アフター35「青春の味はポテトと炭酸」

上から太陽、下からアスファルトの照り返しで魚焼きグリルみたいにジリジリと焼かれながら街中を突き進む。


途中のスーパーで飲み物を1本ずつ買ったけど、ものの数分で飲み切ってしまい、今は空のペットボトルを2人で持ってるだけ。それもついさっき見つけたゴミ箱に捨てて今は何もない。


「マジで暑いな」

「ね。もうちょっと早くすればよかったかな」


信号待ちで待ってる間、なんとか日陰に入ったわたしたちは、建物の隙間から流れてくる冷たい風に当たっていた。


「これ以上早くしたとしてもあんま変わんなかっただろ。まあ、しょうがねえな」


Tシャツの胸元をパタパタして風を送り込む創司くん。


「着いたらまずは水分補給だな」

「うん」


最初の目的地にしていたいつものショッピングモールは夏休みらしく人でごった返していた。しかも、朝早い時間なのにこの暑さで喫茶店はどこも満席。


たまたまファミレスに2人用の席があったからスムーズに座れたけど、もう少し遅かったら今も水分を求めてウロウロしてただろう。


「ヤバい人だね」

「ホントにな。どこから湧いてくるんだか」


交代でドリンクバーから飲み物を取ってきたところでようやく一息ついた。


「ふう。もうこのまま昼までここにいるか」

「そうしよ。なんか来るだけで疲れちゃった」


ネコ型の配膳ロボットが持ってきたポテトを摘まむ。水分が抜けた身体に少し甘い炭酸のジュースを飲んで、濃い塩分のポテト。


「うっま」


組み合わせとしてはダメなのかもしれないけど、マジでウマい。このペースで食べたらヤバいのはわかるけど、それでも手が伸びてしまうのを抗えない。


「そうか」

「創司くんも食べて食べて」


頼んだのはわたしだけど、もともと2人で食べるように頼んだから創司くんとの間に置きなおした。


「どもども」


創司くんはそう言ってポテトに手を伸ばす。


「あー……炭酸にすればよかったな」


あまり炭酸を飲まない創司くんが珍しくそんなことを呟いた。創司くんのグラスにはまだオレンジジュースが半分以上残っていて、おかわりを取りに行くにはちょっと多い。


「わたしの飲む?」

「そうすっかな。もらうわ」


と、創司くんに渡したところで気付いた。


「あ」


声を上げても時すでに遅し。創司くんは炭酸ジュースを一気に飲み干してしまった。


「っあ~!うま!」

「……」


間接キス……はしなかったけど、ぜんぜんためらいがなかった。


まあ、それだけ喉が渇いていたんだろうけど、それはそれでなんだか釈然としない。


わたしは創司くんが置いた空のグラスの隣に置き去りにされてるオレンジジュースに手を伸ばした。


「こ、こっちもらっていい?」

「?ああ。いいけど。ポテトに合わないだろ」

「いいの。違うの頼むから」


わたしは唐揚げを注文してオレンジジュースを煽った。


ネトっとした甘みの後にわずかに残るオレンジジュース特有の酸味。ポテトには合わないけど、唐揚げならなんとか合うはず。


「そういや」


グラスを置いたところで創司くんが話しかけてきた。わたしは視線だけで応える。


「麻衣ってスイーツはあんま食わないんだな」


何を今さら――。って思ったけど、そういえばこうして2人でデートをするのはまだ片手で数えるくらいしかない。


「ん~……嫌いじゃないんだけどね。なんか知ってる人だけで2人とかになるとあんまりってなるんだよね。食べられないわけじゃないんだけど」

「ああ。ケーキバイキングのときは山ほど食ってたっけ」

「そういうことは覚えてなくていいんだけど?」


テーブルの下で創司くんの足をこつんとつま先で蹴った。


「いや、忘れねえだろ。女子だろうが何だろうが、食いたいときに食えば」

「その勢いで食べたらものすごい太るって知ってて言ってるでしょ」

「霞に動かされてるからそんなことないってのも知ってるけどな」

「むう……」


たしかにケーキを食べる前にアミューズメント施設に行って必要以上にカロリーを消費させられる。その上で、食べてしばらくしてからさらに動かされるからわたしたちは体重で悲鳴を上げることは滅多にない。


その代わり、筋肉痛には悩まされるけど。


「それに――」


と、創司くんは続ける。


「乃愛といるときは食ってただろ」

「そうだけど、アレはあの子が食べ比べしたいからって付き合ってるだけ。別に普段は違うよ」

「へえ」


なんか意外そうな顔されたんだけど。


「乃愛もあんま甘いの好きじゃないしね」

「そうか?……や、そういやそうか。この前もケーキじゃなくて肉食いに行ったな。肉食女子って言ったら文字通り食われたわ。草食男子は大人しく食べられて、ってな」

「自業自得じゃん」


クスっと笑ってグラスに手を伸ばしたけど、ほんの少し水滴が落ちてきただけだった。


「取りに行くか?サイダーだろ?」

「ん。お願い」


グラスを渡すと、創司くんは席を立ってドリンクバーに向かった。


その後ろ姿を眺めながら思う。


これまでの男子とは何かが違う、と。


なにが違うとかはハッキリわからない。わからないけど、一緒にいて不安になることもないし、なんとか場を繋ごうと思うこともない。


そう、なんというか気楽な感じ。ホッとするというか……。


楽しいとか、そういうのじゃない。


今までは楽しいかどうかで付き合ってたけど、創司くんはそういう枠には当てはまらない。


双子と付き合ってなかったら間違いなく巡り合わなかった人。好きか嫌いかはともかく、これからも一緒にいたいと思える。そんな人。


ただ――。


そんなことを考えてると自分とわたしのグラス両方にサイダーを注いで創司くんが戻ってきた。


「はいよ」

「ん。ありがと」


創司くんが持ってきたサイダーを一口。しゅわしゅわと喉を焼くような感覚がさっきまでの考え事を吹き飛ばしてくれる。


「ふう……」


なんかようやく落ち着いた、って感じ。もう、このままずっとここにいたいなあ。


そういえば、と気づいた。


今もこの前のデートでもほとんどスマホを触ってない。


それまでの男子といるときは飲み物を取ってくるってだけでも、スマホでほかの誰かとやり取りしてたのに。


って言ってもやり取りしてたのは、ほとんど乃愛だったけど。


内容も他愛もないものだったから別に返さなくてもよかったんだけど、そのときは乃愛とのやり取りの方が安心してたのを思い出す。


と、創司くんが手を伸ばしてきた。


「なに?」

「ちょっと動くな。髪になんか付いてる」

「え。どこ?」

「取るからそのまま」


急に近づいてこられてなんだかドキドキしてしまう。


双子のせいだろうけど、創司くんってこういうこと何のためらいもなくやってくるからホントに心臓に悪い。


すぐ近くまで顔が来てしまってわたしは思わず目を閉じる。


「んな目え閉じなくても」

「う、うるさいな!いいじゃん!別に!早く取ってよ!」

「取れてるぞ」


目を開けると、創司くんはすでに座っていた。


何食わぬ顔してメニューのタブレットを操作してるのが無性にムカつく。


「あ、ありがと」

「ん」


創司くんはそれだけ返すと、近づいてきたネコ型ロボットから2皿目のポテトを受け取った。


「これ食ったらちゃんとしたの食うか。もう昼だし」

「え?」


そう言われて時計を見ると、たしかにお昼の時間になっていた。


「はや……」

「ホントにな。昼食ったら見に行かねえとマジで時間なくなるぞ」

「そうだね。あ、一応調べていい?」

「食うもの決めてからにしておけ。どっちも長いんだから」


ここでようやくスマホを出したわたしに創司くんは苦笑しながらメニューを渡してきた。それもタブレットじゃなくて紙の方。気が利くというかなんというか……。


なんだか負けた気分になったわたしはなんとか反撃の糸口を探す。


「長くないって」

「俺からすりゃ長いの。いいから先に食うモン決めろ。あとはやっとくから」

「むう……」


あっさり言い負かされた……。


なんか腑に落ちないけど、言われた通りわたしはメニューを眺める。


どれもおいしそうだけど、イマイチ気分じゃない。


「ん~……」


冷製パスタとかかなあ。と思いつつ、ページをめくる。けど、やっぱりイマイチ。


「微妙だろ」


創司くんも同じことを思ったみたい。ちょっと嬉しい。嬉しいけど、それでお腹は膨れない。


「創司くんは?」

「しょうがねえからいつものにすっかなってとこ」

「ピザとドリア?」

「だな」

「変わり映えしないね~」

「うっさいわ。」


そんなこんなで午前中はただダレて終わっちゃったとさ。まる。

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