アフター36 「あの2人、こんなのどうやって耐えてるの?」

ファミレスを出たわたしたちは、すぐに水着売り場に行く……予定だったんだけど、通りがかりに見つけたアパレルショップに立ち寄っていた。


「水着はいいのか?」

「行くけど、ちょっと待って。あ、これとかかわいい」


手に取ってみると、やっぱりかわいい。欲しい……けど――。


カバンの中からお財布を出して中身をチェック。しょんぼりするくらい少ない中身にため息しか出ない。


「水着分しか持ってかないって言ったのが仇になったな」

「う~……」


そう。あと数日もすればみんなで旅行に行くため、今回は予算を最低限の水着を買う分しか用意してない。


「言っとくけど、俺も最低限しか持ってないぞ」

「知ってる。」


高校のときから最低限しか持たないのが習慣になってる創司くんが買ってくれるなんて微塵も思ってない。まあ?買ってほしいなあ~くらいはあるけど。


ともあれ、買えないのにいつまでもここにいるわけにはいかない。


「はあ。しょうがない。行こっか」

「はいよ」


ショップを出て、エスカレーターを上がる。


言うまでもなく、エスカレーターの踏み場に段差が見えるようになると創司くんがお尻を触ってきた。


いつもなら霞が創司くんの前に立つから創司くんの魔の手にかかるのは霞だけだけど、今日は盾にできる霞もいない。


手で払ってもすぐに触るのを見てるから、やるだけムダな気もする。


まあ、とりあえず注意はしようかな。


「ちょっと?触っていいって言ってないんだけど」

「ふむ。これはこれで……」


聞いてない。


創司くんの後ろの人がビックリした顔でこっちを見てるんだけど、創司くんはそんなのお構いなし。霞にしてるように撫でてくる。下着のラインを探るように、下から掬い取るような手つきで。


見てるのとされるのとじゃ当たり前だけど、全然違う。想像してたのとは別の甘く、しびれるようなピリッとした感覚が身体を駆け抜けていく。


――ヤバい。


いや、何が、ってのはわかんない。わかんないけど、ヤバい。お尻なんて女の子同士で触ることだってあるのに、全然違う。男子に触られたこともあるけど、そのときはなんにも感じなかった、というか、嫌悪感だけだったのに……。


1つ上の階に到着。そこで一旦創司くんの手は止まるけど、水着売り場があるのは3階。またエスカレーターを上がる。


霞は毎朝コレをされてから起きてる(正確には目は覚めてるけど寝たフリして触られてる)って話だけど、ホントなのかなあ?


だとしたらムラムラをボールにぶつけてるようにしか思えない。


高校時代はそんなことまったく知らなかったけど、同じマンションに住むようになって双子もいろいろボロを出すようになって知ったことが多い。


創司くんにそのことを聞いてみたいけど、どう聞けばいいかわからないし、それで霞の日課が崩れるのもなんだかなあって思って未だに行動に移せないでいる。


そんなことを考えてるうちに3階に到着。


お尻を撫でていた手はわたしの手を握り、水着売り場へと向かう。


「どうした?息が荒いけど」


シレッとした顔で創司くんが聞いてきた。


「誰のせいだと思って――!」

「どうどう」


アタマをぽんぽんと軽く撫でられたわたしの勢いは膨らんだ風船から空気が抜けるようにしぼんでしまった。


霞も同じようにされてたのを思い出す。


「霞じゃないんだけど」

「知ってるけど?」

「う~……」


――「なに、当たり前のことを?」みたいな反応しないでよ。


なんて双子の彼氏に向けて言葉が出るはずもなく。


わたしは行き場のない感情を彼の肩にぶつけるしかなかった。


ショッピングモールの中が人でごった返しているんだから当然水着売り場も人であふれていた。


「すげえなこりゃ」

「ね。別行動なんてみんなよくできたなあ」


いつもなら外に出る通路を境に左右で別のイベントがやってるスペースだけど、水着売り場になると話は別。男子は通路右の一角だけ。それも奥の奥に埋もれるような位置に配置されてるだけで、あとは残ったスペースぜーんぶが女子のスペースになっていた。


さすがにこれだけの取り揃え、近くの小さいショップじゃ太刀打ちできない。


そう思わせるには十分な規模だった。


「なるほどな。こりゃあ、麻衣と一緒の方がいいってのもわかるわ」

「そう?」


通路を埋め尽くす、金や茶色、黒の頭を見ながら創司くんがつぶやいた。


「手が離れたら最後、外で待ち合わせしない限り、あん中で探すのはムリだろ」

「あ~……ね」

「野郎があんな女子の水着のとこに取り残されるのはなあ……勘弁してほしいわ」


そう言った瞬間、女子ゾーンから一人、男子が逃げるように出てきた。


「女子と一緒じゃないってだけで近くにいる連中が一斉に『お前はなんでここにいる?』って目で見てくるんだからな。マジで心臓に悪い」

「あはは……」


心当たりがあり過ぎて笑うしかない。


だって、女子のとこに男子がいるってやっぱ怖いんだもん、しょうがないよね。


「とりあえず俺のを先にするか。別にこだわりなんてないからすぐ決まるだろ」

「ん。じゃあ、そうしよ」

「ってことで、先導よろしく」

「任された。あ、じゃあ、カバンをお願い」

「あいよ」


見ただけでわかる。ちょっと手をつなぐだけじゃこの波を乗り切れない。


わたしは創司くんの腕をとってくっつくようにして歩きはじめた。


「マジですげえな。麻衣に任せれば安心って言ってた意味が分かったわ」

「そう?そんなことないと思うけど」


男子のエリアに抜けると、創司くんは肩で息をしていた。そのくらい男子のエリアは小さく、奥にあったってことでもあるけど、正直肩で息をするほどじゃないと思うんだけど。


「甘ったるい匂いが混じり過ぎてヤバかった。なんだアレ……」

「あ~……」


香水かな?


わたしはそんなに気にならなかったけど、創司くんはかなりキツかったみたい。


「大丈夫?」

「戻るときはルートを変えてくれって言いたくなるくらいだな」

「重症じゃん」


去年もおととしもここで買ったと思うけど、そのときは……あ~そっか。みんなで来たからうまいこと誤魔化せたんだ。


そう考えると、あの後雫のスカートの中に顔を入れて休憩してたのも納得できる。


「ん~……これでいいか」


そんなことを考えてるうちに創司くんはあっさり水着を決めてしまった。


「え、早くない?」

「別に着れればなんでもいいし」

「もうちょっと考えたりしない?」

「いや、あんまないし」

「そう?」


創司くんが手にしてる水色ベースのサーフパンツのほかにいいのがないか、周りを見渡してみる。


「……ないね」

「だろ?ってことで、これでいいや」


ちょっとは考える余地があると思ってたけど、そんなことを考えるまでもないくらい種類がなかった。


いや、種類はあったけど、創司くんに合うような水着がなかったって方が正しいかな。


ってことで、もうここは用済み。


次はわたしの番。


なんだけど……さっきの創司くんの反応を考えると、女子エリアに行くのはキツそうな気がする。


「どうする?外で待っててもいいけど」

「数時間も待ちぼうけ食らうと結構面倒って知ってるか?」


善意で言ったつもりなんだけど、そう返されるとわたしは苦笑してしまう。


「じゃあ、がんばって。なるべくさっさと決めるようにするから」

「ああ。っと、ちょっとその前に」


創司くんはそう言うと、急にわたしの手を引いて抱き寄せてきた。


「ちょっ!」


首筋に息が当たってぞくぞくする。


――ああ。ヤバい!ヤバい!!


こんなこと今までなかったのに、どうしちゃったんだろう。


ヘンな声が出そうなのを必死で抑えてると、創司くんが離れた。


「行ったか。――ん?大丈夫か?顔赤いけど」


創司くんがわたしの顔をのぞき込んできた。


ぴた、とおでこに当ててきた手が気持ちいい。


「熱いな」

「う、う、うるさいな!平気!平気!」


もう!いちいちなんなの!?ホントに!!


「ホントに?ヤバいなら言えよ?」

「大丈夫大丈夫!ほら、今度はわたしのを見にいくよ!」


そう言ってわたしは創司くんの腕に抱き着くように絡ませて、女子のエリアに突撃するのだった。

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