第30話
一応、その日の昼休みは、手荷物が見咎められないようにって思って、お弁当の後は例の巾着袋を手に図書室に入り浸ることにしました。友達には、どうしても読みたい本があって、本棚になかったら、図書室の書庫まで探してもらうつもり、って言って誤魔化しました。実際、休み時間に私がそう言って教室を出て行って、授業開始ぎりぎりになってやっと教室に戻る、なんてことは、それまでにも時々あったので、全然怪しまれたりなんかしなくて、逆に「また?…好きだねぇ」って言われながら送り出してもらえました。まったく、妙なことが役に立つものです。
チケットと、祖母がくれたお小遣いは、件のポーチの中に念入りに隠してあるものの、万が一にも落としたりして、中身を調べられたり、或いはそのまま持ち去られたりしたら一巻の終わりです。少なくとも、その日の会は絶対に見られません。それだけは絶対に嫌でしたから、私は巾着袋の紐を、必要以上にきっちりと、右手の手首から指先に掛けて絡めて、なるべく上級生、特に高等部の「お姉様」達のたむろしていなさそうな経路を選んで通り、図書館の本は、暇潰しに、本棚に並ぶ背表紙の文字を漫然と辿るだけにしました。正直、興味を惹かれた本のタイトルもないじゃありませんでしたけれど、移動の時の荷物は少ないに越したことはないと決まっています。道中用に一冊だけ、新着の文庫本を借りて、「後は明日以降にしよう」と思いながら、せめてもと、頭の中にメモを取りました。
六時限目の授業が終わって、下校前のホームルームが済むと、私はクラスの知り合いとの挨拶もそこそこに教室を出て、一散に昇降口に向かいました。掃除当番に当たっていましたけれど、その日だけは、事前にクラス委員の子を拝み倒して、その前の週の、彼女の分の当番を引き受けた上で代わってもらいました。彼女からは、「何、立花が珍しいね。もしかしてデート?」って、冷やかし気味に訊かれて、内心ぎくりとしましたけれど、ううん、お祖母ちゃんのことでちょっと、って誤魔化しました。彼女は「分かった分かった、これ以上は聞かない。野暮なことは言わないから」って、いっそうにやにやしていましたけれど…。
…ええ、本当にクラス委員らしからぬ、…って言うか、一般的なクラス委員のイメージには当てはまらない、クラス委員の彼女でした。バスケ部の、その時は、学年から一人選ばれる学年代表、兼、中等部の副キャプテンで、姐御的性格の、本当に私とは正反対と言っても良いタイプでしたけれど、…でも、私みたいなのは、彼女にとっては、もしかしたら面倒の見甲斐というか、世話の焼き甲斐があったのかも知れません。少なくとも明ら様な意地悪を受けた覚えはありませんし、…それどころか、休み時間に、次の授業の移動教室に気がつかないで、ふらふらと図書室に行こうとしてしまう私を、はぐれかけた子羊を群れに戻す牧羊犬のように、軌道修正してくれたことも、今記憶しているだけでも、何度もありましたから。
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