第11話

そんな訳で、私、そんな格好良い、言って見れば自慢の祖母を、他でもないこの私が陰ながら支えて、間違いのないようにサポートしながら、この先もずっとそうやって生きて行くんだ、って、長いこと信じ込んでいました。

中学からは、祖母の勧めもあって、祖母とも縁のある、それなりにレベルの高い、文科系の部活の実績のある、しっかりした茶道部のある学校に入りました。

その学校…私の母校で、祖母は昔、茶道の講師として勤めていたんです。…ええ、もちろん茶道部の顧問もしていたそうですけれど、その学校は茶道の授業があって、祖母はその授業を長いこと受け持っていたんです。私が入学した頃には、さすがに教室との掛け持ちがきついって、退職していましたけれど…。

お察しの通り、私立の学校でしたから、合格発表の晩に、お祖母ちゃん、ごめんね、これからお金掛かっちゃうねって言ったら、

「大丈夫。葵、あんたはしっかり勉強に励みなさい。あんたの学費は投資だと思うことにする。出世して返してくれるのを楽しみにしてるからね」って…。

…ええ、私の養育費は、両親から出ていましたけれど、祖母は、それには極力手を付けずに、私の名義でずっと貯めていたんです。後から分かったことですけれど…。私を引き取るに当たっては、これも後から聞いた話ですけれど、役所に、一時期お百度参りみたいに日参して、私の分の里親給付の手続きを取ったらしいです。

私の方は、学校に行きながら、家ではこまめに祖母に稽古を付けてもらいました。高等部に上がる頃からは、家の中のことや,お稽古の準備やら後片付けやらだけじゃなく、事務的な手伝い、…お菓子屋さんの支払いや、帳簿付けなんかも本格的に手伝うようになりました。帳簿は、私が担当するようになってからは、パソコンのソフトを導入して、祖母が見やすいためと、あとパソコンに万一があった時のために、毎月の分をプリントアウトして、全部ファイルに収めて…。私は祖母の弟子の中では当時最年少でしたし、他のお弟子さんからは可愛がってもらっていたと思います。「葵ちゃんはしっかりしたいい子ね」って。祖母は「いや、まだまだ修行が足りない」って良く言ってましたけれど…。

大学も、自然に文科系の大学の、国文学科を選びました。自慢ではないですけれど、私、学校でも成績良い方で、特に古文の成績は、毎回クラストップどころか、学年一位をキープしていました。「何でそんなことできるの?」って、周りの友達からは言われましたけれど、…好きこそ物の上手なれ、って言うんでしょうね。私にとっては当たり前のことでした。さすがに古典文法は、外国語を習うつもりで、塾の勉強以外に参考書も買って、必死に勉強しましたけれど…。

伍代さんならご存じかも知れませんけれど、お茶…茶道の世界って、古典教養が、それこそごく当たり前に試されるんです。このお菓子にはこういう意味があるとか、この花にはこういう謂れがあるとか…。子供の頃から、…私、祖母の家に引き取られる前からも、時々祖母の家に行って、手ほどきを受けていたんです。本格的に入門したのは、祖母に引き取られてからですけれど…。

ともかく、子供の頃から、そういう世界にどっぷり浸かっていれば、自然とこういう人間が出来上がろうってものです。祖母のお稽古と茶道部が最優先で、あまり付き合いの良い方ではありませんでしたから、影では変人扱いされていたかも知れませんが、私にとって,そんなのは取るに足らないことでした。

大学でも、茶道部に入りました。大学では、部活は義務ではありませんし、祖母のお稽古があるから無理に入らなくてもって言ったんですけれど、祖母が「うちの稽古だけで満足してちゃいけない、幅を拡げなくちゃ」って…。

朝起きて、学校行って、部活のある日は部活行って、帰って家の手伝いして、祖母の前で、部活で教わったことをお浚いして、間違いがないか確認してもらって…。普段はバイトなんてする暇もないくらい、本当に忙しい毎日でしたけれど、ものすごく充実していました。きっと若かったからできたことでしょうけれど。

…え!?いえ、…もう、最近では、本当に体力ないんです。何だか億劫なばかりで…。

ええ、そうかも知れません。あんな目に遭ったんですから、それはやっぱり…。

ええ、今、後藤さんにご紹介頂いたところに通っています。ご存じかも知れませんが、大きな精神科の専門病院です。あの直後…例の事件の直後に入院させて頂いて以来、お世話になっています。

…ええ、今もお薬を。お陰様で、随分…息をするのが楽になりました。大袈裟な表現じゃないんです。本当に、…あの頃、事件の直後、少なくとも一ヶ月くらい、自分がどうやって生きていたか全く覚えがないんです。私、そんなに柔な人間じゃないって、自分ではそう思ってましたけれど…。

ああ、そうなんですね…。そうか、これがPTSDって言うんですね。…担当のお医者様も、全くそういうこと仰らないので、自分では全然分かりませんでした。

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