アフター60 「盲点」
「大変申し訳ありませんでした……」
テスト期間が終わり、地獄の採点作業と成績表のオンパレードが片付いてようやく一息吐いた夏のある日。
一人の男の子が固いフローリングの床に土下座をかましていた。
「いや、謝られてもね。ウチらが欲しいのは謝罪じゃないの。わかる?」
「……」
頭を床につけたまま黙っちゃったのは、ほのかの彼氏である、光次。高校のときは野球部で丸坊主だった髪はすっかり社会人のそれになっていて、あまり時間の流れを感じないあたしにも時の流れというものを実感させられる。
「ん。責任は取るんじゃなかった?」
「そりゃもちろん――!」
顔を上げた彼の頭を霞が踏んづけた。ゴンッ!と響いた音がマジで痛そう……。
「誰が頭を上げていいって言った?頭が高ェんだよ、クズが」
「~~~っ!!申し訳ありませんでした……」
と、光次とひざを突き合わせて
「で?どう説明してくれんの?つーか、そもそもアレ誰よ?」
「ん。なんでほのかをほったらかしてここにいるのかも詳しく」
精神的にも物理的にもタコ殴りにされた彼は黙ったまま。
いや~それにしても、なんでこんなことになってるんだろうね?つーか、今日のあたしのターンどうなるんだろ。
コチコチと響く音の出どころに目を向けると、おおぅ……、もう16時になろうとしてんじゃん。マジか。花火、見たかったのになぁ。こりゃあムリかな。別にここから見えないわけじゃないんだけど、できるならもっと近くで見たかったんだけどな。
「あ~あ。な~にしてくれてんだよ。マジで」
「大変申し訳ありませんでした……」
膝をあたしに向けて謝る光次。けど、そんな程度で許せるほどあたしの器は大きくない。
いや、だってさ。謝られてもねえ?こっちが欲しいのは謝罪じゃねえわけで。欲しいのは時間よ、時間。わかる?ホントだったら今ごろ浴衣を着て創司と会場で屋台飯を食ってるはずだったんだよ。
それがなに?着付けしに来たらこのザマ。まったくジャガイモみたいな顔しやがって。
「はあ」
ダメだ。ひとまずここを出よう。
このまま謝罪botと化してるコイツの顔を見てたらマジでブチ切れそう。
そんな予感がしたあたしはリビングを出た。
ただ仕事をするだけの毎日を過ごしてると月日が経つのはあっという間なもので、気づけば創司たちも大学4年になっていた。
寝ても覚めてもずっとすり減るような毎日を過ごしてると、季節の流れすらもあっという間に過ぎ去っていく。夏から秋にかけて急にスーツの子が増えたなぁなんて思ってると、急に寒くなってきて、コタツでぬくぬくしてるうちに今度はあったかくなってくる。そんな日々を過ごしてたからまったく気付かなかった。
自分がアラサーになってたことを。
いや、そういえばここんところ、結婚式が続くなぁ、とは思ってた。いや~かんっぜんに盲点だったよね。まさか自分がこっち側に来ちゃうなんてさ~。びっくりだわ。しかも生徒にも先を越されるって?そんな話、聞いてないんだけど。
――早い子は早いよ~。マジで気づいたら先越されてました!なんて結構ある話だから!
って友達が言ってたのが急に蘇ってきた。
いや、だからってさ。学生結婚――でもないか。片方は社会人だし。いや、にしてもよ。はえーよ。そんなまともにドリフトしてコーナーを曲がってるところを側溝にタイヤ落としてぶち抜かれましたーみたいな話あってたまるかっての。しかもそれがデキ婚?冗談にしてもタチが悪すぎでしょ。何段すっ飛ばしてんだよ、って話じゃん。
いや、まあ、高校んときに盛りに盛っていろんなところが開発させられて、そのまま同棲だからね。何があったっておかしくないわけで。
「にしても的中は飛ばしすぎじゃない?」
「さっきからブツブツ何言ってんの?気持ち悪いんだけど。ってか、いい加減早く出してよ」
誰かに聞かれてるわけでもない近況を思い出してると、足元から女の子の声が聞こえてきた。
視線を下に向けると、身動きが取れないくらい布団にぐるぐる巻きにされて床にひっ転がってる子がいた。これが光次の顔面がジャガイモになった理由。
要するに双子に浮気の現場と思しき状況が見つかって現行犯逮捕と相成ったわけである。
「……まだやってんの?いい加減正直に吐けばいいのに」
「だからさぁ。身内だって言ってんじゃん!」
「身内ならなおのことダメでしょ。ってか、ウチらは別に身内かどうかなんてどーでもいいわけ。彼女をほったらかしてアレがここにいて、しかもあなたとホテルから出てきちゃった、って状況がどーなってんのよ、って話を聞きたいだけ。おわかり?」
ちなみに双子が見つけたのは朝。霞がいつも通り創司と雫をたたき起こして散歩に出かけたときらしい。もう確実に一夜を共にしちゃってるよね、って話なわけで。
「くっそぉ……なんでわたしがこんな目に!」
「そんなの聞くまでもないでしょ。誤解……かどうか知らないけど、疑わしい行動をしたんだから」
「なんもしてないって!」
「ほんとに?これを見ても?」
と、あたしはスマホの画像アプリから一枚の画像を表示して見せてやる。
写ってるのは、ホテルの近くで腕を組んだ男女のカップルと思しき2人組。もちろん、これじゃあ顔も何もわからない。拡大して表示すると、光次くんと彼女の顔がくっきりと現れた。もう逃げ場がないくらいばっちりな証拠写真だった。
「光次はアンタに誘われた、って言ってたけど?身内ってのを考慮してもこれはアレだと思うんだけど、そうじゃないって証明できる?」
「……」
簡単な問いにもかかわらず、彼女は目をそらしてしまった。
「はあ……」
ちなみに、ほのかはホントにここにいない。少なくともあたしはほのかに連絡してないし、ほかの子たちもたぶんしてないはず。
めんどくさいなぁ……、と思ってると、雫の部屋のドアが開いた。
部屋から出てきたのは麻衣。
高校にいたときは取っ替え引っ替えで付き合ってた彼女だけど、大学に入ってからかな。雰囲気が目に見えて変わってきた。卒業式のときは黒く染まっていた髪は明るいミルクティーブラウンに変わり、耳にはティアドロップのピアス。デニム生地のパンツに白のタンクトップと、軽いノリで付き合ってくれそうな見た目なのに、実はしっかりとしたお姉さん風なファッション。すっぴんなのに、メイクしてるんじゃないの?ってくらいの肌ツヤが羨ましい。
「え……まだやってんの?」
「まだってなに!?なんにもしてないんだから早く出してってば!」
「いやいや、そりゃあムリってもんでしょ」
「はあ?なんで?」
小さい子供と話すときみたいに麻衣はしゃがんだ。
「はい。じゃあ、目を閉じて。イメージしてみて」
「なにいきなり」
「いいから」
麻衣の指示にしぶしぶ彼女が目を閉じた。
「彼氏の隣に知らない女が――」
「は?なに知らない女って?ぶち殺すわ。は?なに他人の彼氏に言い寄ってんの?クソアマが」
え?なに、急に。こわ。こっわ!布団と麻紐でガッチガチに縛ってるのになんで動けるの!?しかも目!目ェ血走ってる!血走ってるよォ!!
今にも殺しにかかろうとしてる彼女に対して、麻衣はニコリと笑って言った。
「ってわけよ。こうなってる理由、わかった?」
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