アフター45 「食ったか、食ってないか、それは重要な問題だと思います」

会場のど真ん中にある5席しかないカップルシート。わたしたちは入り口から2番目の場所だった。


右を見てもカップル。左を見てもカップル。どっちもイチャイチャしてる。と言っても、座ってしまえば左右の大きな板が目隠しになって、お互いの姿は見えなくなる。


「映画館みたいに上から見られるってないからやりたい放題か。ちゃんと解説の方を聞けよ?」

「当たり前でしょ!?」


そんなことするわけがない。だって、この席、すっごい高かったんだから!


左右の席からハートマークが出てきそうな声が聞こえてきてるけど、無視。もうそっちには意識を向けない。


創司くんの胸に耳を当てて心音に耳を澄ます。


『それでは、上映を開始します』


しばらくそうしてると、アナウンスが聞こえてすぐに指先も見えない暗闇に包まれた。


独りだったら心細くて泣いてしまいそうになるくらいの暗闇。けど、背中に感じる熱が、お腹にある大きな手が、心細さを解消してくれる。


この熱に溶かされてしまいたい。


そう思ってると、場内がざわめいた。


「……へえ」


創司くんも感嘆の声を漏らした。


そして私は創司くんの視線の先に目を向ける。


「わあ……!」


さっきまで真っ暗だったのに、スクリーンに映ってるとは思えないくらいの満天の星空がそこに広がっていた。


『本日はホワイトクリスマスで空は見えませんが、雲の向こう側、晴れていればこのような空が見えています。向かって左側をご覧ください』


私はしばらく解説に耳を傾けた。


異変に気付いたのは、体感30分くらい経ってから。


どこかから寝息が聞こえてきたり、話し声が聞こえてきたりしてる中に甘い声が漏れてきた。


どこからだろう?


と思って天体観測から甘い声の発生源を探る。


「どうした?トイレか?」

「ん~ん。そうじゃなくて、なんか――」


私は最後まで言い切らなかった。いや、言いきれなかった。


「んん~~!!」


ちょっと!?お隣さん!?なにやってんの!?


手で口を塞いでも漏れてきた声が私の耳にハッキリと聞こえた。というか、なんなら隣の女の子と目が合っちゃったんだけど!?


「やるんだなぁ。やっぱ」


創司くんも目が合ったらしい。笑いながら言った。


「解説!ちゃんと聞いて!」

「はいはい。くっくっく……」


なだめるように私の頭をポンポン撫でててきた。


「笑いごとじゃないんだけど……すっごい高い席なんだよ?」

「知ってる。予約も取りにくいんだろ?」

「なのにまったくもう……」


解説が面白いからそっちを聞きたいのに、隣の様子も気になってついそっちに耳を傾けてしまう。


「はぁっ……んっ!」


我慢してる。わかる。わかるんだけど、聞こえるんだよねえ!?


ってよく聞くと聞こえてた方じゃない。


「あっちもこっちもお盛んですこと」


さすがの展開に創司くんも苦笑い。


「だからってやらないからね」

「わかってるって。でも大丈夫か?悶々として夜寝れなくなっちゃうだろ」


いや、そういうことじゃないんだけど……。


『腰に位置する3つの星が特徴のオリオン座が見えますでしょうか。冬を代表する星座の1つで、都会の明るい夜でも見ることができます。本日は天体観測としては生憎の空模様ですが、晴れた日にはぜひ空を見上げてみてはいかがでしょうか』


そんなナレーションが聞こえてまた真っ暗になった。あれ。もしかして終わっちゃった……?


『引き続きまして、本日の特別プログラム、大宇宙の旅をお楽しみください』


両隣を気にしてたら前半が終わってしまった。ヤバい。楽しみにしてたのに、ぜんぜん聞いてなかった。


創司くんの身体が寝返りを打ったみたいに動いた。ずっとくっついていた場所に空気が入って少し涼しい。


でも、手も見えないくらいの暗闇は心細くて創司くんの手を握る。


「涼も人のこと言えないな」

「このくらいならいいじゃん」


創司くんの胸にぐりぐりと頭を擦り付ける。これも双子(特に霞)がよくやってたけど、彼氏彼女の関係になってからするようになったこと。


理由はよくわからないけど、なんとなくやりたくなる。


「はじまるぞ」

「ん」


BGMが流れ出してプログラムが始まったのを知らせてくる。


隣のことはもう気にしない。背中に伝わる創司くんの熱と視界いっぱいに広がる宇宙に目を向けた。


『以上で本日のプログラムを終了します』


そのアナウンスが響くと、プラネタリウムの照明が点いて明るくなった。


「ん〜!」


伸びして立ち上がる。


上演中、別の意味でお楽しみだった人たちの席に目を向けると、そこには誰もいなかった。


「逃げ足だけは早いみたいだな」


創司くんも反対側の席を見たようで私と同じことを思ったみたい。


「いい感じの雰囲気になる予定だったのに、台無しだよね」

「まったくだ。涼が夜寝れなくなるだろ」

「ちゃんと寝るよ!?」

「はいはい」


コートを着て私たちはプラネタリウムを後にする。


外に出ると予想通り外はライトアップされていてキラキラと星くずが散りばめられたように輝いていた。


「予想通り!――っとぉ!」


凍ってたところに足を滑らせて危うく転びそうになったけど、創司くんが私の手を取った。


「あぶねえなぁ」


手を離して飛び出した後、くるんと回って創司くんの方を向く予定が崩れちゃったけど、これはこれで悪くない。


ポンポンって頭も撫でてもらっちゃったし!


「ふへへ……」

「笑いごとじゃねえっての」

「あいたっ!?」


雫仕込みの凶悪なデコピンが私の額を打ち抜いた。


「いたた……」

「偶然にしては出来過ぎだな」


通りに目を向けて創司くんが言った。


予想通りの展開だけど、やっぱりロマンチック過ぎて私には似合わない気がしてきた。


「どうした?」

「や~……予想通りって言ったけどさ。私にはイマイチ合わないかなぁ~って――」


ぐぅううううぅぅ〜……


「……」


一瞬、何が聞こえたのか理解できなかった。


ぐぎゅるるる〜〜……


ちょっとシリアスになろうとしてたのに、それを吹き飛ばすような2回目。


「……聞こえた?」

「別に腹の音くらいで騒がねえよ。ちょうどいい時間だしな」


創司くんはわたしの手を引いて歩き出した。


いや、まあ。たしかに雫とか霞とか、乃愛とか私も他人のこと言えないけど、双子以外みんな最初こそ恥ずかしがってたけど、今じゃフツーに創司くんの前でお腹鳴らしてる。


なんならお腹の音の長さとか競ってたりして、もう恥じらいなんてどこ行っちゃったの?レベルだったわ。


「……」


なんか女子大の子たちも大概だけど、ウチらもウチらだよねぇ……なんて思ってしまう。


なんていうか、方向性は違うけど、力加減は同じ?みたいな。ノリそのものはあの子たちとそんなに変わらない気がする。


「いや、そんな女子連中を食いまくってるヤツが何言ってんだよ」


思ってることをそのまま口にしたら創司くんはそんな身も蓋もない答えを返してきた。


「方向性?さじ加減?んなもの最初っからぶっ壊れてるだろ。ノーパン娘」

「今日はちゃんと履いてるよ!?」

「今日は、って言ってんじゃん。さすがだな」


しまった!いつものノリで……!!


「っていうか、食べてないし!」

「薫さんに反撃ができるようになったんだろ?一段ステップが上になった証拠だろ」

「ぐぐぐ……!」


なんでさっき言っちゃったかなあ。私。


完全に墓穴を掘ってて、穴に埋まりたくなる。


いや、薫さんに反撃できるようになったのはいいこと(?)なの!ずっとやられっぱなしだったし!!


「認めた方がいいぞ。開き直りって結構重要だし」

「食べてない……あれは食べた、じゃない……向こうから来たのを反撃しただけ……」


星屑のような光が降り注ぐ通りを創司くんと歩く。


私のお腹の主張はご飯を食べはじめるまで何度も続くのだった。

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