アフター37 「開き直ってしまえばどうにでもなるってもんよ」
「ねえ。もし薫が持ってくるんだとしたらこっちとこっち、どっちだと思う?」
女子だらけの水着エリアで比較的少ない場所に移動したわたしは手近な水着をとって創司くんに聞いてみた。
片方はセパレートでもう片方はワンピース。どっちも単色のシンプルなモノで薫が持ってくるわけはないんだけど、方向性だけは決めておきたい。
「あ~……こっち?」
アゴに手を当てて少し考えてから創司くんはセパレートの方を指した。
「その心は?」
「いつもそんな感じだろ。あの人は」
「そうだけどさ。う~ん……」
な~んか怪しいんだよね。みんなで行って創司くんだけ別行動にするっての。絶対なんか仕込んでるよね。間違いなく。
「じゃあ、あえてそっちを取るか?」
「こっち?」
う~ん。ワンピースもなあ。いいんだけど、なんかコレジャナイ感があるんだよなあ。
「う~ん……」
なんかどっちもありそうに思えてきた。
「あの人のこと考えてたら決まらないんじゃね?」
「それはそうだけど……」
まあ、創司くんの言う通り、薫の仕込みのことを考えてもしょうがないか。
「そうだね。じゃあ、いい感じのところを選んで試着してみようかな」
「はいよ」
そうしてわたしたちは女子エリアの中心へと向かうのだった。
あれもこれもと見繕って試着しては創司くんに見せて反応を楽しんでを繰り返し、ほぼほぼ決まったころには日が暮れていた。
「なんで女子ってこんなに長いかねえ」
屋上にある休憩スペースの芝生の上で創司くんが横になって言った。
「や~つい、反応が面白くって」
試着してみせては視線を逸らすんだもん。やってるうちに楽しくなっちゃうってあるよね。
女の子の裸だって見てるのに、ホント反応が童貞クンのそれと一緒で笑ってしまう。
そう言葉にすると、創司くんはわたしの膝に頭を乗せて言った。
「いや、まあ、そうだけど。なんか麻衣のは違うんだよなあ。反応に困るっていうか」
「ええ?なにそれ?」
まったくもってわけがわからない。みんなと違うとこなんてどこにもないのに。
「なんつーか、あれよ。アイツらより経験してるって感じがするんだよなあ」
わたしの中に何かが突き刺さった感触がした。
「……」
「や。実際のところは知らんけど」
取り繕うように創司くんは言葉を続けるけど、その言葉はわたしの耳を通り抜けるだけ。
見上げてくる創司くんの目がわたしの中を見透かしてくるようで、なんだか怖くなってきた。
だったら創司くんの顔を動かさせればいいのに、わたしはそれすらもできない。
――だって、そうでしょ?事実なんだから。
創司くんの目に映るわたしの中のわたしが黒い笑みを浮かべながらそう囁く。
――恋愛の「れ」もわからないようなのが、人に言われるがままに付き合っちゃって、そのまま行くとこまで行ったクセに。今さらウブを気取っちゃうの?笑わせないでよ。オマケに人の彼氏を好きになるとか。あはっ!やばくない?
「……」
黒い笑みを浮かべるわたしの言う通り。わたしはほかのみんなと違って、男子と付き合った経験は何度もあるし、キスだって、そこから先だってしたことがある。
そのときはそれでいいって思ってたし、あのときはあのときでちゃんと満たされていた。
でも、いつからだろう?それがなくなってきたのは。
満たされて、満たして、その先は何もなかった。
何人も付き合ったけど、結局最後は空っぽ。聞きかじっただけの行為をして、それで終わり。快感や快楽なんてものはないし、それどころか、それまで抱いてたものだってなんにもなくなって。それで終わり。なんとなくはじまったのが、そのままなんとなく終わっただけ。なんにも残らなかった。人が変わっても同じ。結局なにもない。
ただ、双子とかバレー部のみんなを見てると、わたしにはないモノがたしかにあって、それがなんだかわからないけど、わたしには羨ましく映ったのは間違いない。じゃなきゃ、高校でこの関係は終わってた。
関係が終わらなかったのは、考えるまでもなくあの双子のせい。フツーなら双子同士だって取り合うはずなのに、なぜか共有するって手段を取ったのには驚いた。
だって彼氏を2人で共有するってよく考えなくても意味わかんないじゃん。フツーどっちかを選ぶはずだし、マンガとかドラマだってそういうのがあればどっちかを選ぶでしょ?
両方なんて選択肢は存在しない。横取りしたり、されたり、ってのはあっても、共有するって概念がない。
みんなで集まって「好き」と言ったところで、結局は誰か一人が選ばれる。
どんなストーリーでもそれは変わらない。
でも、それはフツーってのが前提の話。そう、あくまでもフツーなら。
何事にも例外ってのはある。
「へえ。どんな経験?」
だからわたしは聞いてしまう。この例外はわたしを満たしてくれるのか。
「なんかキャラ変わった?さっきと雰囲気違うけど」
「なにそれ。変わってないよ」
創司くんの前髪をどかしてペシッと軽く叩く。
叩かれる直前の目をつむった創司くんの顔が何かを呼び起こしてくるような感覚を刺激する。
「いや、目つきが乃愛んときと――」
「わたしとだけいるときはほかの女の名前は出さないで」
「ムチャ言うな――」
こういうとき、膝枕って便利だね。どうやったって動けないんだから。
「ふ」
どっちかわからない吐息が耳をくすぐる。
「麻衣さんや」
鼻の頭をくっつけてお互いの吐息を感じてると、創司くんの口が開いた。
「なに?」
「お前もか……」
創司くんの身体から力が抜けた。
「?どういう意味?」
「類友だなって話」
「わたしは順番を守ったでしょ。乃愛とは違うんだけど」
「誰って言ってねえんだけどなあ」
ぼやいた創司くんの口を塞ぐようにわたしはまた近づける。触れ合うのはほんの一瞬。まだ。まだそれ以上はいらない。
だって、これだけで満たされてるんだから。
「乃愛が言ってたよ?その気になれば隙だらけだって」
「その気になるなよ」
「それはムリ」
クスっと笑ってわたしは創司くんにこれからのことを言おうと気合を入れ直した。
――ぐうううううう~~~~……
聞こえてきた音に創司くんの目が点になった。
ヤバい。顔が熱い。
「……聞こえた?」
聞くまでもないだろうけど、一応確認。
「空腹を主張するいい音だったな。そろそろいい時間だし、食いに行くか」
創司くんはそう言って起き上がった。
「ちょ!ちょっと!」
やっぱり聞こえてた!
クッソ!水着を着るからって量を少なくしたのがこんなとこで!!
「あんなことしておいてこっちの方が恥ずかしいのかよ。逆だろフツー」
「う、うううるさいな!」
あ~!もう!なんなの!?いいタイミングで!!
ケタケタ笑う創司くんが恨めしい!!
「ほら。手」
「……覚えてろ~!わっ!」
グイッと引っ張られた勢いを殺せずにわたしは創司くんに抱き着いた。
「っ!」
すぐに離してもらえるかと思ったら、そのまま抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっと?」
「やっぱ違うな。なんかアレ。とくにこの辺が」
と、視線を落とす創司くんにつられてわたしも下に目を落とす。
「……セクハラで訴えていい?」
「ハラスメントだったらやめるけど」
そう言われるとなんか違うんだよなあ。でも、視線で胸を指すってセクハラだよね?あれ?違う?
「つーか、水着を着てたときも思ったけど、アイツらより細いだろ」
いきなり腰に触れられてぴくっと反応したけど、創司くんは気にしてない様子。わたしも気にしないようにして応える。
「そりゃあ、みんなよりも努力してますから」
「そりゃご苦労なことで」
身体を一通り撫でまわした創司くんはわたしから離れて、手をつないできた。このままフツーにご飯に行くつもりっぽい。
「だって水着でぽっこり出てるのカッコ悪いじゃん」
「霞と涼と乃愛が聞いたらブチ切れ案件だな」
「霞は食べ終わった数時間だけでしょ?涼と乃愛はマジで自業自得だけど」
「勉強してるから糖分が必要!」って言ってクッキーばっかり食べてる涼と、休みの度に「ポテチに炭酸が最強!」って言ってゴロゴロしてる乃愛。
2人とも仲良くぷにってるようで、たまに会ってはお互いの感触をたしかめ合ってる。
どっちも「まだ平気」とか思ってるんだろうけど、この前の水着を買いに行ったときに乃愛は現実を見たらしい。主に双子の。
今ごろ霞の指導のもと、ヒイヒイ言いながらダイエットに励んでるんだろうなあ、と思いつつ、間に合わないだろうなあって思ってたりもする。
「さて。なににするかね?」
伸びをした創司くんがわたしに聞いてきた。
「ん~……ラーメンとチャーシュー丼の気分」
ぱっと頭に出てきたのを口にしたら創司くんの顔がしぶ~い感じになって一言。
「……お前、色気のかけらもねえな」
「うるさい!いいでしょ!!」
さっきのが甘すぎたから帳消ししたいのに!まったく!もう!!
わたしは一発肩にぶちかましてから反対側の腕に抱き着いて、モールの中に繋がるドアへと向かった。
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