやナタリアは細々とだが長く取引してきたんだ。しかし、オルデアインの商船団が噛んだことで、荒れ始めた。インカロアはオルデアインとの通商では貿易不均衡に陥ったんだ。それで借財の代わりに租借地として未開の地だったラジリアを差し出した。そして、オルデアイン商人とフェラリオ侯爵家はラジリアであるものの栽培を大々的に始めた」

「あるものってなんだよ?」

 アロイスは世界地図上のラジリアを睨んで背を向けたマリオンに尋ねる。

 マリオン・ウルフ中佐の答えは明瞭で簡潔だった。

「阿片だ。阿片は少量なら痛み止めになる。俺達だって怪我したら世話になっているものだ。しかし、中毒性があるし依存が進むと廃人化しかねない危険なシロモノだ。そんなものを自国では大量栽培出来ない。少量はエウロペアの医薬品市場に高値で流せる。だが、大量の阿片を貿易不均衡状態にある別の土地に売ろうとしていた。それがセナーリアだ」

 アロイス・エルメロイにもようやく事態が見えてきた。

 子供っぽくはあってもアロイスもハルマイトの人間であり次期連邦王だった男の息子だから頭も悪くない。

「つまり、オルデアインとフェラリオ侯爵家はラジリアで生産した阿片をセナーリアに売って、セナーリアから入って来る陶磁器やお茶の対価にしようとしていた?」

 マリオンは僅かに眉根を寄せた。

「そう単純でもないがそういうところだ。ハポネスにも売り、対価に魁輸出版を仕入れるつもりだったようさ」

 話を整理するとこうなる。

 要するにオルデアイン商船団はハポネス、セナーリアと交易し、交易品を中継貿易港のインカロアにも売っていた。

 最初に行き詰まったのはインカロアで借金のかたに租借地ラジリアをオルデアイン商船団に差し出した。

 オルデアイン商船団のスポンサーが連邦フェラリオ侯爵家であり、オルデアイン王家とは直接繋がっていない。

 なぜなら、オルデアイン王家はエウロペア周辺国との海上交易外交が基幹産業であり、遠洋航海中の海難事故でなにもかも喪う恐れのあるリスクには手を出さなかった。

 租借地ラジリアからの阿片貿易は比較的最近始まった。

 ラジリアの開墾事業と大規模農園事業たる阿片栽培が軌道に乗るまでに相当に時間がかかったのだ。

 フェラリオ侯爵家でもエルドネイユ連邦王は国政に専念していて知らない。

 野心的な息子のカルローゼがコッソリ始めたのだ。

 だが、皇国は一連の動きを先に掴んでいて、阿片の大量流通は間違いなく、各国経済と治安において世界のすべてに悪影響すると判断した。

 一番手っ取り早い方法がラジリアの謀略を知っている聡明なクレメンタインとアロイスをハルマイトに戻し、侯爵から新連邦王にしてエルドネイユから代替わりさせる。

 エウロペア各国はこれを支持する。

 エルドネイユは前国王としてクレメンタイン新国王の執政補佐となる。

 そうなればカルローゼの謀略を糾弾して排除可能になる。

 連邦国王である父親が長子を糾弾排除したなら、内戦にまでなりかねない大問題になるがクレメンタインなら問題にならない。

 それをカルローゼはあらゆる手で妨害した。

 仕方なく皇国はウィルバー皇太子ことトルバドール・カロリック少将の号令で東征作戦を始めた。

 オルデアイン王ケールズ・ライサンダをフォルモナ要塞に封じたのもリカルド・ヒュッケラン大尉の作戦計画の一端であり、“殺しはしない”という密約がある。

 皇国は覇権主義の誹りは受けるが、戦争により連邦でカルローゼを失脚させる。

 ラムダの裏切りはほぼ予測範囲内であり、戦果の独占を狙うラムダは少将派で最精鋭の黒騎士隊の存在意義を見誤った。

 最後に残る問題はPSWだ。

 メイフェリアは愛国心から作り上げたが、それをカルローゼが知れば大変な事態になる。

 量産化に関してはインカロアで行い、インカロアからPSWと阿片とが世界中にバラ撒かれようものなら世界中で戦争が多発し、経済も大混乱する。

 騎士の数しかトゥルーパーはない。

 だが、PSWは操縦系さえ理解すれば誰でも使える。

「アロイス、クレメンタインおじさんの遺志を継ぎ大人になれ。連邦王というのは荷が重かろうが、剣聖としてなにをなすべきかは見えてきた筈だ。女王陛下の騎士としてラトルバ・・・いや、《冥王》ダイモスやモノノフ土方雷蔵と共に戦争をこれで一度終わりにするんだよ。“リセットザワールド”。それが親父から俺が請け合ったオーダーだ。起きてしまう戦争は仕方ないが、世界を揺るがす脅威とは各国で協力して立ち向かう。それが俺達が破滅に向かわないためのただ一つの方法だ」

「ライゾー」

 アロイスは幼少期のように幼馴染みのライゾーをハグしていた。

 シーラへの横恋慕がなければライゾーはいつまでもアロイスのライゾーだったのにアロイスの男としての本能が邪魔した。

「それと一つお前は誤解している。アロイスを独り立ちさせ、クレメンタインおじさんを帰国させて連邦王にする。連邦王の娘婿が俺になる。皇国の貴族縮小政策としてエルアライメン家はファルメと一つになり、土方雷蔵の代でどちらも終焉し、ロベルタリアは民のものとなる。そうして、土方雷蔵の系譜として皇国、連邦、ハポネスは一つとなる。圧倒的な力を持った俺達が世界から人類間戦争を根絶させる。だからだ。シーラは全てわかった上で、俺との婚約に条件を出した。それが、俺がこの世界の中枢そのものになれというものだった。だから迷った。俺なんかになにが出来ると。だが、尻を蹴っ飛ばしたお前に後押しされて俺は決断した。お前が俺の義弟として、ダイモスやファウストたちと共にイシュタールの親父の旗の下に真の世界秩序を作り出す。それが真のモノノフ部隊黒騎士隊だ。戦の勝ち負けは関係ない。ラムダとカルローゼを止めて、戦争したがるヤツらとその背後にある醜悪な計画を阻止し、俺達は戦いの歴史を次代に継承させ、悲劇を起こさせない」

 頭脳明晰で計算高いマリオン中佐らしさでなく、漢気に溢れたライゾーらしさを感じてアロイス・エルメロイはやっと彼らしい愛らしい笑顔を見せた。

 だが、すぐに曇る。

「フェルメイアはどうするの?どうなっちゃうの」

 マリオン・ウルフはフッと小さく笑った。

 やっとアロイスは他人を思いやれる心を取り戻していた。

 フェルメイアの事も事の重大さがわかっていない可哀想な子だと認知している。

「ファンダールやファンダール改如きがアレをどうにか出来るもんか。季節が変わり俺の《雷》、お前の《菊》、ダイモスの《疾風》がちゃんと使えるようになってからが決闘再開だ。俺達がどうにかしようとは考えない限り、プリンセススノーホワイトはどうもならんさ」

 アロイスは《菊》やダイモスの《疾風》でなく、ライゾーの《雷》が鍵になると悟った。

「そうか、《雷光剣》か・・・」

 今は季節柄使えない。

「アレがどういうものかをメイフェリアに見せつけてプリンセススノーホワイトを終わらせる。8人の巨人の一人がエウロペアの至宝を悪夢から醒ます王子様だ。キスならぬ《雷光剣》の強烈な一撃がメイフェリアを絶望の愛国者という自己陶酔の眠りから醒ますだろうよ」


 黒騎士隊内でどんな変化が起きていたのかメイフェリアは知らなかった。

 知る切っ掛けもなく、ただただ無闇矢鱈にファンダールを狩っていた。

 黒き森は騎士たちの鮮血に染まっていく。

 正にサソリクモとしてPSWは黒き森に近付く黒騎士隊章のついたファンダールを餌食にしていた。


 私は明らかにおかしいとは気づいていた。

 最初の敵は犠牲を最小限度に留めることに専念して部下たちを見殺しになどしかなった。

 だが、第2ラウンド以降の黒騎士隊の隊章のついた部隊はただPSWを討伐することに躍起になり、容易く罠に掛かり正に思い通りに狩らせてくれている。

 それを想定していて、それが目的だというのに私の心はどんどん血を求めて渇いていく。

 なんなのだろうこの違和感は?

 そしてファンダール改もちっとも心を満たしてくれはしない。

 既に50機以上のファンダールを屠り、ファンダール改も5機狩った。

 あと2機のファンダール改を片付ければ殲滅作戦は完了する。

「凄い戦果ですね。ランツァーのお嬢が連邦騎士なら十字勲章ものですよ」

 PSWの整備を手伝ってくれるそのメンテナンサーに私は思わず怒鳴りかけた。

 勲章が欲しくて戦っているんじゃない。

 祖国と誇りを守る為、そして奪われたものの復讐のために私は、と言いかけてやめた。

 この人たちにはなにを言っても通じない。

 彼等は無邪気だ。

 新型機PSWがどんな戦いをしているかも知らない。

 ファンダールの鹵獲パーツを私が持ち帰り、野営地のティアローテたちが一機、また一機と再生していく。

 その様を見て、勝ち戦なのだと思い、素直に喜んでいる。

 でもそれで何かが変わるのだろうか?

 戦闘が繰り返されるのに従い、PSWの消耗パーツは枯渇していた。

 ダガーナイフの予備と射出式ワイヤーは騙し騙し使ったり流用品を加工して使っていたが、明らかに数が足りなくなっていた。

 ランツァー工房になら隠していた予備パーツがある筈だ。

 一度、ハンノーファーに戻り、予備パーツを入手しようと決断した。

 50機ものファンダールを狩っているのだからハンノーファーに制圧戦力など回す余裕などなくなっている筈だ。

 私はハンノーファーのランツァー工房に向かい其処でようやく真相を知った。


 2月25日 12:20


(どういうこと?)

 見慣れたハンノーファー一帯には黒騎士隊のファンダールたちが展開していた。

 私の居ない間にランツァー工房のメンテナンサーたちは黒騎士隊と親しく談笑するようになっていた。

「いやぁ、貴方がたの居るお陰で連邦騎士たちも容易に近付いてはきませんし」

「制圧状態ということで私らはただ冬を凌げばいいだけですね」

 作業区画を黒騎士隊のファンダールが我が物顔に巡回している。

「ご飯出来ましたよー」

 私がケーキ作戦で使った調理場で黒騎士隊のために食事が作られていた。

「いやぁ、支隊配置で助かりましたよ。なにしろ前線に出ないし温かい食事にもこうしてありつける」

「工房再建用の木材の切り出しから、販売用の資材調達まで手伝って頂いてサトル支隊長には世話になりっぱなしです」

「なんにしたって私らはランツァー工房を武力制圧したという負い目がありますからね。どうせ連邦騎士だって来ないんだからその位のお礼はさせて貰わないとマリオン副隊長にお前らはタダ飯食ってたのかと怒られちまいます」

 PSWを隠してランツァー工房の様子を伺っていて聞こえて来る会話には明るさが満ちていた。

(どういうこと?これじゃ本当に歓迎してるみたいじゃない)

 最初にPSWを隠していた森は既に切り拓かれていた。

 予備パーツを隠していた場所は手つかずで残っていた。

 罠もなにも仕掛けられていないことを確認した私は突然背後から声を掛けられた。

「メイフェリア、無事だったか」

 聞き慣れた。

 それでいて遠く感じていたボロディン兄さんの声に私は迷わずその胸に飛び込んでいた。

「兄さん、どういうこと?どうしてウチの皆は黒騎士隊とあんなに親しげにしてるの?」

 ボロディン兄さんはバツが悪そうに頬を搔いた。

「そりゃ、工房は今も活動休止状態だ。だが、別に社の収入はある。木材加工と供給だな。今やランツァー工房はランツァー製材所ってところだ。なにしろ、皇国軍の本隊ときたら手近な村は襲った挙げ句に、家までバラして渡河作戦だのなんだのって好き放題している。だから、ヤマサキ大尉が木材の切り出しと加工機械の使用許可はくれたんでな、それでウチも皆を食わせる為だし、この酷い冬を家なしで乗り切らなきゃならん人々のために木材を売って急場を凌いでいるのさ」

 私はその言葉に愕然となった。

「ファンダールで木を切り倒して運んでくれるんで、それを俺達が木材加工してアチコチに売り捌いている。誰より親父がホッとしてるよ。今じゃ、黒騎士隊に制圧されて良かったってな。なにしろ、あの日以来、俺達は進行中の戦争には一切関わらないで済んでいる。制圧されていなけりゃ、俺達は中立なのにティアローテの修理ばっかやらされているところだ。そのうち、修理代金だって踏み倒される。しかし、制圧されて手厚く保護されて明日食うメシの心配もせずに、連邦軍が作戦上壊した橋やらなんやらと皇国軍が進軍の為にまたなんかぶっ壊したなにかを修理する為に木材を加工して売ってそれで皆メシが食えている」

 ボロディン兄さんには次代社長として工房の皆の生活を考える使命感があり、それが言葉の端々から滲み出ていた。

「そんなの欺瞞じゃない」

「欺瞞か、大いに結構だね。少なくとも俺達は人から感謝される仕事が出来ていて、村を焼け出された人たちだって大勢保護している。春になればまた元通りの仕事を再開出来る。だけど、兵器を作るのには皆嫌気がさしてきた。せっせと修理しても騎士たちはどうせまたぶっ壊す。そして、俺達は金貰って修理しての繰り返しだ。だからいっそのことランツァー工房は親父の代で終わりにして、俺が後を受け継いだら兵器産業からは一切手を引き、他のものを作る。俺達がなにを作ることになっても従業員たちには人形職人としての技があり、その工業力で世界を相手にひと商売してみようじゃないかという話を皆としている。それもなにもお前が“あんなもの”を作ったせいだ」

 私は放心し絶句していた。

「ヤマサキ大尉からお前の《白雪姫》の話を聞いたときは正直たまげた。そして親父とお前の設計書を確認して愕然としたよ。こんなものが世の中に出回れば間違いなく戦争の形が変わる。ヤマサキ大尉からは“多脚歩行戦車”については皇国軍でも試作段階だし、重火器を搭載したものが出回るまでにあと数年だと言われた。そして、もう一つの兵器についてもだ。トゥルーパーは新時代を迎える。しかし、そんなものを流通させたら世界中あちこちで戦争が起きて俺達と同じ目に遭う人間が増える。お前は優秀すぎた。やがては更なる悲劇を招くだろうと警告されたよ。だから俺と親父は泣きながらお前の設計書を灰にした。俺達の祖先でティアローテを設計したユリアン・ランツァーに顔向けできない。大量殺戮兵器が市場に出回るのに俺達は手を貸せない。それが連邦のためだとしても、皇国のためだとしてもだ」

 私は一言も言い返せなかった。

 ボロディン兄さんの言っている事は正しい。

 PSWが量産化されれば必ず良からぬ事に使う輩が出る。

「でもそれじゃあ、いずれは圧倒的な皇国がエウロペアを席巻することにならない?」

 私の問いかけにボロディン兄さんはゆっくりと首を横に振った。

「ならないな。皇国の戦争目的についてもヤマサキ大尉はわかりやすく説明してくれた。つまり、“この戦争でウェリントン攻略作戦に失敗した皇国は負ける”。はじめからそういう計画なんだ。だから、皇国王家肝煎りの黒騎士隊参戦がやけに遅かった。戦いたいヤツらが先に好きに戦う。実際、東部方面軍のラムダ・エゼルローテ中将らはそうだった。そして、エルドネイユ連邦王の次の新しい連邦王には皇国が庇護していたクレメンタイン・ハルマイト王となる筈だった。俺は若い頃に会っているが、とても聡明で細やかな心遣いの出来る方だった。しかし、昨年末に皇国で女王陛下を守るために亡くなった。それも、あの方らしいと思ったよ。侯爵家の血を受け継ぐのは剣聖アロイス・ハルマイトだ」

「!」

 私は思わず息を呑んだ。

 クレメンタイン・ハルマイト卿と私には面識がない。

 それでも、エルドネイユ連邦王もクレメンタイン卿の帰国を心待ちにしていたことは陛下から聞かされていた。

 常にエウロペア全体の利益と繁栄を考える人で、だから敢えて皇国に留学していた。

 今の自分には連邦に居場所がないと嘆いていたという。

 急進改革的なクレメンタイン卿は連邦内で絶大に期待される反面、敵も多かったし、彼はランツァー工房にも戦争がなくても連邦の繁栄に寄与出来る道がある筈だとエルドネイユ王に説いていた。

 ボロディン兄さんの話にしか出て来ないヤマサキ大尉が皇国の真意を敢えて話したのも、ランツァーの未来を担う次期社長ボロディン・ランツァーも、この私も、エウロペアの未来に資する人材だと考えていたからだった。

 だから、私たちが裏切りの連邦軍に注進されることも覚悟の上で誠意を示したのだろう。

 兄さんは険しい表情を浮かべながら、後を続けた。

「ある意味、お前の策略は上手く出来すぎていた。女を武器にしてアロイスを引き抜く策。それはいずれお前がハルマイト家の嫁になることを意味していた。また、アロイスを毒殺や射殺することは正にハルマイト家を、連邦の未来を事実上潰すのと同じだった。お前の見立ては正しすぎた。だが、アロイスが早晩にも亡くなるというのはない。アロイスはお前の罠を利用してマリオン・ウルフ“中佐”を予後不良にすることだったが、それもお見通しだった。何故ならば、《冥王》ダイモス・グレイヒルが俺達のすぐ手の届く処にいて俺達と共にすべて確認していたからだ。ダイモスの正体も皇国第二王子だという。要するに黒騎士隊とは皇国最精鋭部隊だし、彼等自身が皇国と連邦の要人たちだ。だから、俺達連邦民の恨みを買うまいとして行動し、エルドネイユ連邦王とトルバドール・カロリック少将こと皇国ウィルバー皇太子による停戦条約の締結後は土方雷蔵“大佐”が一時帰国の後に停戦監視団としてハンノーファーに戻って来る。その足場固めとして土方雷蔵の腹心たるサトル・ヤマサキ大尉の黒騎士隊支隊は皇国東部方面軍と連邦騎士団からこのハンノーファーを守っているんだ」

 既に戦後構想まで視野に入れて黒騎士隊は密かに動いていた。

 それでは私が殺していた黒騎士隊とはなんだったのか?

「57機よ」

「えっ?」

「現時点までの私の《白雪姫》ことプリンセススノーホワイトの戦果は」

 ボロディン兄さんはふうと溜息をついた。

「そうか、やはりマリオン・ウルフ中佐の推測も正しかったな。最初の一人の戦死者を出した戦闘を除いて、黒騎士隊正規所属員は一人もお前とは交戦していない。お前には指一本触れるつもりはないとマリオン・ウルフ中佐は告げたよ。その上で皇国東部方面軍主力部隊を叩いてくれてありがとうと告げて欲しいとな。お前の奮戦は無駄じゃない。暇を持て余し、戦果に餓えた東部方面軍は50機以上のファンダールと改修機を喪失した。それは今春のウェリントン攻略作戦に動員される筈だった戦力だ。ラムダ・エゼルローテ中将は焦っているという。新型機一機を叩くために一個大隊の戦力を喪失した。その一方で黒騎士隊は連邦遊撃騎士団の野営地を5つ全て発見したという。だが、その事実は秘されているどころか、マリオン中佐はマリーベル・ロイハンター少佐と先日密約を結んだ。3月10日からウェリントン攻略作戦は開始される。ラムダ・エゼルローテ中将は一個大隊もの戦力を本作戦前に喪失して既に失脚寸前だ。当然の如く、ウェリントン攻略を焦る。その時に生じた隙をみてお前の助言通りにマリーベルたちが強襲奇襲作戦を仕掛ける」

 マリーベルは私の言葉を聞き入れていた。

 そして、私の戦いは決して無駄ではなかった。

 黒き森の戦いは戦局を少しずつ変えていた?

「兄さんはどうして其処まで詳しく作戦内容を知っているの?」

 ボロディン兄さんはフッと小さく笑い、工房の跡地が見える場所まで私を連れて行った。

 そこで目にしたものに私は思わず「あっ」と声をあげた。

 私の視線の先には以前よりも立派な工房の姿があった。

「嘘をついていてすまないが、アレを見ろフェルメイア。名目的には黒騎士隊支隊隊士の仮設宿舎だ。だが、その数と位置とをよく見てみろ。ランツァー工房は制圧されている?いいや違う。既に工房は再稼働していて遊撃騎士団に回すティアローテ、ランツァーティアローテは稼働数を完全回復しつつあるんだ。その上で製材所として戦火に焼け出された人々に宿舎と称して家となる場所に加え、職と食とを提供している。それもすべては、お前が戦争屋たちの視線を黒き森に逸らしてくれたおかげだよ、フェルメイア。これでマリーベルにも生き残る目が出てきた」

 ボロディン兄さんは私に向き直った。

「隠していてすまない。俺とマリーベルは将来を約束した仲だ。戦争が終わったら俺達は一緒になるし、マリーベルは除隊してランツァーを俺と共に完全再建させる。そして、さっき話した通りだ。兵器産業を捨てて、俺達は皇国からの賠償金でオルデアインや連邦の復興支援を行い、産業機械製作所に生まれ変わる。インカロアで作られているロクでもないものにかわって綿花農業を大規模に行い、俺達の紡績機械が作り出す商品として世界各地に売り捌き、一大輸出産業として連邦を再興させる。やがては俺達の作る機械が世界各地で使われるようになる。それが俺達の構想であり、俺達の未来だ。誰にも邪魔はさせんよ」

 正に夢のような話だったが、誰かが其処までの青写真を描いていた。

 黒騎士隊支隊長のサトル・ヤマサキ大尉に命令可能で遠大な構想力を持った人物。

 そんな男は土方雷蔵以外にはいない。

 最初に土方雷蔵が籠絡したのは私ではなく、父と兄だった。

 そして、制圧と称してランツァー工房を手中にし、ラムダ・エゼルローテ中将ら積極交戦派たちに泡を食わせる準備を着々と整えた。

 それもエウロペアの未来のためにだ。

 私は既にしていたのだ。

 軽い脱力感と共に私は苦笑していた。

 ケーキ作戦でマリオンたちを毒殺しようと謀った私は、逆にまんまと一杯食わされていた。

 理想と未来という人のまごころを蕩けさせる猛毒をだ。

 それでも悪い気はしなかった。

 世界最強のモノノフに挑んだ無知で感情的な小娘の末路だ。

 “戦わずして勝つ”というのがモノノフたちの奥義なのだと痛感していた。

 ボロディン兄さんは最後に私を見た。

「俺達からの餞別がわりに補給物資を持ち帰れ、そしてお前は絶対にPSWを奪われるな。作った人間のケジメ、職人の矜持としてやり遂げたなら必ずその手で破壊しろ。作ったこと、使ったことの経験と技量はお前が死なない限り無駄にはならない。そして、誰のものにもならないというお前自身の誓いを貫け。そして自分のケジメをつけて来い」

 ボロディン兄さんに別れを告げ、言われるまでもなく私は補給物資を納めた箱を確認した。

(これは・・・)

 最初に目に止まったのはPSWの専用操縦スーツだった。

 プリンセススノーホワイトらしく純白色で春仕様。

 だが複雑な操作系を行うためにピッタリと体型に合うもので表面がラバー加工されていた。

 多分、娘への餞別としてユベール父さんが作ったのだ。

(つまりは決戦の晴れ舞台には白雪姫らしくこれを着て戦えというのね)

 次に目に止まったのは片方だけの白い手袋だった。

 職人たちの使うものじゃない。

 皇国軍人のそれだ。

 マリオン・ウルフ中佐、いや土方雷蔵からの挑戦状だ。

 ハンノーファーに居ないマリオン本人のものでないことは確かだが、決闘の話については私と彼、そして居合わせた工房の皆しか知らない。

(決闘の誓いは有効。もともと私から売った喧嘩だ。それもまたいいんじゃない)

 そしておそらくはサトル・ヤマサキ大尉の作戦詳細予定表と大まかな戦場配置図。

 天候や予定の繰り上げもあるだろうからこの通りとはならないかも知れないが、其処で自分の敵と戦えという意味だろう。

 カルローゼ・フェラリオ連邦軍統括に持ち込めば報酬は貰えるだろうが、報酬の数百倍は尋問され、PSWも取り上げられる。

 エルドネイユ国王はマリーベルらを通じて先刻承知していて持ち込む意味もない。

 肝心な部分だけ残して他は焼いた。

 あとは不足していた消耗パーツだった。

 補充用のダガーナイフに加え、自爆用の爆薬の予備まである。

 補給物資を抱え、黒き森の野営地に戻る道すがら、ずっと考えていたことは、私の知る他の皆にはこの先の未来があった。

 戦うに足る理由と倒すべき敵がいた。

 倒した敵の死に報いるため、それぞれが選び取った未来への覚悟と責任とがあった。

 意地悪な運命はすべて思い通りになどさせないだろう。

 だが、私にはなにもない。

 誰のものにもならないという誓い、マリオンとの決闘の他には、私の未来は白紙だった。

 ユベール父さん、ボロディン兄さん、マリーベル・・・。

 大切な家族たちは自分で自分の身は守り抜き、ケジメをつけ、運命と対峙する覚悟はしていた。

 土方雷蔵との決闘は他のすべてが終わったあとだ。

「一度くらいはマリーベルをお義姉ちゃんって呼んでみたかったな」

 言葉にしてみたら、なんだかとても切なくて一筋の涙が零れた。

 だから、私のすることは決まっている。

 マリーベルに本懐を遂げさせる。

 連邦十字勲章をその胸に輝かせ、昇進の後は除隊してボロディン兄さんの可愛いお嫁さんになる。

 一歩前に進んでいるマリオン・ウルフ中佐よりも先に、マリーベルを大佐にしてみせる。

 その支援をPSWでしてみせよう。

 まだ見ぬ甥か姪のために、マリーベルも誰の手にも触れさせない。

「それにしてもハルマイトか・・・父さんや兄さんたちが黒騎士隊に協力する筈だわ」

 ランツァー工房にはハルマイト家の血が入っている。

 曾祖母がハルマイトから輿入れしていた。

 父さんの祖母はハルマイトの人だったし、騎士家たるハルマイトの血が私や父さん、ボロディン兄さんに流れている。

 そう言えば音信不通のクレメンタイン卿のことも、父さんはとても案じていた。

 だから・・・と考えて、アロイス・エルメロイと私の関係を改めて思い直した。

(私たちは遠縁だけど、親戚だったんだ。私たちが産まれるよりもずっと前から)

 他人に思えなくて当たり前だ。

 アロイスはケーキを食べていないと兄さんは言った。

 だとしたら、あのとき私たちはお互いにまったく同じ人を憎み、まったく同じ事を考えていた。

 お互いの事などは愛憎の対象ですらなく、利用出来るかそうでないかを計算していた。

 マリオン・ウルフを憎み殺そうとし、お互いのことを隙あらば亡き者にしようとしていた。

 そして、お互いにエウロペアの至宝と呼ばれていた。

 私たちの縁は思っていたよりもずっと深く繋がっていた。

 アロイスは今なにを考えているのだろう?

 知りたかった秘密を明かされ、父親と共に未来を喪失してこの先が白紙なのは私だけでなかった。

 アロイスもまた真っ白な未来地図と不毛な戦いを前にして、自分がその先なにをすべきか迷っている筈だ。

 剣聖たる《氷の貴公子》としてその先どう生きていくか?

 私もまた道を踏み外した天才ドールマイスターとしてその先どう生きていくか、とても迷っている。

 エウロペアの至宝というのが、私怨と私欲に道を外れた外道たちには重すぎた。

 自分の事は自業自得だと割り切れる。

 だけど、同じ血を分けたアロイス・エルメロイの事は割り切ろうとしても割り切れずに、重いわだかまりとして胸の奥にひりついていた。


 マリオン・ウルフはいよいよ決戦の刻が迫っていると実感した。

 フェルメイア、PSWとの決戦ではない。

 ラムダ・エゼルローテ中将と東征部隊中央司令部との決戦だ。

 作戦概要が定まり本拠地アイラーズに無線連絡を入れる。

「よぉ、副隊長。いよいよ俺達の戦いの時来たれりだなぁ」

 タイラー・カルメンタス技術大尉の言葉にマリオンは口許に強ばった緊張を浮かべる。

「カルメンタス、《雷》、《菊》、《疾風》、《明王》、《貫》(つらぬき)に関してはどうなった?」

 タイラーは乾いた笑い声をあげた。

 初代技術部長である兼光四郎次郎のハポネス帰国以来、その愛弟子である二代目技術部長のタイラー・カルメンタスが黒騎士隊の技術部を質を落とすことなく継承してきた。

 タイラー・カルメンタスもドールマイスターだが、その変人ぶりは隊内で知れ渡っていて技術バカと揶揄されている。

 獅子丸の音響兵器もタイラーが取り付けた。

 現状でファンダール改カネミツ型のすべてを任されている。

「親父と副隊長の注文通りに完璧に仕上げてある。《雷光剣》もだよ。細工は隆々ご覧じ候で合ってたか?ま、そんなところだ。そして、ブラックスワンの発艦日程に変更はないのだな?シンパールのヤツがそっちをやきもきしてやがる。なにしろ春を待っていたのはお前さん方と同様だと来ている。いよいよブラックスワンを飛ばせるってな」

 シンパール・ナーランド提督兼艦長の黒騎士隊旗艦ブラックスワンと支援艦バーゼル、グローリィから成るアイラーズ要塞飛空戦艦隊。

 最初の命令だったランツァー工房制圧作戦の前段階だったドルタニア制圧以来、季節柄飛ばせずアイラーズ要塞で待機命令が出ていた。

 さすがにシンパールも雪中行軍支援には辟易するだろうから、アイラーズで年越しして鋭気を養ってくれてさえいればいい。

「守備隊長に回して鬱屈していただろう《貫》とサンローも寄越してくれ。カルメンタスも戦場でカネミツ型がどう働くか興味あるだろうし、今後の参考にもなろう。ブラックスワンで発ってくれ」

 お調子者のカルメンタス技術大尉も自分まで最前線に来いというのには絶句した。

「おいおい、アイラーズ要塞はそれじゃほとんど無防備になるぞ」

 マリオンは笑わなかった。

 仮にオルデアインの北海艦隊にアイラーズが急襲され、陥落しても一向に構わないし、そうはならないことを知っていた。

 その意味でラムダはトルバドール・カロリック少将と腹心リカルド・ヒュッケラン大尉を甘く見ている。

「構わんさ。一機でも戦力は多いに越したことはない。削られているとはいえ、ラムダ・エゼルローテの本隊は重厚だろう。遊撃騎士団の突撃でブチ抜けるかは未知数だ。俺達の配置は本陣の左翼となった。イブキヤマの決戦にあった手弁当作戦で遊撃騎士団を釘付けにする」

 実際はその真逆で“釘付けにする”のでなく、“素通しにする”のだ。

 中央司令部による無線の盗聴を警戒しているので肝心要の処はそうと言わない。

 強行突破されたと称して遊撃騎士団のランツァーティアローテたちに道を作る。

 それもラムザ自身に墓穴を掘らせる。

 ハポネスでイドモノノフ政権を成立させたイブキヤマの決戦の再現。

 “手弁当作戦”とは敵に内応している部隊が戦場の重要地点にありながら“昼食”と称して傍観していた故事をいい、マリーベルたちの側面支援のため突撃地点を開放するために黒騎士隊は遊撃騎士団と交戦している体を装う。

 エウロペア軍人たちはハポネスであった重要作戦を幾つかしか知らない。

 オケハザマオペレーションはエウロペアでも有名だが、戦力的にも戦場配置でも優勢だった西軍が惨敗したイブキヤマ決戦の分析は進んでいない。

 ハポネス戦史研究家でもあった土方敬介とその息子たちを除いてはだ。

 タイラー・カルメンタスはクククと笑った。

「また、ライゾーは大胆な作戦をチョイスするな。しかし、面白いよ、実に面白い。零改をあの色に塗装し直したのも実に面白いと思った。アロイスも気に入るだろうて」

 確かに。

 やっとマリオンは笑った。

「まっ、本当の勝負というのは下駄を履くまでわからないというのが親父の口癖でアロイスも目を輝かせていた。圧倒的優勢だから勝つ?そんな予定調和で面白くないものに人間は夢中になどなったりはしないさ。なにが起きるか分からないから面白い」

 決戦場においては誰が味方で誰が敵かは本当は分からない。

 皇国旗を付けた部隊が必ずしも皇国軍の為に戦わない。

 もともとラムダ・エゼルローテ中将は皇国の国益の為に戦っているわけでなく、自分の栄誉栄達の為に戦っているのだ。

 女皇陛下の真意を委ねられたイシュタール・タリエル准将の率いる皇国黒騎士隊が連邦のために戦ってなにが悪い。

 騎士はオーダー(主命)がすべてだ。

 つまり、主命がそうと命じるなら、同胞達を見殺しにする。

 あるいは・・・。

 参戦以来ずっと東征中央司令部の命令に従順だった黒騎士隊が土壇場で裏切る。

 カルメンタスとの通信終了後にマリオンは東征軍中央司令部に暗号無線連絡を命じた。

「内容はこうだ。連邦遊撃騎士団の野営地は5つ。その座標情報を暗号化して送れ。ギリギリまで報告を遅らせたのは飛空戦艦隊による精密絨毯爆撃可能な時期まで決して悟られることなく、慎重に観測を続けるためだった。タイミングとしては今しかない。ティアローテ、ランツァーティアローテは正確な数は把握していない。偽装ネットで隠しているのでこちらでも実数までは把握出来なかった。あくまで隠密偵察に留めたのは、迂闊に交戦すれば位置を変えられてしまい、また探さなければならなくなる。そして、我々はマークヴァル宿営地を放棄せず、そのままトゥルーパーを除く武器弾薬は残す。ウェリントン包囲部隊で活用して欲しい。3月10日の攻略作戦開始日までに我々は全隊全軍をマクデルバーグの東征作戦中央司令部左翼に部隊を展開する。以上だ」


 《軍神》ラムダ・エゼルローテ中将は舌を巻いた。

 マリオン・ウルフ中佐こと土方雷蔵は麾下に是非とも欲しかった。

 ラムダは土方敬介の渡航以来、ずっと友誼を結んできた。

 モノノフというのは噂に聞くのと実際の彼等と話すのでは印象が全く違っていた。

 イド政府への忠節を貫きミカドの新政府軍と戦い続けたことには様々な意図と思惑が隠されていた。

 新政府軍の中核となる西方諸侯に対する不審はイド政府支持派だったミカドの父である先帝が暗殺されたことだ。

 公には「病死」とされたが、イド将軍が政権をミカドに返上した直後であるとタイミングとしては明らかに不審だった。

 あとを受けた幼帝だって馬鹿じゃない。

 自分の父親が政治的謀略で殺害されたのだ。

 自分の身だって新政府の意向に逆らう真似をすれば必ず危うくなる。

 だからこそ、土方敬介は意地ではなく幼帝への忠節から敢えて賊軍として戦い続けた。

 やがて幼帝の勅使が停戦と土方敬介たちへの恩赦を約束して「ペンタゴナの戦い」は終息した。

 そうしてミカドのハポネス帝国軍内に二派が生じた。

 つまりは新政府軍たる西方諸侯軍とイド政府軍の生き残り達。

 もともとミカドに恭順したイド将軍に最後まで忠誠を通し、今度は立派に成人したミカドに忠誠を誓う。

 矛盾などない。

 主のために力を尽くすのがモノノフなのだ。

 筋金入りの頑固で融通の利かない真のモノノフたちは新政府での地位を巡り対立する西方諸侯幹部の連中をよそ目に、洋装して帝国軍人となっていた。

 「ペンタゴナの戦い」の完全終息から時をおかず、皇国への親善軍事使節団として土方敬介らを皇国に送り込んだのはミカドの配慮だ。

 ハポネスに置いておけば軍閥闘争や暗殺事件で狙われかねない。

 ミカドは自身でなく、古くからのミカドの重臣貴族たちに接近してイド政府打倒を目指した西方諸侯たちを信頼してなどいない。

 彼等はその必要が生じたならミカドの首をすげ替えるような連中であり、手懐けておく必要はあるが心を許せはしない。

 案の定、新政府の発足から20数年にして、セナーリアとの戦争などという難題を持ち出した。

 ミカドは温存しておいた土方敬介という切り札を呼び返した。

 皇国からの帰参には日数がかかる。

 だが、帰国途中で経由するセナーリアのハンカンで土方敬介大佐は山崎徹少佐と下船し、現地の領事館でミカドの親書を受け取った。

 そのまま大皇帝の宮城ホッケイに向かうため陸路を進んだ。

 ハポネスのミカドはセナーリア大皇帝とは友好関係を続けている。

 だから、戦争阻止のために西方事情に精通した土方敬介大佐を呼び返し、戦が大きく広がらない段階でミカドの勅使としてセナーリアに派遣したのだ。

 ラムダ・エゼルローテは土方敬介に心酔していた。

 だが、違ったのは戦争回避する土方敬介の逆をやった。

 戦争の英雄としてパルムドールに凱旋して絶対的な軍の重鎮として王権を脅かす。

 つまり、土方敬介の話にあった西方諸侯たちと同じ事を考えたのだ。

 国王の首のすげ替えが可能な武力を背景とした軍閥の長となる。

 だから、カルローゼ・フェラリオ連邦軍統括ともギュンター・アッテンボロー貴族院議長とも手を結んだ。

 思惑は異なるが戦争を敵味方でコントロールして戦果を作り出す。

 しかし、妙な邪魔が入った。

 連邦新型トゥルーパーの存在。

 ラムダのライバルであるトルバドール・カロリック少将でさえ、桁違いの性能持つ新型機開発計画に予算を投じてきた。

 連邦でもハポネス、セナーリアといった東方諸国との技術交換で戦場の様相を一変させる新型機を独自開発していたとて不思議ではない。

 少将肝煎りだというのになかなか投入しない黒騎士隊。

 彼等に汚れ仕事をさせ、イシュタール・タリエルには准将のままで居て貰う。

 それでもマリオン・ウルフの手腕は讃えねばならず、中佐に昇進させたのだ。

 その恩に報いようとしてか、手柄をこちらに譲ってきた。

 苦労して発見した連邦遊撃騎士団の野営地を航空戦力で殲滅させる。

「なかなか物事のわかった可愛いヤツじゃないか。イシュタールの頭越しに儂に戦果を譲ってくるとは」

 ウェリントン攻略作戦成功の暁にはマリオン・ウルフだけでも昇進させてやろう。

 隊長や部下を差し置いて自分だけ昇進を重ねればマリオンも黒騎士隊に居づらくなる。

 救いの手を差し伸べるのはそれから後だ。

「よしっ、ウルフ中佐の暗号座標地点を飛空戦艦部隊で急襲するよう手配せよ。本戦前に空から焼かれる連邦の鳥モドキは羽ばたく前に潰してしまうぞ」

 新型機討伐に一個大隊を喪失したのはそれで帳消しになる。


 マリーベル・ロイハンター少佐はマリオンとの密約時にある提案をされていた。

 物資を全て置き捨てにしてハンノーファーに連邦遊撃騎士団を移動させる。

 その際に、メンテナンサーや一般兵士は同行させず、それぞれに散らせる。

 ティアローテ、ランツァーティアローテといったトゥルーパーだけならば行軍も早い。

 ランツァー到着早々にマリーベルはマリオンの真意を知った。

「いつの間に、ウチの飛空戦艦隊がハンノーファーに集結していたんだ」

 マリーベルを迎えたサトル・ヤマサキ大尉から握手を求められ、マリーベルは確認した。

「あー、ウチの副隊長はそういう人です。手ぶら同然で来る貴方がただって不安だったでしょう。まっ、ランツァー工房ならぬ“ランツァー仮設基地”には空港も寝床も食事もメンテナンサーだって揃っている」

 冬期に森を切り拓いたのはその跡地を春先にならして仮設空港とするためだった。

 これで連邦遊撃騎士団の反撃体制は完全に整った。

 更に仮設空港には見慣れない形の飛空戦艦も停泊していた。

「あれは?」

「ウチの旗艦ブラックスワンです。そして、貴方がたの作戦支援に二人回します。名前は知っていると思いますよ。つい先日、マークヴァルからこちらに来たばかりですが」

 サトル・ヤマサキ大尉の屈託ない笑顔の裏には只者ではないなにかが隠れていた。

 マリーベルはマリオンといい、ヤマサキといい、底知れぬ恐ろしさを感じた。

 部下達はそのまま仮設宿舎という名目のランツァー工房に案内され、マリーベルはブラックスワンに案内された。

「ボロディンっ」

「マリーベルっ」

 駆け寄って抱き合う二人からサトル・ヤマサキは距離を取って再会を喜び合う恋人たちを遠巻きにした。

 再会の抱擁とキスを見届けるとヤマサキは軽く咳払いして切り出した。

「ウチの新型機をボロディン次期社長にもご覧頂いていました。《菊》と《疾風》です」

 その搭乗者となる騎士たちも揃ってその場に居た。

 童顔で少年のような愛らしさを持った騎士が、

「アロイス・エルメロイ中尉です。ハルマイト家の生き残りですね」

 これが剣聖といわれる《氷の貴公子》かとマリーベルは差し出された握手の手を差し出すことさえ忘れた。

 ハルマイト家の生き残り?

 同じく柔和で良家のお坊ちゃんといった印象の人物が自己紹介した。

「ラトルバ・ヘイロー中尉です。でも、それじゃ貴方は聞いたこともない筈です。ですが、《冥王》ダイモス・グレイヒル少佐なら如何です?」

 マリーベル・ロイハンター少佐は硬直していた。

「この二人を貴方がたへの与力として貸し出すとウチの副隊長が申しましてね。そのついでですが、この剣聖たちの愛機を見て頂きましょうか」

 ヤマサキは目線でアロイスとダイモスを促した。

「スゲェぞ、皇国はこんなものを開発してたのかよと驚いた。技術屋としては猛烈に悔しい限りだ。しかし、ティアローテならいずれは」

 マリーベルが促された先にあったのはトゥルーパーではなかった。

 いや、トゥルーパーには見えなかった。

「これって・・・」

 絶句したマリーベルにボロディンが説明した。

「ハポネス帝国軍正式採用機たる《零式》の先行試作機の《菊》だ。塗装も国籍マーキングもハポネス仕様だというぜ、こんなものが飛んでいても皇国軍機だとは誰も思わない。それで早速だが親父とコイツを作成している」

 社長のユベールも職人たちと作業しているのにマリーベルはようやく気づいた。

 巨大な三角型のなにか。

「菊の馬力に合わせて5機は牽引出来るな。これでティアローテの航続飛行距離を稼ぎ出せる」

 そういうことだったかとマリーベルは納得した。

 飛空戦艦から投下されグライダー飛行するティアローテは菊の引っ張る巨大な三角型の牽引装置で東征作戦中央司令部のあるマクデルバーグを空から強襲出来る。

 ボロディンは続いて《疾風》を案内した。

 疾風も同様に完全飛行タイプの新型機であり、塗装と識別マークは連邦軍だった。

「一度に10機のティアローテを飛空戦艦から離れたマルデルバーグ周辺の砲台陣地に強襲させてウェリントンへの砲撃を止める。作戦の初期段階はそうなるとさ」

 マリーベル・ロイハンター少佐はそれなら容易く砲台陣地を潰せると確信した。

「そして作戦の第二段階は本陣左翼に展開中の黒騎士隊の突破ですが、我々が偽戦します。まぁ、ティアローテで戦っているフリぐらいは中佐たちと我々にも出来る。つまり、黒騎士隊支隊各員はこの冬を利用してティアローテの慣熟を行っていました。貴方がたにお届けする道すがらもね」

 サトル・ヤマサキは笑顔を浮かべてはいたがマリーベルは微笑み返す気にもなれなかった。

「最後の段階はウチの狸親父の迫真の演技でしょう。私はもともと諜報部大尉ですので、無益な戦など起こさせないことが私の本来の仕事だと理解しています。マリオン・ウルフ中佐の副官がファウスト・シトレなら、さしずめ私は影ですね。もともと私の父である山崎徹も監察役として土方敬介大佐の部下でしたから。今は大佐の副官としてセナーリアでの困難な交渉に同行している筈です」

 山崎徹少佐も土方敬介大佐同様に妻子を連れてハポネスに帰国しており、帰国命令時に少佐に昇進した。

 そして、サトル・ヤマサキ大尉は皇国軍人ではなく、皇国軍に潜入中のハポネス帝国軍籍の密偵だ。

 だが、ハポネスと皇国とが戦う事態にならない限り、サトル・ヤマサキは皇国軍人の仮面を被り続ける。

「しかし、最新鋭機密兵器をどうして連邦軍少佐の私に見せるの?」

 マリーベルの問いかけにサトル・ヤマサキは「おやっ?」という顔をしてみせた。

「マルデルバーグの戦いを最後に寿除隊すると伺っていましたが違いましたか?それに《菊》や《疾風》などすぐに旧式機になる。幾つか問題点を抱えていますし、改良されて新型機となれば軍事機密でもなんでもなくなります。ウェリントン攻略作戦の失敗後、停戦協定調印があり、皇国とオルデアイン、連邦はいずれ和します。そして、ウチの副隊長が停戦監視団としてハンノーファー駐在武官となりますよ。皇国の技術力を知れば誰が何処に戦いを挑むというのでしょう?向こう30年くらいは小競り合いがせいぜいでしょうね。そのためにも貴方にはなんとしても勝って頂きますよ。本当なら“多国籍軍”たる我々、黒騎士隊に入って頂きたいが、それではボロディンさんが気の毒です」

 サトル・ヤマサキの言葉にマリーベルはようやく表情を崩して笑顔になった。

「利用出来るものはなんでも利用して勝って来いというのね。いいわ、わかった。もう私も戦争なんてウンザリよ。ボロディンとランツァーを変えてみせる。そして、ハンノーファーはエウロペアの平和の象徴となるのね。仮設空港がそのまま正式に空港になり、滑走路に量産化された《疾風》が並ぶことになる」

 「マクデルバーグの戦い」で皇国東部方面軍は圧倒的な大敗を喫する。

 そんなものを見せつけられたなら、どんなに好戦的な軍人でも二の足を踏むだろう。

 そのためにはラムダ・エゼルローテ中将を捕虜にしてしまう。

 あるいは・・・。


 3月5日 10:17


「ふん、情報通りというのが気に喰わんが、まあ戦果を拾って来いというならそうさせて貰うだけだ」

 ハイマン・ブロウリー中佐は飛空戦艦バリアントの艦橋から遊撃騎士団野営地だと指摘された地点を上空偵察した。

「観測班より連絡。人影らしきものを発見とのこと」

 ハイマン・ブロウリーはニヤっと笑った。

「では旋回の後に絨毯爆撃開始。ティアローテじゃ駆け上がれない高さからだ」

 一方地上ではお宝を前にしてはしゃぐ夜盗たちがいた。

「メシもある、寝床もある、なんでこんな勿体ないことをするかねぇ軍人さんたちは」

 村を焼け出された連邦民たちはその一部が夜盗化していた。

 食いはぐれた彼等はまだ襲われていない村を襲っては食い繋いでいた。

 戦争というものはこうした犯罪者をも産む。

 生き残ることが正義とは、こうした弱き者が更に弱き者から掠め取ることをも意味している。

 同じ夜盗らしい連中と遭遇した彼等は地図を貰った。

 どうやら皇国軍の斥候部隊が落としたものらしい。

 連邦軍が遺棄した野営地の位置を記した地図であり、彼等は別の遺棄された野営地を寝床にしていると語っていた。

 夜盗たちはその話に半信半疑だったが、実際に行ってみると遺棄された連邦軍の野営地があり、食糧や燃料がそのまま残っていた。

 どうやら皇国軍に発見されて慌てて逃げ出したのだ。

 だが、彼等は一つだけ勘違いしていた。

 彼等も逃げるべきだったのだ。

 突然、空から降り注いだ爆弾により夜盗たちの体は一瞬で消し炭と化していた。

 夜盗のなりをして地図を渡したのはサトル・ヤマサキとその部下たちだったがそんな事実を知る者は最早いなかった。


 3月5日 16:26


「5箇所全て爆撃完了です、中将閣下」

 無線通信によるハイマン中佐の報告にラムダは満足そうに微笑んだ。

「ご苦労。報告通り野営地はあったのだな?」

「はっ、人影を確認しティアローテの届かぬ高さからの精密爆撃です。地上での爆発も観測しました」

 マリオン・ウルフの報告は正しかった。

 野営地に爆弾や弾薬があったから誘爆したのだ。

 これで一つ杞憂が消えたなとラムザはほくそ笑んでいた。

 無論、ランツァー仮設基地で5つの野営地に散っていた連邦遊撃騎士団は集結し、サトル・ヤマサキ大尉らと共に作戦を確認していた。


 3月10日


 冬の訪れも早かったが春の訪れもまた早かった。

 東征部隊中央司令部のあるマクデルバーグ周辺の雪解けは早く、司令部周辺は雪解け水でぬかるんでいた。

 まずは臼砲によるウェリントンへの威嚇攻撃を行う。

 その後、トゥルーパー包囲部隊による城壁突入作戦の実施という流れだ。

 作戦決行予定日の2日前にはマークヴァル宿営地から参陣し、黒騎士隊たちは左翼方面に展開していた。

 双眼鏡でその様子を確認したラムダ・エゼルローテ中将はそれに満足していた。

「やはり、マリオン・ウルフは大佐に昇進させてやらねばな」

 結局3月10日の戦いは皇国軍の一方的な展開となった。

 包囲軍ファンダール隊による攻撃では南方領騎士団を防衛特化させたウェリントンはビクともしなかった。

 翌日からは精密砲撃と城壁に対しての臼砲攻撃により心理的に打撃を与えていく。

 喉元のポーツダルムに包囲部隊が展開しているのだ。

 其処からの大砲斉射によりウェリントンはボロボロになっていくだろう。

 一方、マリオン・ウルフ中佐は天候情報に目を通して渋い表情を浮かべていた。

(明日は雨になるな)

 雨で視界不良となると航空戦力に悪影響が出る。

 しかもマクデルバーグのぬかるみが酷くなり、奇襲強襲部隊の足も止まってしまう。

 イシュタール・タリエルに翌日の天候を伝えた上でここは中将に進言すべきだろうと打ち合わせる。

「雨だと精密砲撃も難しくなりますね」

 ファウストの進言にそれだなとマリオンは意を決した。

「ここは信用を利用して明日の砲撃作戦は中止するよう進言してくる。雨だと照準もブレるし、火薬も湿る。航空戦力も運用が厳しい。明日の攻撃は見合わせ、天候回復後の12日早朝からの攻撃再開にしようとな」

 マリオンが中央司令部に赴くと、ラムダ・エゼルローテの方でも天候観測班の報告を受けているところだった。

 マリオン・ウルフはラムダ・エゼルローテの前に進み出た。

「明日の砲撃作戦の中止を進言いたします。予報は雨で視界悪く、火薬も湿り、飛空戦艦の運用も難しいかと」

 マリオン・ウルフの進言にラムダ・エゼルローテは我が意を得たりとばかりに賛成した。

 他の参謀達の中にも目立った反対意見はなかった。

 11日の攻撃中止命令が全軍に通達された。

 中央司令部から黒騎士隊野営地に戻ったマリオンはニヤっと笑っていた。

「副隊長がそんな笑い方をするのは珍しいですね」

 ファウスト・シトレ大尉はマリオンに最新の天候予測情報を手渡す。

(やはりな)

「マリーベル・ロイハンター少佐に連絡だ。明日は雨でウェリントン攻撃が中止と決まった。地上強襲部隊は翌日の雨天と翌々日12日早朝の霧を利用して全隊をマクデルバーグに接近させておけとな。こちらの攻撃決行は天候の回復する13日早朝からだ」

(武運というものがあるというのは父上から聞いていた。だが、その武運がこうした形でマリーベル・ロイハンター少佐に味方するとはな。やはり彼女が除隊するというのは惜しい)

 10日夜半から降り出した雨は11日の終日降り続いた。

 雨はマリーベルら連邦遊撃騎士団地上部隊の行軍を困難にしたが、同時にその雨がトゥルーパー行軍の音をかき消した。

 更に12日早朝から昼過ぎにかけてはマリオンの読み通り、マルデルバーグ周辺に濃霧が発生し、ウェリントン砲撃作戦の決行は中止となった。

 12日の昼過ぎ以降は天候が急速に回復したが、午後からの攻撃開始では日没までに大した戦果を挙げられないとこれも見合わされた。

 晴天が見込まれる13日早朝から皇国軍の本格的な攻撃が再開される。

 だが、連邦遊撃騎士団地上部隊はマクデルバーグの喉元まで接近を完了していた。

 同様に黒き森野営地からの迂回経路でメイフェリアのPSWもマリーベル・ロイハンター少佐、サトル・ヤマサキ大尉らの地上部隊と合流していた。

 13日未明にハンノーファーから連邦遊撃騎士団飛空戦艦部隊が進発した。

 こうしてマクデルバーグの強襲奇襲攻撃作戦開始の準備はすべて整った。


 3月13日 6:10


 午前7時から開始されるウェリントン砲撃作戦開始の準備が進められていた。

 マクデルバーグ周辺の各砲台陣地では11日の雨天による各砲、砲弾の点検作業が着々と進められていた。

 前日午後からの天候回復により各砲台陣地で行われていたのは最終的なチェック作業だった。

 “それ”に最初に気づいたのは双眼鏡を手にした観測兵たちだった。

 マルデルバーグの西側上空から飛行物体が接近していた。

「なんだありゃ、飛空戦艦の接近速度より遙かに速いぞ」

 観測兵たちは中央司令部に急報した。

 だが時既に遅かった。


「ティアローテ各機に告げる。砲台陣地に降下した後、すみやかに破壊せよ。破壊後はファンダール隊との交戦を避けつつ、黒騎士隊展開中の左翼陣地に向かえ」

 連邦軍の短距離無線通信でダイモス・グレイヒル少佐が、牽引するティアローテ隊に最後の指示を出す。

 早朝とはいえ視界は良好であり、上空からウェリントンに向けられた砲台陣地は丸見えだった。

 ティアローテ各機は《疾風》の牽引ワイヤーを切断して次々に降下していく。

 砲台陣地の配置はマリオンが事前入手した通りで、それぞれ役割分担されていた。

 牽引していた5機すべてを降下させた後、疾風は180℃ターンして飛空戦艦隊の待つ空域へと離脱した。

(アロイス、お前も上手くやれよ)


 同様にアロイス・エルメロイ中尉の《菊》も牽引した5機のティアローテを低空からマクデルバーグ上空に高速接近させていた。

 こちらの狙いは中央司令部施設そのものだ。

 5機が一斉にワイヤーを切って降下する。

 降下後は小隊行動して中央司令部施設を破壊しつつ、左翼から突入攻撃する地上部隊の橋頭堡を確保するのだ。

「頑張ってね、連邦のみんな」

 アロイス・エルメロイには迷いも躊躇もなかった。

 ダイモスと違いアロイスは連邦人として連邦軍に味方しているのだ。


 ラムダ・エゼルローテ中将は混乱する中央司令部内で呆然としていた。

 砲撃開始より一時間近く早く上空からティアローテの奇襲を許し、5つの砲台陣地からの連絡が途絶えた。

 更に中央司令部敷地内にティアローテ隊が出現して兵士宿舎などが破壊蹂躙されているという。

 迎撃対応が遅れれば被害は際限なく拡大して此処も危ない。

(これだけか?本当にこれだけで終わるのか?)

 《軍神》ラムダは攻撃がこれだけならファンダールの本陣守備隊を向かわせれば振り払えるのだがと考えた。

「中将、本陣左翼展開中の黒騎士隊イシュタール・タリエル准将からです。左翼より大部隊出現。現在、各機応戦中」

 やはり違っていた。

「各個に応戦し本陣に近づけさせるな。こちらでも空からの奇襲により被害発生中。増援戦力は回せない。状況の変化あれば連絡せよ」

(連邦遊撃騎士団は何処に隠れていていつの間に接近していたのだ)

 ラムダは目まぐるしく頭を回転させて11日の雨と12日の濃霧だと判断した。

 斥候兵たちもそれでは発見が困難になる。

(地上部隊の接近と左翼突入はそれか。しかし、航空戦力は?グライダー飛行なら飛空戦艦が先に視認されている)

 脳裏に浮かんだ「新型機」という単語にラムダは戦慄した。

 もともとティアローテは滑空飛行型だ。

 推進力を搭載すれば新型航空戦力となる。

 ランツァー工房を黒騎士隊に制圧させて油断していた。

 他に秘密工房を隠して冬の間に新型機を製作していたなら。

 ハイマン・ブローリー中佐らの皇国軍飛空戦艦隊はウェリントン東側に位置している。

 彼等を呼び返して・・・。

 いや、新型機やティアローテに取り付かれたなら皇国軍の飛行戦艦戦力も危ない。

 艦側面に速射砲などは備えていたが上を取られたらお手上げだ。

 この日の攻撃の総仕上げは昼過ぎに実施されるウェリントン東側から進発した飛空戦艦による高高度絨毯爆撃とファンダール降下部隊によるウェリントン城壁内への降下攻撃であり、内と外から城門を突破して守備隊を挟撃するというものだった。

 なにより爆装しているのでウェリントン上空を掠めて飛べば高射対空砲による誘爆墜落が発生する。

 予備隊として一個大隊戦力があれば黒騎士隊の守る左翼に増援して地上部隊だけでも足止めさせられる。

 あんなことで失ってさえいなければ・・・。

「黒騎士隊ウルフ中佐より追加情報。敵影にクモ型の新型機を確認。迷彩機能を展開させて視認が困難。シトレ大尉がファンダール改にて応戦中」

 やられたっ。

 多脚歩行型で高所をものともしない例の機体なら高所陣地化したマクデルバーグも容易く荒らされる。

 一個大隊を単騎で屠るようなヤツなのだ。

 黒騎士隊だって足止めと時間稼ぎが関の山だろうし、迷彩があるとなると左翼を突破される。

「包囲部隊より確認連絡です。7:00を過ぎたが砲撃を確認出来ない。作戦の中止であるかを問う」

 ラムダは顔を紅潮させていた。

「それどころではないと伝えよっ!中央司令部は強襲奇襲攻撃により目下応戦中となっ」

 命じておいてから、もう7時になっていたのかとラムダは戦慄した。

 砲台陣地は潰され、敵軍による左翼突破は時間の問題だ。

 包囲攻撃態勢であるので近場に味方の機動戦力はなく事実上の孤軍であり、右翼展開中の守備隊の練度は低い。

 土方敬介ならこういうときどうするんだ。

 待てよ。

 そうか格好にこだわらずに戦力を一極集中させてしまう。

 両翼展開中のトゥルーパー部隊を中央司令部内に退避させてしまえば、戦力的に圧倒出来る筈だ。

「両翼トゥルーパー部隊にマクデルバーグ中央司令部内への退避勧告を命じろ」


 ラムダの命令は正しい。

 トゥルーパー戦力を一極集中さえすれば左翼突入を凌ぐことも出来る。

 だが、イシュタール・タリエル准将はニヤっと笑った。

「自ら墓穴を掘ったな、軍神」

 イシュタールはラムダに教えてやりたかった。

 それがお前の弱点である“我が身可愛さ”なのだよと。

 ラムダ・エゼルローテは間違いなく《軍神》と呼ばれていい戦略眼戦術眼を持っていて土方敬介とも語り合える程の優れた武人だ。

 だが、イシュタールが土方敬介から教わっていたこと。

 まず己を知れだった。

 つまり、自分の弱点把握こそが敵と戦う前に必要な行為であり、敵に弱点を衝かれぬことと、自身の弱点をカバーすること。

 部下達を信頼して適材適所に配すること。

 苦手なものは得意な者に任せてしまえばいい。

 隊の運営や作戦計画の立案と役割分担、上層部との折衝役は嫌われ者のイシュタールではなく、卒の無いマリオンが行う。

 最終決定権と隊全体への信任を“親父”の愛称持つイシュタールが行う。

「ヤマサキたちに撤退命令。偽戦は終了し後退せよと通達」

 “茶番”は終わった。

 すなわちヤマサキ支隊たちのティアローテ隊と黒騎士隊ファンダール隊のチャンバラごっこは終わった。

 ランツァーティアローテ中心のマリーベルたち連邦遊撃騎士団は交戦すらしておらず、万全な状態で戦力温存していた。

 そして、測ったようなタイミングでのマリオンからのPSW確認情報。

 それがラムダに墓穴を掘らせた。

 ラムダの誤解を徹底的に突いていく。

 新型飛行トゥルーパーによる砲台陣地の破壊と本陣空襲。

 冬の悪魔だったPSWの襲来。

 詰めの一手は別の新型機投入。

「ブラックスワン隊のシンパールに連絡だ。マクデルバーグ上空に接近し、コンテナの投下。艦の指揮をカシウス参謀副長と交代してお前も来いとな」

 最重要機密兵器としてファンダール改カネミツ型は味方にも詳細を知られていない。

 現に《菊》や《疾風》を目撃されていてもそれが実は連邦軍でなく、皇国軍の最新鋭機だとは悟られなかった。

 対してブラックスワン号は皇国黒騎士隊の支援艦だと味方にも良く知られている。

 投下させたコンテナの中身はイシュタールの《明王》、マリオンの《雷》、サンローの《貫》、シンパールの《百鬼》(ひゃっき)。

 《百鬼》を除き、すべてカルメンタス技術大尉による連邦軍機塗装で形状偽装も済んでいる。

 既にファウスト・シトレ大尉の《閂》、ゲンガー・イネス少尉の《獅子丸》は皇国軍新型機カネミツ型として味方に姿を見られている。

 それはそれでいいのだ。

 初めから“見せ駒”だったのだから。

 ファウストやゲンガーは因果をよく理解しているから、《閂》や《獅子丸》で《明王》や《貫》と交戦して損壊撤退した風を装う。

 支援艦ブラックスワンは損傷後退した黒騎士隊機の緊急収容を行う。

 当たり前の話で、そのために対空攻撃を受ける危険を冒してマクデルバーグ上空に待機中なのだ。

 だが、切れ者であるカシウス・イレーヌ参謀副長大尉はもう一つの役割をも完璧にこなすだろう。

「いくぞ、ライゾー」

「おうさ、親父」

 イシュタールとマリオンは別配置で離れた無線機から戦況報告していたかのように欺いたが、同じ指揮所でブラックスワンのコンテナ投下を待っていた。

 投下地点はゲンガーの肆番隊員がピン打ちして指定していた。

 もう大分傷の癒えた負傷兵にでもやれる事はある。

 ファンダールの左右の腕にそれぞれ取り付いてコンテナに移動中のマリオンとイシュタールの背後をマリーベルのランツァーティアローテが駆け抜けていった。

 駆け抜け様に黒騎士隊通信部部下の退避し、無人の臨時指揮所を破壊していく。

 これでラムダはマリオンやイシュタールに用があっても無線機で呼び出せなくなった。

 参戦当初、黒騎士隊を孤軍にしようとしていたラムダ・エゼルローテはマクデルバーグで孤軍となった。

「親父、ライゾーっ」

 投下コンテナ近くでサンロー・ランダー中尉とシンパール・ナーランド大尉が手を振っていた。

「移動ご苦労。ブラックスワン下で《百鬼》を護衛しろ」

 此処まで運んでくれた隊士に指示するとイシュタールとマリオンはそれぞれの愛機に向かった。

「最終確認だ。《明王》と《貫》で中央司令部に切り込む。《雷》は状況即応出来るよう後方待機。《百鬼》はブラックスワンを中継し、各隊への連絡支援と例の情報を中央司令部に随時送信」

 シンパール・ナーランド大尉の愛機には《百鬼》などという大層な名が付いているが要するに情報戦特化機体だ。

 騎士としては隊長格でも下から数えた方が早いシンパールはカシウス・イレーヌ副長兼参謀と共にブラックスワンら飛空戦艦隊の運用責任者だが、情報戦にかけては凄腕だ。

「じゃ、作戦開始といきましょうか。まずは親父とライゾーに死んで貰います」

 わざとシンパールが凄味を利かせたのでイシュタールとマリオンは失笑した。

「確かにそうだな」

 4人はそれぞれの愛機に乗り込んだ。

 その直後にコンテナ内から煙が上がった。

 中央司令部の観測兵たちが黒騎士隊支援艦ブラックスワンの投下コンテナから煙が上がるのを見た。

 しばらくして爆発が起きた。

 シンパールの《百鬼》は予定通りにブラックスワン下に移動しつつ、中央司令部に無線連絡する。

「こちら黒騎士隊支援艦ブラックスワン所属シンパール大尉。投下コンテナ内で機体乗り換え中のイシュタール・タリエル准将、マリオン・ウルフ中佐、サンロー中尉がコンテナの爆発炎上により生死不明。繰り返す、コンテナ爆発炎上によりタリエル准将、ウルフ中佐、サンロー中尉、生死不明」

 シンパールの無線連絡で中央司令部内は色めき立った。

 ブラックスワンの投下コンテナにはファンダール改が搭載されていて准将と中佐は乗り換え作業中だった。

 だが敵に気付かれてコンテナが爆発炎上して生死不明。

 頼みの黒騎士隊が隊長、副隊長を喪失した。

 すかさず皇国軍用全チャンネルでの緊急通信が行われた。

「こちらファウスト・シトレ大尉、中央司令部に通信。隊長代行として三席の自分が指揮を引き継ぎます。黒騎士隊各機に通達。事故で親父とライゾー、サンローが生死不明。これより、私が隊長代行となり、ゲンガー少尉は私の直下に。ナンバーズアウト。緊急措置により、小隊行動放棄し、各員防御陣形で《閂》と《獅子丸》を援護せよ」

 ナンバーズアウトというのは突発的事態により小隊行動を放棄することで参番小隊、伍番小隊といったそれぞれの隊員に割り当てられた小隊単位の数字を放棄するという意味だった。

 黒騎士隊が小隊行動を放棄したとなれば、この先、中央司令部付近では事実上の乱戦となる。

「イシュタールめぇぇぇぇ、何処まで私を苛立たせる。肝心な見せ場の前に戦死だとぉ!」

 ラムダ・エゼルローテ中将の言葉に中央司令部はしんと静まりかえった。

 既に参謀たちからラムダへの敬意と信頼は喪われかけていた。

 もともとラムダが急遽、左翼守備隊の黒騎士隊を無理に急がせて司令部守備を優先させたので、タリエル准将とウルフ中佐は待機中のブラックスワンを呼びだして緊急にコンテナ投下させていた。

 その様子は司令部の観測索敵兵士たちも確認していて、敵にも見られていたのだ。

 つまり、タリエル准将とウルフ中佐はラムダが殺したようなものだった。

 それなのにまだそうと決まった訳でない死人に鞭打つような発言。

 いずれは自分たちも弾除けにされるかも知れないという不信感が漂う。

 そうして中央司令部の士気は大いに下がった。

 それでも高級軍人たちにとり、希望はある。

 ゲンガー・イネス少尉と《獅子丸》。

 クモ型連邦新型機との遭遇戦だったのに部下を一人しか死なせず撃退したという話が、討伐隊が次々と敗退する過程で大きく取り上げられるようになっていった。

 未帰還機が増え続ける中、味方の救援を仰ぐ、部下の命を最優先させる、機転を利かせて数的優位を保つといった適切な対応で結局退かせた。

 一人の戦死者も見たこともない武器を使われたならやむを得ない。

 詳細な戦闘報告書を上梓し、早々に偵察任務と新型機討伐を切り離したマリオン・ウルフ中佐の英断も素晴らしいし、遊撃騎士団野営地発見の手柄を敢えて譲った殊勝さも理解されていた。

 むしろ手柄を譲られたのに安全面ばかり優先し、精密爆撃の観測結果やティアローテの破壊確認調査をしなかったブローリー中佐の失態が連邦遊撃騎士団のマクデルバーグへの奇襲強襲攻撃を許すことになり、イシュタール・タリエル准将やマリオン・ウルフ中佐を死なせてしまった。

 お手盛り人事とお気に入りへの昇進はさせるのにゲンガーのように優秀な指揮官を少尉風情に留め置くラムダ・エゼルローテへの不信感は募っていた。

 ここでもマリオン・ウルフの毒が回り始めていた。

 《軍神》の失墜。

 すべての情報が集まる東征作戦中央司令部だからこそ、スパイスの利いた毒は回る。

 そして最新の通信機器を備えた中央司令部からウェリントン包囲部隊にも伝播していくのだ。


 メイフェリアとPSWはマクデルバーグの戦闘に本格的には参加していなかった。

 姿は見せたがその時をじっと待っている。

 ファウスト・シトレ大尉の《閂》とは交戦した。

 そして即座に相性が悪いと判断した。

 射出式ワイヤーを使うPSWに対して、閂は機体動作に制限を掛けていくのだ。

 最大の武器は射出と投擲式の分銅型武器。

 これをトゥルーパーの関節部に放って次第に動きを制限していくのだ。

 一度絡みついた分銅は容易に取り外せず、その重量が関節部に負荷を掛けていく。

 8足歩行型のPSWにとっては正に“天敵”だった。

(コレはまだマシな方。つまり本来は爆薬装填型でトゥルーパーの機体関節部を破壊擱座させる)

 交戦事実として《閂》はその名の由来となった機能を見せた。

 それでいいし、それ以上はしない。

 フェルメイアは“余計な真似はするな、出番まで大人しくしていろ”というファウスト・シトレ大尉からの「警告」だと受け止めた。

 だから、その警告に従い迷彩機能で中央司令部の死角に潜り込み、閂の放った分銅を外した後、トゥルーパー同士の乱戦を観測するに留めた。

 マリーベルの出番もまだだった。

 戦力差としては3:1といったところで、本陣守備隊に合流した右翼部隊が質はともかく数が多く、黒騎士隊はファウストとゲンガーを中心とした防御陣形でランツァーティアローテ隊と対峙していた。

 イシュタール・タリエル准将とマリオン・ウルフ中佐は戦死などしておらず、《明王》と《貫》が中央司令部に突入していくのは目の当たりにした。

 そしてマリオンの《雷》の姿を確認した。

 《雷》はラスボスさながらに高所で展開されるトゥルーパー同士の交戦を眺めていた。

 伝説上の生き物である半身半馬のケンタウロスのような姿だ。

 一つは機動突進力を生むため。

 もう一つは切り札となる機能を発揮するためであり、後部ユニットにこそ鍵がある。

 合図となるのは《菊》と《疾風》の再襲来。

 トゥルーパー同士が狭い地形内で突き合いをしている処に空からティアローテが舞い降りてくる。

 そうなると守勢に回っている方が必ず崩れる。

 メイフェリアはファンダールを散々狩ってきたことで、ファンダールと改良型の弱点はよく知っていた。


 シンパール・ナーランド大尉はそろそろ頃合いだろうとお得意の情報戦を展開しだした。

「こちら、黒騎士隊支援艦ブラックスワン。長距離無線を傍受しました。オルデアイン北海艦隊がルイードを奪還したとのことです」

 なにぃと誰の口からも漏れた。

 オルデアイン越しに皇国東征軍は戦っているのだ。

 補給線が途切れる。

 そうなればウェリントン攻略部隊は手持ちの物資のみで戦い続けざるを得なくなる。

 ただでさえ、ポーツダルムなどの包囲部隊からは攻撃開始についての矢のような催促が無線機を支配していた。

 だが、こっちはそれどころではない。

「追加情報です。フォルモナ要塞が反転攻勢に出ました。ルイード奪還と連動していた模様。現在、包囲隊が交戦中とのことです」

 窮鼠に猫が噛まれた。

 オルデアインが国を挙げて反転攻勢に出たとなるといよいよ補給線が怪しくなる。

 東征作戦中央司令部では一つだけ確認していなかった。

 中央司令部の長距離通信用のアンテナが乱戦のどさくさで破壊されていた。

 最初にアロイスの放ったティアローテ隊の破壊目標が長距離通信用のアンテナ装置だった。

 それに気が付かなかったのは司令部襲撃の混乱とブラックスワンが中継通信していたからだ。


 一方、ブラックスワンの艦橋では、

「シンパールの高笑いが聞こえてきそうだねぇ、カシウス参謀」

 タイラー・カルメンタスはウヒャヒャヒャと変な笑い声をあげている。

「ですね、カルメンタス技術大尉」

 情報過多により中央司令部の機能をパンクさせるという作戦そのものは寡黙なカシウス・イレーヌ参謀が立案した。

 司令部の長距離通信アンテナ装置を初手で破壊する。

 そしてブラックスワンそのものが長距離通信の中継装置として機能する。

 そして、ありそうな話をでっちあげる。

 流言飛語。

 現地に確認をしようにもマクデルバーグの通信装置は壊れている。

 そして、実際に王都ルイードやフォルモナ要塞ではオルデアインの反転攻勢が始まっていた。

 マリオンが雨天によるウェリントン攻略作戦の遅れを危惧していたのは、実は3月10日にはオルデアインの反転攻勢作戦が始まっていたからだ。

 早い話、ウェリントン攻略作戦開始日程をオルデアインに流していた人物がいた。

 トルバドール・カロリック少将だ。

 現地部隊はラムダ・エゼルローテ中将の判断を仰ぐため、東征作戦中央司令部に無線連絡していた。

 だが、ブラックスワンには開発したばかりのジャミング装置があり、長距離通信を阻害していた。

 ブラックスワンは全天候型で雨天だろうと飛ばすだけなら出来るし、ルイードやフォルモナからの長距離通信をマクデルバーグに届かないようにするだけだ。

 そして各現地部隊の長距離通信に応対していたのはシンパールだ。

 「鋭意善戦せよ」などと、ラムザが言いそうな適当なニセの指示を与えていた。

 既にルイードは北海艦隊に奪還されている。

 形勢不利とみて守備隊は敗走した。

 そしてフォルモナ要塞周辺では両軍の激しい戦闘がいまだ続いていた。

「じゃ、そろそろジャミング装置を切ってフォルモナ包囲隊の生の声を届くようにしましょうかね」

 タイラー・カルメンタス技術大尉は自身の作成した長距離通信ジャミング装置を切った。

 マクデルバーグの長距離通信装置は壊れているがブラックスワンが中継アンテナ役となる。

 本物の泣き言が東征作戦中央司令部に届いたならラムダ・エゼルローテ中将はどう応対するかだ。

 そしてブラックスワンにはもう一つ重要な役割があった。

 すなわち連邦遊撃騎士団飛空戦艦隊の接近を悟らせない為に中央司令部の上空観測兵の視界を塞ぐことだった。


 遊撃騎士団飛空戦艦艦隊は縦列陣形でブラックスワンの背後を目指していた。

 逆光となり、ブラックスワン側では艦隊接近を視認出来なかったという言い訳が出来る位置に陣取っている。

「皇国最精鋭部隊黒騎士隊ってのは本当にとんでもない連中の集まりだよな」

 連邦遊撃騎士団のラロッカ大佐は呆れたように呟いた。

「まぁ、本来なら佐官級のメンバーですからね。二つくらい階級が高くても良いのですが、兄は誰かさんと違いお手盛り昇進を好まないので」

 ダイモス・グレイヒル少佐はまだ階級が高い方だ。

 ラトルバ・ヘイローとして「中尉」なのはある種の皮肉だ。

 ファウスト・シトレ、サトル・ヤマサキ、ゲンガー・イネスなどそれこそ佐官でいい。

 マリオンが抜けたならファウスト・シトレは少佐で副隊長になる。

「でも、軍人は階級が全てではないです。階級が上がるということはそれだけ優秀な部下たちの命に対しての責任が重くなる。土方敬介大尉が我々にそれを教えてくれました。本当はラムダ・エゼルローテ中将にだってわかっていたことです。階級なんて度外視で、敬介さんとは盟友でしたから」

 いつからラムダ・エゼルローテ中将は自分を見失ってしまったのだろうとダイモスは遠い目をした。

 20年間という長期の視察で土方敬介が三階級上がったことだろうか?

 だが、その能力と思想、経験、部下に対する処し方。

 それこそラムダ・エゼルローテと同じ中将でも少しもおかしくない。

 その息子、土方雷蔵はほどなく大佐に昇進する。

 父よりも早く軍人の階段を駆け上がる。

 そうなったときラムダ・エゼルローテのように人が変わってしまうのだろうか?

 ないないとダイモスは笑みを浮かべて否定した。

 土方雷蔵は大佐で終わりたいと考えている。

 愛する婚約者シーラ・ファルメに対して、「戦場の鬼」としての自分は隠しておきたいと考える人だ。

 それこそイシュタール・タリエル准将のように狸親父で良いから、部下達からライゾーと慕われることを選ぶ。

 軍事バランスと世界秩序の中心になるのはそんな愛すべき男でいい。

 その方が平和だ。

「さてと、そろそろですね。《疾風》で出撃します。乱戦を崩す空からの急襲こそが《疾風》の本領です」

 《冥王》ダイモス・グレイヒルはラロッカ大佐に別れを告げた。

「もう会うことはないかも知れませんが、共に戦えて光栄でした」

 握手を求められ、アラン・ラロッカ大佐は《冥王》と握手した。

「完全飛行変形型トゥルーパー・・・ティアローテにもその可能性はあるんでしょうけれどね」

 ダイモスはフフンと笑った。

「そんなものが作られてまたエウロペアが荒れるようなら、剣聖として可能な限り叩き落とすまでのことです。《冥王》から撃墜王とかなるでしょうがそんなことは私自身望んでいませんし、なにも叩き落とすのが飛行型ティアローテだけとは限りませんよ。この船だって必要があれば叩き落とします」

 ラロッカ大佐は冷や汗を垂らした。

 皇国に踏み込んだら冥王に一閃されるというのはあながち間違いでもないそうだ。

 《冥王》ダイモス・グレイヒルと握手したことがある。

 せいぜいそれを息子や孫への自慢話に留めた方がおそらくは幸福な人生だったとなる。


 一方、アロイスはさてどうしたものだろうかと考えていた。

 地上ではおそらく《明王》と《貫》が暴れ回っている。

 ラムダ・エゼルローテの最期はマリーベル・ロイハンター少佐が片をつけ、メイフェリアは支援する。

 そしてメイフェリアのPSWはライゾーの《雷》と決闘する。

 問題はいつどのタイミングで事を起こすかだ。

 菊一文字らしく戦い華々しく散る。

 問題はその相手だ。

 自分は連邦ハルマイトの人間なのに、突然連邦軍を支援しているラトルバ・ヘイローに突っかかる?

 黒騎士隊の連中からは失笑されて、「まだ負けたの根にもってたのか」とか言われる。

 それじゃあまりにも悔しい。

「相変わらずお子様なのだから」とかゲンガーあたりに笑われる。

 剣聖といわれる《氷の貴公子》として最後くらいは皆の鼻を明かしてやりたい。

「中尉、出撃の時間です」

 連邦兵に促され、アロイスは立ち上がって《菊》に乗り込むフリをした。

 そのまま機体チェックをしていく。

 問題はやはりエンジンだ。

(よしっ、こんなもんでいいか)

 アロイスはコクピットに乗り込み《菊一文字》の発進体制を整えた。

「アロイス・エルメロイ中尉、出ます」

 それがアロイス・エルメロイ中尉の最後の出撃となった。


 9;11


「中央司令部に緊急連絡っ!連邦の飛空戦艦部隊を確認。逆光で観測兵が見逃してしまいました。縦列陣形で本艦後方より接近中」

 シンパールは慎重にタイミングを図った上で《百鬼》最後の仕事を終えた。

(ということで、さいならー)

 ブラックスワンから緊急脱出用のカーゴ(牽引式の箱でトゥルーパーの緊急退避に使う)を投下させ、護衛のファンダールと共に乗り込む。

「カーゴ回収後、全速航行で現空域緊急離脱。シンパール大尉帰還後に艦長交代する」

 これで黒騎士隊飛空戦艦隊の作戦行動はあと一つだけだ。

 《菊》と《疾風》の再襲来報告は「合図」だった。

 同じ頃、《明王》と《貫》が《閂》、《獅子丸》と対峙していた。

 《明王》は正に動く盾だ。

 両腕の巨大盾を合わせて攻撃を凌ぐ。

 対して《貫》は左腕が射出式の延びる腕だ。

 PSWで隠れて見物していたメイフェリアは必殺兵器テイルランスと同じ原理の武器を備えたカネミツ型の《貫》に面食らっていた。

(ドールマイスターって考えることが似ていてもおかしくないんだ)

 ちょっと奢っていたかなと反省する。

 そして変形して尻尾で狙うよりも、腕を伸ばして刺し貫く《貫》の方が汎用性と命中率が高く、再攻撃までの時間が短く、隙も少ないと確認して少しだけ凹んでいた。

 装甲貫通武器と通常武器を併用しているのでPSWは《貫》と戦ってもやはり分が悪かった。

 テイルランスに合わせられたら矛と矛のぶつかり合いで壊れる。

 それに《貫》の腕は3本。

 つまり射出武器である左腕部が破壊されたら、それを遺棄して背中側に折り畳んでいるもう一本の腕を出してくる。

 もともと重量バランスが悪い機体だというのに搭乗者の技量が埋め合わせていた。

 また《明王》の巨大盾も厄介で、《閂》の分銅攻撃も弾いていた。

 そして、明王と貫の連携。

 明王の盾が背後に貫を隠しているので射出の位置と角度とがギリギリまで見えない。

 そしてとうとう貫が閂の腕を破壊した。

 ファウスト・シトレ隊長代理機の損壊。

 すると上空を遮るように飛ぶブラックスワンが閂をワイヤーで回収していた。

(すごい、全速航行中の飛空戦艦のワイヤーによる損壊機の回収。アレの艦長の技量も、片手でワイヤーを咄嗟に掴んだ騎士の腕前も凄いんだ)

「機体損壊により隊長代理たるファウスト・シトレから指揮権をゲンガー・イネス少尉に移譲する。ゲンガー、隊長代理として皆を頼む」

 ファウスト・シトレ隊長代理の最後の命令にゲンガー・イネスは奮い立った。

「おうさっ!」

 ゲンガー・イネスは《獅子丸》を屹立させ、四足歩行形態に変形させる。

「どりゃあ、ファウストの仇は取らせて貰うぞっ!」

 狭い中央司令部内での獅子丸の突進攻撃に逃げ場などない。

 逆に獅子丸にも逃げ場がないので温存していた。

 明王は盾もろとも背後に隠した貫と共に獅子丸の突進に弾き飛ばされた。

(ったく、ゲンガーのヤツは興奮すると手がつけられん)

 明王の操縦席からイシュタール・タリエルは緊急脱出し、同様に脱出して背後でやれやれというポーズをしているサンロー・ランダーを確認した。

 パラシュート付きの緊急脱出装置で二人は宙を舞い、日頃の降下訓練で散々やっている通り、コンテナの爆発地点付近に落下していった。


 中央司令部内では歓声が起きていた。

 ずっと悲報と催促と泣き言のような報告ばかりでウンザリしていたところに、敵新型トゥルーパーの二体撃破。

 やはりゲンガー・イネスは少尉どまりにするには惜しい。

 沸き返る中央司令部内でただ一人、ラムダ・エゼルローテ中将はブツブツと独り言を呟いていた。

(どうしてこうなった?勝利も目前だというところでなにもかもが破綻し掛かっている)

 そのとき中央司令部の観測兵が慌てて飛び込んで来た。

 無線より口頭で報告した方が早いと判断したのだ。

「今朝の飛行新型機がまた来ましたっ!例によってティアローテを5機ずつ牽引しています」

 歓声が一瞬にして静寂に変わり、無線機から流れ出す声のみとなった。

 詰めの一手かも知れないと高級将校たちは真っ青になる。

 ラムダ・エゼルローテは逃げるなら今しかないと観測兵の入って来た側とは逆方向の出入り口に向かう。

 そのままテントの外に出た所に噂の新型機が待ち構えていた。

 ワイヤーネットを発射されてラムダは身動きが出来なくなり、ワイヤーネットから逃れるために匍匐前進をひたすら続けた。

 勲章や金製のボタンがワイヤーに引っ掛かり、ようやく戒めから解放されたラムダはボロボロの姿になっていた。

 そんな憐れな姿になったラムダをランツァーティアローテが待ち構えていた。

「ラムダ・エゼルローテ中将、大人しく投降しなさい。貴方の裁きと申し開きは軍事法廷にて行います。私は連邦遊撃騎士団支隊長マリーベル・ロイハンター少佐」

 拡声器を手に機体ハッチから顔を出したマリーベルの姿にラムダは尻餅をついていた。

「・・・嫌だ」

 軍事法廷に引き摺り出された自分の惨めな姿。

 そして語らされるカルローゼ・フェラリオとの密約。

 ギュンター・アッテンボローとの謀議。

 東征作戦を利用して皇国の頂点に立とうとしていた野心。

 なにを語ろうとなにを語るまいと銃殺刑は免れない。

 だったら・・・。

 腰の拳銃に手をやり顎の下に当てて迷わず発射する。

 司令部内にも銃声が響き、マリーベルの怒声に身を小さくしていた高級将校たちは恐る恐るテントを出て、頭の半分が吹き飛んだラムダ・エゼルローテ中将の遺体を確認した。

「卑怯な人・・・」

 一言吐き捨てるや拡声器を放り捨てたマリーベルはランツァーティアローテに再び乗り込んだ。

 連邦軍の全チャンネルに向けてマリーベルは発信した。

「連邦軍並びに遊撃騎士団各員に告ぐ。支隊長のマリーベル・ロイハンター少佐だ。皇国東征部隊全権司令官ラムダ・エゼルローテ中将に投降を呼びかけたものの、虜囚を潔しとせず自決された。繰り返す、ラムダ・エゼルローテ中将は自決した。我々の勝利だっ!」

 皇国軍の全チャンネルにはゲンガー・イネス少尉が呼びかけた。

「皇国国家騎士団黒騎士隊隊長代行のゲンガー・イネス少尉より、皇国軍全軍に伝える。ラムダ・エゼルローテ中将がつい先程自決された。各自、戦闘を停止せよ。マクデルバーグ東征作戦中央司令部は事実上陥落した。これ以上無駄に争うことはない。投降を求められた者は降伏せよ。武装解除に応じ、トゥルーパー搭乗者は機体から降りろ。ウェリントン攻略作戦は失敗し、オルデアインでは反抗作戦によりフォルモナ要塞包囲部隊も苦戦している。補給線を喪失した我々の負けだ」

 通信を終えたゲンガー・イネスは獅子丸を降りた。

 黒騎士隊のファンダールからも隊員たちが降りてくる。

 ゲンガーは隊員達の肩を抱いて励ました。

「俺達はなんら恥じることのない戦いをして負けたのだ。捕虜にされるかも知れんが、生き残った皆一緒だ」

 泣いている隊員たちには慰めてやりつつゲンガーは馬鹿なことをしたなと思ったものの、明王や貫を連邦軍に接収される位なら壊して良かったと思い直した。

 そのとき無線機からお馴染みの声が聞こえてきた。

「ゲンガー、隊長代行ご苦労。作法に従い白旗を掲げよ。俺は無事だ。まっ、なんとか寛大な処置を期待しよう」

 イシュタール・タリエル准将の声に気落ちしていた隊員たちの顔に笑顔が浮かんだ。

 こうして皇国国家騎士団黒騎士隊の戦いは終わった。

 二人を除いてはだ。


 マリオン・ウルフ中佐はゲンガーの呼びかけには応じず、《雷》を捨てなかった。

 マクデルバーグ東征作戦中央司令部からPSWが出て来るのを確認する。

 連邦軍の通信チャンネルでメイフェリアから呼びかけた。

「待たせたわねライゾー」

「ああ」

「決着をつけましょう」

「望むところだ」

 サソリクモ形態のPSWとファンダール改カネミツ型初番機が対峙する。

 PSWは人型に変形して両腕から内蔵式ダガーナイフを発射した。

(初手はそれか。しかし・・・)

 人型のPSWが妙なくらいに機体が沈み込んでいる。

 マリオン・ウルフ中佐は雷の機動力でダガーナイフをかわして輪乗りで人型のPSWを中心にくるりと回る。

 再びクモサソリ型に変形したのを確認したマリオンはPSWと併走しつつ、雷光剣のチャージを開始した。

 フル充電までに20秒。

(10秒でいいか)

 はなっから直接当てるつもりはない。

 ぬかるみに水たまりが出来ていた。

 互いに牽制しつつの併走中で足場確認を怠ったPSWにマリオンは雷光剣を放った。

 水たまりに足を踏み込んだPSWに高圧電流が流し込まれる。

「なっ!」

 電気系統が焼き切れたPSWは擱座していた。

 無線機も使えない。

 マリオンは《雷》を降りた。

「この勝負、俺の勝ちだ。大人しく機体を放棄しろメイフェリア」

 一瞬だけハッチから顔を覗かせたメイフェリアは一言だけ言い残した。

「まだよ。決闘は負け。でも大事な人との約束があるのよ」

 圧縮空気式射出アンカーを手近な木に打ち込んでPSWは雷の前から姿を消していた。

「どの道、あの状態では長くは保たないだろう」

 マリオン・ウルフは後を追う気にもなれず、雷のシートに体を投げ出した。

「終わったなこれで・・・」

 ふぅと大きく息を吐いた。

 ラムダの事は残念だった。

 軍事法廷でラムダに証言させれば芋づる式にカルローゼ・フェラリオの裏切りも発覚する。

 だが、自決を選んだ。

 通信チャンネルを皇国軍用に合わせる。

「副隊長、聞こえますか副隊長っ!」

 ラトルバの声だ。

「どうしたラトルバ?」

「ウェリントン東に展開していた飛空戦艦隊が投降に応じず、ハイマン・ブロウリー中佐がウェリントンへの絨毯爆撃を強行すると通告しました」

 もともとライゾーの仕掛けた罠だったが、ハイマン・ブロウリー中佐の確認ミスがマクデルバーグ中央司令部陥落を招いた。

 皇国に帰還後に敗因と追求されて降格左遷させられる。

(命があるだけいいじゃねぇか、なんでそんなバカな真似を・・・)

「《疾風》で撃墜出来るか?」

「いえ、先着した菊一文字がバリアントを撃墜しました。ですが・・・」

「なんだどうした?」

「速射砲を貰ったらしくボクが駆けつけたときには菊一文字から火が出ていました。そして黒き森で爆発炎上したようです」

「なんだと・・・」

 それがマリオン・ウルフの知る全てだ。

 菊一文字の墜落地点捜索はマリーベル・ロイハンター“大佐”の協力を得て行い、翌日には菊一文字の機体の残骸とアロイスのドッグタグのついた遺体は発見された。

 毒入りケーキを食べていなかろうが、父親も、最愛の女性も、憎むべき恋敵も、勝てないライバルも、次々と奪われていった事でアロイスの生きようという意志は次第に喪われていったのだろう。

 心が空っぽになったかのようになり、時折ぼんやりしていることが多かったのだとマリオンはアロイスと作戦行動を共にした遊撃騎士団飛空戦艦隊の関係者から聞いた。

 生きる意志を喪ったアロイスは死地を求めていたのかも知れない。

 だから、敢えてバリアントの撃墜時に構造上弱点となる直上から攻めなかった。

 結局、アロイスはなにとどう戦ったのだろう?

 ハイマン・ブロウリー中佐の暴挙からウェリントン市民を守る為?

 どうにも違う気がしてならない。

 そして、メイフェリア・ランツァーの言っていた大切な約束相手とはカルローゼ・フェラリオであり、15日の昼過ぎに行われていた戦勝パレードの最中にカルローゼは暗殺された。

 その手口は明らかにプリンセススノーホワイトの仕業だった。

 まるで吊り上げられたマグロのような遺体をマリオン・ウルフも見た。

 そして、急になにもかも空しくなった。

 マリーベル・ロイハンター大佐と共にかつて彼女が使っていた野営地に行ってみて、プリンセススノーホワイトの最後を知った。

 メイフェリアは兄であるボロディン・ランツァーとの約束は守ったらしい。

 支援兵士たちはメイフェリアは己の犯した罪に耐えきれずにカルローゼ・フェラリオの暗殺を遂げたあと、野営地で機体と運命を共にしたと話した。

 誰のものにもならないというその誓いも守ってみせた。

 しかし、幾つか不審な点はあった。

 結局、なにが本当でなにが嘘なのかマリオン・ウルフには分からなかった。

 アロイスを喪失したショックで疑念を確かめてみようという気にもなれなかった。

 そうして敗軍の将として仲間たちと列車に乗りパルムドールへと帰還している。

 途中のロベルタリア駅でシーラにアロイスの戦死を伝えることになり、弟の死に泣くシーラを抱きしめた。

 そうしてマリオン・ウルフ中佐、皇国国家騎士団黒騎士隊副隊長としての人生は終わった。

 シーラとの結婚後、土方雷蔵大佐として停戦監視団の一員として色々あったハンノーファーにシーラを連れて戻り、ボロディン、マリーベル夫妻とは生涯の付き合いとなった。

 イシュタール・タリエル准将もマリオンの異動を機に黒騎士隊隊長を引退し、アイラーズ要塞司令官に専念することになった。

 敗戦国の責任として退位した女王陛下にかわって即位することになったウィルバーはトルバドール・カロリック少将を引退した。

 その際に誰が黒騎士隊の隊長と副隊長になるか隊員たちの投票で決めていいというはからいにより、ダントツでゲンガー・イネスが隊長に、ファウスト・シトレが副隊長に選ばれた。

 ゲンガー・イネスは敗戦処理の功績で中尉になっていたが、それじゃ格好悪いという理由と、トルバドール・カロリック少将のどうせやめるなら封印していたお手盛り昇格をこの際やっちゃえとなり、異例の三階級特進でゲンガーは中佐となった。

 だがあの日、マクデルバーグ中央司令部に居た誰もが賛成した。

 そしてダイモス・カロリックは公爵となった後も、《冥王》ダイモス・グレイヒル大佐として不届き者に目を光らせている。

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