アフター48 「こちらが向こう側を覗いているとき、向こう側もこちらを覗いているのだ」

なんとなく冷たい空気を顔に感じて私は目を開けた。


「んぁ?」


ちょろちょろと流れる水の音。ちょっと低い天井。それから固いベッド。


そういえばホテルに泊まったんだっけ。


「あ~……」


自分の声とは思えないくらいのガラガラの声が聞こえてきたあとすぐに、喉が痛みを感じた。


風邪って思いたいけど、間違いなく夜の――何回戦したのかわからないけど――仁義なき戦いの爪痕だ。


「……さむ」


そのまま布団から出て朝風呂な温泉にでも入ろうかなって思って起き上がろうとしたけど、寒さに耐えかねた私は布団に逆戻り。


創司くんはまだ寝てるみたいで、そこだけ布団がゆっくりと膨らんだりしぼんだりしてる。


それを何となく眺めていた私はピンと閃いて、行動に移す。


「んっしょっと」


背中を向けてた創司くんの身体を動かして仰向けにして、腕を引っ張って腕枕にする。


「んふふ。よし。これで完璧――っわ!」


そんなつもりはなかったのに、あっという間に抱きすくめられてしまった。


「ふひっ!ちょっ!そこ!くすぐったっ!」


さわさわと這いまわる創司くんの指がくすぐったくて身をよじる。


「んあ!?」


たまに胸の先っぽとかに指が当たってヘンな声が出るのが、なんだか恥ずかしい。


っていうか、そういえば――。


私はふと気になって布団の中を覗いてみる。


「やっぱり着てない……」


誰だよ。このくらい着とけば?って言ったの。


這いまわる創司くんの手から離れて浴衣を探す。けど、布団の中のどこにもない。もちろん、布団の上にもない。


「あれえ?」


と、ベッドの脇を見たら丸まって落ちていた。どこ、とはあえて言わないけど、一部分だけ大きな地図ができてるから、たぶんこれが私のだ。


「……これじゃ着れないか」


しょうがない。あとで交換してもらおう。


そう諦めて創司くんの腕の中に戻る。


創司くんも着てないせいで、昨日よりも身体の温度をちゃんと感じられる。


「んふ」


とりあえず「おはよう」と「起きた」の意味を込めてキスをしてみる。


「……やっぱ恥ずかしいな。これ」


私も霞と同じでスイッチが入るとできちゃうタイプなのかな?


そんなことを考えてると、昨日の光景が蘇ってきた。


「……もっとはやり過ぎじゃない?私」


なんか不必要に醜態を晒した気がするんだけど、気のせいかな。ん?なにを今さらって?うるさいな。まだほのかみたいに外でおしっことかしてないから大丈夫だよ!!え?さんざん学校の中で床にしたじゃんって?してな――……うん。この話は止めようか。


なんだか一人で墓穴を掘った気がする。


「う~……」


八つ当たりだけど、このなんとも言えない気持ちを頭突きという形で創司くんにぶつける。


「……朝から百面相したり、頭突きしたり忙しいヤツだな」

「っ!?」


頭の上から降ってきた声に私は飛び上がった。


「夜は夜でネコになるし」

「あー!あー!!」


聞きたくない!!聞きたくない!!!


ただでさえ黒く染めてなかったことにしたいことが多いのに、これ以上増やさないでくれないかな!!


「耳を塞いだってムリだぞ。ほれ」


そう言って創司くんはスマホを見せてきた。


画面にはすっぽんぽんの私。うわ。ホントにカメラの向こうで蕩けた顔でにゃーにゃー言ってる……。って!


「なんで撮ってんの!?」

「かわいいからに決まってんだろ?こういうのは記録に残しておかないと」

「記録じゃなくて記憶に残しておいて!って、これクラウドに保存してるでしょ!?」

「お、よくわかったな」

「よくわかったな、じゃないよ!?どーすんの!?みんなが見てたら!?」

「大丈夫だろ。アイツら、昨日はまくら投げの大戦争ぶちかましてたらしいし」

「……」


夢の国のホテルでなにやってんの?


「いや、そういう問題じゃなくて!どーすんの!?これ!?クラウドの中身が流出したらえらい騒ぎだよ!?」

「そう言って涼。お前も乃愛と麻衣のイチャコラ見てんの知ってるからな」

「――っ!?」


どこからバレたんだろう?いや、ね?ほら。順番的にさ。1回来ると次に来るのって1週間後なワケで。その間、乃愛と麻衣は2人でどうしてるのかなぁ?って気になったんだよ。そしたら、それがホームビデオ?ほら、監視カメラみたいなの。雫がアレをそれぞれの部屋にコッソリ置いてそれをクラウドに繋げたって話を聞いて見てみたんだよね。そしたら――。


「イイモンが見れました、と」


私が最後まで言い切る前に創司くんが一言でまとめた。


「私が悪いわけじゃないもん」


諸悪の根源は雫!うん!そう!間違いない!!


「なるほど。で?どこからどこまで見たんだ?」

「……え?」


創司くんが2人の痴態の記録をスクロールしてみせてくる。


ヤバい。ぜんぶ見てるし、なんならお気に入りのヤツはローカルに落として見てるなんて言えない。


「ちなみに雫と霞は全部見てバックアップまで取ってるってよ」

「2人で?」

「2人で。学校用のパソコンなのにな」

「あれ?ってことは私のとこにも?」

「ああ、それは最初から――ってか雫は薫さんから教えてもらったっつってたぞ」


ちょっと薫さん!?なんで私の部屋にカメラつけちゃってんの!?


あ~……だからたまに霞に逢うと「勝った」みたいなドヤ顔してるのか。どうも霞から「アタシはアンタよりもっとイチャイチャしてるぞ』的な雰囲気を感じると思ったら……。


なんかしなくていい納得の仕方だけど、それだけあの霞がデレるようになったんだから恋ってすごいなって思う。


「今ごろアイツら、歯ぎしりしながら見てんじゃね?」

「なんで?」

「散々弄んだオモチャがオンナの顔してんだもん。そりゃあ悔しいだろうよ」

「……」


いや、うん。まあ、その気持ちは最近わかるようになってきたけども。


反撃できるようになった、といっても、まだ雫とか2人がかりとか多勢に無勢だとやっぱり相変わらずオモチャにされてしまうわけで。


ぐるるるぅ~~~……。


そんなことを考えていたらお腹の虫がうなりを上げた。


「……」


ぐぎゅるるる~~~……。


「……メシにするか」

「ん。そうしよ」


穴があったら入りたい気持ちを抑えて私は布団から出た。


「涼」

「ん~?って、お尻触らないでよ」

「ちょうどいいところにあるんだからしょうがないだろ。って、そうだ。お前の浴衣、びっしょびしょで着れないからな」

「……知ってる」


大きな地図が出来上がってる浴衣を拾ってシャワールームに放り込んだ。これで掃除の人が片づけてくれる。


「創司くんのは?」

「俺の?知らん。どこだろ?」

「それ借りればいいかなって思ったんだけど」

「サイズが合わねえだろ。あ、これか。ほれ」

「うぶっ!?」


視界いっぱいに浴衣が広がって何も見えなくなった。代わりに創司くんの匂いを吸い込んでみる。


「ふへ」

「おい、ヘンタイ。朝食うなら早くしないと時間になるぞ」

「ヘンタイじゃないよ!?」


私は急いで着替えて部屋を出た。


クリスマスを過ごす、ってことで私に与えられた時間は明日の日が沈むまで。


そこから先はみんなで集まって年末までダラダラ過ごす予定。


「今日はどうすっかね?」


朝ごはんはホテルと言えば定番のビュッフェ。別々で持ってきたおかずを食べながら創司くんが聞いてきた。


「ん~……でも、どこかって言ってもあんま行きたいとこないんだよね。この辺いつも来てるから」

「だよな。観光地っつっても人多すぎて見るモンもロクに見れねえだろ」

「ね」


卵焼きに箸を伸ばすのとほぼ同時に創司くんの箸も伸びてきた。私は半分に切って片方を口に入れる。ほんの少しだけ遅れて創司くんも切った卵焼きを口に。


「んふ」

「なんだ?急に笑って。気持ち悪い」

「女の子に向かって気持ち悪いはないでしょ!?」


私は思いっきり力を込めて創司くんの足を踏んづけた。

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