第39話

そしてもうひとつ、河近さんで有名なのが、ほぼ毎日、遅刻間際になって校門を潜るっていうことでした。単なる遅刻魔っていう訳では決してなくて、例えば学校の、文化祭や体育祭、それに校外行事なんかの時、あと、休日に皆で待ち合わせてどこかに遊びに行く、なんていう時には、絶対遅刻しないどころか、ほぼ毎回一番乗りなんだそうですけれど、普段の登校に限っては、大抵すれすれの時間になって校門に飛び込んで来るっていう、…おかげで、週一の校門当番のある風紀委員は、たとえ立候補したところで彼女には絶対に回されない、本人は、却ってそれで喜んでいる、って聞いたことがあります。

たまに、朝の始業ぎりぎりに、廊下をふうふう言いながら走って行く河近さんが、彼女のクラス担任の先生に「河近ー!廊下は走るなー!」って注意されているところを、私も何度か目撃したことがあります。「いいじゃん、見逃してよー」って、へらっていう感じで笑う河近さんに、先生が「河近、また遅刻紙一重かよ。お前、あんなすぐ近くに住んでるのに…」ってぼやいてて、…って、そこまで思い浮かべたところで、私は、その、河近さんの住んでいる、学校から「すぐ近く」のお家、っていうのが、他でもないこのマンションのことではないか、ということに、遅蒔きながらようやく気が付きました。

私は恐る恐る、自分の右隣に、エレベーターのパネルの前で、昔のエレベーターボーイみたいに立っている青司君に、…ねえ、これから行くの、河近さんのお家?って訊くと、青司君は「そうだよ?…あれ、俺、説明してなかったっけ?ごめんねー…。あ、…この事はアネさんには内緒にしといて?大事なお客さんに失礼があったってアネさんが知ったら、俺、大マジで酷い目に遭わされるから」って、何だか、世にも情けない表情で顔を顰めてみせるので、分かった、助けてくれた人の迷惑になることは絶対に言わない、約束する、って、私が右の握り拳を胸に当てて請け合うと、私の右隣に立つ青司君からは「…なんかさ、立花サンって、…見掛けによらず男前だよね…。ホント頼んだよ」っていう応答が返ってきました。

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