アフター33 「後悔と安堵と布石」

雫は激怒した。


零奈に、ではない。


正直に話してしまった愚かな自分に激怒した。


矛先が霞から急に自分に向けられるとは思わなかった、なんてのは言い訳だ。


霞が攻められるなら、自分だって攻められる。


涼や穂波にやる手口をそのまんまやられてしまった。


完全にしてやられた。


おまけに言わなくてもいい回数まで言ってしまうとは。


失態。穴があったら入ってそのまま埋めてほしいくらいの失態。


「む~~~」

「うっさい。さっきからなに唸ってんの?」


行き場のない感情を声に変え、思いをクッションにぶつけてると霞に睨まれた。


「ん。霞には関係ない」

「あっそ。じゃあ黙っててくんない?うっさいから」


今までにないくらいむっす〜っとしてる霞に雫は口をつぐんだ。


かける言葉はあるかもしれないけど、今の霞にどんな言葉をかけたところで火に油を注ぐだけ。わざわざ霞の怒りの炎に燃料を投下するほど雫は愚かではない。


「はあ……なんでアタシまで……」


膝を抱えて霞は呟いた。零奈の判決がよっぽどショックだったらしい。


「ん。霞は自業自得だと思う」

「アンタもでしょ。ってか、はあ……」


霞のツッコミにいつものキレがない。


「ん。でも、霞だって私のこと言えない」

「言えるっての。最後まではしてないし。」

「ん。ダウト。ソウくんがお風呂から出てくるとたまにヘロヘロになってるのなんで?」


高校のころは日課になってる運動をしたとしても創司はお風呂に入れば多少は気力を取り戻していた。が、最近はどうだ。


お風呂から出てきてもどこか疲れた顔をしてる。


小学校どころかその前から見てきた幼馴染の顔色の違いがわからない雫ではない。


そんな雫にジッと視線を向けられた霞は視線をそらした。


「……最後まではしてない。」


一見、頑なに見える霞の反応。しかし、そこはさすが双子。それだけで察してしまった。


最後はしてない。


あとは深く踏み込む必要はない。


「ん。デレもほどほどに」

「はあ?デレ?何言ってんの?別にフツーでしょ。フツー。つ、付き合ってんだし」


最後の言葉は少し照れが入ったらしい。ものすごい小さい声が耳に入った。


ここ最近になって見えるようになった霞の新たな一面に雫は内心ニヤニヤが止まらない。


「ん。最後、聞こえなかった」


雫は聞こえなかったフリをして霞の脇腹を突っついた。


「なに?何も言ってないんだけど」


フイッと顔を背ける霞。が、耳が真っ赤になっていて明らかに動揺してるのがわかる。当然、雫は追撃。


「ん。気になる。吐け」

「気にしなくていいから!」


脇腹を突っついてくる雫の手を叩き落としながら霞はソファーからキッチンへ逃げ込んだ。


「はあ……はあ……もう!」

「むう……」


身体に直接聞く選択肢もないわけじゃないが、キッチンまで動く気力はない。


雫は霞にあえて釘を刺した。


「ん。付き合ってるって言っても2番目」

「わかってるっての。別にこれ以上求めてもないし。まあ、アンタが先を求めれば別だけど」


そう言って霞は冷蔵庫からサイダーを取り出した。


プシッと炭酸が抜ける音で妙な空気が吹き飛ばされるのを雫は感じた。


霞からすれば創司を真ん中に右に雫、左に霞。この布陣が変わらなければいいらしい。とは言っても物理的な話ではなく、精神的な?心理的な?言葉では表現できない、見えないところも含めて、だとか。恋愛的な感情はもちろんあるけど、それ以上に優先するものが霞にはあるらしい。


他人に言って伝わるかはわからないが、この辺は双子の間では言葉にしなくても伝わる。クリスマス前後の出来事は双子の間で「もう食っていいでしょ。っていうか、このままだと寝てる間に襲う」と双子の間で同意が取れた結果である。創司の同意?そんなものは言わずもがな。


「ってかさ。そのくらいしないとウチらがキツくない?」

「ん?」


膝を抱えていた霞が顔を上げた。


「お風呂の話。だってさ。お正月からずっとうちらのときは3回くらいシてからお風呂出てるんだけど、3回出してアレだよ?」

「ん。ん?……3回?」

「3回。のぼせるからそれ以上はムリなんだけど」


3回?


初耳な話に雫の思考は急速に回転しだす。


お正月から?ってことは年明け前までは何もしてない状態だったってこと?え?待って。そんなわけない。この前ソウくんが起きてるときにシたときはいつも以上にトバされた記憶しかない。


それが3回出した後……?


そんなバカな。


いや、そう言えば、目が覚めて時計を見たら夜を飛び越えて次の夜になってた気がするからあながちウソでもない……?


「ん。零奈。」

「なに?」

「ん。この前の初めて、どうだった?」

「どうって……」


判決を下した後、「今日はこのまま泊まる。けど1週間のカウントはナシ」と言って創司のポジションに居座ってる零奈に聞いた。


「別に――」

「フツーとかじゃなくて、詳しく。」


そう言って零奈の脇腹に人差し指を当てたのは霞。


「え。だって2人とも先にシたんでしょ?同じじゃない?――ひゃう!?」

「同じなわけないでしょ」


そう言って霞は脇腹を突っついた。


「んっ!べ、別に、んっ!2人と変わらないって!」

「ん。ってことはコスプレ?」

「それはしてないけど――んっ!ちょっと!」

「じゃあ一緒じゃないじゃん。なにしたの?」


ワンピースの中から聞こえる声にだんだん艶が出てきてる気がしなくもないけど、双子は気にしない。


「ってかさっきから聞いてればなに!?ルール違反しまくりじゃない!?」


霞に突っつかれるたびにぴくんぴくんと反応してしまう身体にムチを打って零奈がツッコミを入れた。


「ん。違反じゃない。元々そういう話だった」

「ね。それがイヤなら一緒に住んだ方がいいよ。ちゃんと監視できるから、って言ったのに、断ったのは誰だっけ?」

「う……」


ワンピースの中の声が勢いを失った。


「ん。ルールは破るためにある。作れば作るだけタガが外れる。地下倉庫で身をもって知ったと思うけど」


雫がそういうと、不満を示すようにスカートの中がもぞもぞ動いた。


仰向けから左肩を下にして顔を雫のお腹にくっつけてくる。


高校時代から創司もやるナゾの動き。と言っても、その動きの意味はまるで違う。雫の勝手な解釈では、創司は独占欲の一部が表に出ただけ。対して零奈は反骨精神というか、対抗心というか、創司とは真逆の感情をぶつけられてる気がする。


どっちの意味でも自分のお腹にぶつけることの何がいいのかさっぱりだけど、雫はされるがままにしている。ちょっとくすぐったいけど。


「で?どうだったわけ?」


なかなか答えない零奈に痺れを切らした霞が聞いた。


「……涼に襲われてそのままなし崩し的な感じ。あとは覚えてない」


スカートの中から聞こえてきた声は「これ以上喋らない」という強い意思が含まれていた。


まあ、それだけ聞ければ十分ではある。涼に襲われたってことはホントに何も覚えてないんだろう。


でもって創司も涼に襲われたクチかもしれない。


「むう……」


雫は零奈の頭に手を置いた。


「涼ってイレギュラーがあるけど、零奈にもウチらと同じようにしたのかな」

「ん。たぶん」


ぼそっと口にした霞の言葉に雫は頷いた。


「でも――」


頷きつつも、自分の予想を雫は続ける。


「私たちよりは手加減したと思う」

「そう?」

「ん」


スカート越しに感じる零奈のさらさらの髪を撫でながら頷く。


それは雫の中のどこかで確信があった。そうであって欲しい、という希望ではない。確実にそうだ、と思える確信が。


「ふうん?」


サイダーのペットボトルをゴミ箱に投げ込んで霞が戻ってきた。


「まあ、手加減したってのはアタシも思ったかな」

「ん」


雫は胸を撫で下ろした。


よかった。まだアレには気づかれてない――。


けど、創司はもう気付いてるだろう。


わざわざ零奈に自分の机の引き出しを開けさせた理由を。


「ん。」


雫は次のフェーズに向けて思考を進める。

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