アフター52 「これはきっとフラグ」
――お疲れ~ってことでさ。ちょっと穂波と一緒に来て。
春休みがはじまってすぐのある日の夜。新入生を迎える準備に目途がついて、早く帰ろうとパソコンを閉じたところにお姉からメッセージが飛んできた。
お姉は2つ上でバリバリのキャリアウーマンだったんだけど、ついこの前結婚して実家にほど近いこのあたりに引っ越してきた。引っ越してきたって言っても、職場はそのまま。今流行りのリモートワークとかなんとかでオフィスに出向かずに仕事をしてる。具体的にどんな仕事をしてるのかは知らない。わたしの給料の3倍の金額を毎月貰ってるって聞いたところで聞く気が失せた。
穂波の席に行って帰る合図の肩を叩く。
「も~ちょい!――っと!終わり!」
高速タイピングでエンターキーを叩いて穂波はパソコンを閉じた。
「ふ~。今日もお疲れ〜」
一息吐いてパソコンを袖机の中に入れてカバンを引っ張り出したら帰る支度は終わり。
「あ!澪先生!もう仕事終わりですか!?」
1つ向こう側の島に座ってる男の先生がわたしに向かって声をかけてきた。
――見ればわかるでしょ。
って声が出そうになるのをギリギリで飲み込んで「はい。今日は帰ります」と返す。もちろん、「お疲れ様でした」って付けるのも忘れない。
「あっ……と、お、お疲れ様……」
誘う気満々だった勢いがへし折られた彼は力が抜けるように椅子に座り込んでしまった。
「あ。それから後藤先生。それ、わたしのところに置いても捨てるか、何もしないのでそこのところよろしくお願いしますね」
シレッとわたしの机に紙を置こうとした禿頭のダルマ先生が身体を震わせた。
「もし置いてあったとしても関係ないものは捨てます。この前も言いましたよね?まさか置いておけばやってくれる、なんて思ってないですよね?」
「いやいや、そんなまさか。澪先生も人が悪いですね〜」
そんなこと言いながら後藤先生はススス……と伸ばした手を引っ込めた。こうやってあの手この手で伸びてくる手を叩き落としてると、穂波がカバンを肩に掛けて立ち上がった。
「よっし!じゃあ、帰りますか!」
挨拶をして2人で職員室を出る。大学は別々になったけど、まさか穂波が先生になるとはねえ。
隣を歩く穂波を見て改めて思う。
「やっと飲める~!」
前を歩く穂波はすでに篝がいる地下倉庫で酒盛りの気分。呼び出しがなかったらわたしも穂波と同じようにスキップしながら地下倉庫に向かうんだろうけど、今日はそうもいかない。あ~めんどくさいなあ。
そう思いながら穂波に声をかける。
「お姉から呼び出し」
急ブレーキをかけたみたいに穂波の足が止まった。
「呼び出し?センパイだけじゃなくて?」
「穂波と一緒に来てって。ほら」
「うげ……」
お姉のメッセージ画面を見せると露骨に嫌そうな顔になった。気持ちはわかる。こういう呼び出しでいいことがあったことは一度もない。
「用件は?」
「見ての通りな〜んも」
わたしが送った「用件は?」の返信はない。もちろん既読も付いてない。通知は見てるはずだから返す必要なし、とでも思われてるんだろうなあ。めんどくさい。
「ってかさ。今日はあの日でしょ。どうすんの?」
「どう、もこうもないでしょ。行かなきゃ不機嫌になって余計めんどくさくなる」
「はあ……」
社会人ってこういうのがあるからイヤなんだよね。いや、言ってきたのは身内だけどさ。
と、スマホが震えた。画面を見ると、話に上がった元生徒の名前がそこにあった。
「電話?あ〜そろそろ終わるかなって来たのかな。可愛いヤツめ。――もしも〜し」
どうしたものか迷ってると、穂波がわたしの手からスマホを抜き取ってそのまま出てしまった。
「――ってなワケでさあ。」
しかも、お姉の命令まで全部サラッと話してしまう始末。何やってんの、と思いながらも、どう話したらいいか困ってたから1ミリくらいは穂波に感謝しておく。
「え?あ〜はいはい。チェンジね。おっきすぎるのは今日の趣味じゃないから、お呼びじゃないって――え?またあとで?オーケーオーケー。ヒーヒー言わせてあげるから」
ちょっと?まだ校舎の中なんですけど??
「ん。創司。センパイに話があるって」
「話?」
なんだろ?状況は穂波が話してくれたと思うけど。
そう思いながらスマホに耳を当てる。
『お疲れ』
「あ、うん。お疲れさま」
高校のころはこんな挨拶しなかったのに、すっかり大学生みたいになっちゃって。あ、大学生か。しかも爛れた。
『話は聞いたけど』
電話越しの声は「どうする?」みたいな声。別に困ってるってワケじゃなさそうだけど……妙に静かなのが気になる。
「あ〜……うん。なんかごめんね?ご飯作ってくれたんでしょ?」
『あ〜……まあ。な』
くそぅ……。
創司くん、最近授業がなくてあまりにヒマだからって雫に教えてもらってるんだよね。雫は一緒に作れるってのが嬉しいらしくてあれこれ教えてるみたいなんだけど、創司くんの覚えもよくて雫の料理に少しアレンジが加わってさらに美味しいらしい。
そんな彼の手料理が出来立てで食べられる機会だったのに……おのれお姉め。マジで旦那にチクってやろうかな。
まあ、お姉の旦那にチクったところで「そんなところも可愛いんだよ」とか惚気られるだけで本人には1ミリもダメージにならないんだけど。マジムカつく。
ちなみに創司くんの順番は1回逃すと振替はない。今回はわたしに順番が回ってきて、その後に穂波だったから相談して丸々2日を独占期間にしたってだけ。つまり、ここで潰すと残ったのは明日だけ。
「タイミング悪過ぎ……」
『ホントにな』
やば、まだ繋がってた。
『で、どうする?とりあえず作ったのは冷蔵庫に入れとくけど』
「ちゃんと帰るから待ってて。あ、もしアレだったら寝ててもいいから」
『はいはい。りょーかい』
切れちゃった。
と、穂波がわたしの脇腹をつっついてきた。
「なに?」
「寝てていいって、寝込みを襲うつもり?」
「はあ!?」
なにを言うかと思ったら――コイツ!
しかもまだ校舎の中だってのに!!
「襲うって――!?そんなワケないでしょ!?」
「またまたぁ。知ってるよ?そういうの好きってさ。クローゼットの3段目の棚の奥に隠してあるヤツとか。おねショタ?だっけ?さすがに子供はダメでしょ」
「――っ!?」
な、なんで!?
「あ、その反応。もしかしてホントだった?雫が言ってたんだけど」
し……しずくぅ〜〜〜!!!
いや、待って。落ち着け、わたし。雫が知ってるのは偶然。いや、もう1人知ってるヤツがいる。
校舎から出て深呼吸をして、穂波の肩を叩いた。
「ね?それって雫は霞が言ってたって言ってたでしょ?」
「え?な、なんのこと――いたいいたい!!」
肩の関節の隙間に親指を差し込むようにして力を入れると穂波はあっさり白状した。
「言ってた!言ってましたぁ!!」
あんのムッツリめ。創司くんに襲ってもらうために下着で彷徨いてるってだけじゃ飽き足らず、わたしの家までガサ入れしてるだとぉ!?
マジ許さん。許すまじ!!
今度会ったらマジでスッポンポンにひん剝いて限界を超えてもぶっ飛ぶくらいイカせてやる……!
大丈夫。霞の部屋ん中にはもんのすっごい
わたしは強い決意を固めた。
霞のヤツをわからせる!!
「あ、あの?センパイ?目、目がヤバいですわよ??」
「はあん!?」
「ひぃ!?」
とりあえずはお姉の呼び出しを始末するところから、か。あ〜……めんどくさ。でも、ある意味チャンスかも。
「ふ、ふふ、ふふふ」
あ〜楽しみだなあ。早く霞と合わないかなぁ〜。
「あばばば……!ヤバいヤバい!霞!早く逃げて!早く逃げてー!!」
「うふふふ」
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