アフター57 「魔法使いと魔女」
さわり……さわり……。
柔らかく撫でられてるのが、心地いい。
それにキッチンからいい匂いもする。
そういえば起きてすぐ創司くんのところに来てまた寝ちゃったからお腹減ったな。
ぐぎゅるるるるる~~~~……。
なんて考えてたら、空腹を知らせる大きなが聞こえてきた。
わたしのじゃないお腹の。
「~~~っ!?」
「ぶふっ!……クックっクックッ」
「やば~……」
耳元で聞こえる小声と笑い声。笑い声の方はちょっと遠い位置にいるみたい。
「起きちゃったかな」
「どうだろな。結構いい音だったけど」
「え!?そっちまで聞こえた!?マジで!?はっず!はっず~!!」
腕枕が動いて、頭にふよん、と柔らかいものが当たった。
あれ?創司くんにこんなのあったっけ?
「今さらなに恥ずかしがってんの?別に今初めて聞いたってわけでもだろ」
「そうだけど!そうだけど〜〜!!」
「っていうか、恥ずかしがるならその恰好の方を恥ずかしがれよ」
「え~?これ?でも好きでしょ?こういうの?あ、一応下は履いてるよ?ほら」
……おかしいな。なんで穂波の声が耳元でするんだろ?背中にいるの創司くんじゃなかった?
そういえば頭にあるこれもなんか心当たりがある気がする。
「あ~はいはい。スケスケのヤツね。いつもごちそうさまです」
「透けてないよ!?っていうか、ねえ!見て!見てから言ってよ!?」
寝起き早々耳元でうるさいな。これやっぱり穂波でしょ。
頭を動かして当たってるものの感触を確認してみる。ふよんふよん。うん。これ穂波だわ。なんでここにいるの?床でセルフ簀巻きしてたじゃん。
「ちょっ!センパイあんまり動かないで!くすぐった!くすぐったいから!!」
ぐ〜りぐ〜り頭を動かしてると、穂波が身を捩った。おかげでわたしの頭が上下で穂波の胸に挟まれるカタチに。
わたしは今のサイズで満足してるからいいけど、乃愛あたりにやったらブチ切れの揉みしだきの刑に処されてる気がする。
鬱陶しい穂波の胸を退けて目を開けると創司くんはキッチンにいた。
「ぐっとも~にん」
雑な発音で創司くんが言った。
「……ぜんぜんいい朝じゃないんだけど」
穂波のデカパイ枕で起きてもなんのうれしさもない。しかも穂波の大音量目覚ましボイスにおっぱい枕付きなんて、目覚ましにしてもサイアクすぎる。
「その割には嬉しそうだったじゃん?頭動かしちゃってさ――あぶふ!?」
寝起き早々、やかましい穂波の顔にクッションをぶち込んで黙らせる。ついでに仰向けのせいで丘くらいのサイズになってるムカつくデカパイも揉みしだいて行動もろとも黙らせる。
「あっ!?ちょっ!?そこは!?まっ!?あー!!ムリ!!ムリムリ!!んあっ!!」
ふう。これでしばらくは静かになるかな。
「起きて早々お盛んなことで」
「こんなのいつものことでしょ」
あ、でも双子はあんまりこういうことしないんだっけ?涼と薫はしてるよね。最近は攻防がひっくり返ってるらしいけど。
窓を開けて空気を入れ替え。ん~……なんて清々しい
……夕方?
おかしいな。いつも二度寝したとしてもお昼のはずなんだけど。
時計を見ると短い針が4を指していた。明るい時間で4時なんて夕方しか考えられない。
「……時計の電池切れたかな」
でもこの時計、交換不要のソーラー式だったはず。
「ん〜?」
「疲れてたんだろ。起こす気にもならないくらい気持ちよさそうに寝てたし」
「え?うそ。ホントに?」
いや、まあ。たしかに?最近入試やら入学式の準備やらで忙しかったけど……。え?もしかしてホントに1日寝てた……?
「ちなみに穂波がそこにいるのは穂波が交代するからメシ!って言ったからで、澪が起きたら食べる気だったみたいだぞ」
「ん〜それはどうでもいいかな」
びっくんびっくん身体を震わせてる穂波を放置して食事用のテーブルのイスに座ると、料理が出てきた。
「ほい。昨日作ったヤツ」
「わ。こんなに!?いっぱい作ったね!」
ローストビーフに山盛りのサラダ、クラムチャウダーにドリア。ほかにもこんなに作ったの?って思うくらいの品数がどれも大盛りサイズでドン!と並べられていた。
「とりあえずはこれで。ほかにもあるけど」
「まだあるの?」
「ある。まあ、食ってからだな」
フォークを取って「いただきます」と手を合わせて、まずはサラダから。
「うっま!」
1日経ったはずなのに、シャキシャキで小気味のいい歯ごたえが耳に伝わって、鮮度の良さを感じる。
次はクラムチャウダー。これも美味しい。ドリアもおいしいし、え。いつの間にこんなにできるようになったの?
「聞いてた以上に暇ですることなかったからなあ。あとはほら、こっちだと量作っても食うやつには困らないだろ?」
「あ〜……」
そう言われみると納得。創司くんが住んでるマンションには、双子のほかに乃愛に麻衣、花音に楓もいる。しかも楓には彼女がいるから、一緒に食べるとなるとそれだけで7人。単純に一品作るってだけでも結構な作業量になる。経験がものをいう料理で1食に作る量がこれだけとなると、ちょっとの量でも普通のご家庭以上の練習ができる。しかも、み~んな大学生。高校生ほどじゃないかもしれないけど、作る側で考えたら練習量も尋常じゃない。
「ってことで、なんか作れるようになってたな。そう言えば」
「は〜……なんか、すごいね」
なんかもう語彙力がなくなっちゃう。そのくらい創司くんは成長してた。
男子、三日会わざれば刮目して見よ、って言葉を実感しちゃうな。いや、会ってないの3日どころか、半年近くだけど。
って言っても、元々ほかの家事はできる子だったから、高校のころの段階で結婚して主夫してもらってもいいかな、って思うくらいには女子力が高かった。男子なのに。
「できないよりできた方がいいでしょ」
「それはそうだけど。ほら、言うだけでやらないとかは結構あるじゃん。言い訳してさ」
「言い訳ねえ……」
トングでパスタをもっさり2摑みくらいを取り皿に移して創司くんが呟いた。
「んなのしたってムダだと思うけどなぁ。ほら、こういうのって夏休みの宿題みたいなモンで、どうせどっかでしなきゃいけなくなるヤツだろ?」
「夏休みの宿題?」
「そっそ。放置してもさ、結局巡り巡って強制的にしなきゃいけなくなる、みたいなの。あるだろ?」
「あ〜……」
心当たりはゼロじゃない。っていうか、この手の話で夏休みの宿題とか心当たりがありすぎる。
「作れるようになったのもその流れだな。高校んとき、雫に全振りして、いざ雫が風邪引いて動けなくなったら、マジでヤバくてな。あんときは霞と2人だったからとりあえずでどうにかなったけど、こっちじゃそういうわけにもいかないだろ」
たしかに、今住んでるマンションで雫が倒れたら大騒ぎになること間違いない。乃愛が作れるって言い張ってたけど、その横で麻衣が「マジで言ってる?」みたいな顔で見てたっけ。
「ってことで、できないよりできた方がいいってなってな。雫もそれじゃ、って話になっての今ってわけ」
「ふうん」
どうせやらなきゃいけないなら、やった方がいい、か。
「それって料理以外でも言えると思う?」
「言えんじゃねえの?知らんけど」
わたしは穂波に目を向ける。
――言っとくけどさ。
なぜか急に穂波の言葉が頭に浮かんできた。
――30越えてシテない男は魔法使いになれるかもしんないけど、ウチらは魔法使いになんかなれないよ?仮に魔法を使えるようになったとしても、魔法使いの女って要は魔女でしょ?魔女。魔法使いならいいけどさ、魔女だよ?そこまで行ったらもうさ。イメージ悪すぎない?好きかどうかなんて言ってる余裕なんてないよ?魔女になりたいならいいけどさ。そうじゃないってなら次で行動しないと。
いつだったか穂波が酔っ払った勢いで言い放ったセリフが頭を横切る。篝は笑ってたけど、わたしには妙に突き刺さった。
ただ――。
それ、今浮かぶ?
恋愛の「れ」もわからないわたしが?
しかも元とはいえ、生徒に?
けど、この先でチャンスがあるかどうかなんてわからない。いや、そもそも今がチャンスって考えること自体おかしい気がする。
「……」
でも、今以外にある?
ここにいるのは創司くんとわたし、それから穂波だけ。
その穂波もさっき潰したばっかでまだしばらくは余韻で動けないはず。
どうする……?どうしたらいい……?
一線を越える選択をするか、このまま次に先延ばしか。
でも、先延ばしにしたらきっと穂波の言う魔女になっちゃうかも……そうなったらみんなはどんな反応をするだろう?
トン――。
と、足に何かが当たった。
視線を上げると、創司くんがこっちを見てる。
「どうした?腹いっぱい?なわけないと思うけど」
失礼な。わたしをなんだと思ってるんだ。
――決めた。
どうせもうこのままじゃいられないんだ。このままいてもみんなに置いていかれるだけ。わたしより若い子がわたしよりも先に進んでるのを指を咥えて見てるだけなんていいわけがない。
そうだ。眺めてるだけじゃ変わらないんだ。行動しないと――!
冒険者が酒樽をテーブルに叩きつけるみたいにわたしはテーブルを叩いた。
「あの――!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます