アフター32 「過ぎたるは猶及ばざるが如し」

「むう……」


雫は頬を膨らませて不満を表していた。


「そんな顔してもダメなものはダメ。みんなで住んでいいとは言ったけど、爛れた生活をしていいとは言ってないよ?」

「爛れたって……別にそんなことないと思うんだけど」


雫の隣で霞も同じように不満を隠しもしない。


「ん。その通り。別に学校をサボってないからセーフ」

「そういう問題じゃないっての」


零奈はため息混じりに頭を振った。


「じゃあ何?1週間も居座るってならちゃんと理由を言って。実家から逃げてきたんじゃないなら」


なかなか核心を話さない零奈に霞がイラついたらしい。睨んできた。


その表情はただのカラオケと言われて呼び出されたのに、実は合コンだったときそのまま。


初めて見たときは誰にでも分け隔てなく付き合う霞に驚いたのと同時に怖さみたいなものを感じたが、プライベートを知ってしまった今は子猫が覚えたてのシャーをしてるようにしか見えない。


それに創司から聞いてるのだ。


――あ〜懐かしい。これだよ。これ。

――当たり前になってなんか新鮮味がないんだよなあ。


聞く人が聞けば浮気の前兆と言ってもしょうがない。


そう。マンネリ。


ウケるからって何度も続けてるから生じる、飽きのような、なんかそんな感じのもの。


故に零奈は双子に問う。


――自分の欲を満足させて終わりにしてない?


と。


「は?そんなわけないって。ちゃんと――」


一瞬間があったが、霞はすぐに言い返してきた。


けど、零奈に取っては想定どおり。


霞が言い訳をする前に差し込む。


「いつもお風呂一緒に入るって聞いたけど?入るってか創司がシャワーを浴びはじめたところで突撃してくるって」

「――ひゅっ!?」

「……む」


霞の声が引っ込んで、雫が霞に湿った視線を送る。


「ん。霞?」

「や。そんなわけない。ウソだって。ほら、服!服取ってくるとちょうど鉢合わせになるの!」

「……」


なんとも苦しい言い訳。


雫の視線の湿度が高くなる。


「ん。そんなわけない。ちゃんとソウくんが行く前に準備してから行くの見てる。わざわざ準備させてるのに違うの用意するのはおかしい」

「ぐっ……」


わざわざ準備させてる……?


聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。


霞が家の中を下着だけで過ごしてるのはすでにみんなが知ってる。準備させてるってことは、創司が霞の下着を用意してるということだが――。


零奈は頭を振った。


思考に沈みかけたが、今はそれどころじゃない。


「ん。霞。どういうこと?この前から出てくるの遅いと思ってたけど、何してるの?」

「い、いやあ〜……べ、別にいいでしょ。そんなこと。ってか零奈の話――」

「ん。それもそうだけど、霞がソウくんと何してるのか気になる」

「え、ええ?別にフツーよ?フツー。ね?」


雫に詰められた霞の目が泳ぎまくってる。


創司を探してるんだろうけど、今日は麻衣とどこかに出かけていて、この場にはいない。


視線が零奈と合った。が、どっちにも糾弾されているのを思い出したらしくさらに目が泳ぐ。


このまま見ててもいいが、限界を越えた霞が何をしてくるのかわからないので、雫にも矛先を向ける。


「雫も人のこと言えないよね?」

「……ん?」


霞だけだと思ってただろう雫が首を傾げた。


少し間があったが、それはいつものような間ではない。自分にも矛先が飛んでくるとは思わなかった想定外の間。


この隙を零奈は見逃さない。畳み掛けるように言葉を紡ぐ。


「朝。創司より先に起きてるでしょ」

「……え?」

「……」


雫は答えない。霞の視線が向けられるが、雫はそれにも反応しない。


「霞が乗っかってるので起きるのがムカついて腕を締め上げてるんでしょ?」

「は?」


霞は「初めて聞いた」みたいな反応。対して雫は何も返してこない。


「ね?創司のヤツ、霞のお尻を堪能してから起きるクセに、自分の方には何にもしてくれないのが不満なんでしょ。霞から乗っかってるから100歩譲って何も言わないようにしてるけど、創司から何もしてこないって何?って。こっちはずっと据え膳してるのにってね」

「は?え?ちょっと待って」

「創司がいう鉄壁の防御もそう。その方が構ってもらえるもんね」

「え?ちょっと待って?え?」

「まあ、いつもそこで2度寝しちゃうってのが想定外なのかな。朝、意識がほとんどないってのは2度寝で起こされてるからだろうし。でも、そこでもやっぱり構ってもらえるから狙いどおりと言えば狙いどおりなのかな」


そこまで零奈が言ったところで雫と目が合う。


雫は一息ついて口を開く。


「ん。妄想乙」


一言。たったそれだけで、それまでの零奈が積み重ねてきた言葉の数々を一言で打ち壊す。


霞がそんなわけないか、と胸を撫で下ろす。が、雫はあえて踏み込んできた。


「仮にそうだとして、証拠は?」


射抜くような視線を零奈に向けてくる。


バレー部の連中でも恐怖を覚える視線。それからビリビリと肌で感じる圧。


ムリもない。ウソかホントかはともかく、プライベートどころか、双子の妹すら知らない雫の中の地雷原。その中を我が物顔で突き進んでいるのだ。


雫としては気が気ではないはず。


零奈と雫の間に火花が散る。


「ちょ、ちょっと2人とも?」

「霞は黙ってて」

「ん。黙って」

「ひっ!」


2人を止めようと霞が声をかけたが、2人の圧に霞が負けた。


「ん。証拠」


出せ、と手を出す雫。圧がハンパない。


雫はそんなものはない、とばかりの態度。だが、零奈はそんなのお構いなし。無策で双子と相対するわけがない。


「いいの?そんなこと言っちゃって。後悔すると思うけど」

「ん。大丈夫」


雫は堂々と返す。


「そう?じゃあ――」


零奈はソファーから立ち上がった。


「零奈?」


何も言わずに立ち上がった零奈に霞が怪訝な視線を向けた。


「霞もさ〜たまには部屋の中見に行った方がいいよ?一応敵、とまでは言わないけど、それに近いんだからさ」

「は?」


零奈はそう言って雫の部屋のドアを開けた。


「まあ、霞は隠すようなものがないからいいけどさ」


零奈は雫の部屋に入った。


「……なんかあるの?」

「ん。ない」


霞が聞くと、雫はいつもの返答。


特に変わったことはない、無表情で平坦な声。


――ガチャ


雫の部屋の方から聞こえた。何かの鍵が開くような音。


しばらくして零奈が戻ってきた。手には本が1冊。別になんの変哲もないただの本のように見える。


「それが何?」


パッと見ただけでは少女コミックに見えた霞は首を傾げた。


別に少女コミックくらいなんとも思わない。興味なさそうにしてたのに、とは思うが、別にだからどうという話でもない。


首を傾げた霞に零奈はため息。


まるで、これだから霞は……と言われてるようだ。


「2人ともそろそろ高校時代くらいまで自重するように。特に雫。毎日はルール違反。これ以上やったら創司枯れるよ?」

「は?毎日?」

「ん。零奈。だったら証拠――」


強気に出た雫。だが、その言葉は最後までいい終わることはなかった。


コトン、と音を立てて何かが落ちた。


「なんか落ちた?」


零奈の近くに落ちた何かを拾おうと霞が立ち上がる。


「何これ?」


拾い上げたそれをまじまじと見る霞。そしてデカデカと書かれた数字を見て声を上げた。


「ちょっ――!アンタまさか!!」

「ん。バレたならしょうがない」

「しょうがない、じゃないでしょ!!は!?ちょっと待って!?半分ないんだけど!?1日に何個使ってんの!?」

「……ん。数えたことないけど、10個?」

「はっ!?はあ!?!?ちょっと!?何それ!?ズルいでしょ!!アタシもしたいのガマンしてるのに!!」


ギャーギャー騒ぐ双子に零奈は静かに判決を下す。


「ってことで、2人とも有罪。一緒に寝るまではいいけど手出しできないように夜は簀巻きの刑ってことで」


零奈の判決に双子が何も言い返せなかったのは言うまでもない。

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