アフター28 「積年の恨み晴らさでおくべきか(まだ晴れない)」

「みんなのから作った方がよさそうだよね。作るの時間かかるから先にお風呂入ってきて」


零奈にそう言われた俺は風呂に入ることにした。


「ふう~」


1日中雫の看病をしていた身体は地味に疲れていたらしい。身体を洗って、湯舟に身体を入れて浴槽に寄り掛かると、息が漏れた。


身体を伸ばしたところで霞との高校時代からの日課をやってないことを思い出した。


「あ~……また入るのか。めんどくさ」


思わず口から出てしまったが、1日に2回も風呂に入るのはマジでめんどくさい。


身体が冷えてれば話は別だが、住んでるこの部屋は別に寒くないし、そもそも床暖房が入っているから足の冷えを感じることもない。


そんなわけで2回も入るのはただただめんどくさいだけ。

「あ~……」


脱力して出たのか、めんどくささが頂点に達したのかわからない声が出る。


と、ドアの向こう側の脱衣所の方から音が聞こえた。


「ふっ!あ~」


としばらくして聞こえてきた声は霞のようだ。


「入ってる~?」

「入ってる~」


聞こえてきた声に何も考えないまま返すと、ドアが開いた。


「ほあ~あったか~」


なにも身に付けてない霞はそう言って浴室に入ると、蛇口前にあるイスに座った。


「よいしょ」


いつも服越しに触ってる丸いお尻がイスに座ったことで少し潰れる。パンツのゴムの締め付けだろう。白い肌にライン上に薄っすら赤くなってる部分が見えて、それが妙にリアルでなんとも言えない気分になる。


シャワーを頭から被ってシャンプーを数回プッシュ。わしゃわしゃと洗い出した。


「ちょっと待て」

「なに」

「なんでフツーに入ってんだよ」

「ん~?」


霞はそう応えただけで手を止めない。


「いいでしょ別に」


霞が俺の問いに返したのは髪を洗って洗顔まで済ませた後だった。


「零奈が時間かかるって言ってたでしょ」


霞はスポンジのようなものを手に取って、今度はボディーソープを数回プッシュ。ものすごい勢いで泡を作っていく。


「んしょ。で、ご飯食べてからだと寒いじゃん?だからこのタイミングで入ろうかなって」


スポンジの5倍くらいの泡を作ると霞は左腕に塗るように泡を付けていく。


左腕が終わると右腕、首と通ると、しばらく腕の動きしか見えなくなる。


「でも、すぐに入るとやっぱ寒いじゃん。ってことでいいタイミングを見計らって入ったってワケ」


泡で隠れてしまったお尻から視線を離すのとほぼ同時のタイミングで「どーよ?完璧でしょ?」とドヤ顔で霞がこっちを向いた。


「完璧かどうかは知らんけど」

「はあ?なに言ってんの。アンタが先に入ってるんだからあったかいでしょ。ほら完璧」


泡を足の先まで伸ばした霞は立ち上がって頭から被るようにシャワーで泡を流した。


「ふう~」


一通り洗い終わった霞が浴槽の中に足を伸ばした。


「入ってんだけど」

「知ってるっての。別に見られて困るモンでもないでしょ今さら。よっと」


掛け声を出して縁をまたいだ霞は俺の膝の上に座った。


「ふ~……きもちい~」


まるで温泉に入ったかのような声を出しながら霞は腕を伸ばした。


「なんもやってねえだろ」

「やったって。ちゃんと手伝ったじゃん」

「病院に行ったときだけな」

「十分でしょ。女子トイレに突撃しなくて済んだんだから」

「まあ、そうだけど」


病院に連れて行ったまではよかったけど、着いてすぐに「トイレに行きたい。漏れる」とか言い放ったときにはマジで困った。霞がいなかったらフラフラの雫を一人で行かせるところだった。


「ほら。ちゃんと役立ったでしょ」


霞はそう言って俺に寄り掛かった。さらさらスベスベの霞の身体は、お湯の中であっても高級な生地のように触り心地がいい。


「みんなに聞こえるからヘンなとこ触らないでよ?」

「知ってる」


この部屋、壁の向こう側にリビングがあって静かにしてると、風呂の音が聞こえる。


普段であれば日課を済ませて雫、霞、俺の順で入るが、雫が風邪でダウンしてる今日はいつもと勝手が違う。


壁の向こうにはヘンタイどもがおそらくいて、壁に耳を当てながら「お楽しみ会」を開いてるはず。


「アイツらも懲りねえなあ」

「後で反撃されるってわかっててもやりたいんでしょ。雫が無防備でいるなんて風邪をひいたときくらいしかないもん」

「そうだけど……まあ、片付けはアイツらにやらせればいいか」

「そっそ。ウチらはのんびりしてればいいの」


霞はそう言って蛇口を捻った。


その頃、キッチンでは零奈が晩飯の準備をせっせと進めていた。


「こんなもんかな」


あとは煮込むだけで出来上がる料理たちは全部で10品。どれも大量に作ったが、これでもここにいるメンツで食べればおそらく1食分にしかならないだろう。いや、1食になればいい方なのかもしれない。


「まあ、いいか」と後ろにまとめた髪留めを外して首を振る。高校時代より伸びた髪が遅れて揺れる。


電子レンジで作った蒸しタオルを作ってキッチンを出てリビングに入り、まだ寝てる雫の様子を見る。


「まだ熱い?」

「ん〜少し?でもさっきよりマシになったと思うよ」


雫のおでこに手を当てて花音が言った。


「そっか」


霞が座っていたソファーに座ったところで壁に耳を当ててる2人が目に入った。


「何やってんの?」

「2人で入ってるでしょ?」


零奈は首を傾げたが、花音の言葉に察した。


「……バカじゃないの?」

「何を今さら。ってか、雫に仕返しするって話だったはずなんだけど」


そう言って花音は雫の服をズラしていく。


「ほっ!と。脱がせるのラク〜」


スポンと抜くように脱がされた雫だが、起きる様子はない。


「抱きつかれるとヤバい。声っぽいのが聞こえてきたら逃げろ」って話を創司から聞いてるが、今のところそんな危険な雰囲気もない。


白い肌に住人の中で一番の大きさを持つ胸が目に入る。


ぺったんこから低い枕くらいにはできるくらいのサイズになった双子の妹も同じものを食べてるはずなのに、どこでこんなに差ができたんだろう?


そんなことを思いつつ、蒸しタオルを開いて熱を逃す。


「わたしが拭く?」

「の方がいいかな」


雫の身体から視線を上げると、花音と目が合った。


「やってもいいけど、触りたいでしょ?」


ニヤッと悪い笑みを浮かべた花音はすでにあっちこっち触りまくったらしい。


「ヤバいよ。創司くんがハマるのもわかる。1日中触ってても飽きないかも」

「そんなに?」

「そんなに」


花音は零奈の手を取って雫の胸に置いた。


「ふあ」


聞こえた声は誰のものかわからない。


ただ感じるのは手に伝わるふかふか。思考の全部を持ってかれそうなくらいの柔らかい何か。


なにこれ。自分のと違くない?こんなだっけ?


「ね?もっとやっていいんだよ?」

「ええ?」

「ほら。拭くんでしょ?」


蒸しタオルを持つ左手を花音に取られて雫の左腕に導かれる。


「ほら。早くしないと、風邪ヒドくなるよ」

「そ、そっか。そうだよね」


花音の誘導に従って零奈は雫の身体に蒸しタオルを滑らせていく。


――これはただ身体を拭いてるだけ。


右手のふわふわに持ってかれそうになるが、零奈は必死にそれだけを考えながら左手を動かすことに集中する。


「ん……」


無心で動かしていた手がビクッと止まった。


――自分は何をしていた?


そう思ったのは一瞬だけ。そこから先を考える前に誰かに右手を取られてまた柔らかい何かに触れた。今度はさっき触れた柔らかさとは違う。ふわふわではなく、ふにっとした感触。


何か気になるけど、そっちに意識すると、左手が疎かになる。


今は雫の身体を拭くだけ。自分に課せられた使命はそれだけ。自分に言い聞かせるように手を動かす。


零奈は気づかない。リビングにいる全員の身体を蒸しタオルで拭いて屍を築いてることに。


風呂にいる2人も気づかない。壁の向こうが静かになっていることに。


翌日。雫の熱は引き、いつも通りの生活を取り戻した。


妙にスッキリした顔をしていたが、なんで雫がそんな顔をしているのか、知ってる者は誰もいなかった。

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