アフター29 「お嬢様たちのティータイム」

満開の桜が見える席に座る女子2人。


1人は日向ぼっこをするネコのように突っ伏してぐでーっと伸びていて、向かいに座っている長い黒髪のもう一人はお手本のように背筋が伸びた姿勢で紅茶の入ったティーカップを傾けている。


「はあ~」


突っ伏してる女子の方から声が漏れた。


「聞いた?」

「3番目の話?」

「あ、ごっめーん!だって。ムカつくわ〜」


勢いよく突き刺されたフォークはケーキのスポンジを物ともせず、勢いそのままにカンッ!と音を立てた。


「しかもさ。『あれ?結婚までしないんじゃないの?』とか言っちゃってさ。自分は横取りのクセに!!」


カンッ!カンッ!と音を立てる皿に目を向けながら、長い黒髪女子――零奈は苦笑いを浮かべた。


「横取り……まあ、そうね。うん」

「零奈ちんは最後だから気にしないだろうけどさ。やっぱ重要でしょ。順番って」

「涼は気にしないと思ってたけど」

「え?そう?そうかなあ?……そうかも。でも、なんかな〜。う〜ん……これに関してはなんかなあ〜って思っちゃうんだよね。なんでだろ?雫、霞って来たら私って思ってたから?う〜ん?」

「悩むほどじゃないと思うんだけど」

「ええ?」

「それだけ創司といるのが当たり前だったんでしょ?」


そう言うのは悔しいが、誰も否定できない事実。結果として敵に塩を送るような感じになってしまうが、零奈はこの程度のことで凹んだりしない。そもそも積んできた時間がみんなとは違う。けど、これから積める時間は工夫次第でどうにでもなる。


だから零奈は自然と口にしてしまう。


「ま。でも横取りはよくないよね」


どの口が言うんだ、と言われそうな言葉。


自分だって横取りするつもりだっただろ、って言われたら返す言葉もないけど、このときは自然と口に出た。


「でしょ?しかもさあ――」


ただ、零奈は口にしてから気づいてしまった。


――雫が風邪を引いて呼び出されたときの出来事を突っ込まれたらマズいのでは?


と。


そこから芋づる式に記憶が引き摺り出されてきた。


抱きついた。キスもした。ほかにもなんかいろいろした気がする。乃愛と麻衣の反応が面白かったところからはじまったけど、イマイチ記憶にないところがあるんだよね。


そうだ。それから途中で雫が目を覚まして復活しそうだった麻衣と乃愛を沈めて――。


そこから先の記憶はない。気づいたらシャワーを浴びてお風呂場から出たところだった。


まあ、そうなったのもしょうがない。


創司と霞が風呂から出てきたあと、創司から霞の匂いがべったりだったのがムカついたんだから。まあ、アレやコレやしちゃったけど、うん。霞にはちょっと睨まれたけど大丈夫のはず。最後までしてないし。順番は守ってる。……一応。たぶん。


……まだ最後まではしてないはず。たぶん。自信はないけど、うん。してないはず。だからセーフ。うん。大丈夫、だよね?


そんな心の内を悟られないように、零奈はいつも通りを装う。


「でもさ。たまたまなんでしょ?」


ぶつくさ文句を垂れる涼の話に割り込む。


実態はどうかわからない。というか、順番なんてバレー部の連中にはあってないようなものだと思ってる。


無法地帯が法。


それが零奈が見てきたバレー部の印象である。


「たまたまって言うけど、乃愛は結構横取りタイプだよ?」

「そうなの?」

「そっそ。まあウチらはそんなに被害ないし、別に〜って感じだからそこまで大ごとにしないけどさ。なんだっけ?めぐり合わせ?タイミング?なんかそう言うのがいいって言うか……」

「いいって言っちゃっていいの?それ」

「悪いって言うのもビミョーかなって」

「そう?」

「カノジョがいる男子から声掛けられるんだって。それで毎回修羅場ってるって」

「ええ……」


涼は何かを思い出したように手を叩いた。


「そうそう!1年のときもあった!なんかいきなり先輩に呼び出されてさ〜」

「先輩?男のほう?」

「んにゃ。女の先輩。付き合ってた彼氏が急に別れるって言ったらしくって。問い詰めたらなんか乃愛のほうがいいって言い出したみたいで。そのあとすぐに乃愛を呼び出したって」

「へ、へえ……」

「乃愛も乃愛で『なんかイケそうな気がしたから』って言っちゃってさ〜」

「女の先輩に?うわ……」

「それだけで終わればよかったんだけど、なんかその子の反応が気に食わなかったみたいで、彼氏の愚痴を全部バラしちゃって。録音してたのを垂れ流したの。もう最悪だよね。あ、ここだけの話にしといてよ?私殺されたくないから」

「言えるわけないでしょ。そんなの……」


昼メロドラマもドン引きするくらいエグい話に頭を抱える。


とはいえ、バレー部の中でも常識人なポジションにいると思っていたが、乃愛もやっぱり一癖あったか、と安心。いや、安心できないけど。


「そ、それでその2人はどうなったの?」

「別れると思うじゃん?」


涼はボロボロになったケーキを口に入れた。途中でポロポロ落としてるけど、本人はお構いなし。一気に食べ切ってもう1つを注文した。


「別れてないの?」

「別れてないんだよ。不思議なことにね。むしろ、イチャイチャしまくるようになったって」

「ええ?なんで?」

「わかんない。乃愛に邪魔されるとなんか吹っ切れる?ってほかの人も言ってたんだよね。よくわかんないけど」

「乃愛に取られたくないって思うんじゃなくて?」

「かもしれないけど、アレは違うと思うんだよね」

「ってことは、涼も同じようになるんじゃない?」

「ええ?そんなことないよ。あ、霞が変わったのはアレかもしんない」

「乃愛の?んなわけないと思うけど」


と言いつつ、最近の霞の様子を思い出してみると、たしかにツンよりデレの方が目立つ気がする。


あのときだってちょうどいいタイミングだったとはいえ、お風呂まで一緒に入ってたし……。


「むう……」


気に食わない。実に気に食わない。


創司と雫だからいいように使ってポイなんてことはないと思うけど、現状はいいように使われてるだけ。


そろそろそこから脱却したい。


――カランコロン


そんなことを考えてると、ドアベルの音が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ」

「待ち合わせなんですけど」


聞こえてきた声に顔を向けた。誰かなんて聞かなくてもわかる。


その人と目が合った。身体に熱が入るのを感じるけど、視線だけで合図をする。


「創司くん!こっちこっち!」


涼が手を上げた。


創司はその声を目印にするように歩き出したけど、涼の合図より先に動き出そうとしてたのは見逃さない。


「珍しく早いじゃねえか」


1ヶ月ぶりの声。みんなとは違い、実家で過ごすわたしと涼にとってはホントに久しぶり。


「女子会もついでにしようかなって思って」

「へえ。ああ、2人だけでやってるって言ってたアレか?」

「そっそ。それ」


創司はわたしたちのティーポットを持って4人がけのテーブルに移動させた。


「ミルクティーを」

「かしこまりました」


涼のケーキを持ってきた店員さんに伝えると、席に着いた。隣には涼が座って、わたしは創司の向かい側に陣取る。


「なんか高校のときと違うね」


向かい合わせになってふと思ったことを口にしてみる。


「高校のとき?」

「ほら。ずっと雫が隣にいたでしょ?」

「ああ。そういやそうだな」


まるでそこにいるのが当たり前みたいな反応。わかってはいるけど、やっぱり雫には勝てない。


1人で来てるのに、創司の後ろに雫がいる気がする。


――ん。お好きにどうぞ。その程度じゃ靡かない。


そう言われてるみたい。


けど、今日はいつもと違う。


ノコノコ1人で来た彼氏を堪能するチャンスはここしかない。


「いないならいいよね?」

「……ほどほどに、な」


涼と目を合わせる。


時は来た。


わたしは創司の足に足を絡ませて、涼はぺったんこから驚くくらい成長した胸で創司の腕を挟む。


「大丈夫。双子ほど激しくしないから」

「それ、大丈夫じゃねえんだよなあ」


笑みを浮かべてる涼の目は獲物を捉えたケモノの目になっていた。

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