第38話
河近さん、…河近紅麗さんは、私の「フジジョ」での、中高通して同じ学年の、複数の意味での有名人でした。
彼女の、「有名人としての意味」を幾つか挙げると、ざっとこんな感じです。
まずひとつ目は、彼女が学校創立者の直系に当たる、ということ。確か、お母様が創立者の血を引いておいでとかで、その縁で、ご両親とも、学校の、経営陣の方の「お偉いさん」なんだそうです。
ふたつ目は、彼女は存外「お人の悪い」一面を備えているっていうこと。
これは、私達が入学したばかりの、中等部一年生の時に、休み時間に彼女が持っていた、当時最新式の、その当時ちょっとした話題にもなった携帯電話について、クラスの子の 一人が、話のついでに何気なく「誰に買ってもらったの?」って尋ねたところ、河近さんはにやりと笑って、平然と「ん、…入学祝いに男に買わせた」って宣ったんだそうです。その場は、居合わせた全員が絶句して、質問者の彼女が「……へぇー、…すごいねー…」って、お愛想に引き吊った笑顔を浮かべただけで、まあ、済んだと言えば済んだのだそうですけれど、後で、…これは質問者の彼女じゃなくて、単にその場に居合わせただけの子達だったそうですけれど、幾人かが担任の先生に、…まあ、一応、所持は認められているとは言っても、話題の最新式携帯電話に、いささか以上のやっかみもあったのかも知れません。そこに、彼女の、創立者の直系で、現在の学校経営陣の「お偉いさん」の娘とも思えない、ぬけぬけとした態度も、火種のひとつだったのでしょう。河近さんと質問者の彼女とのやり取りに加えて、中高一貫の「女の園」に入学したばかりの女の子達らしい想像の尾ひれを付け加えて、その、…河近さんが、援助交際に手を染めている、という主旨の見解まで添えて、先生に訴えたんだそうです。
翌日の昼休み、河近さんは生徒指導室に呼ばれました。「駆け込み訴え」の彼女達が、教室の隅で固まって、首尾をあれこれ想像して、お昼を片付けた後も噂話に花を咲かせながらせせら笑っていると、河近さんが出て行って十五分もしないうちに、彼女達の囲んでいた机を、当の河近さんに蹴り飛ばされて、「アンタ達、生徒指導室でセンセが待ってるよ。大至急だって。校内放送掛けるなんて、アンタらごときに放送委員のお姉様方のお手数掛けさせるの勿体ないから、わざわざ直接声掛けてやったんだよ?…分かったらとっとと行って来い!」って、…私も後で話に聞いただけですけれど、その場に居合わせた子によると、それはもう、生身の仁王様が顕現したような迫力だったとか。
彼女達が泡を喰って、取り敢えずあたふたと教室を出て行くと、それまで物凄い面付きで彼女達を睨みつけていた河近さんは、途端にふにゃりと力が抜けたようになって、思い切り伸びをするなり、「あー、お昼まだだったぁー。お腹空いたー」って、肩を交互に回しながら自分の席に戻って、おもむろに自分のお昼ご飯の、惣菜パンやらおにぎりやらを引っ張り出して食べ始めたそうです。
皆が河近さんを遠巻きにする中、合議…要するに、女の子同士の無言の肘のつつき合いですけれど、その結果、代表者として、最初の質問者の彼女が恐る恐る事の次第を尋ねたところ、河近さんはごくごくあっさりした口調で、「ん、…何か色々訊かれたけど、私に携帯買い与えた、当の本人に連絡ついたから。…あー、うちの父ね?」ですって…。まあ、…考えてみれば、実のお父上だろうと、「男性」には変わりない訳ですし…。
生徒指導室に呼ばれて行った「駆け込み訴え」の彼女達は、…これも聞いた話では、そこで待ち構えていたのは、前日に彼女達が訴えに及んだ、クラス担任の先生一人には収まらなかったそうですけれど、その「先生方」に、雁首揃えてぎっちり油を絞られて、やっと、それこそ這う這うの体で解放された後で、今度は口を揃えて「紛らわしい!!」って歯噛みしていたそうですけれど、…私が聞く限りでは、きちんと事実確認しないまま、自分達の想像…って言うより、妄想だけで突っ走ったのが、少なくとも彼女達の「敗因」だったんじゃないか、って思いますけれど…。
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