アフター42 「反省はしてない、後悔もしてない。けど、正直やり過ぎたとは思う(薫談)」

窓の向こう側で静かに降りしきる雪を眺めながら、優雅に紅茶を一口。


「珍しいね。双子がOKするなんて」


いつもなら自分の家に呼んでみんなでパーティなんだけど、今日はまさかの2人きり。いつもは誰かいるだけに、ちょっと想定外で少し落ち着かない。


「ネタ切れ。クリエイティブが燃え尽きた、だとよ」


向かいに座ってるのはそんな双子の彼氏。あーんど私の彼氏。……って言っていいんだよね?うん。雫も霞もいい、って言ってたし、大丈夫大丈夫。告白?そんなのしてないし、しなくてもわかってるっぽいし、いいかな~って感じで今の状態。


「最初っから飛ばしすぎってみんな言ってたのにやっちゃうから……」

「な。引っ越して早々、『ごはんにする?』のアレだからな」

「実家でもやってたでしょ」

「……いや。高校んときはやってない、はず。たぶん」


ホントかなぁ?あとで雫に聞いてみよ。


「去年のクリスマスは『プレゼントはわたし』ってヤツだったな。予告されてたけどさ、ホントにやられると反応に困るんだよな。アレ」

「え?そう?」


いつも自然に雫のスカートの中に頭を入れてる創司くんのことだから慣れてるものだと思ってたけど、そうじゃないの?なんか意外。


「涼は……薫さんがやってそうだな」

「もう風物詩だよ。むしろない方がモヤモヤしちゃう」

「それはそれでいいんだか悪いんだか……」


薫さん、ウチに来てから毎年やってるんだもん。水着サンタとか全裸リボンとかさあ。もう恥ずかしいとかなくなったよね。それよりもっとヒドいことされてるし。


最近は反撃できるようになってきたからだいぶ回数は……あれ?減ってないな。そういえば。いや、あれ?ちょっと待って?もしかして増えて……る?


……あれ?なんでだろう?あったかい喫茶店にいるのに、なんだか急に背筋が寒くなってきたぞ?


「どうした?」

「や、なんか急に寒気が……」

「ああ?風邪?」

「や、そんな生易しいものじゃないって言うか。そ、そういえば、ほかのみんなは?」


このまま突き進むとイヤな現実を直視させられそうな気がしてきた私は、話題を思いっきり捻じ曲げた。


「インスピレーションを得るってんで、なんかエレクトリカルな夢の国に行くって言ってたな」

「エレクトリカルな夢の国……?ああ、あそこか!いいなあ〜。みんな総出で?」

「ああ。麻衣が先読みして取ってたとかなんとかって」

「へえ……」


麻衣が、ねえ?麻衣ってそんなに準備いい方じゃないと思ったんだけど、違ったっけ?


「薫さんは?」

「社会の波に揉まれてくるってなんかスーツ着て出ていったよ?」

「……社会じゃなくてOLさんのパイとか尻を揉んでそうな気がするな」

「……」


いや、まあ。ね?否定したいところだけど、まったく否定できないのが薫さんだよね。……ホント、大丈夫かな。いや、薫さんじゃなくて面接の担当の人。


創司くんじゃないけど、ホントに社会じゃなくて面接の人の胸とかお尻とか揉んでそうで怖い。


あとで聞いてきようかな。聞かない方がいいかもしれないけど。


なんて思ってると、手元のスマホが震えた。


――1ゲット!


そんなメッセージと一緒に通知画面には「画像が送信されました」の文字。


薫さん!?まだ昼間だよ!?


そう言いたいけど、こんないい雰囲気の喫茶店で言えるわけもなく。


私は頭を抱えるしかなかった。


「……スイッチが入ったら手がつけられなくなるのは師匠譲り、か」

「そんなことないよ!?」


私のスマホを覗き込んできた創司くんの呟きについ大声が出てしまった。ついでにテーブルに足をぶつけて痛いし、周りに見られて恥ずかしいしで、すぐに縮こまった。


ちなみに画像は喫茶店を出た後で見たけど、完全にラブホのベッドだった……。


ねえ、社会の荒波に揉まれるんじゃなかったの?なんで明らかに薫さんのじゃない下着がベッドの上に脱ぎ捨てられてるのかなあ!?


追加でメッセージが来たけど、なに?「今日は3ゲットまで」って。おかしいでしょ。そんなポンポンできるわけないでしょ。っていうか、何しに行ってんの!?そこ!「ナニしに行ってるじゃん」じゃないよ!!


誰にも聞こえないボケにツッコミを入れてると、創司くんは自分のケーキにフォークを伸ばした。


「記憶が消し飛んでるもんな。零奈に聞いてみろよ。マジだから」


創司くんはそう言ってケーキを口に入れる。


……え?ホントに?いや、まあ、たしかに?ふわあ〜ってなったあと、気づいたら朝だったり、お昼だったりしてるけどさ。……え?いやいや、まさか……。


「零奈で思い出した」


畳み掛けられる現実にクラクラしてると、創司くんがさらに追撃を加えてきた。


「――女子大だからって片っ端から食いまくんなよ」


凶悪な現実のストレートパンチを食らった私の視界がそのまま真っ白になったのは言うまでもない。


――


「ハッ!?」


なんか悪い夢を見ていた気がする。


おかしい。いや、おかしいのは私もだけど。


経済とかその辺を知ってた方が将来のためになるかな、と思って経済学部がある大学に進んだんだけど、偶然というか、たまたまというか、そこは女子大だった。


女子大だからキャッキャウフフな世界を想像してたんだけど、実際は清楚の皮を被った飢えた肉食獣の巣窟だった。


男子の目がないことをいいことに、オープンな子は大声で自分の性癖をぶちまけるし、なんなら何回戦でどんなことまでやったかを言っちゃう。


もうね。ウチらも大概だけど、女子大の女子の方がよっぽどヤバい。(語彙力消失)


え?なんでこんな話をしてるかって?それは創司くんの話が実際とは違うから。


実際は遊びに誘われてノコノコ着いていった先がラブホで、女子会かと思ったらその子がソッチ系の子だったんだよね。といっても、ベッドに押し倒されてからカミングアウトされて知ったんだからもうね、って話なんだけど。


ただ、その子。経験がないというか、Sって言ってたのにウチらのメンツと比べたら全然過ぎてあっさり逆転しちゃったの。


それからなんだかほかの子たちも寄ってきてーーって感じで今に至ってる。


決して私が片っ端から食べてるなんてことはない。うん、食べて〜って言ってるから美味しくいただいてるだけ。いや、美味しくもないけどさ。


なんか新しい扉開いちゃってる子もいたりするけど、それは私のせいじゃない。目がハートになってたりする子もいるけど、私は知らない。知りたくもない。ホントマジで。


なんでみんな私を見つけると駆け寄ってくるのかなあ?お姉様なんて呼ばないでよ!同い年でしょ!?


「――って悪い夢みたいな話なんだよね」

「安心しろ。ちゃんと現実だ」


私は絶望した。


おかしい。誰にも話してないはずなのに、どこから創司くんにバレたんだろう?「零奈で思い出した」って言ってたから零奈?いや、あの子にも言ってないし、知り合いもいないはず。薫さん?そんなわけないよね。


ケーキを食べながら心当たりを探っていると、創司くんは背もたれに寄り掛かった。


「気づいたらベッドが水浸しになってた、とかあるだろ」


ケーキに伸ばそうとしていたフォークが止まった。


「……なんで知ってるの?」

「高校んときの涼がそうだっただろ。帰りなんかまともにパンツ履けてたの何回あったよ?生ぬるいつって反撃するんならそのくらいじゃないと満足しない身体に仕上がってるんだよ」


まるで当然、みたいな風に言ってるのはなんでかな?おかしいな?


っていうか、仕上がってるってなに?ボディビルダーかボクサーかな、私は。


たしかにちゃんとパンツ履いて帰れたの、10回くらいしかないけどさ。


それでも私はまだ自分が真人間であることを諦めてない。いや、諦めてないっておかしい。私はまとも!そこら辺にいるフツーの女の子だから!!


「俺たちにも上がいるからなあ。しょうがないか」


創司くんはそう言って顔を窓の方に向けた。

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