第28話
あ、でも、せっかちって、東京の人間に限らないみたいですよ?関西にも「いらち」っていう言葉があるくらいですし。
もうお亡くなりになられましたけれど、桂米朝師匠、…本当ですか?私もなんです。上方の落語家さんでは、米朝師匠が一番贔屓で。実際の高座は、機会がなくて、一度しか拝見したことがないんですけれど…。あ、そうなんですか?…私が拝見した高座は、お弟子さんの吉朝師匠との二人会、いわゆる「親子会」でした。私、当時まだ、十になったかならないかくらいの子供でしたけれど。米朝師匠、その時、もうあんまりお元気じゃなくて、録画映像にあるような、張りのある高座では決してありませんでしたけれど、でも何だか、ふわーっとした可笑し味があるなあ、って、子供心に思ったのは覚えています。祖母は「人間国宝には悪いけれど、お弟子の方が出来が良かった」なんて、辛辣なことを言っていましたけれど。
今思うと、その時、吉朝師匠、もうご病気が出ていらしたんじゃないのかな…。確か、胃癌でしたっけ?何だか突然、ばたばたって言う感じで、まるで桜の花が強い風で一気に散るように亡くなられた、って言うのは、後で聞いた話ですけれど…。
え!伍代さん、その、吉朝師匠の最後の高座、ご覧になっているんですか!?…大阪!?…良くチケット取れましたね。って言うか、良く大阪まで行こうっていう気になりましたね…。
「元々野次馬根性が旺盛だし、何と言っても若かったから」ですか?…そうですね。確かにその、野次馬根性って言うか、基本的に好奇心が旺盛でないと、ルポライターっていうお仕事は、きっと務まりませんよね。
あの、…その時の吉朝師匠の高座、どんな感じだったんですか?
…え、ええ、…そんな、そんなだったんですか?…吉朝師匠、良くその、高座に上がろうって…。私なら、絶対休演しますよ…。
あ、…そうですね。良く落語家さんの理想の亡くなり方で、高座を一席勤め上げて、そのまま楽屋でばったり、っていうのを聞きますけれど…。
え!…それから十日ちょっと、だったんですか!?…祖母もね、勿体ない、って、しきりに言っていたんです。そうですか…。
…あの、伍代さん。これは純然たる個人的アンケートなんですけれど、米朝師匠の持ち根太で、どれが一番お好きですか?
あ、『はてなの茶碗』ですか?…何だか、とても伍代さんらしい気がします。私の勝手なイメージかも知れませんけれど…。私もあの噺、好きです。昔話の『わらしべ長者』みたいに、どんどん話が大きくなっていくところが面白くて。
私ですか、『鹿政談』なんです。変でしょう?…そうですか?ありがとうございます。
あの、一番好きな場面は、ベタかも知れませんけれど、山場の、お奉行様が、悪徳役人を懲らしめるところなんです。「どうじゃ、どうじゃ」っていうところが、歌舞伎の『伽羅先代萩』の大詰、細川勝元が仁木弾正を追い詰める場面にそっくりで。……あの、これもお分かりになります、よね?…ああ、良かった…。
私が見た『先代萩』は、確か国立での通しで、勝元は梅玉さんでした。あの方、身の丈は、この間亡くなった播磨屋…吉右衛門さんや、上方の仁左衛門さんに比べたら、上背はあまりないですけれど、その代わり、「山椒は小粒でぴりりと辛い」っていうか、…独特の品があって素敵で…。祖母なんか、「福助名乗っていた頃は、そりゃあ水も滴るようだったよ」なんて言っていましたけれど、今でも充分過ぎるくらいお素敵、ですよね?とにかくその時の勝元は、威厳と知性と品格の、三拍子揃った勝元だったと思います。それこそ贔屓の引き倒しかも知れませんけれど…。
あ、そうですね、確かに『先代萩』の勝元は、小柄で、品格を備えた役者さんが演じられる方が似合うかも知れません。記録映像で見ただけなんですけれど、亡くなられた先代の又五郎さんとか。あの方の勝元も素敵でした。
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