第31話

その日ばかりは、普段なら、下校の時には大抵のんびりと、比較的気楽な気分でくぐる学校の門を、その日ばかりは、学校の建物の出入り口から校門に掛けて、箒を掛けている、高等部の掃除当番の「お姉様方」の間をすり抜けるようにしながら、まるで何かに追い立てられるような思いで、学校の門の、装飾の多い門柱の間を通り抜けようとした、その時でした。私は男の人の声に呼び止められました。

私を呼び止めたのは、出入口の詰所の警備員さんではなく、当時の、私のクラスの数学の教科担任で、押谷先生…。あの、…詳しいことについてはこれからお話しますけれど、少々訳がありまして、押谷先生のことは、どうしても「先生」を付けて呼びたくないんです。お聞き苦しいかも知れませんけれど、「押谷教職員」で構いませんか?…ありがとうございます。多分、これからお話する内容は、きっと、雑誌の記事やらご著書やらには載ることなんかないとは思いますし、よしんば載るにしても、個人名は伏せるでしょうけれど…。

「教え諭す」って書く「教諭」って言葉も、あの教職員の名前には付けたくありません。「教職員」で充分過ぎるくらいだ、って…。ええ、大嫌いな教職員でした。いえ、今でも大嫌いです。

押谷教職員は、元々高等部の特進クラス要員として、何処かから引き抜かれる形でうちの学校に来た教職員なんだそうですけれど、私の入学した年に問題を起こしたんです。一年生のクラスで、年度が始まってすぐに、授業中に、担任していたクラスの生徒が、些細な、本当に些細な、本来なら口答えとも言えないような、ささやかな反発を口にしたんだそうです。何でも、事の始まりは、押谷教職員が授業中に、連続して課題をやってこない生徒を名指しして、教室の後ろに立たせたんだそうです。…ええ、それまでそういう「指導措置」が、全く問題にならなかったってことはなかったんじゃないかって、私辺りでも思いますけれど、当時、うちの特進クラスはまだ歴史が浅くて、実際、その後に特進に進んだ私も、実感と言うか、皮膚感覚みたいな部分で感じていましたけれど、当時、かなりの部分手探りめいたところがありました…。で、これは私も聞いた話ですけれど、押谷教職員は、その特進クラスを、出来た当初から担当していて、それなりに実績もある。その上に、理事の…誰だかの覚えも良い。その誰だかと押谷教職員は、昔からの中で、そもそも、うちの高校に特進を作るって時に、その要員にって押谷教職員を指名したのも、その誰だかだそうです。

私、これも皮膚感覚として実感しましたけれど、押谷教職員は、生徒を伸ばすことにやりがいを感じるっていうことよりも、生徒の成績を良くすることで自分の評価を上げたい、出来ればより良い環境に移りたいっていう方向にモチベーションのベクトルが向いた、言ってみれば、担当している生徒を自分の…出世だとか、地位や名誉を得るだとか、そういうことのための踏み台だって、当然のように思っているタイプの教職員でした。そういう教職員に当たった生徒というのも、…上手いことその、教職員個人の作る波に乗って、自分の成績を上げることができれば良いのでしょうけれど、上手く波に乗れなかった時、…いえ、それより、「波の作り手」の、その当の教職員にそっぽを向かれた場合には、本当に悲惨です。

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