第12話

大学時代のこと、ですか?

卒論は、月並みですけれど、『源氏』を選びました。…ええ、そうです。『源氏物語』です。

資格は、学芸員を。一応、教職や、司書も考えたんですが、結局、一番自分に向いている、と思ったので。私、お道具の、…ええと、お茶の道具、のことです。…あ、すみません。余計な注釈でしたね。…とにかく、そういうものの扱いは、祖母からも仕込まれていますし、きちんと取り扱える自信がありましたから…。それに、今まで仕入れてきた知識が役に立つんじゃないか、って考えて決めました。

金沢、…北陸の金沢にありますよね?中村記念美術館って。…あ、ご存じないですか?失礼しました。ええと、お茶道具専門の美術館なんです。規模、…少なくとも展示の規模は、決して大きくはないんですけれど、私のような人間にとっては、それこそ夢のような空間です。

私、大学の卒業旅行で、一人で金沢に行ってきたんです。随分前から計画立てて、お宿も自分で決めて、新幹線の切符も予約して。旅行の費用は、こちらも随分前から。学生科で紹介してくれる、一日とかの短期の、世間知らずの私でもできそうなアルバイト、こまめに探してこつこつ貯めて。祖母も「いいねぇ、私も行きたいねぇ」って言っていましたけれど、お稽古を放り出すわけにもいかないって。「行って、しっかり自分の目で見てきなさい。可愛い子には旅をさせよ、ってね」って言って、送り出してくれました。…私、それまで、一人で旅行したこと、一度もなかったんです。本当に世間知らずそのもので、お恥ずかしいんですけれど…。

あちらは北国で、一応、重装備はして行ったんですけれど、三月半ばなのに、相当に寒かったのを覚えています。…いえ、幸い雪にはそれほど…。あちらの方に伺いましたけれど、最近ではあちらでも、昔ほど雪が降らない、って…。

三泊四日っていう、限られた時間内でしたけれど、中村記念美術館はもちろん、県立美術館の雉の香炉や、他にも前田家、加賀のお殿様ですね、…あ、また余計な注釈でしたね…。その前田家秘蔵の、この世に滅多にないような、様々なお道具や宝物も見られましたし、あの旅行は、ただ満足の印象しかありません。

すみません。話が脱線しましたね。別に鉄道絡みの話だから、ってわけではないですけれど。…ええとですね、本筋に戻しますと、その、中村記念美術館みたいな、そういうところにお勤めできたら素敵だろうな、って思ったんです。

それは、…今のご時世ですし、世間はそう甘くないってことくらい分かっています。実際、学芸員は狭き門ですし…。でも、人生一回こっきりって決まっているんですから、試してもいないうちから諦めるだなんて、そんなの悔しいじゃないですか。伍代さんだって、諦めないでこのお仕事を続けたからこそ、今のキャリアがあるんでしょう?違います!?

……すみません、馴れ馴れしい口を叩きました。私…いつもこうなんです。いい子を装っているくせに、頭に血が昇ると我慢できなくなるんです。そのせいで損をするって、分かっていても止められないんです。大変失礼しました。

…そうですか?本当に怒っておられない?…私の言ったこと、本当に間違っていませんか?……良かったあ…。

いえ、後藤さんのご紹介ですし、それに、…こんな風に私の話を聞いて下さる方、他にいませんから…。伍代さんがお気を悪くして帰られたらどうしよう、って。…ありがとうございます。本当に失礼を申し上げました。

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