第27話

朝御飯を食べ終えて、温かい玄米茶で一服した私は、祖母の着替えの用意に取り掛かりました。祖母の着替え、とは言っても、あんな状態の祖母に、着物は無理に決まっています。祖母は不粋と怒るかも知れませんけれど、私の学生時代のジャージと、長袖シャツを用意しました。中学・高校、それに大学の体育の授業と、都合七年お世話になったジャージですけれど、国内の有名スポーツメーカーのタグの付いた、しっかりした造りのものです。私は運動部所属ではありませんでしたし、洗濯もきちんとしていますし、充分着用に耐えるだろうと思われました。一応、胸に刺繍で学校の名前は入っていましたけれど、名札は取ってありましたし、祖母も講師とは言え、かなりの期間勤務した学校です。問題はないと思いました。

それと、私の靴下の、またおろしていないのを、一応今日の分と、それから明日の分、都合二足。祖母の下着を、同じように上下二揃い。ちょうど買ったばかりだった化繊の膝掛け。それらを、値札を取る物は取って、大振りの、まだ使ったことのない、半透明のポリエチレンのごみ袋に詰めたものと、それに、本来は旅行に持って行くための、大きめのショルダーバッグ。それら全部を、私が茶道部のお茶会の時なんかに、着物を運ぶのに使う大型のキャリーバッグに詰め込むと同時に、それに収まる大きさの畳紙を三枚用意して、皺にならないように、別に大きめの紙袋を用意して、そこに畳紙を入れました。

そうこうする内に時計の針が九時を回ったので、流派の東京本部の事務局に電話を入れて、事務局の職員さんに昨日からの事情を説明して、少なくとも今後しばらくは、祖母の教室には新しい生徒さんを紹介しないでくれるようにお願いしました。電話に出て下さった、古参の方らしい事務員さんは、祖母をご存じだったらしく、「立花先生、ご心配ですね。どうぞお大事になさってください。こちらに何かできることがありましたら、またどうぞご連絡を」と言って下さったのが非常に有難かったのを覚えています。私は電話を切って、用意した荷物を玄関先に出して、自分も外に出る支度を済ませて家を出ました。

祖母のいる病院へは、最寄りのバス停からは、バスを二本乗り継げば着く、ということは調べてありました。バス停までの道の途中にあるスーパーに寄り、開店直後の店内で、自分の昼食用に、温めなくても食べられるものをと、葱トロの巻き寿司が一口大に切られてあるのを一パックと、ペットボトルのお茶、野菜ジュース、果物ゼリーを選んで購入しました。生の物ですが、真冬の二月のことですし、ほぼ、病院に着いてすぐに食べるようなものです。余程のことがない限り問題はなかろうと思いました。

ええ、祖母には、病院で昼食が出るのは知っていました。…ええ、そうですね。病院に売店があるのは知っていましたが、どういうものが売られているかまでは、昨日の時点はきちんと把握していませんでしたし、スーパーの方が、商品の幅があって、値段も安いということくらいは想像がつきました。それに私、早め早めに用意をして置かないと落ち着かない性分みたいなんです。学生の時分も、課題や発表の準備は、早手回しにしないとどうも居心地が悪くて…。

そうですね、この性分は、東京の人間特有のせっかち、なのかも知れません。東京とは言え、私は朱引きの外の生まれ育ちですから、江戸っ子とは言えないんですけれど…。それに、普段はこんな、ご覧の通りの、ごくごく頼りない性格ですし。…ええ、いえ、そんな…。そうですか?ありがとうございます。せっかく有名ルポライターの伍代智世さんが褒めてくださったんですから、これは有難く思わないと、それこそ罰が当たりますよね。

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