本編【其の伍】

 えっちゃんのところに避難すると、みんなでカブトムシを取っているの、と二匹のカブトムシと沢蟹の入った虫かごを和歌が声を弾ませながら見せてきた。

「もうひとつ虫かご持ってこればよかったな。カブトムシが傷つきそうだ」

 禎一が私の隣に並ぶと、虫かごを覗き込んだ。

「浩太のとこ行きなよ」

 私が恥ずかしさのあまり禎一を睨むと、「喧嘩したの?」と和歌が私たちを交互に見上げる。

「してないよ、ね?」と禎一。

「うん、まぁ、そだね」

 曖昧あいまいに答える私に「陽菜ちゃん、どうしたの?」とえっちゃんも気になったのか私を覗き込んできた。

「えっちゃぁん」

 私は涙声でえっちゃんに抱きついた。

「なになに、どしたの?」

「いいなぁ、えっちゃん。私もぎゅうしたい」

「和歌はお子さまだなぁ。俺がぎゅうしてやろうか?」

「いっちゃんはやだ。陽菜ちゃんがいい」

 和歌たち小さい子は禎一のことをいっちゃんと呼ぶ。

「禎一振られてやんの」

 えっちゃんが可笑しそうに言うと、「照れ隠しだよ」と禎一。

「照れてないもん。いっちゃんはパパよりおっきいからやだ。こうちゃんなら、まぁ、小さいからいいかな」

 こうちゃんこと浩太は、私やえっちゃんと背丈が変わらない。160あるかないかか。本人は気にしているようだから、あまり嬉しくないだろう。

「和歌、浩太には小さいって言っちゃだめだよ」

「泣いちゃうからな」

 えっちゃんと禎一が口ぐちに言う。浩太を思ってのことか、面白がっているのか。私は思わず「ふふ」と笑ってしまった。

「陽菜ちゃん、笑ってる」

 えっちゃんから離ると、「もう大丈夫? ぎゅうしてあげようか?」と和歌が見上げながら手を広げた。

「もう大丈夫だけど、ぎゅうしたいな」

 私は和歌を抱き寄せる。

「陽菜ちゃん、いい匂い。お花の匂いがする」

「和歌もおひさまの匂いがする」

 奈々美と同じおひさまの匂い。そしてぽかぽかあったかい。奈々美たちくらいの子は皆おひさまのような柔らかな匂いがするのだろうか。私は和歌に頬づりをする。

「陽菜!」

 浩太の叫び声に私はハッとして顔を上げると、浩太と柚葉が息を切らせながら駆け寄ってきた。

「和彦とナナがいない。近くを探してみたけど見つからない。もしかしたら、山に入ったかもしれん」

 浩太のその言葉に私は全身から汗が噴き出した。

「ここから流石に山に入るのは無理だろ。けど、虫探しに夢中になって迷子になってるかもな」

 禎一が言うと、「ナナちゃん、和彦にくっついてたから多分一緒だと思うけど。どうしよう、大人たち呼びに行こうか?」とえっちゃんがきょろきょろと辺りに目を向けながら言った。

「探さなきゃ」

 私は譫言うわごとのように呟きながら立ち上がり歩き出す。ふらふらと足元がおぼつかない。駆け出したいのに震えで体が思うように動かない。

「陽菜、落ち着け」浩太が私の手を掴んだ。「一人で勝手に動くな。まだ日は高いから、手分けして探すぞ。絵都、お前は小さい子たちを連れて大人呼んでこい」

「わかった」

「俺と禎一、陽菜で山に入る」

「山に?! 勝手に入って大丈夫?」

「緊急事態だ。大人たちを待ってたら日が暮れちまう」

「そうだけど」

 不安げなえっちゃんに「仮に山に入っていたとしても、まだそんなに時間は立ってないから大丈夫だよ」と禎一が諭した。

「うん、わかった。すぐ大人呼んでくるね!」

 えっちゃんは柚葉と和歌の手を取って走り出した。

「行くぞ。日が暮れる前に探さないと」浩太が禎一に私と手を繋ぐように言うと「勝手に動かないように見てろよ。陽菜まで迷子になられちゃ困る。――向こうで和彦たちの足跡を見つけたから他にもあるかもしれん。それを辿っていけば追いつけると思う」

「本当に和彦とナナの足跡なのか?」

「新しい足跡だったし、ひとつがサンダルの跡だった。多分、ナナの履いてたサンダルだと思う」

「今日サンダル履いていたのはナナだけか」

「ああ」

 浩太と禎一の声を聞きながら、私は奥座敷で対面した祖父を思い出していた。

 

 祖父の遺体には下半身がなかった。



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