アフター67 「温と冷」
「どれだけ積んでるのか知らないけど、トップになるくらいなんだから本命みたいなのはいるんじゃないの?」
由香と入れ替わりで創司がスープとドリンクバーのドリンクを取りに席を離れたタイミングであたしは由香に聞いた。
「ん〜……まあ、ここだけの話をするならそりゃいるっちゃいるけど……」
なんか由香の歯切れが悪い。
「いるんだ?」
「でも恋愛感情の好きとは違うよ?推しっていうか……」
「推し」
「あ〜いや、でも別に誰かに紹介したいとか、あの子がイイから行ってみてって言えないから、やっぱ推しとはなんか違うかも」
「ふうん」
推し、ねえ。オタク文化みたいなのを知らないわけじゃないけど、そこまで誰かとか何かにのめり込んだことがないあたしにはちょっとわからない世界だった。
「わからないでしょ」
「正直」
「だよね」
顔に出てる、と言われてあたしは視線をモーニングのプレートに落とした。
創司にも言われたけど、あたしってそんなにわかりやすいかな?
「事情を知らない穂波に言うのもアレなんだけどさ。中にはいるよ?あの子たちじゃないけど、客とプライベートで付き合ってそのまま結婚しちゃったって子」
「あるんだ?」
「あるある。少ないけどね」
マンガとかドラマの話かと思ってたけど、まさか本当に自分の近くであることだとは思わなかった。
「由香もなれるんじゃないの?あれだけみんながついて来てくれるんだから」
「いやいやいや。んなことない。アイツらにとっちゃわたしなんか良くてオモチャ、もしかしたらサイフくらいにしか思ってないよ」
モーニングのプレートを食べ切った由香がメニューのタブレットを手に取った。
「よく考えてみ?本気でいて欲しいならわたしがここにいるわけないじゃん。穂波の横に男がいたんだよ?あんな話してさ。視界に入ってないわけないじゃん。フツーなら引っ張ってでも止めるでしょ。それをしなかったんだよ?それにさ――」
タンタンと画面をタップして注文を済ませると、由香はあたしの方に目を向けた。
「レン、って穂波に最初に声をかけた子、直前までわたしといたんだよ?あり得なくない?」
「あ〜」
それはダメっていうか、終了だわ。
「誰も止めないし。マジでぶち殺そうと思ったわ。もう行かないからいいけど」
「え!?行かない!?」
いきなりの発言にあたしはビックリしてしまった。
「どうした?」
そこにタイミングよく創司が戻ってきた。
「や、わたしがもうホスト行くの辞めるって話をしたら穂波がビックリしただけ」
「へえ、トップレベルに突っ込んでたホス狂いがホストに行くのを辞めるってか」
「ちょっと言い方」
事実だけど、容赦がなさすぎる創司の太ももを叩いた。
「辞めるって言うのは簡単だけど、代わりになるのはあんの?」
「なんで?」
「辞めるってことはそこに隙間ができるだろ。ホストってことは――心理的にもだけど、誰かと話す機会とか時間とかか。突っ込んでるのが大きければ大きいほどゴソッと一気に抜けるわけだろ。抜けたらでっかい穴ができる。そこを埋められるだけの何かがなきゃすぐに逆戻りだぞ」
と、創司は何故かあたしを見た。
「言っとくけど、穂波が色んなヤツに手を出すのを辞められたから自分もって思ってるとしたら間違いだぞ。コイツは自分から抜けたわけじゃねえ。そうせざるを得なかったからこうなってるだけ。そうじゃなかったら今もそこら辺で男を食い漁ってたんじゃねえかな」
「は?」
なんか失礼すぎない?
学生時代ならともかく、社会人になってまでそんなことするわけないじゃん。
……いや、わかんないけど。
強く否定できないのがちょっと悔しい。
「いや、今も食い漁ってんじゃん。そこんとこどうなの?」
「食い漁ってはないってば」
「男じゃないし、男子でもなくて女子だし。最後の一線は越えないようにしてるからセーフだろ。若干ノーマルに戻れなくなってるのもいるっちゃいるらしいけど」
「はい!アウト!アウトです!!」
この2人、あたしをほったらかして勝手に冤罪を作っては否定する流れにすんのやめてくんないかな。周りに聞かれるってことはないと思うんだけど、そうはいっても恥ずかしいものは恥ずかしい。
と、ふと視線をズラすと、中学生くらいの子と一緒に来たっぽい家族の大人と目が合った。
中学生と思しき子は目を輝かせてあたしに視線を送ってくる一方で、大人には逃げるように視線を逸らされたのが、妙に心にクる。
「あたしのことは置いとくとしてさ。由香はそれで穴埋めができるわけ?」
家族から逃げるように視線を逸らしたあたしはムリヤリ話の舵を切った。
「知らない。やったことないし、試そうとも思わなかったし。でも、所詮わたしとアイツらを繋いでるのはお金で、連絡先を知ってるって言っても事務所管理。それ以上もそれ以下もないってわかってるんだよ。向こうはプライベートも足の間にも入り込んでくるのにさ、わたしにはなにもないの。からっぽ。出すのは子種だけでそれ以外はぜーんぶわたし。あ〜なんかもういいかな。デキたらほかの子と一緒でたぶんポイでしょ。こんだけ積んでも。あ〜あ。なんか冷めちゃったな」
「で?次は別んとこってか」
「いやいや。もう行かないってば。狭い業界だから顔が割れてるし。よそに行ったところで、『どうしたの?』って結局アイツらんとこに戻るだけ。戻ったら今度は『なんで?どうして?』のオンパレード。馬鹿らしいっての。もう戻んない。あんなとこ」
吐き捨てるように由香が言った。
「っと。そうだ。行くの辞めるんだからいらないの消しとかないと」
スマホを出して「見てて」と画面を見せた由香は連絡用に使ってたメッセージアプリのアカウントをあっさり削除してしまった。
「あ。そっか。これもいらないわ」
と、他のアプリのアカウントも消していく。写真も、動画も何もかも。豪勢なグラスのタワーも、花束も、楽しそうな顔を切り取ったツーショットも。
ポンポン選択してはゴミ箱すら通さない完全消去で一気に消していく。
「お〜すっげ。マジスッキリしたわ。見て。ギリッギリだったのに容量一気に空いた」
2TBのストレージの使用領域は10パーセントちょっと。
文字通り何もかもなくなってしまった。
「で?どうすんの?跡形もなく消したけど」
モーニングプレートに載ったレタスを口いっぱいに頬張りながら聞いた創司に由香が答えた。
「ん〜とりあえず穂波んとこに行こうかな。ここにいてもまた行っちゃうかもしんないし」
「え」
急に飛び出した由香の言葉に耳を疑った。
「いや、急にあたしん家に来られてもなんもないよ?」
「え?女の子連れ込んでるんじゃないの?」
「連れ込んでないってば!!」
なんでそうなるの?
ヤバい。なんかマズい予感がする。
何がどうなって女の子を連れ込んでる流れになったのかさっぱりわからないけど、これは間違いなくアブない方向に向かってる予感がする。
「え〜?そんなわけないでしょ。ドア閉まってすぐにぶっ飛ばされたなんてわたし初めてだったんだけど。そりゃ穂波とおっぱいは揉み合ったりしたけど、再会してラブホにぶち込まれたと思ったらいきなり腰が抜けました〜なんてどう考えてもおかしいじゃん。わたしだって女の子と何回かしたけどさ。ドア閉まって2秒で落としたことなんてないよ?どうしたらそうなるわけ?」
したの!?いや、由香が言ってるのはたぶん女子会。女子会の内輪ノリでやっただけ。ウチらみたいなガチ勝負の結果で起きる罰ゲームなわけがない。あんな次の日動けなくなるようなガチの罰ゲームをやったなんてのウチらしかない。ほかにあってたまるか。
「そりゃあ経験の差――」
「じゃないでしょ。純粋な人と回数って程度じゃ説明つかないっての。そんなので腰が抜けるなんて聞いたことないよ。言え。どうやったの?」
グイと詰められたあたしは創司に視線で助けを求める。
「強いて言うなら合体技だな。俺からはそれ以上は言えねえ」
「合体……?え?合体!?合体って――!?」
「そういう意味じゃないから!!」
頬を染める由香にあたしは思いっきり否定して創司を睨む。
「なんだ。間違ったこと言ってねえだろ」
「言ってないけど、そうじゃないでしょ!?」
「合ってんの!?」
「ちがっ――」
「違うの?」
「うぐぐぐ……」
くっそ!キラキラと目を輝かせてる由香を否定してやりたいけどその通りだから否定もできない!
あ〜!もう!!なんでここに涼と薫がいないの!?あの2人がいればすぐに話が終わるのに!!
「涼と薫がいたところで話なんか終わんねえと思うけど。っていうか、余計ややこしくなるぞ」
コーラが入ったグラスを傾けながら創司が言った。
なんでわかるの!?っていうか――。
「だったら創司が説明すればいいじゃん!」
「いや、俺が言っても――なあ?」
「ね。男に言われても信ぴょう性に欠けるよね」
クッソ!なんなのコイツら!!
涼と薫のタッグもタチが悪いけど、この2人、それ以上にタチが悪い!!
マジでどうしてやろうか悩んでると、クスッと由香が笑った。
「穂波、いい顔してる」
「は?」
急に何を言い出した?と思ったら、急に由香の雰囲気が和らいだ。
「大学んときと全然違う。気づいてないかもだけど、求めてたの見つけたんだね」
由香は背もたれに寄りかかって「いいなぁ」と呟いた。
「いや、全然よくないんだけど!?」
どうしてくれんの、この雰囲気!!
「でもなんだかんだ好きでしょ」
好き――。
由香の一言にあたしは何かを突き刺されたような気がした。
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