アフター68 「スッキリ?ドッキリ?」
カチャカチャと創司のモーニングプレートと食器が当たる音が響く。
「あれ。穂波?」
なんだかんだ好きでしょ――。
由香の言葉はドヤ顔であたしに向けたフォークのように妙に突き刺さった。
いや、好きかどうかって聞かれればそりゃ好きだけどさ。でもそれは別にこうして一緒にいるのが好きなだけで、恋愛感情の好きかどうかって聞かれたらそりゃ違うわけで。
そもそもよ?
高校時代に散々酔っ払って暑いからって服脱いで挙句にみんなと一緒になってアレなゲームに参加して見せられないような凶悪な醜態を晒しておいて、今さら好き?
いや、ないわ。ない。ないでしょ。
涼とかほのかとかドがついても足りないくらいのヘンタイたちがいるからそれなりに耐性があるとしてもよ。あたしだよ?
年上でもあの歳まで未経験を貫いてきた澪先輩みたいな清楚さもない、ただヤリまくりのガバ――じゃないけど、そうはいってもみんなよりかは緩んでるかもしれないくらい経験済みな年上よ?
良さなんてどこにあるのよ。
強いて言うなら胸?一応まだ重力には勝ってるけど。けど、本当に勝ってるかって言えば、雫の方が明らかに上なわけで。いやマジであのサイズであのハリと柔らかさの両立は勘弁してほしい。しかもまだサイズアップしてるとか、世の中の男を独占するつもりかっての。
ちなみに今の最下位は高校でぱったり成長が止まった花音。自称Cだけど、あたしは知ってる。パッド入りでほんとはCにギリッギリ届かないBだってことを。
「……まーたくっだらねえこと考えてるよ」
そういえばあんまりおっきいと重力に負けてくるとナンみたいになるってどっかで聞いたな。
澪先輩は……まだ大丈夫だったはず。
この前揉んだけど、大学のころよりハリはなくなった割に、その分トロットロになっちゃいそうなくらい柔らかかった。あれに挟まれた創司は――いや、深くは語らない方がいいかな。創司の沽券に関わるし。
え?強いて言うなら?
……強いて言うなら――。
「おい」
「あいった!?」
脇腹に強い痛みを感じてあたしは飛び上がった。
「なに!?なにすんの!?」
「考えてんのダダ漏れだバカ」
「バカ!?」
いまバカって言った!?仮にも年上、しかも担任じゃないけど教師に向かって!?
「穂波さぁ……」
明らかに舐め腐ってる創司に怒鳴り散らしてやろうとしたら、なぜか由香が頭を抱えていた。
「な、なに?どうしたの?」
「考えごとしてると口から漏れるクセ治ってないね」
「……え?」
口から漏れる……?
あまりの衝撃にあたしの思考が少し止まった。
「な、なに言ってんの?考えてるのが漏れる?そんなわけないじゃん」
ヤバい。ちょっとビックリし過ぎて声が震える。
「漏れてるって言ってんだろ。ここんところ勝負でカモにされてんの、全部ダダ漏れだからだぞ」
「……マジで?」
ウソだ、と言いたい。言いたいけど、たしかに最近の罰ゲーム系の勝負が負けまくってる。え?もしかして本当に全部漏れてる?
「……ど、どこから?」
「なにが?」
「どこから聞いてた?」
受け止めきれない衝撃の事実だけど、どこから聞かれてたのかはハッキリしておかないと。
もし最初の方から漏れてたとしたら恥ずかしいなんてモンじゃない。もう高いところから飛びたくなる。
「どこから、って言われてもね」
恐る恐る聞いたあたしに2人が顔を見合わせた。
「ほぼ最初?好きかどうかって言ってたところから」
「ああああ……!!」
ヤバいヤバい!ホントに最初っからじゃん!!
「ってかさぁ。そこまで考えてるならもう好きとか言ってるようなもんで朝までこうしてるってさ、付き合ってるも同然じゃん。なに今さらジタバタしてんの?ぶっちゃけもうヤってんでしょ?」
「いや、それとこれとは話が違うっていうか……」
由香のヤツ、なんであたしと創司の間に肉体関係があること知ってるんだろ?いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「一緒一緒。いや、今までとは違うかもしんないけど、そこまでしてんでしょ?なーんも変わんないって。さっさと認知しろ」
「なんで。認知なんかしないっての。あんたのホストと一緒――じゃあないけど、とにかく違うってば」
「ふうん」
必死に否定するあたしに気持ち悪いくらいニヤニヤしてる由香。
「まあ、そこまで言うならちょっと試してみる?」
「なにを?」
「ってことで、こっちきて」
「はいはい」
と、あたしが首を傾げるのと同時、由香が創司に手招きをして自分の隣に座れとばかりにソファーを叩いた。創司がそこに座る。まだ身内じゃない認識な創司と由香の間には隙間がある。
が、由香がそれを一気に詰めて腕を組みやがった。
「……いや、そんなベッタリくっつかなくても良くない?」
「そう?いやでも、この先仲良くさせてもらうからこのくらいはしておこうかなって」
いやいやいや。なに言ってんのこのアマ。
仲良くさせてもらうったってそこまでする必要ないでしょうが。
あ〜胸まで押し付けて!なにやってんの!?
「ん?もしかして穂波よりある?」
「わかる?下から持ってみ?」
「おお……!」
いや、「おお……!」じゃないんだけど!なにやってんの!?
「すっげ。穂波より重いわ。見た目あんま変わんねえのに」
「ふ。見た目じゃわかんないよね。片方で2キロあるんだよ?」
「マジ?」
「マジマジ。あ、せっかくだからさ。直で触ってみる?」
「いいの?」
「いいよ。ちょっと待って」
と由香が背中に手を伸ばした。
いやいや。ここどこだと思ってんの!?ファミレスだよ!?創司も目を輝かせるな!!
あー!くっそ!すぐにでも割って入りたいのにテーブルが邪魔すぎる!
おのれ由香!その乳もいでやる!!
あんまりにあんまりな2人に冷静じゃいられなくなったあたしが由香に手を伸ばそうとしたところで、2人はパッと離れた。
「ふ。穂波でもそんな顔するんだね」
「は?」
「それよ、それ。ウチらの間に入ってでも止めようとしたでしょ」
「いや。さすがに公衆の面前ですることじゃ――」
「雫も霞もやってんだろ。休日のモールの屋上で」
否定しようとしたあたしを創司がバッサリ切り捨てた。
いや、たしかにそう言われればそうだったわ。なんで止めようとしたんだろ?
「取られたくない、って思ったんじゃないの?いや、別になんでもいいんだけどさ」
「……」
いや、そうじゃないんだけど、かといってそうだって言うのもなんか違う気がする。
「拗らせすぎ」
「は?」
「創司くん、よくこんなのと付き合ってられるね。わたしだったら無理だよ?こんな拗らせ」
なんか感心されてんだけど。急になに?
「恋愛とかすっ飛ばしてカラダの方が先だったんだろ。めんどいからって」
「あ〜かも。ね?その辺どう?」
いや、ちょっと?勝手に人の分析しないでくれない?たしかにその通りっちゃその通りだけどもさ。
「満足したらポイ。しなくてもポイならそう言うの気にしなくていいもんね?」
「いや、そんなことないけど」
なんて否定してみるけど、由香の圧の方が強すぎて強く否定しづらい。
「言っとくけど、わたしはちゃんと恋愛経験あるから。穂波と違って」
「んなバカな」
「って言っても今考えたら完全に顔だけで選んでしくじったわ〜って言えるレベルのヤツだけど」
「……」
あれ。まさかの本当にあるヤツ……?もしかしてこれがガチの恋愛経験者……?
「でもあのときはちょっと褒められれば飛び跳ねるくらい嬉しいし、次も褒めてもらえるようになんかしようって思っちゃうんだよね。や〜マジ、恋ってすごいよ?」
完全にマウントを取られてる。
対抗したいけど、あたしの手札には無効化するカードは全くない。明らかな格の違いを見せつけられてぐうの音も出ない。
「でも穂波のはたぶん違うね。そういうのじゃない」
けど、由香はあっさりそれを否定した。
「あんたのはなんか、こう、積み重なってる気がする。一緒にいる時間が好き、とかそういうのって最たるもんじゃん。付き合ってさ。その先もってなったらずっと一緒じゃん。なのに気まずいとかなくて、逆に落ち着くんでしょ。わたしはそっちの方がすごいと思うんだけど。駆け引きすらないんでしょ?んなのそうそうないよ?」
「……」
そう、なのかな。
あたしは創司に目を向ける。
「俺が知るわけねえだろ」
「いや、そこは自信を持って頷くところじゃ……」
「誰がどう、なんて気にするわけねえだろ。バカが。そんなことできるなら最初っから1人に絞ってるわ」
納得していい言葉じゃないけど、妙に説得力があった。
「いいの?こんなので」
「そりゃあ自分で良ければいいだろ。誰かと比べたりする方が間違ってるっての。言っただろ。好きか嫌いかなんてどうでもいいって」
よっこいしょ、とジジくさいかけ声を出した創司が戻ってきた。
なんか、収まるところに収まったような気持ちになってやっぱり落ち着く。
「はぁ〜あ」
創司の肩に頭を預けると、由香がつまらなそうな声を上げた。
「いいなぁ〜!わたしもそんなふうになりたいわ」
そういって由香は残ったモーニングのおかわりを全部かきこんだ。
パンパンに頬を膨らませて由香はモッシャモッシャと咀嚼。ゴクンと飲み込んだ。
「つってもさ。さすがに創司くんはもうムリでしょ?」
「ムリ。これ以上性欲魔人が増えたら透明になる」
「あははは!透明……透明ね。そりゃ困るわ」
笑いごとじゃないんだけど。勝手に人の彼氏――でいいのかな、いいや彼氏で――を取らないで欲しいんだけど。
と、ツッコミを入れようとしたら、横で創司がスマホを出してなにやらいじり始めた。
「そうだな。手ぶらで穂波ん家に行くのもアレだから一匹供物するか」
「どういうこと?」
スマホをいじってた創司が画面を由香に見せた。
「知ってるか?オタクって趣味に全振りしてるって」
「そりゃあ、そのくらい常識でしょ。っていかにもなオタクじゃん。これがどうかした?」
画面がついたままのスマホがテーブルに置かれた。画面に映ってるのは……高校時代に創司の前の席だった四郎くん?
「仮に、こいつの趣味を自分にできたとしたら……どうよ?」
「ええ……?」
由香が怪訝な顔をした。ムリもない。あたしだってそんなことするほどの労力は割けない。
「要はだ。この歳まで未経験でただ毎日空撃ちだけで費やしてるんだな。それを自分好みにアレンジできるわけ。わかる?」
「は?わかるに――……いや、ちょっと待って?もしかしてそういうこと?」
なにがそういうことなのかさっぱりだったけど、由香は何かに思い当たったらしい。
創司が「わかった?」と言いたげにあたしに目を向けた。が、もちろん、わかんなかったあたしは首を傾げる。
「穂波がわかってなさそうだから一応言っとくか。要はだ。今まで穂波以降散々どこの誰とも知らねえ女にぶん取られてテキトーな気持ちよさだけで終わってたアイツらを捨てる代わりにコイツをゼロから――」
「え、それって――」
「乗った」
許可も得ずに人を売ってない?って言おうとしたら、由香が食いついた。
「ふふっ。いいんでしょ?どんなことしても」
「ああ。本人にも許諾をとった。もうちょっとここにいれば来る」
「話が早い!」
い、いや。え?な、なにこれ?
あたしの気持ちがなんとなくスッキリしたと思ったらなんか話が全然違う方向に進んでる気がするんですけど!?
なんて思ってる間に四郎くんがやってきた。
創司が手を挙げると、それに気づいた四郎くんが由香の隣に座った。
「久しぶりじゃねえか。卒業式以来?」
「なかなか忙しくてな」
「わかる。で?美味しい話があるって?」
ビックリするくらい簡単な挨拶を済ませた四郎くん、早速本題を聞いてきた。
「そちらのお姉さん、つっても穂波と同い年だけど――」
先を促された創司はカモネギよろしくノコノコやってきた四郎くんを本題という沼に誘っていくのだった。
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