アナザー2-1 「大玉スイカが罠と気づいたときには遅かった」
珍しい、なんてもんじゃないヤツから連絡が来たのは、夏のある日のことだった。
寝落ちしてはゲーム、寝落ちしてはラノベ、アニメと繰り返すこと、早4年目。留年しない程度に単位を取ってあとはひたすらゲームとラノベ、アニメを見まくるという、インドア全開なオタクライフを楽しんでいた。
ペコンポコン
耳慣れない音がスマホから聞こえてきた。
まあ、こういうのは大概変な広告で通知を切ればいいのにめんどくさくてそのまま放置したヤツ系のアレだ。
俺はそう思って聞かなかったことにする。
ペコンポコン
2回目。もちろん無視。つーか、そうだ。なんとなくお得だからって登録した公式のアカウントの広告がマジでウザい。行けばお得なのはわかるんだけど、このクソ熱い中、わざわざ快適な部屋を出てノコノコ外に出るなんてヤツは気が狂ってるとしか思えない。なんだかんだ1回も使わず、放置したまま。
付き合う女もいなければ、話してくれる女子もいない。部活やらサークルに入れば少しは違ったのかもしれない。けど、このクソ暑い中で出かけるのもおかしいし、なによりアノ手の連中とは確実に合わないのが紹介のときに察した。
話すだけで言えばメイド喫茶とかもあるっちゃあるけど、ただ話すだけに金銭のやり取りが発生するってのもおかしな話と思って行ってない。
ペコンポコン
「なんだ。うるせえな」
3回目でようやくスマホを手に取った。スマホのゲームもやってないわけじゃないんだけど、なんだかんだやってると途中で落ちるから大学生活ではもっぱらパソコンでスマホのゲームもやってる。だからスマホの出番なんてそうそうない。誰かから連絡が来るわけでもないし。
と、画面が見えるように持った瞬間、画面が電話の画面に切り替わった。
誰だよ、こんな時間にかけてきたヤツは――。
「創司……?誰――って。双子のアイツか」
高校のときにいた学校じゃ知らないヤツはいないってほどの顔と親しみやすさを持った双子がいた。創司はその双子の幼馴染。
双子の片割れがいたバレー部の連中と一緒に引っ越すって言って、別れたっきり音信不通だった。
「もしもし」
『お。出た。久しぶり。生きてるようで』
久しぶりに聞いた声は高校にいたときとまったく変わってなかった。
「そりゃこっちのセリフ。お前こそよく生きてるな。双子と同棲中だっけ?」
『そうそう。雫が付いてくるって言ってな。霞は雫がいなくなると干からびるってんで、なんか一緒にされた』
「姉妹丼ならぬ双子丼ってか。羨ましいことで」
見た目も性格も普通以上。そんな双子と同棲だとしたらそりゃあもうずっとベッドの上でイチャイチャしてんだろうな。
双子と同棲どころか付き合ったり、それ以前の話すことですらゲームでしか味わえないってのに、電話の向こうは間違いなくリアルなわけで。羨ましいったらありゃしない。
そもそも双子同時に相手にするなんてゲームでもそうそうネタにならないってのに。
と、スピーカーの向こうに創司以外の女の声が混じってるのに気が付いた。
「誰かと一緒か?」
『ん?ああ、そうそう。それで電話したんだった。説明するのもめんどくせえからとりあえず来てくんね?あ。風呂に入ってからな』
「?ああ」
風呂?なんで風呂?
首を傾げてる間に電話は切れてしまった。
っていうか、説明すんのもめんどくせえってどういうことだよ。謎は深まるばかりだけど、それを聞くのはめんどくさい。どうせ行く以外の選択肢はないし。
「風呂か……めんど」
けど、まあ、いいか。暑いし。スッキリさっぱりしてから行くことにする。
創司から送られてきた場所は家から歩いて30秒のところにあるファミレス。いや、同じ建物の2階だから歩いてって意味はちょっと違うかもしれない。
「いらっしゃいませ〜。空いてる席へどうぞー」
時間的にはまだ朝の時間でさらに平日ってこともあって、ファミレスの中は空席が目立つ。
辺りを見渡していると、視界の端に手を振ってるのが目に入った。
近づくと、懐かしい顔がもう1人。
「穂波ちゃん?」
「久し振り〜」
軽いノリで手を振ってきたのは、国語担当の教師。
「なんでここに?」
「まあまあ。細かいことは気にしないで。あ、そっちに座って」
と穂波ちゃんが指した向かい側の席に目を向けた俺はある一点に目を奪われた。
――デカい。
どこがなんて語るまでもない。穂波ちゃんと同じくらいに見えるけど、服を押し上げてるそこは穂波ちゃんとは明らかに別の何かを感じる。
と、少し考えたところで思い当たった。
マンガかイラストでこんなの現実にあるわけねえだろ、って言われそうなくらいのサイズと圧だ。大玉のスイカがそのまま胸に引っ付いてる、そんなレベル。
「なにやってんの?早く座って」
「わ!?」
創司でも穂波ちゃんでもない声が聞こえたと思ったら腕を引っ張られた。あっという間に視界が真っ暗になった代わりに、柔らかい感触とほんのり甘い、いい匂いに包まれる。
「おっとごめんごめん。いきなりすぎたね」
上から降ってきた声は不思議なくらい優しさを感じる。
なるほど。これが世の中のごく一部のオタクどもが「バブみ」とかなんとか言ってるヤツか。たしかにこの安心感。ずっとこのままでいたくなる。ばぶ〜とは言わないが。「ママ〜」くらいは言えそう。
「由香さぁ……そうやって引き込もうとするのマジでやめた方がいいよ?」
顔いっぱいに広がる柔らかさと心地いい匂いに包まれてると、テーブルの向こうから穂波ちゃんの声が聞こえてきた。
「え〜?そんなつもりはないんだけどな」
「あんたがそのつもりがなくても結果だけ見ればすぐにわかんの。どんだけ捨てたと思ってんの」
「5から先は数えてない……かな」
……訂正。これは魔境だ。
俺はゆっくりと起き上がる。途中、頭と肩に柔らかい衝撃を感じた気がしたけど、無視。改めて創司と穂波ちゃんと向き合う。
「ってことで、高校んときのクラスメイトの四郎。天草四郎」
「え。歴史で出てきた?」
「そうそう。同姓同名」
な、と創司が俺に話を振ってきた。が、持ちネタを食われてしまった俺はテキトーに頷くだけ。
「さっきも言ったけど、趣味はアニメとかそういうの。要はそっち系のオタクだな」
「マンガとかあったり?」
「そりゃあまあ……」
オタクなんだからないわけないだろ、って言いたかったけど、穂波ちゃんに視線で殺されそうになった俺は空返事で凌ぐ。
「で、こっちは由香」
創司が俺の隣の女子を指した。
「由香でーっす!」
「寝てないからテンションぶち上がってるけど、気にするな」
「寝てない……?」
平日のこの時間だぞ?寝てないってどういうこと?
「ちなみに穂波ちゃんと同い年」
「は?」
「ちょっとその反応。どういう意味かな?」
穂波ちゃん、ナイフを俺に向けるな。怖すぎるだろ。
「人に向けるならせめて箸にしろ。ナイフは犯罪だぞ。ガチで」
「っと、そうだったそうだった。ごめんごめん」
俺が思ったことを創司がそっくりそのまま穂波ちゃんに言ってくれたおかげで、向けられたナイフはすぐに下ろされた。
穂波ちゃん、意外なところに地雷があったんだな。
それにしても……2人のテンションがあまりにも相対的でビックリしただけなのに、なんで詰められなきゃいけないんだ。
「とりあえず俺から話せるのはこのくらい。あとは2人でうまいことやってくれ」
「は?」
と、言ったのは俺ともう1人。
何を言い出すのかと思ったらもう立ち上がってるし。
「んじゃ。またどこかで」
創司は穂波ちゃんの腕を引いてさっさとファミレスを出ていってしまった。それはもう風のように。あっという間の出来事だった。
――謀られた!?
数瞬遅れて気が付いたけど、気づいたところでもう遅い。
俺の右手は由香とやらにがっつり握られて、おまけに腕も大玉スイカに挟まれた状態。これで動けるヤツがいるなら出てきてほしい。
「んふ。ってことで、2人には逃げられちゃったから1日、よろしくね?」
気まぐれで来て満足できるファミレスだったが、このときばかりはここに来たことを後悔したのは、言うまでもない。
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