アフター41「上には上がいるってのはいつの時代もあるもので――」

「へえ。麻衣も創司くんを食ったんだ。やるじゃん」


喫茶店に着いて先生ズと合流したわたしたち。注文を済ませて創司くんが確保した席に座るなり、穂波ちゃんが言った言葉がこれだった。


「言い方。みんなしてもうちょっとマシなのないの?」


わたしはそう言いながら季節限定のチーズケーキを一口。しっとりとした口当たりに後から来る酸味が美味しい。


「うま」

「うまいよね。それ。わたしも好きなんだよね」


澪ちゃんもわたしと同じ注文をしたチーズケーキを、これまた同じように三角形の先っぽの部分をフォークで切って口に入れた。


「んふ」


あまりのおいしさに澪ちゃんから声が漏れた。


「仕事は大丈夫なの?」


ほのかが2人に聞くと、仲良く揃って首を振った。


「んなわけないじゃん。生徒がいなくなればヒマでしょって次から次へと仕事を振ってきてさ~。なんかもうバカバカしくなってきちゃったから、ね」

「そうそう。席にいないタイミングを見計らって突っ返してきたの。今日締め切りのヤツをどっさりと」

「アレ、絶対今日帰れないよね」

「自業自得でしょ。たかがデータ入力って言いやがって。パソコンができないなら、できないからお願いって言えばいいのにね」


ニヒヒと悪い笑みを浮かべる大人2人。これが先生ってんだから世も末な気がする。


「にしてもほのかはよく帰ってきたじゃん。ずっと向こうにいるかと思ったのに」

「まあ、いろいろあってね」


カラカラとストローを回しながらほのかは言葉を濁した。


「付き合いはじめて3年くらいだっけ?」

「そのくらい、かな?」


ほのかは記念日とか作るタイプじゃないからいつから付き合いはじめた、みたいなのは結構曖昧だったりする。


わたしは逆に付き合いはじめると何でもかんでも記念日にしちゃうから、友だちの延長だったり、家庭教師と生徒からってな感じで付き合ってる感覚ってのがイマイチつかめないでいる。


まあ、さすがに創司くんと双子くらいになればわかるけど。でもあの3人の関係って恋人っていうより夫婦だし、なんならウチらも入れて家族なんだよね。


それはそれで違う気がするし、涼とだったり、乃愛だったりもそうだけど、やっぱりわたしからすると「付き合ってる」っていうのとはなにか違う気がしてモヤモヤする。


「3年か~。ってことは彼氏のテクに飽きたってとこじゃない?寝ても覚めてもしてるんでしょ?」

「んな穂波じゃないんだから……知ってる?この子、大学に行ってすぐにはっちゃけてさ。やり過ぎて単位落としたんだよ。それも必修のヤツ」

「マジか」


わたしの隣に座る創司くんが驚きの声を上げた。


「あのときは若かったなあ……今はもうできないね」

「その反動で今は干からびてるってか。皮肉だな」


遠くを見る穂波ちゃんに創司くんが追い打ちをかける。が、百戦錬磨の穂波ちゃんはこの程度じゃびくともしない。


「そうそう。もうピーカン。砂漠化しすぎてなんも生えない」

「脱毛してるんだからそりゃそうでしょ」


ほのかが冷静にツッコミを入れた。けど、それで止まる穂波ちゃんじゃない。


「引っ掛かってもイマイチなのばっかでさあ。この前の合コンなんか数合わせで行かされた上にアラフォーのテカったオッサンだよ?しかも同業。ノーチャンよ。ノーチャン。ないない」

「澪もそんな感じ?」

「最近でしょ?同じ同じ。まあ、わたしは穂波と違ってそういうとこには行かないけど」


さすが澪ちゃん。絵にかいたような清廉潔白さで穂波ちゃんをかすませてくる。


「って、ウチらの話はどーでもいいじゃん。そうじゃなくて今はほのかでしょ?」

「テクに飽きた、かあ……違うって言いたいけど、そう言われちゃうとなんかそうかもなあ。単調は単調だし」

「寝ても覚めてもやってるヤツが何言ってんだ」


創司くんの鋭いツッコミも冴え渡る。


「いや、それ結構重要だよ?」


けど、穂波ちゃんが創司くんに言った。


「創司くんは双子以外ともするからわかんないだろうけどさ。ずっと1人とって結構大変よ?」

「そう?」

「麻衣ならわかるんじゃない?」

「わたし?」

「そっそ。心当たりありまくりでしょ」


そう言われて少し考えてみる。


「う~……ん。まあ、足りなくなるときみたいなのが続くとなんかなあ、とはなるかな。ほのかのそれと合ってるかはわかんないけど」

「へえ」

「あ〜……」

「一方通行みたいな感じ?わたしだけ、とかさ。そういうのが続くと違うのかなあって思うよね。ほら、やっぱ好き同士が付き合うじゃん?それが肩透かしされてるっていうか……ううん……イマイチちゃんと言えないけど」

「なるほどな。そういうことか」


ちゃんと説明できたようには思えなかったけど、創司くんには伝わったっぽい。感心したようにうなずいてる。


「彼氏が悪いってわけじゃないし、ほのかがヘンってのでもない、と思うけど」

「ほのかに関してはヘンはヘンだろ。どが付くヘンタイだし」

「たしかに」


クスっと笑うと創司くんも一緒に笑った。


「……」


なんだか生暖かい視線を感じて顔を上げると、ほのかと先生ズがわたしの方を見ていた。


「な、なに?」

「麻衣も結構変わるタイプなんだね。イチャイチャしちゃってさ」


ニヤニヤ顔の穂波ちゃんが頬をちょんちょんと突っついてきた。


「は!?」


穂波ちゃんの一言にわたしの顔が一気に熱くなってきた。


「あ、顔が赤くなった。かわいい」

「な、なに言ってんの!?イチャイチャなんてしてないって!!聞いてる!?」

「聞いてる聞いてる。あは。かわいい。おーよしよし」


穂波ちゃんに抱き寄せられて雫よりさらに大きい胸に顔を埋められしまった。


「ほのか、もしかしたら2人に足りないのってアレかもよ?」

「あ~……たしかに。そうかも」


澪ちゃんとほのかは2人でそんなこと言ってるし。なんなのまったく。


「あ」


穂波ちゃんの胸に埋もれて動けなくなったことをいいことに、揉んだり摘んだりしてると、澪ちゃんが何かを思い出したような声を出した。


「麻衣がわたしたちを呼んだのってもしかしてそれ?」

「そう言ったと思うんだけど……」


電話で伝えただけだったから伝わってないのかな、と思ったけど、澪ちゃんと話ができてたのを思い出してその考えを捨てた。


「先輩、会うのが決まったらすぐ仕事片付けはじめたから聞いてなかったんでしょ」

「そんなこと!……はあるかもしんないけど……」


穂波ちゃんの言い方に澪ちゃんは反論しようとしたけど、心当たりがあるらしい。声が尻すぼみになった。


「一方通行ねえ。よくあるすれ違いで別れるってのも案外それか?」

「かもね。創司くんと双子だってなかったわけじゃないでしょ?」

「そうねえ……そう言われりゃ、中学んときは全然話してないな。そもそも会うだけでも付き合ってるだのなんのってウワサになるのが面倒だったから会うのも避けてたし」


双子からも同じことを聞いたけど、本人から改めて聞くと胸にチクッとするものがある。


それでもあの双子は創司くんの親から進学先の高校を聞き出してギリギリのとこで入学して、さらには同棲状態まで持ってったんだからスゴいと思う。


わたしが双子と同じだったらたぶんどこかで諦めてただろうなあ、と思うだけにそこは素直に尊敬だよね。


「創司くんと双子でもそうなんだからほのかと彼氏だっておんなじじゃない?わかんないけど」


ほのかに言うと、「なるほどね~」と頷いた。


「たしかに向こうに行ってから離れてる時間って少なかったかも。それにデートはしてたけど、なんかプレイの1つになってたからちゃんとした話をしてないのもあるか……」


うんうん頷いてほのかは納得した様子。


うん。たぶんこれで彼氏との関係は元に戻るかな。


ホッとした気分でいると、澪ちゃんが穂波ちゃんを指した。


「誰も止めないからってやってばっかりいると、コレみたいになるよ?気を付けてね」

「あ~……それはちょっとヤバいかも。気を付けよ」

「ちょっと!?ワタシはほのかほどやってないよ!?」

「寝ても覚めてもどころか、寝てる間にもヤッてたって聞いたけど?」


澪ちゃんの言葉に穂波ちゃんが止まった。


「……いや。あれは事故って言ったじゃん」


浮気がバレた旦那みたいな言い訳をする穂波ちゃんに澪ちゃんはさらに追撃を加える。


「3日間ぶっ通しの入れ替わり制だったって後で聞いたんだけど、それについては?」

「……」

「しかも、そのあとしばらくしてテスト前には5日間の合宿コースってのもあったって――」


この先にもまだあったけど、これ以上は止めとこう。うん。質も量もほのかのアレコレがかすむレベルなんだけど、止めとこう。武勇伝なんてもんじゃない。


ホント、どうして卒業できたのか疑うレベルのアレコレが澪ちゃんの口からボロボロ出てくる。


それを聞いたほのかは目を輝かせてたけど、これももう見ないことにしておく。


決して臭いものにフタをしたわけじゃない。深入りをするのを止めただけ。戦略的撤退ってヤツ。


それにしても……――。


わたしは思う。


「上には上がいるんだなあ」


と。


「ホントにな」


わたしのつぶやきに創司くんが頷いた。

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