アフター55 「一線を超え――」

 お店を出て少し歩いたところで千鳥足な穂波が呟いた。

 

「っあ~……エライ目にあった……」

「まさかお店の人も参加するとはね」

「ホントそれ。も〜おかげで散々だよ」


 薄暗くていい雰囲気のお店で繰り広げられた穂波とゆゆセンパイのバトルは気付いたら乳神様を愛でる会になっていて、あっちで揉み揉み、こっちで揉み揉みでお店のスタッフも巻き込んだ大騒ぎになった。


「創司以外みんな女だったからいいけど、訴えられても文句言えないよ?」

「え。アタシが悪いの?」


 乃愛に言われた穂波がビックリした顔で振り返った。


「当たり前でしょ。散々煽りまくってさぁ」

「いや、だって……ねえ?」

「おい。穂波。今どこ見て言っ――ひあああんっ!?」


 場外も辞さない勢いでゆゆセンパイが穂波に近づこ――うとしたところで雫が背中をお尻の方から上へ一撫で。聞いたことない声が辺りに響いた。


「ん。場外は禁止」

「し、しずく〜!!」

「ん?やる?やるならばっちこい」


 相変わらず好戦的なゆゆセンパイに、無表情の雫が手をくいくい。挑戦的な雫って珍しい。


「ん。さっきはお店の中だったから物足りなかった。今度は本気を出す」

「ほおん?本気だと?いいよ!やってやんじゃないよ!!」


 雫の本気と聞いてみんな一瞬身体を震わせたけど、それを知らないゆゆセンパイは突撃の構え。飛び掛かろうとしたところで霞が後ろから羽交い締めにした。


「あ~……はいはい。めんどくさいな。この酔っ払いは」

「ちょっとぉ……!霞!なぁんのつもりぃ!?」

「さっきさんざんやったでしょうが。いい加減にしないと――」


 ごちっとゆゆセンパイの額に自分の額を合わせた霞。冷えた声で一言。


「その乳、戻ってこれないところまで揉むぞ」

「ひっ!?」


 ゆゆセンパイの声は悲鳴じゃなくて、霞の指がゆゆセンパイのクリティカルな部分にヒットした声。一発でクリティカルヒットするのは、さすが双子だなあ。


「ね。いつもみんなこんな感じなの?」


 そう聞いてきたのは、わたしの隣を歩いている絢さん。


 お酒は結構強いみたいで、このままゆゆセンパイを回収して帰るからってわたしたちに付いてきてる。ちなみに乳神様を愛でる会にはガッツリ参加してなぜか乃愛とか零奈とかお店のスタッフの胸を揉みしだいてた。


「まあ……割とこんな感じ、かなあ」


 う〜ん、どうせだったらわたしも参加した方がよかったかな。たぶんあんな大騒ぎ、もうできないよねえ。


 ――久しぶりに楽しかったからまた来てね!


 お店を出るときにそんなふうに言われたけど、顔を合わせるたびにあの光景を思い出しそうで行きにくいなあ。


「いいなあ。楽しそうで」

「側から見てるから言えるんだよ」

「それはそうかも」


 絢さんはクスッと笑った。


 大通りを出て少し歩いたところでみんなの足が止まった。


「ん。今日はここで」


 と、雫。


「え?なんで?」


 急に言ってきたから驚いて思わず聞いてしまった。


「時計」


 と霞に言われて見ると、ちょうど日付が変わったところだった。


「ウチらはこっち。どうもわからせて欲しいみたいだから」

「ああん!?」


 乃愛に手を引かれてるゆゆセンパイが吠えた。


「お前らな。こっちは年上なんだぞ!!」

「んなの知ったこっちゃないっての。ピーピー騒ぎやがって。ぺったんのくせに」

「ぺっ……ぺったん!?」


 霞さん、自分も同じくらいなのを棚上げしてゆゆセンパイを弄る方に行ったっぽい。


「ほい!ってことで女子会コース取れたから行こっか!」

「私もついてっていい!?」

「絢さんも!?いいよ!いいよ!いこいこ!!」


 この手のことに一番手馴れてる麻衣がサクッと場所を確保。流れるようにご案内していく。


「ん。ソウくん。また明後日……の次の日」


 あれ?雫さん、自分で言っといて間違えた?まあ、いっか。ツッコむとロクなことにならないし。


「ああ。ほどほど……じゃなくてもいいか。満足するまでやってこい」

「ん。限界に挑戦してくる」


 手をふりふりしながらゆゆセンパイの手を引いて雫たち御一行は眠れない夜の街へと繰り出していった。


「ってことで、帰るか。とりあえず。腹減ったし」

「さんせ〜」


 仕事をした後に日付を跨ぐまで遊んだのはいつぶりだろう。


 家に着いてすぐ穂波は、文字通りベッドに倒れ込んだ。


「っあ〜……つっかれた〜。一歩も動けない〜」


 穂波は仰向けになる気力もないみたいで、布団からくぐもった声が響いてきた。


「メイクは落としてよ?」

「わかってる〜……」


 って言ってる側から寝息が聞こえてきた。


 まあ、乳神様って言って弄ばれたからしょうがないか。


 穂波用のメイクボックスからメイク落としを取り出してメイクを拭き取る。ついでに服も脱がせて――着せるのはめんどくさいからこのままでいっか。


「あれ?穂波は?寝た?」


 寝室のドアの方から創司くんが覗いてきた。

 

「うん。さすがに限界だったみたい」

「あれだけオモチャにされればしょうがないか。風呂、どうする?一応、沸かしたけど」


 時間は深夜2時過ぎ。気力的には限界だけど、入っておこうかな。


「入ろっかな。何か食べるのは起きてからってことで」

「ほいほい。了解」


 創司くんはそれだけ言って壁の向こうにいなくなってしまった。


 ……。


 ん〜……どうしよ?


 双子だったらここで「一緒に入る?」とか言っちゃうんだよね?いや、違うか。あの2人はそんなまだるっこしいことしない。問答無用でぶち込んでるな。


 こういうとき、同じ人を好――じゃない。違う違う!


 なに比べようとしてんのわたし!?


 あっぶな!もう少しで一線を越えるところだった!!


 なにが「一緒に入る?」よ!?入らない!!入らないから!!そんなことするの、同棲のカップルか夫婦でしょ!?手――は繋いだけど、別に好きとかじゃないし!


 頭を振って浮かんできた光景を吹き飛ばして、わたしはウォークインクローゼットへ。


 さっさとお風呂に入って寝ちゃおう!うん!その方がいい!!


 タンスの中から着替えを出してお風呂に向かう。


「ふぅ〜」


 全身をくまなく洗って湯船に浸かると身体の中にあった空気が一気に抜けていった。


「……」


 なんていうか、無。


 ゆらゆら揺れるお湯の音と重力の感覚が抜けて一気に気が抜けてなにも考えられなくなる。


 吸って〜吐いて〜。

 

 感じるのも聞こえるのも自分の呼吸だけ。


 湯船に浸かるのは久しぶりだけど、やっぱいいなあ。


 でも、ここの湯船は狭くて足は伸ばせない。


「温泉かな〜」


 降って湧いてきたアイディアだけど、我ながらいいチョイスかもしれない。ここ最近ずっと忙しかったし。


「ん〜……」


 新入生を迎える準備はほぼできてるし、大丈夫なはず。念のため、起きた後に確認しておいた方がいいかな。うん。そうしよう。そのあとは温泉。……温泉かぁ。


「……」


 ってことは浴衣だよね?穂波も一緒ってことは……あ〜れ〜ってヤツをやるかもしれない。いや、穂波ならやる。間違いなく。


「……」


 ふと思い立って湯船から出て全身鏡の前に立ってみる。


「う〜ん。大丈夫、そう?」


 あの子たちがいたときの地下倉庫の大騒ぎでいろんな目に遭って以来、いつひん剥かれてもいいように、スタイルには気をつけている。だから平気だと思うけど……。


「大丈夫、だよね?」


 いや、ダメでも今さらどうこうできるわけじゃないんだけどさ。


 とはいえ、若干の不安は残る。


「う〜ん……」


 どうしよ?やめる?いや、もう気分が温泉モードだからムリだ。


 いっそのこと見てもらっちゃえばどうとでも――いやいや。それはダメ。下着姿を晒したりしちゃってる気がしないでもないけど、アレは酔ってたからって言い訳が立つ。けど、シラフでそれをやったらもう完全完璧に一線を越えちゃう気がする。そしたら絶対――。


「あ〜……どうしよ」


 好きとかわかってないのに?するの?でも、初めては――。


『んなこと言ってるからいつまでも――!』


 あ〜めんどくさいこと思い出しちゃった。


 もう一度湯船に浸かり直してどうにもならなくなったわたしはそのままお風呂を出た。

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