アナザー2-3 「かくして荒療治ははじまったとさ」
由香がトイレから出てきてしばらく時間が経った。
部屋に入ってもうるさかった由香の勢いはトイレで出したものと一緒に流れてしまったらしい。嘘のように静かになった。
あんまりに静かだから時々由香の方に目を向けるんだけど、目はちゃんと開いてて、ふとした拍子に視線が交錯する。
「なにか?」
さすがに何度も目が合いすぎるので、由香に尋ねてみた。
「や。なにも……」
こんなやりとりをかれこれ3回はやってる。
読書をしていても視線を感じるからまともに集中できないし、由香は由香でせっかく読みはじめたってのにまったくページが進んでない。
いやホント、なにしに来たのかさっぱりわからない。
「なにもってことはないでしょ。さっきからずっとこっち見て――」
「なんでもないってば!」
静かになったと思ったら今度はこれ。いや、マジでなんなの?
なんて考えながらマンガを読み進めていると、似たような状況のシーンが出てきた。
「もしかして……トイレの音?」
「違うって言ってるでしょ!?」
当たりっぽい。由香の顔が急に真っ赤になった。
「別に音くらい気にするほどのことじゃないと思うんだけど」
「だからってドアの前で突っ立ってないでよ!ヘンタイ!!」
「いなくなったらいなくったでどこ?とか聞いてくるでしょ」
その一言で由香は一瞬黙った。
「そういう問題じゃないでしょ」
「聞いてくるならそこにいた方がよくない?」
「いいわけないでしょ!?バカじゃないの!?」
由香が顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「あのね!さすがに初対面の女の子トイレの音を聞くのはどうかと思うんだけど!?」
「いや別に聞きたくて聞いたわけじゃ――」
「黙れ。ドヘンタイ。言い訳なんか聞きたくないわ」
そこまで言われてしまうと、俺としては相応の対応をしないわけにはいかなくなるわけで。
「じゃあ、お帰りいただいて。2人には決壊寸前までガマンしてたドヘンタイに部屋にまで侵入されたって――」
「いや、そこまで言うのは違うじゃん」
なにが違うと言うのか。
「違うもなにも事実でしょ」
「そうだけど、あの時はそうするしかなかったんだからしょうがないじゃん。いなくなったら絶対逃げるってわかってて逃がすバカいる?」
「漏らす方がバカだと思うけど。荷物渡すとかあるでしょ」
「……あ~、言われてみれば。ってそういう問題じゃないんだってば。トイレの前に――」
堂々巡り。
俺も由香に文句は言えないかもしれないけど、きっかけを作ったのは由香。どっちがヘンタイか、なんて聞くまでもない。
――というか。
「そうだ。聞き忘れてた。そもそもなにしに来たの?」
「え?」
ただ言われるがままに案内しちゃったけど、ここになにしに来たのか聞くのをすっかり忘れていた。
「あ〜……っと。遊びに?」
なんで疑問系……?そもそも知り合って4時間で部屋に来ることだっておかしい。
「言っとくけど、何かを盗もうとかは考えてないからね?そんなことしなくても必要なら買えるくらい持ってるし」
「へえ」
「嘘だと思ってるでしょ。ちょっと待ってて」
由香はスマホをカバンから出してなにやら操作しはじめた。
「ほい。証拠」
と見せてきた画面には円マークとその後ろに数字が9つ。……9つ?
ゲームのしすぎで目が悪くなったか?
目を擦ってもう一回画面を見てみる。
「あれ?おかしいな」
「どうしたの?」
「数字が9個見える。小数点、じゃないよな?」
俺がそう言ったら、由香が急に笑い出した。
「見えるもなにも9つあるんだからその目は正常だよ!」
「ええ……?」
「ほら、ちゃんと見てみな」
と、スマホを渡された。
本名だろう。
「ね?ちゃんとあるでしょ?」
「まあ、たしかに」
「使っても増えるからさぁ。困るんだよね。主に税金が」
由香にスマホを返すと、カバンにしまった。っていうか、今の今まで気付かなかったけど、そのバッグもブランドもんじゃねえか。まさかとは思うけど、服もブランドじゃねえだろうな?
「だからホスト?使い道ほかにもあるんじゃ――」
「ないんだってば。いろいろ使って余った分がそこに回ってたってだけなの。使うって言ってもほとんど仕事だからさぁ。息抜きにでも、って思って。まあ、よく考えたら息抜き、ってほどじゃなかったけどね。行くの辞めるって言ったら創司くんが『いきなり辞めても代わりになるものがないとすぐに逆戻りするぞ』って」
なるほど。それで俺か。
創司のヤツ、厄介なモンを押し付けやがって。
「でもホストと俺じゃ全然違うだろ」
片やインドアな貧乏学生。対して向こうはホスト。住んでる世界で言えば真逆だ。
「そう!そうなんだよ!一応それっぽい理由はあるけど……」
「へえ?どんな?」
この流れだ。ロクな理由じゃないことだけはわかる。
「言っていいの?怒ったりしない?」
「しない。というか、この流れでマトモな理由だった方がキレる」
「ええ?まあ、マトモとは言いにくいからいいんだけどさ」
そう言って由香は意を決して口を開いた。
「エロゲと動画だけで満足してる妄想どっぷりなクソ童貞を好き放題育ててみれば?」
「ほう」
随分とな言い草だな、と思う。童貞にクソまで付けられたところで事実なんとも思わないけど、育てる?なにを言ってるんだアイツは。
「悪いけど間に合ってる」
「そう?言っとくけど、女の子とまともに話せない男子が女の子と付き合えるわけないからね?マンガってかラブコメでもさ、最初に女の子とちゃんと話せてるでしょ。そのくらい呼吸するのと同じレベルでするんだよ?話ができて初めてスタートラインの前の準備運動くらいなんだから」
やかましい。そんなことは百も承知だっての。
「で、聞きたいんだけど、話せる女の子いる?」
と、聞いてた由香はその問いを「聞き方が悪いか」とすぐに言い換えた。
「自分から話しかけられる女の子、いる?」
「……」
自分から話しかけられる……か。
なんとなくだが、由香にウソを言ったところですぐにボロが出そうな予感がする。
なんせ、コイツはホストで何人も食い漁った側。貢いだのか、貢がされたのかはわからないけど、とにかく対人関係で言えば確実に俺より上。なによりその証拠がさっき見せられたスマホの数字だ。あんなの1人でどうこうできるレベルじゃない。
「……いや」
悔しいが事実は事実。受け止めなければいけないことははっきりしておいた方がいい。
「ふ。ちゃんと言えるんだ。エライエライ」
由香が俺の頭に手を伸ばした。
「認められるってのは大事なことだからね。それができるのはすごいよ」
「事実だろ」
「って思っても人って案外それを認めないものだよ。なにかのせいにしたり、だれかのせいにして、ね」
そうだろうか?たしかにゲームだと由香が言ってるようなセリフはそこかしこで見かけるけど。
「言い訳とかしないでちゃんと認めてるってだけで、そこら辺の連中とはちょっと違うよ。まあ、それを見せる女の子がいないってのは最大の問題ではあるけど」
「致命的じゃねえか」
「だから、よ。話せる、まではいかないにしても、話しかけてもらえるくらいになればどう?」
「どう、と言われても。そんなのに話しかけられてもなぁ」
「ちなみに大学生にもなって経験ゼロな子ってほぼゼロだから。男の子はそれなりにいるけど、女の子はそういうの早いよ?」
「つまりみんなビッチと」
「言い方」
額を指で打ち抜かれた。
「とりあえずその辺の意識を変えるところからかな。大丈夫。すぐにとって食おうなんて思ってないから」
「すぐに、ってことはそのうち食うつもりではいるわけか」
「……まあ、そうなったら、かな」
なるとは思わないけど、と言って由香は立ち上がった。
「とりあえず、まずは一緒に寝るところからはじめようか」
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