第13話
学芸員になるには、学位が上の方が有利、っていうのは聞いていましたから、早くから、卒業後はそのまま院に進むことにしていました。
当然のことですけれど、祖母にも相談しました。…またまたお金が掛かる上に、就職だって遅くなる。研究で忙しくなるだろうから、少なくとも当分は教室を継ぐどころか、後継者になるための修行そのものが無理だと思う…。私、その時、許状…免状、免許のことです。許状こそ持っていましたけれど、それまで忙しさにかまけて、きちんと人を教えたこと、なかったんです。祖母もそういうの、たとえ私が孫だからって、…いえ、私が孫だからこそ、全く実際経験のない人間に、安易に自分の教室を継がせるようなこと、考える人じゃありませんでした。結局最後まで…。
……すみません、また私…。…ええと、どこまでお話ししましたっけ。…そうそう。それに院を出たって、希望の学芸員になれる保証なんか、何処にもない。結婚だって、…高学歴の女性って、やはり婚活市場では敬遠されるらしいですね?…とにかく、婚期を逃すどころか、結婚そのものすらできないかも知れない。それでもいい?って、…私、畳に正座して、祖母に相対して、真剣に尋ねました。
祖母はね、
「構やしないよ。そりゃ葵の花嫁姿を見られないのも、この教室を継いでもらえないのも、寂しいのは寂しいけれどさ。葵の人生は葵のものなんだよ。私の好きにして良いものじゃない。それに、学問は若いうちだよ。しっかりおやり」
って。…私、その場で祖母の膝にすがって、お祖母ちゃんありがとうって、おいおい泣きました。お祖母ちゃん…祖母は、「もう小さい女の子じゃないんだよ。いい年の娘なんだ。別嬪さんが台無しだよ」って、背中撫でてくれました。
……何度もすみません、…本当に、今日、…私、変なんです…。本当に、今まで、…祖母のことでは、泣きたくても、泣けなかったはず、なんです…。……すみません、…もう少しで落ち着きますから…。
本当に失礼しました。お見苦しいところを…。
随分なお祖母ちゃん子、ですか?
…そうですね、自分でもそう思います。でも、考えてみてください。父にも母にもいらないって、…正確には、「一緒には暮らせない。葵のことは、大事だし愛してる。でも、動かせない事情がある。分かってくれ」って。…これは父が言ったことですけれど。母にも、…実際、同じことを言われたようなものです。
とにかく、そんな私を祖母は、…祖母だけが私を見棄てなかったんです。それだけじゃない。申し上げた通り、ただ可哀想がってべたべた甘やかす人では決してありませんでした。それどころか、他人の目に付くところでのお行儀が明らかに悪かったり、嘘をついたり、…子供のことですから、しまってあったお菓子、こっそりつまみ食いして知らんぷり、なんていうのが関の山ですけれど、そういう時にはこっぴどく叱られました。畳、…時によっては板の間の上に、直に正座させられて、ほんのちょっと動くのも許してくれなくて。目の前の、自分と同じように直に正座したまま、山…独立峰の、まるで富士か筑波の峰みたいに、そんな時でも思わずこちらが惚れ惚れするくらいに形良くぴたりと、それこそ身動ぎひとつしない祖母に、「お菓子を食べたのが悪いんじゃない。黙って食べたこと、それに一番悪いのは、そのことを、嘘をついて誤魔化そうとしたことだ」って。自分も悪いことをしたっていう自覚がありますから、祖母の意見は身に染みました。
……ええと、…また話が脱線しましたね?…ええ、本当に、昔気質の人だったんです。だから、一旦「自分が育てる」って言った私のことは、本当に最後まで見棄てなかった。…見棄てたのは、私の方です。
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