アフター51 「言い訳のオンパレード」
いや、ちょっと待ってほしい。これは誤解です。
遠くのカウンター席から突き刺すような視線を向けてくる女の子たちにわたしは視線で訴えていた。
なんにも知らされずにお姉に呼び出されて来てみたらまさかこんなことになってるなんて知らなかったの!
必死に弁解するけど、ジトッと湿った目をこっちに向けてるのは女の子たちだけ。一番聞いてほしい人は女の子たちの真ん中で背中を向けたままでこっちを向いてくれるような素振りさえも見せてくれない。
半年ぶり――は言い過ぎだけどぜんぜん逢ってないんだから、ちょっとくらいこっちを向いてくれるくらいしてくれたっていいじゃん、と思っているとスマホが震えた。
まだはじまってないのを確認してそっとスマホを開く。
「へぇっ!?」
自分でもビックリするくらい大きな声に周りの視線が一斉にこっちに向いた。
「どうかした?」
しゃらん……と少女マンガだったら枠線ぶち抜きで花とか星屑も一緒に描かれていそうな雰囲気の男の子が話しかけてきた。
「あ……すみません。大丈夫です……」
「そう?早いけど頼みたいものがあれば頼んでいいから」
キラキラと輝く雰囲気に圧倒されたわたしは消え入りそうな声で躱してスマホに目を落とす。
目をこすったり、頬をつねったりしてみたけど、表示されてる「お先にいただきました」の文字はぜんぜん変わってくれない。
う、ウソでしょ?また先越された?しかもあの中じゃ一番あり得ないと思ってた子が……?ウソでしょ?
視線をスマホからカウンター席に移すと、男の子――創司くんの左隣で麻衣がピースサインを作って指をわきわき動かしてる。え?ほんとに?聞いてないんだけど!?っていうか、高校んときの彼氏はどうしたの!?
「ふ~」
男の子と入れ替わりで穂波がトイレから戻ってきた。
「んしょ。はぁ~」
やる気な、とボソッと呟いた穂波の足を叩く。
「聞こえてるよ」
「センパイだけでしょ。大丈夫大丈夫」
「ぜんぜん大丈夫じゃないからね?」
「大丈夫でしょ。っていうか、こんなんだったら最初っから断ればよかったのに。彼氏がいるからムリって」
「いや、まあ。そうなんだけどさ」
――ん?
「いや、彼氏じゃないし」
「はあ?」
いや、何言ってんの?みたいな顔されても。別に付き合ってるとかじゃないわけで。学校の地下倉庫でわちゃわちゃしてたときの名残っていうか、流れ?それがずっと今の今まで続いてるだけだし。メッセージのやり取りだって双子が送ってくるからそのついででやってるにすぎない。だから彼氏っていうには関係はちょっと違う。かといって友達、ってほど遠い感じでもないけど。いや、ってか、そもそも付き合ってないし。その前に双子って彼女がいる男の子に迫れるあの子たちがおかしいんだよ。
「部屋にもご案内しといて何を今さら……」
「え?」
ボソッと聞こえた言葉に耳を疑った。
「え?ちょっとまって。なんで知って――」
「そりゃあ、聞いたからに決まってんでしょ、本妻に。何事もなく帰ってきたって笑いそうになったって言ってたよ?――あ、頼んじゃっていいって聞こえたんですけど、いいですかぁ?」
一緒にいることが多いわたしでも聞いたことがない猫なで声でわたしに話しかけてきた男の子に穂波は立ち上がって声をかける。わたしもなにか頼みたかったけど、まさかの事態にそんなこと言ってられない。
え?ウソでしょ?創司くんが言った?
一瞬頭をよぎったけど、すぐに頭を振って考えを否定する。創司くんはそんなことしない。高校にいたときだって誰かの秘密を暴露するようなことはしなかった。となると、雫に話したのは誰かなんて決まりきってる。高校のときでトップの情報通だったあの子しかいない。今は別々の大学に行ってて鳴りを潜めてるって話だけど、創司くんの話になれば話は別。わたしのことを探るくらい造作もないはず。
創司くんの右側にいる雫のさらに右に座って足をぷらぷらさせてる霞に目を向けると、「正解」とばかりに親指を立てた。
まったく。こっちの気も知らないで――って!違う!!どうして「こっちの気も知らないで」ってなるの!?こっちに気はありません!!ないってば!!ホントに!!
「よいしょ。ふう……やっぱハズレっぽいなぁ」
戻ってきた穂波がほかの人たちに聞こえない声でまた呟いた。真横の席なのに、座るときにいちいち視界の端に入り込んでくる脂肪のカタマリに殺意を覚えて我に帰る。まったく、どんなものを食べたらこんなにおっきくなるんだか……。
「ちょっと、だから言い方。注文は?」
「頼んできた。アルコールの気分じゃなかったからオレンジジュースだけど、聞いてよ。果物のオレンジをそのまま絞って作るガチのヤツなんだって!」
「へえ。そんなのあるんだ」
穂波の手からメニューを取ってみると、ほんとだ。たしかに生搾りオレンジの文字がある。アルコールにも生絞りの文字が並んでいて推してる感がスゴい。
「メンツはハズレだけど、お店はアタリだね」
思ったよりすぐに来たオレンジジュースを飲みながら穂波が言った。
「ね。いいよね。ここ」
集合時間を過ぎてようやく集まってきた人たちを見てホントに騙されたのをようやく実感してきた。
ホント、あの人は毎度毎度……。ホントだったら今ごろ創司くんと穂波とでご飯食べてたはずだったのになあ。なんでこっち側なんだろ。はあ……。
止まらないため息を吐きながらカウンター席の方に目を向ける。男1に女6とか明らかに不自然なバランスなのにこっちよりも楽しそうなのが腹立たしい。こっちと交換してくんないかな。交換したところであの子たち、身内にしか興味ないから雰囲気激ヤバになっちゃう気がするけど。――って!!ちょっと麻衣のヤツ!「あ~ん」なんてしないって言ってたくせに!しっかりやってんじゃん!!それ!今日!わたしがやる予定だったのに!!
咥えたままのストローを噛み潰すのをこらえてると、穂波が身体を寄せてきた。
「なに?」
「さっきからずっと向こうのほう見てるけど、なに見てんの?」
「いいでしょ別に」
穂波はそのままわたしの頬に顔をくっつけてきた。
「なに、ちょっと!暑苦しいからやめてってば」
「え~気になるじゃん。隠してないで言っちゃいなよ」
穂波はそう言うけど、たぶん見つけたらヤケ酒をするに決まってる。そんなの誰が付き合うかっての。拒否だ、拒否。
「絶対めんどくさくなるからヤダ」
「ケチ」
「ケチで結構」
創司くんたちからオレンジジュースに意識を戻すと、どこを見ていたのか分からなくなった穂波が八つ当たりにわき腹を突っついてきた。
「なに。別にどこ見てたっていいでしょ」
「それにしちゃずっと気にしてたじゃん」
そりゃあ、まあ、そうでしょ。高校のときは別の彼氏がいたはずの麻衣が知らないうちにあの輪の中にどっぷり入りこんでいて、挙句の果てにわたしたちより先に進んでるんだから。しかもカウンター席でウチらに見せつけるようにイチャイチャしやがってさあ。
――なんてことは思っても、口に出さない。口にしたら明日の朝まで付き合わされること間違いない。
「なーんか怪しい……吐いた方がスッキリするよ?」
「しないから。離れてよ、鬱陶しい」
「あう!?」
とはいえ、穂波の言葉はそれはその通り。なんだけど、それはそれで自分にそこそこのダメージが入るなんて毛ほどにも考えてないだろうなあ。
「はーい!それでは!皆さん集合したということでそろそろ始めたいと思います!」
あ~……早く帰りたい。
ホント、全部お姉のせいだ。
話を聞きたくもない男の子が目の前にやってきてわたしはなんでこんなとこにいるのか思い出した。
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