アフター40 「襲来」

ほのかから駅に着いた、と連絡をもらったわたしは創司くんと一緒にマンションを出た。


「なんで俺まで……」


突き刺すような日差しに創司くんはぐったりとした表情でつぶやいた。


「しょうがないんじゃない?ほかに適任がいないんだから」

「んなの、俺じゃなくてもいいだろ。別に」

「それだったらわたしだって一緒だと思うけど」

「たしかに。大人に聞きゃあいいじゃんな。穂波ちゃんとか」


そうじゃん。わたしより穂波の方が大人で経験あるんだからよっぽど適任じゃん。文字通り百戦錬磨だし。


――……まあ、方向性がちょっと違う気もするけど、なんとかなるでしょ。


そんな軽い気持ちでわたしはスマホを取りだして穂波ちゃんに電話をかけた。


数回のコール音のあと、ブツっと音が聞こえると、穂波ちゃんの声が聞こえてきた。


『もしもーし。久しぶりじゃん、どったの?』


約1カ月ぶりの声。


フツーなら卒業したら先生とのつながりなんてなくなると思うけど、ウチらはあの地下倉庫で散々遊んだのもあって未だに繋がりがある。


さすがに会う回数は減ったけど、それでもこうして連絡を取り合うくらいには繋がりを保っている。


いい先生と言えばいい先生なんだけど、放課後に酒盛りをしてたのを思い出すと、そうでもないな、と思う。


わたしはいつもの流れで聞いてみる。


「朝から飲んでないよね?」

『気分は飲みたいけどね。もー夏休みってのに出勤とかバカだよね。なんかあったら困るからって言われてるけどさあ。なんかあったとこでなんもできないのに。あ~!キンッキンに冷えたビールが飲みたーい!!』

「ふ」


相変わらずすぎて思わず笑ってしまった。


『笑うな。ってかさ、聞いてよ。』

「聞いてる聞いてる。大丈夫?シラフで」

「大丈夫!シラフでも話せるレベルだから!」


そう言ってはじまった穂波劇場だけど、中身はゲスもゲス。


ウチらがいたときは合コンで知り合った男の話ばっかだったけど、最近は生徒の色恋に介入しまくってるらしい。挙句の果てに初体験の感想まで聞いてるとかなんとか。


若々しい感じを取り戻すって言ってるけど、そんな話を聞いて取り戻せるわけがないと思うのはわたしだけ?


っていうか、そもそも自分ができないからって生徒で間接的に発散するのはヤバくない?訴えられたら負けるんじゃないの?


『穂波。って電話中か』


と電話の向こうで別の女の人の声が聞こえた。


『麻衣から。珍しくかけてきたんですよ』

『麻衣?わ。珍しい!』


なんて穂波ちゃんの話を聞いてる途中で、澪ちゃんも入ってきて話はさらに膨らんでいく。


まあ、膨らむって言っても穂波ちゃんたちがいる場所はあの高校。


ウチらみたいにぶっ飛んだのは今はいないらしく、穂波ちゃんが生徒の色恋に介入してること以外は平和そのものらしい。


『変わり映えしなさ過ぎて逆につまんないよ?あ、でも、マンガ部がこっちに来るようになったから春に比べたら少しは賑やかかなあ。それでも着てる服をひん剥かれた上に手を縛られて、くすぐられるなんてことはないけど』

『アレねえ……今思い出しても参加理由が理不尽だったよね』

『そこにいるから、ってだけだもんね。まあ、結局楽しかったけど』

『楽しかった、はおかしいでしょ……』

「あはは……」


定期テスト後の罰ゲーム。懐かしい。


罰ゲーム自体は今でもやるけど、あのときほど緊張感のあるゲームはない。


なにせヘタしたら学校の中、それも廊下ですっぽんぽんになる可能性だってあったんだから。今考えても頭がイカレてたとしか思えない。


『アレでなにかに目覚めてたらヤバかったね』

『それ。学校の風紀が~なんて言ってらんなくなるよね。どの口が言うんだってブーメランがぶっ刺さっちゃうわ』


先生たちはクスクス笑い合う。相変わらずこの2人は仲良しのままらしい。話の内容はともかく、微笑ましい気分になる。


さすがにこのまま駅まで創司くんをほったらかしたままにしておくのは可哀そうなので、電話を切ろうとすると穂波ちゃんが「あ」と声を上げた。


『そういえば麻衣の方に用があるんじゃなかった?』

「え?ああ。そうそう」


あっぶな。すっかり忘れて電話を切っちゃうところだった。


「ほのかがこっちに帰ってくるって言っててさ――」


一通り話すと、先生たちは後で合流するとだけ言い残して電話を切った。


――よかった。これで丸投げ先ができた。


わたしは胸をおろした。


ウチらのマンションの最寄り駅に着くと、ほのかはすぐに見つかった。


「ひさしぶり~」

「ぶり~」


ほのかが伸ばしてきた手に手のひらを合わせる。


高校のときはスカートばっかだったほのかの服装はオフホワイトのパンツにヘソだしルックのTシャツと、なんだか都会かぶれなファッションをしていた。


「や~あっついね!こっちは!」


ピンクのスーツケースに腰掛けたまま、ほのかが言った。


なんだかびっくりするくらいスリムで、お腹のムダな肉がほとんどなくなってる。乃愛と涼の分を分けてあげたいくらいに細い。


と言っても、カラダに悪そうな痩せ方じゃなくて、しっかりと管理された痩せ方のように見える。


思わず掴みたくなるようなくびれに目を奪われつつ、返事をする。


「ホントだよ。もうどっかに入らないとぶっ倒れるよ。マジで」

「わかる!電車ん中に戻りたいもん!」


わたしとほのかでキャッキャッしてると、涼める場所を探してくると言って離れた創司くんが戻ってきた。


「じゃあ、とりあえずどっかに入るか」

「お。旦那じゃん。おひさ」

「おひさ」


ひらひら手を振ったほのかに創司くんはぶっきらぼうに応えた。


「……鍛えてできたって感じじゃねえな」

「へ?」

「それ。夏に向けてってヤツじゃないだろ」


創司くんはほのかのお腹を指した。ほのかは自分のお腹に視線を落としてからニヤっと笑みを浮かべた。


「あは。わかる?やっぱおはようからおやすみまでヤってるだけあるでしょ?」

「……」


うん。やっぱほのかだわ。


「今日はなにも仕込んでないだろうな?」

「ないない」


ほのかは両手を振った。


普通ならこれで「そうですか」って終わるんだけど、相手は「あの」ほのか。安易に納得してはいけないのは、高校時代に身をもって知ってる。


「確認する?麻衣ならいいよ?」


と言いながらほのかはパンツのボタンを外してきた。


「ちょ!?」


薄い青紫の布地に小さいリボンが見えて慌ててわたしは止めたけど、周りの人はスマホに夢中で誰も気にしてない。あっぶな。


「バカじゃないの!?」

「あはは!大丈夫!今日はなんもない!さすがに今日はないよ。ここまで結構あるのに間違って途中でイっちゃって車庫なんかに入れられたらここまで来れなくなっちゃうじゃん。」


ホント、この子は……。口もアレだけど、行動もアレ過ぎて困る。


ってちょっと待って?今日「は」?


「アンタ、まさか――!」

「しー」


――向こうではフツーに仕込んでるんじゃ!?しかも、イって車庫まで行っちゃったのも1回だけじゃ……!!


そう言おうとしたところで口にほのかの人差し指が当てられた。


「さすが麻衣。けど、ここでは黙っとこうね。アイツにバレたら取り上げられちゃうから」

「……」


わたしは思わず創司くんに目を向けた。


「月に1週間、禁止令を出してるらしい」

「ヒドいよね。しかもすっごいムラムラするときにやるんだよ?鬼じゃない?発散させるのがフツーじゃん」

「どうせドア開けた瞬間に突っ込むんだから変わんねえだろ」

「いやいや。違うって!焦らしになってマジでそっちのことしか考えられなくなるんだから!」

「……」


なんていうか。言葉が出ない。


「まあ……そうか。じゃあ、それはアイツがおかしいな」

「だよね!」


そんなわたしに反して創司くんはフツーに返してる。いや、何で平気な顔して受け答えできるの?おかしいでしょ。


それでも最後は創司くんも諦めたっぽい。返事が投げやりな感じでしてたし。


「さて。いい加減店に入るか。涼んでからじゃないとマジでぶっ倒れる」

「そうだね。そうしよ」


ほのかがスーツケースから降りて立ち上がると、創司くんは喫茶店の方向へ歩き出した。


わたしも創司くんに遅れないように手を伸ばす。


「んん?」


わたしの手が創司くんに届いたところでほのかの声が聞こえた。


目を向けると、ほのかはわたしと創司くんの手に向けられてる。


「へえ。なるほどなるほど。麻衣もか」

「なにが?」

「ん~ん。こっちの話。やっと落ち着くとこに落ち着いたかな~」


なんだか楽しそうなほのかの様子にわたしは不安しか感じない。


「穂波が合流したらカオスになりそうだな」


創司くんの予言はわたしにとって最悪なカタチで現実となったのは言うまでもない。

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