アフター56 「憧れの休日の真昼のイタズラ」

 お風呂から上がったわたしはなぜか創司くんの脚を背もたれに座らされていた。


「どう?」

「ん〜……」


 響くのはドライヤーの音。それから吹き抜ける温風の音。


 お風呂から出て髪を乾かそうと思ったら、創司くんがドライヤーを持ってて「そこに座って」と言われたから座ったんだけど……。


 なんか美容室で乾かしてるみたいに気持ち良くて、お風呂で浮かんできたいろいろがドライヤーの風に乗ってどこかに吹き飛んでしまった。


「ん~……」


 時間はもう4時。少し外が白んできていて、お風呂に入ったってのもあって眠い。


「ん~……」


 このサービス。双子の話だと、最初に霞がドライヤーを創司くんのところに持ってってそのまま足の上に座ったのがきっかけらしい。最初こそ霞に散々ケチをつけられてたみたいだけど、今はすっかり手慣れたようで、雫も乾かしてもらってるんだとか。


 ――ん。ソウくんのドライヤーはやってもらった方がいい。みんなには言ってないし、ソウくんにやれとも言ってないけど、澪にはサービス。今度会うときにしてもらって。ソウくんには言っとくから。


 っての少し前に言われてたなあ。そういえば。


 今思い出したけど、たしかにこれは気持ちいい。


 寝ちゃいそうになるのをなんとかこらえてると、ドライヤーの音が止まった。


「ほい。終わり」


 ぽん、と頭に乗せられた手。スーッと撫でていくのが気持ちいい。


「……もう1回」


 創司くんの手を頭に戻すと、またスーッと撫でてくれる。


「ん〜もうちょっと」


 2回、3回と繰り返してると、創司くんがイスから降りた。


「寝なくていいの?」

「寝る。けど、もうちょっと」


 それからさらにしばらく撫でてもらってたけど、眠気が限界にしてしまった。


「ん。このままねる……」


 背もたれからすっかり座椅子と化した創司くんを引っ張ってそのまま横になる。ちょっと頭の位置がちょっとイマイチだから枕は手近なところか引っ張ってくる。


「いや、ベッドがあるんだからそっちで寝ろよ」


 ベッドかあ。


「穂波の寝相がすっごい悪いからやだ」


 穂波の寝相はホントに悪い。


 もうね。こんな寝相で起きたとき大丈夫?って思うくらいに悪い。


 まあ、今日は仕事終わりにアルコール入れてるからそこまでじゃあないだろうけど、それでも穂波の寝相は悪い。今ごろ下着すら脱ぎ捨てて全裸で布団の中にいる気がする。


 朝起きたとき、布団の中で手に取ったのが穂波のパンツだった、なんてのはもう数え切れないくらい経験してる。


「って言われてもなあ。こんなとこで寝て起きたらバキバキになるだろ」


 腕枕にしてる創司くんの声はまだハッキリしていて、眠くなさそう。若いってずるいなあ。


「んあ~」


 あ〜眠い。でも、このままベッドに行くのはイヤだ。


 いっそのこと穂波を掛け布団で簀巻きにして床に転がしておこうかな〜。


 なんて考えついたけど、みんなに毒されてるのに気付いてすぐに却下。でも案外、床に落とすのは悪くないアイディアかもしれない。


「ん〜……」


 あ〜眠い。ね〜む〜い〜。


「とりあえずベッドに行こ。な?」

「や〜」


 思考のプロセスをすっ飛ばした声がわたしの口から漏れる。


「ん〜どうしたもんかね?こりゃ」


 腕枕してる腕とは反対の手を取って頭の上へ。撫でるように2、3回動かすと無限なでなでがはじまった。


「んふ〜」


 気持ちい〜……。


 そのまま創司くんの手に身を任せていると、わたしの意識はそのままス〜っと沈み込んでいった。


 寝てた、と気付いたのは、まぶたの向こう側に強烈な白い光が見えたからだった。


「ん〜?」


 何かが掛けられてる……?


 目を開けてみると、なぜかベッドの上にいた。


「あれ?」


 リビングで創司くんに腕枕してもらってたはずだけどな。


 ――っていうか、穂波は?


 なんて探そうとしたところでベッドの下からゴンッ!!ってものすごい音が聞こえてきた。


「〜〜〜〜〜っ!!!???」


 ベッド近くの床で声にならない声を出しながら、痛みにのたうち回る全裸の穂波。う〜ん、いつもの休みの朝、って感じだなあ。


 穂波は寝相も悪いけど、寝起きも悪いからほっとけばそのうちまた寝るはず。起こしたら起こしたでいろんな意味でうるさいから今日はこのまま寝かせておこう。


 で、肝心の創司くんはどこに行ったんだろ?


 呼びつけておいてさらにご飯まで作ってもらって、挙句ブッチしちゃったから謝らないと。


 ベッドから抜け出したわたしは顔を洗ってリビングに向かう。


 創司くんはソファに寝っ転がって目を閉じていた。


 ……寝て……る?


 あの双子と同棲してる創司くんだからいきなり「わあ!!」とかやってきてもおかしくない。



 恐る恐る近づいてソファまで来てみる。


 なにもない。


 口元に手を翳して寝てることを確認。


 創司くんの寝顔を見るのはこれで3回目。


 1回目も2回目も高校のときに飲んだくれて大騒ぎしてそのまま地下倉庫で泊まったときだったっけ。一応見回りってことで様子を見てるときに見かけてそれ以来。


 こんなに近くにいるのに、創司くん、まったく起きる気配がない。


 ……。


 右、ヨシ!左も……ヨシ!


 穂波はまだ起きてこない!


 ん〜……どうしよっかな。とりあえず――。


 昨日の夜のことを思い出したわたしは創司くんの手を取って頭に乗せてみる。


 すりすりすり……。


 完全に力が抜けた創司くんの手を動かして擬似なでなで。


 脱力した手が頭を覆うような感じで収まってくれたけど――。


「ん〜やっぱわかってはいたけど、なんか違うな」


 うん。やっぱあとでやってもらおっかな。


 手を元あった場所に戻す。


「あ。そうだそうだ!」


 いいことを思いついた!とばかりにわたしは小さく手を叩き、カバンの中からスマホを取り出して、音が聴こえないようにスピーカーを塞いでパシャリと1枚。


「んふ。これで――って言っても創司くんには効果ないか」


 まあ、本人に用途がなくても大丈夫。ほかの子たちにはちゃんと需要があるから。


 ロック画面は危ないから、ホーム画面に設定っと。ヨシ!これでOK!!


 よし。じゃあ、次はどうしよっかな。


「ん〜……」


 ――って、まだ起きてないよね?……うん。大丈夫。セーフセーフ。まだいける。


 創司くんの口元に手を当てて呼吸を確認して一安心――したところで、視界に読んでるマンガが目に入った。


 ここからは背表紙しか見えないけど、あのマンガ、作者の人が好きなシチュエーションなのか、後ろから抱っこされてキャッキャしてるイラストが多い。ついこの前も出たばっかの単行本も後ろから抱っこされたヤツだった。


「……」


 視線を創司くんに戻す。


 いや、まあ、ね?別にそういうのに憧れてるとかじゃないんだよ?ただ――そう!ただ、昨日もしてもらってちょっと気分が良かったからもう1回やってみたいな、って思っただけ!好きとかそういうのとは関係ない!純粋な興味だけ!そう!これはお試しってヤツ!だから大丈夫!!


 寝てるし、やってすぐ離脱すればバレない!バレなきゃ問題ナシ!!


 そうと決まれば、いざ実践!


 ひとまずこのままだと上に乗るしかないからちょっと身体の向きを変えて――っと。よしよし。これでオッケー。


 仰向けに寝てる創司くんの身体を動かして横向きにする。これでわたしが入り込んでも大丈夫くらいなスペースができた。


 創司くんの腰のあたりに座って、それから横になればいいかな。うん。それで行こう。


 ソファに腰を下ろしてみる。この前のボーナスで買ったばっかのソファはふかっとわたしの身体を受け止めてくれた。


 うん。第一段階はオッケー。次は横になる。


 ってことで横になってみる。で、そのままの勢いであらかじめ抱っこしてもらいやすいように出していた創司くんの腕を腰ベルトのように回して一気に完成。


「ふ〜……」


 バレてない。セーフ、セーフ。


「……」


 なんか、思ったより収まりがいい気がする。


 パズルのピースがハマった、だとちょっと言い過ぎな感があるけど、雰囲気的にはそんな感じ。


 少しだけお尻の位置を変えてみる。すると、どうでしょう。ビックリするくらいキレイに収まったではありませんか!


「んふぅ〜」


 そりゃあ、もう。満足な息も出るってもんですよ。


 すぐ出るつもりだったけど、やっぱしばらくこのままにしておこうっかな。うん。創司くんが起きたらなでなでしてもらって。今日はずっとそんな日にしよう。


 寝てる創司くんの腕の中でわたしは目を閉じた。

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