アフター58 「そして、約束は破られた」

 ぐぎゅるるるうううう〜〜〜〜……。


「おなかすいた……」


 うつ伏せのまま力が入らない身体に鞭を打って仰向けになったところでわたしのお腹が割と大きめに空腹を告げた。


「結構ガッツリ食ったのにな」


 わたしの太ももを枕に大の字で同じく動けなそうな創司くんが苦笑を浮かべた。


 枕がちゃんとあるのに、相変わらず太ももを枕にするのは相変わらずでちょっとかわいい。


「動けそう?」

「ムリ。向こうから来てほしいくらいムリ」

「あんだけハッスルすりゃあなあ」


 創司くんはそう言ったけど、わたしにはその記憶がまったくない。


 無我夢中。


 その言葉がピッタリなくらい、気付いたら何も着てない状態でベッドでうつ伏せになっていた。っていうか、いつベッドに来たんだろ?ってくらいなんにも覚えてない。


 身体は汗でびしょびしょのドロドロ。マットレスもこの時間じゃどうしようもないくらい濡れてる。


「……」


 仰向けのまま見上げる天井はいつものまま。


 人生が変わるかもってくらいの覚悟で挑んだから何か変わるのかと思ったら、拍子抜けしちゃうくらいいつもと変わらなかった。


 でも、身体の感覚はいつもとは違う。


 変な感じがする、ってマンガとかに描いてあったけど、たしかに変な感じがする。なんていうか、まだ入ってる、みたいな。


 あ〜そうだ。それからなんかスッキリした気がする。


 無意識でなにかにこだわってたのかな。なんかいろいろ吹っ切れたみたいにスッキリしてる。


「はぁ〜……」


 世界は変わらなかったけど、これでみんなと同じ。いや、一歩進んだ?かな。


 こうなるなんて想像もしてなかったから準備だってもちろんしてない。穂波なカバンに仕込んでたかもしれないけど、そうなる前に潰しちゃったし。


 いや、そもそもあの時点でそんな余裕があった?って聞かれたら、間違いなくなかった。


 テーブルに広げられたご飯を食べてそのまま寝室に引き込んで、あとは――。


「あ〜!!」


 やっちゃった!?もしかしなくてもやっちゃった!?いや、仮にそうだとしてもどうしようもないんだけどさ!!今さら!!


 くっそ!!ジタバタしたい衝動に駆られるけど、創司くんがいるからできない!!!


 初めてのあとってみんなこんな感じなの!?


 なに!?このやっちゃったね!って感じは!?


「どうした?」

「ナ、ナンデモナイデス……ハイ」


 覆いかぶさるように覗き込んできた創司くんに見られるのが恥ずかしくて両手で顔を隠した。けど、力が入らないのもあってあっさり外されてしまう。


「みーおー」


 あー!!ムリ!!このシチュエーション、マンガみたいでムリ!!


 しかも!両手をがっちり掴まれちゃって!!逃げ場が!!ない!!


 なにこれ!?なにこれー!


 マンガみたいな展開にテンパるわたし。


 このままキスとかしちゃうのかな!?さっき散々した気がするけど!!初めてで「初めて」取られすぎじゃない!?


 ドキドキ、じゃなくてバクバクって音がライブの低音並みに身体に響いてくる。


「さっきも思ったけど、意外と攻めさせるタイプなんだな」

「え?」

「誘っちゃって。したいんじゃないの?」

「〜〜〜〜っ!?」


 唇を撫でられて顔に熱が籠るのを感じる。

 

 バレてる!バレちゃってるぅ!?


 ヤバい!恥ずかしすぎて顔から火が出そう!!


 ――ハッ!?


 ドアの方から冷たい視線を感じて目を向けると、そこには穂波の姿があった。


「お、起きた?」

「起きた、っていうか、起こされたっていうか。」


 学校から鬼電で起こされたとき以上に不機嫌な表情で穂波がこっちに歩いてくる。


「よもやよもや……」

「な、なに?」


 側から見たら完全に浮気現場なそれの状態のわたしは見下ろしてくる穂波にちょっとビビりながら返す。


「センパイが先に動くとは思わなかったわ」

 

 あ〜……うん。そうね。わたしも思ってる。


「んでもってその声で起こされる……?フッ。おかしくない?センパイが『初めては怖い〜』って言っててさ。アタシが手取り足取り教えてって話がついてたんだよ?ど〜落とし前をつけてくれるの!?」


 あーそういえばそんな話もあったっけ。


 それも2人で酒盛りしてるときで初めてなんて怖くてムリってわたしが言って、「じゃあ、アタシがサポートしようか?」って言って。


 忘れてたわけじゃない、って言ったら完全にウソだけど、確実にわたしのアタマからその話はすっぽ抜けていた。


「や、わたしもこうなるってわかってたら言ってた――」

「ん〜なわけないでしょ!男と女2人!しかも年頃のだよ!?わかってないって思ってんのセンパイだけだからね!?」

「ハイ、スイマセン」


 これはもう全面的にわたしが悪いので平謝り。


「創司も!な〜にノコノコ引き込まれてんの!?危うく新しいトビラ開きかけたんだけど!?」


 ……トビラ?


「よかったじゃねえか。ほのかと同類にならんくて」

「そういうことじゃない!わかってんの!?準備とかちゃんとしてないでシたでしょ!?」

「あ〜……」

「ほら!ほ〜ら!!いつもみんなに丸投げしてるから!いざってときにこうなるじゃん!!」


 すごい。先生みたいなこと言ってる。いや、ちゃんと先生なんだけどさ。


「男っていっつもそう!ヤるだけヤッて満足したらポイ!」

「いや、それ穂波じゃ――」

「はあん!?」


 ブチ切れてる穂波を見てると、どんどん冷静になっていく。


「満足してポイは穂波だろ。食った生徒の数、言ってみろよ」

「……。」


 沸点が極まったところで創司くんが一言。たった一言で穂波の勢いが止まった。


「穂波?」


 わ。思いっきり目を逸らしやがった。


「穂波?正直に言って?」

「……」


 あ。背中を向けやがった。


「敵前逃亡は死罪。雫に報告すんぞ」

「いや!ちょっと待って!それはダメ!!マジでシャレになんないから!!あの地獄は勘弁して!!マジであの後反省したんだから!!」


 地獄ってなんだろ?爆撃を喰らっても自由を謳歌しそうな穂波が反省するって相当だと思うんだけど。


 創司くんに目を向けると、ちょうど目が合った。


「気になる?」

「まあ。」


 いや、この反応で気にならない方がおかしい。っていってもこの反応じゃ1人2人なんて次元じゃないのは聞かなくてもわかる。たぶんケタが1つは違うはず。


「俺たちがいるときになんて言われてたか知ってる?」

「え?穂波ちゃんじゃないの?」

「ちょっ――!!まって!!それ!センパイは知らないんだから!!」


 え、あれ?なんか急に穂波が慌てだしたんだけど。そんなにヤバいの?


「それは表向き。そうじゃなくて別の――なんていうかな、合言葉みたいなのがあったんだよ」

「え、なにそれ?」

「まって……マジで……それダメだからぁ……」


 半泣きで膝から崩れ落ちる穂波にわたしはビックリ。長い付き合いだけど、こんな穂波見たことがない。


「お願い。マジで勘弁して。何でもするから……」


 正座して、さらに土下座までして。


 そんなにわたしに聞かせたくないヤツなのかな。


 そう思うくらい誰かに泣きついてる穂波も珍しい。「地獄」とやらが相当効いてるのかな。


「そう?で、なにか言うべきことは?」

「……スミマセンデシタ。調子ニ乗リスギマシタ」


 土下座で顔は見えないけど、唇を食いしばってるなぁ、ってのがよくわかる声。完全に言い負かされてる。


「で?ポイしてたのはどっちよ?」

「アタシじゃないでしょ。頼んできたからOKしてさ。みんな喜んでたんだよ?お互い様ってヤツでさ。ポイって言い方は違うと思うんだよね。ほら、ちゃんと合意の上ってヤツだし」

「ふうん」


 創司くんの湿った視線が穂波に突き刺さる。


「……間違ってないでしょ?」

「わたしに振らないでよ。聞かれてるの、穂波でしょ?」

「ぐぅ……」


 なんでわたしに振って許されるって思ったんだろ?そんなわけないのに。


「で?どうなの?」

「絶対笑わないって言ったら言う」


 力なく呟いた穂波に約束して吐き出させた。

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